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79話

「あれ? そっかそっか」

「何頷いてんだ?」


 とつぜん頷くアリエスは問いに答えることなく背を向けるとスタスタとカレンの元へと向かっていく。


 横たわるカレンをそっと起こすアリエス。


背を向けたからとはいえ迂闊に飛び掛かっていい相手ではない。グレイスは油断なく竜具を構えたまま緊張の糸を切らさない。


 アリス、サーシャはその姿を眺めている事しか出来ない。血に濡れたカエデを庇うようにレグルスはよろよろと立ち上がる。


「戦いは一旦おわり。じゃあね!」


 だがそんな彼らをあざ笑うかのようにアリエスは空間にできた隙間へと体を滑らせていく。


 既に彼女達の姿は無かった。


緊張の糸が切れ安堵感を覚えたのかアリスとサーシャは眠るように気を失う。


「舐められてんなぁ。さてとっと」


グレイスは1度あたりを見回した。倒れ伏すカエデをチラリと眺めたあと、空けた場所で繰り広げられる戦闘とも呼べない蹂躙を確認した。


 羽織を背負った3人の八刃は何れも敗北していた。ジャックはロウガの頭を掴み持ち上げた状態のままササナキとカナイを踏みつけている。


既に意識すら刈り取られているのか三人は微動だにしない。メシア王国が誇る三人をいとも容易く撃破したジャックの力は本物である。


飽きたのかロウガの首から嫌な音が響いた。そして、ぶらりと垂れ下がった体を放り投げたジャックは振り返る。


2人の視線が交差した。


「おい、グレイス。裏切んのか?」

「裏切るもなにも、裏切ってたのはオメェらだろうが」


グレイスは黒王無双剣を地面に突き刺すと大地を削れながら歩を進めていく。


「チッ、俺だけ置いたかれたのかよ。ガイウスは死んじまったみてぇだしヤマトって奴は本物か」


やれやれと頭を振るジャックは徐に踏みつけていたカナイとササナキに向けて笑いかけた。


「取り敢えず死んどけ」


その言葉と同時にグレイスは大地を蹴りトップスピードで駆け出す。竜具で削られた場所から波のようにうねりグレイスへと続く。


だが、それよりも早くジャックの足が赤熱化していきカナイとササナキを溶かす。人が溶ける匂いが辺りに充満していく。


「八刃とやらを削れば後で楽できそうだ」


そして、2人は業火に包まれ灰すら残さずに消えた。残るのはジャックが立つ赤熱化した大地のみ。


「しゃらくせぇっ!」

「俺も用は済んだ」


グレイスが振り上げた竜具に纏うように大地が爆発する。まるで巨大な波となってジャックに襲いかかった。


轟音が鳴り響き大地が揺れる。その天災のような力であったがグレイスは舌打ちをひとつ踵を返した。


「逃げられたか」


悪態を吐くグレイスの後ろから声が聞こえた。


「お前は、敵なのか?」

「ああん? 敵だったらとっくに殺してるぞ。それよりも、その女は早くしねぇと死ぬぞ」


よろめきながら立つレグルスに向けてグレイスは告げる。地面を赤く染め上げる程に出血しているカエデは誰の目から見ても風前の灯だ。


「取り敢えず契約しろ」

「またそれかっ!」

「まぁ聞け。契約したらそいつの力は解放される。ようするに竜王の力を身に宿すって事だ。お前らも見に覚えがあんだろ?」


 その問いはアリス達に向けられたものだった。


「確かに契約したとき体から力が溢れたわね」

「ドバーッて感じだったね」

「なるほど、そうならカエデさんは助かりますね」


 三者三様の反応ではあるが皆が同じく感じ取っていたものであった。その事にレグルスの顔色は明るくなる。


「で、どうすんだ? そもそもお前がグズグズしてるからこうなってんだろう」


グレイスの言葉にレグルスはあっけに取られる。その態度にさらにグレイスはイライラしたように語る。


「そいつはお前が好きなんだろ? 何で先延ばしにしてんだ。お前は女1人を受け入れる度量ってもんがねぇのか」


