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78話

 どこか聞き覚えのある声にレグルスは視線を上げた。


「盛り上がってるじゃねぇかレグルス」


 眉間に皺を寄せたハーローと眠そうなネルがそこに立っていた。いツモのような掛け声にその様子。この場で行われていた死闘にはそぐわないものであった。


「くっ……」


 だが、誰もがその場に縫い留められていた。声を漏らしたのはアリエス。大地から首元に伸びる棘。これ以上踏み出せば己の首もまた貫かれる状況にアリエスは振り下ろした竜具をピタリと止めていた。


「死神……姿を消したと思っていたらまさかこんな場所にいるなんてね」

「なに、たまたまだ。それで、お前らは何をしてんだ?」


 言葉と同時に何重にも生えていく棘は的確にアリエスの急所を貫かんと襲っていく。


「やっかいね」


 正確であり、迅速な攻撃には堪らずアリエスは距離を取らされる。


「お前らの目的は世界の平穏じゃあ無かったのか?」

「そうよ、本質的には世界を守るみたいなものだよ?」


 会話の合間にも超人じみた駆け引きを繰り返す二人。まるで地面全てが的になったかのように棘が際限なく湧き出していく。それすらも容易に避けるアリエスは目を細め、楽しそうに笑っていた。


「チラッと俺の耳に入ってきた情報じゃあ違ぇみたいだなぁ、おい」

「鍵さえ殺せば何もかも上手く行くんだよぉ? あれ、言っちゃだめだったかな?? キャハッ」


面倒くさそうに聞いていたハーローの表情が急激に変化した。


「殺したのはお前達って事か?」

「そうよ。でも半分は不正解! その時は私もカレンもまだ封印されてたからぁー、やったのはテルフィナだよぉ?」


 コテンと首を倒すアリエス。その仕草にハーローの口角が上がり目を見開いた。全身で喜びを表すハーローに答えるように攻撃が増す。


「話の途中なんだけどなぁ〜」

「はは……ようやく見つけたぁ。なぁ、キャロル!!」

「グレイス、私は今嬉しい。取り敢えず……殺す」


ハーローとネルの顔に壮絶な笑みが浮かび上がる。


「「黒土無双!」」


キャロルを起点にグレイスが立つ大地が凝縮されていく。そして、蠢く大地は何重にも重なり凝固し黒い一本の剣へと姿を変えた。


これがキャロルの竜具であり、大地の力をそのままに操る事の出来る竜具。


「どうやら俺は敵に与していたらしいな。レグルスと同じ力を持った俺を邪魔だと判断したんだろうが……」

「んー、そうでもないよ? テルフィナはただの脅威だと思っていたらしいけど……いろいろ助かったってね」

「それで、新しく選ばれたレグルスに俺を差し向けたってわけか。体良く騙された俺をな」


 全てを悟った様子の死神。そして、話についていけないレグルス達。彼らを見渡したアリエスは極大の氷を作り出しそこへと飛び乗った。


「ここまで辿り着いたグレイス君に真実を教えてあげる! それとそこの君にもね、自分達が自ら愚かな事をしていたって事を知ってもらって顔が見たいなぁー! 」

(時間を稼がなきゃちょっとまずいなぁ。カレンも連れて帰らなきゃだし……あぁ、もう!)


 既に消耗しているアリエスにとって死神は簡単に倒せる相手ではない。死神もまた知りたかった真実を前に動きを見せない。こうして語られた内容は想像を絶するものであった。


竜王はテルフィナを除く六王姫達を己の力の半分を用いて封印し残りの半分の力をアリス達のような者へと与え封印の鍵とした。さらに、サラダールの力もまたグレイスやレグルスといった者達へとその時代ごとに変遷させていたのだった。


 唯一テルフィナだけが自由に行動する事が出来たが、源であるサラダールが封印され力を失っていたことで同じく力を大幅に減衰させていた。


「忌々しいことにサラダール様のお力が容易に戻せないようにエネルギーを堰き止めていたんだよ」


 口を歪めたアリエスは憎悪の籠もった笑みを浮かべていた。


彼女の言うとおり、エネルギーが中心へと渡らないように各竜王の棲家を起点に堰き止めていた。それは、各国の王宮にも竜王の力を用いた楔がある二段構えであった。


 そうする事で中心であるアガレシアに、サラダールへと力が渡らないようにされた巨大な封印であった。


だが、それでもサラダールの力は完璧には封じきる事は出来なかった。数百年の永い年月を経て本来なら出会うはずのない6人が出会うべく仕向けられたのだ。


そして悲劇が起こった。


 グレイスがキャロルと契約した事で突如として現れた竜王の因子を持つ強力な存在。封印の仕組みを知らなかったテルフィナは唯の脅威として目障りな竜姫達を殺害していった。


「テルフィナも先走りすぎなんだよねー。でも、お陰様でね」

「そういう事か……」


フィオナ・ルーガスは地竜王ガイアが封印から解かれたことを知る。テルフィナはすぐさま復活したフィオナ・ルーガスと共に新たな鍵となる竜姫を探したが既に鍵となる竜姫達は時代へと変遷していた。