レグルスはラフィリア、サーシャ、アリスと契約する際もグズグズと問題を先延ばしにしていた事を思い出す。


そして、そのせいで三人に命の危険が迫った事も。今回も同じであった。


「情けねぇな、おい。契約すればその女の人生を背負い込むってこったぁ。どうすんだよ」


その全ての言葉がレグルスに突き刺さる。


「言い過ぎ。昔の自分と重ねて当たるのは筋違い」


いつのまにか姿を戻したキャロルが窘める。眠そうな顔は変わらずレグルスを見つめていた。


「ああ〜、悪かったな。でもまあ男なら男らしくしろって事だ」


決まり悪そうに頭をガシガシと掻いたグレイスは合図するように顎をしゃくる。


「いや、その通りだな」

「分かればいいんだよ、分かればな」


レグルスは深呼吸をすると倒れ伏したカエデの体を抱き上げた。呼吸は浅く顔色も悪い。


それはいつも見ていた積極的なカエデとは大きく違っていた。本来であればレグルスに抱かれれば大はしゃぎな筈だ。


だが、薄く笑みを浮かべるのみのカエデ。


「カエデ、俺と契約してくれ」

「は、い」


そして、この世界に残す最後の竜王の力が解き放たれた。雷雲が瞬く間にレグルス達の頭上を覆う。


閃光をあげる雷雲が激しさを増す。そして、一筋の雷が舞い降りた。空高くから落ちてくる雷はその姿を変え、強靭な四肢を持ち、雷光の翼を持った竜へと変化した。


宙をその四肢で蹴って走る竜の後ろには雷光が付き従う。その姿は極大の雷となってカエデへと落ちた。


視界が白く染まる。


「雷王竜ボルテクス」


グレイスが感嘆の声をあげた。それはグレイスがキャロルと契約した際にも、そしてレグルスとラフィリアの契約を見た際にも感じた感覚。


偉大なエネルギーを感じ取っていた。


「んっ」


呻いたカエデは顔にかかる長い黒髪を分けて体を起こした。切れ長の目をキョロキョロと動かした先にレグルスの手に握られた槍を見つけた。


黄金に輝く雷を模した槍。帯電しているのか時折紫電を迸らせている。


「契約したんだ」

「ああ」


ガバッとレグルスに抱きついたカエデはすりすりと頭を擦り付ける。


「レグルスを庇ったらもしかしたらって、打算もあったんだ……それでこの人は?」


そう言ってはにかんだカエデだったが、辺りを見回して尋ねた。無精髭を生やした男に見覚えはなく当然の疑問である。


「俺は死神って言った方が早いだろう」「しにがーー」

「まあ待て譲ちゃん。今は味方だ」


 裏組織と肩を並べる死神という名に驚くカエデを制止させたグレイスと動かないレグルスを交互に見やりひとまず落ち着きを取り戻す。


「それで、他のみんなは?」


 倒れるアリスとサーシャに目をやると、答えるようにラフィリアが姿を戻した事でメシア王国の面々のみがいない事となる。


 言いづらそうに口を噤むレグルスを見かねたグレイスが口を開こうとした時


「どうやら無事だったみたいだね。いや、コウガ、ササナキ、カナイは死んだ」


 ボロボロになり、赤く染まった羽織を風に揺らしながらヤマトが遠くを見つめるようにしていた。サクラも沈痛な面持ちで押し黙っている。


「えっ……」


 それはカエデにとって衝撃であった。幼い頃から知っている3人が死ぬとは考えた事もない。そして、八刃の3人がたった一人に負けるという事も異常事態だ。


 八刃とはセレニア王国で言う所の騎士団長クラスの者達だ。それも、対人戦に磨きをかけた武人集団。


「悔しいが、冥府は想像以上。いや、滅竜騎士すら超えている化物だ。倒したガイウスも勝てたのは天運だった」


 そう語るヤマトは拳が白む程に握りしめながら口を閉ざす。重い空気が流れる中、誰もが口を開くことが出来ない。


「ここで止まってる暇はねぇ。ここの王都にも敵が攻め寄せて居る筈だ。それも全てにな」

「そもそも死神がここに居る事が大事だが、それはどういう事だ?」


 レグルスは真剣な表情で問いかける。セレニア王国にも攻め寄せているとなればケイン達クラスメイト、ローズにミーシャと言った者達の安否が心配だ。


「ようするにあいつ等も本腰を上げて動き出したって事だ。とにかく俺達は第二陣の結界を防衛しなくちゃならねぇ」


 グレイスはそう言うと走り出した。彼につられるようにレグルスはアリスとサーシャを担ぐと立ち上がり後を追う。


 ヤマトは数瞬のあいだ瞑目する。あれ程の敵を相手に時間を稼いだ彼らは命懸けで任務を全うした。


 万が一にもレグルス達の方へと向かわれていればレグルスは確実に殺され、人類の希望もまた潰えていたのだから。


「みんな、良くやった」


 未だに遠くから聞こえてくる戦闘音はゲンジ達と竜の戦いが続いている事がわかる。限られた時間の中で立ち止まることはできないと、ヤマトはその言葉を残してこの場を去つた。



◇◆◇◆◇



 巨大な竜が現れてからゲンジ達は防戦一方の戦いが続いていた。並大抵の刀士では時間さえ稼げずに命を散らすことになる。さらに、王都に近いこの場所では竜が放つ技に気を使わなければならない。


「面倒な相手だぞ、こりゃあ……」


 既に名無しの姿は見えない。王都では竜と刀士の戦いが続いているがメシア側が優勢であった。


「このままいけば王都は死守できそうですね」

「おう。あとはあのデカブツだ。お前らは俺のサポートを頼む」


 巨大な竜の目線と同等の高さである防壁に立つ八刃の者たち。眼が全て漆黒に変わった巨竜がその大きな口を開いた。


「さて、いっちょやりますかね。氷天断」


 無造作に縦に振るわれた雪月姫。その動作を合図と見たのか巨竜がその体躯に見合わない素早さで腕を振り下ろした。只でさえ大きな腕が高速で振るわれればそれだけで災害に匹敵する驚異である。


 鼓膜を突き破る程の風を切る音にゲンジの後方に立つ八刃達が一斉に竜具を構えたが、すぐに頭上へと視線を向けることとなる。


「流石はゲンジさん」


 空に存在する水分が雪月姫の命により形作る。雲が裂け薄く巨大な氷の刃が降下する。その速度はみるみる間に早くなり、振るわれた腕に直撃した。


「かってぇな。おい」


 ゲンジの呑気な声と同時に砕ける氷の刃。腕を押し留める事はできても傷をつけることはできなかった。漆黒の鱗が巨竜の肉体を包み規格外の防御力を誇っている。


「なら簡単だ。中から氷漬けにしてやる」

「援護はお任せを」


 矮小な存在に行動を阻害された竜は怒り狂う。その巨大な腕で脚で尻尾で

振るわれる攻撃は全てが致死のもの。だが、その悉くを八刃が受け止め、流す。


「よっと。足腰鍛えてんだよデカブツが」


 空中に氷で作られた綺羅びやかな階段。駆けるゲンジは縮地によって瞬く間に巨竜の頭へと飛び乗った。振り下ろさんと暴れるがゲンジは上手くバランスをとりちょうど中心になる位置へと辿り着いた。


 雪月姫を両手で構え、突き刺す。強固な鱗が切っ先を押し留め僅かにしか入り込まない。


「咲き続けろ、雪月姫」


 瞬間、切っ先から何度も何度も雪の刃が連続で作られては砕けていく。一点に集中した刃が徐々に徐々に鱗を削り内部へと侵入する。やがて、刺さった黒い鱗が砕け、血が吹き出した。


ゴアァァァッ


 絶叫ともとれる咆哮。吹き出した血が零度によって固まりゆく。そして、作られたのは中心から見事に広がる一輪の花。


 巨竜は危険と判断したのか頭を下げ防壁へと打ち付け、ゲンジを圧殺せんとと前進するが、八刃達の全力の滅竜技によって押し留められた。


「これでもこんなもんかよ……固すぎだろ」

 

 離脱したゲンジは手応えのなさに呟いた。手に痺れが残っている事を確認するかのように何度か握っては開いてを繰り返す。


 巨竜の頭部、先程一撃を入れた一点を見つめたまま黙していたゲンジであったが気楽に腕を上げると呟いた。


「まっ、地道にやりゃあ勝てますかね。さっきとおんなじ感じで頼むわ。一点集中で削り取るから、持久戦だな」

「「「はっ!」」」

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