 グレイスもまた竜姫を失った事でサラダールの鍵としての役目を終えていた。そして刻は流れ、新たに選ばれたレグルスへとサラダールの力が移ったのだ。


 そこからはレグルス達の知る通りである。テルフィナ達の計画は進み、今に至ったという事である。


「貴方の存在は役にたったよ。こうして、サラダール様の復活まであと一歩という所まで来ているんだからね。それに、騙されてくれてありがとね」


アリエスは笑顔を浮かべると不意打ち気味にレグルスへと竜具を振るう。動かない体を必死に捩ろうとするレグルスをあざ笑うかのように吸い込まれていった。


だが、この場にいるのは死神であり竜紋を持つ者。


「そうかい。それと……黒王無双剣ガイア


グレイスを中心に大地が波のようにうねると放射状に黒く染まり行く。その光景はレグルスが持つ竜具の力にも勝るとも劣らない、まさしく竜王の力であった。


「ふう。やっぱりこうなるよねぇ……」


どこか疲れた声を発したのはアリエスであった。振り下ろした竜具はレグルスを覆う黒土により防がれていた。


絶対零度の竜具といえど冷気を通さない黒土はレグルスを襲う事は出来なかった。


「さて、俺とやろうや。アリエスよぉ」


黒土が盛り上がり一本の黒剣が大地から姿をあらわす。放射状に伸びていた黒い大地は抉られたように窪んでいた。


黒王無双剣、それは大地を支配した範囲全ての力そのものであり絶大な力を秘めた竜王の剣。




◇◆◇◆◇


憤怒の大山脈に広がる森が悲鳴をあげていた。切り倒されたのではない、比喩ではなく森が弾け飛んでいく。


「おらおら、どうしたっ」


硬い鱗に包まれた両腕が迫る。ヤマトは咄嗟に身を屈める事で何とか避けるが再び木々が弾け飛んだ。


その衝撃を背中に受けヤマトは少なからずダメージを受けている。先程から何度も続く攻防であった。


肩で息をするヤマトと戦闘が楽しいのか笑みを浮かべたままのガイウスとではどちらが優勢かは明らかであった。


「その歩法は厄介だが、おもしれぇ」


かつてカインツが用いた秘術。その力を使いこなしたガイウスの動きは人間を超越していた。


「はぁはぁ」


振るわれる豪腕を避けるヤマトは目の前の大男の隙を何度も見逃していた。全てが大振りであり力に任せた戦い方をするガイウスは刀術の達人の域まで到達したヤマトから見て稚拙な戦い方である。


だが、ヤマトはその隙をつけない。圧倒的なまでの肉体のスペック差は覆しようが無い。


小さな子供と大男とでは技術の差など関係ないのと同義である。


紙一重で避けたヤマトは大きく空振りしたガイウスの背に竜具を振り下ろした。剣閃が煌めき刃が迫る。


「おせぇっ!」


振り払った際に崩れた態勢を腹筋のみで捻り返したガイウスは裏拳を繰り出す。まるで風車のようにグルンと回るガイウスの腕と竜具が衝突した。


そして、ヤマトはすぐさま竜具を引き寄せると大きく飛びのく。


「有り得ない」


そう呟いたヤマトは愕然とした表情で己の竜具を見つめていた。手に残る感触は確かに竜具が悲鳴をあげるかのような違和感であった。


だがそんな思考をしている暇もない。猛牛のように大地を蹴るガイウスは両腕を広げて突進してくる。


強引に転がり避けると後方で再び弾け飛ぶ木々。力で砕けたというよりかは


「やはり触れた部分が破壊されたという事ですか……厄介ですね」


冷静にガイウスの能力を分析していたヤマトは大凡の能力を掴んでいた。


蓄積されたダメージのせいかヤマトの動きが徐々に鈍くなっていく。開戦から避け続けいていたヤマトであったがその余裕も徐々に失われていく。


「弱ってきたなぁ、おい!」


破壊の嵐が現れたとばかりに叩き込まれる連打を紙一重でかわしていたヤマトであったが、ついに肩を掠めた。


「ぐっ」


触れた部分から流れる破壊のエネルギーがヤマトを襲う。接触した極僅かな面積に込められたエネルギーでさえ生身の人間に少なからず衝撃を与える。


薄皮が剥け、少量の血が弾け飛ぶ。


そして明確にダメージを負うということは差は更に広がるということだ。確実に擦り始めた猛攻は止まらない。


「だんだん掠ってきたじゃねぇか! もう終わりかよっ」


金色の瞳孔がさらに細くなる。


「ならそろそろ本気を出させて貰うぜ」


ニヤリと笑ったガイウスの両腕に変化が起こった。破壊のエネルギーとも言うべき力が可視化される。


放電のようにスパークする力の一部が大地に触れれば弾け飛び、木々を粉々に変えていく。ガイウスが立つ場所は死の場所へと変化していた。


「これが砕覇竜タイラントの力だ」

「全くもってデタラメですね」


再び刀を握り直したヤマトは深く呼吸する。これから行われるのは死の舞踊。漏れ出す力に触れらだけでも致死の力であり、ましてやその豪腕は絶対に避けねばならない。


ヤマトはかつての中でもここまでの強敵と戦った事はない。そして、そのような相手と戦うこの瞬間が彼にとって最もベストコンディションであった。


それ故に彼もまた笑う。彼の中にも深く刻まれた強さこそが絶対という掟が彼の力へと変わっていく。


研ぎ澄まされた剣気は幻影刀を更に鋭くさせる。斬る、という概念を乗せた幻と破壊という概念との戦いである。


「さて、では斬りましょう」

「粉々にしてやるよ」


両者が睨み合う。


そして、初めに動いたのはガイウスであった。軽く地を蹴った彼は背の翼をばさりと動かした。それだけで既にトップスピードへと至った彼は弓のように右腕を引き絞った。


それと同じくヤマトもまた縮地を用いて瞬足の間合いへと持ち込む。単純でいて最も強い振り下ろしを選んだヤマトは刀を大上段へと構えたまま両者はまみえる。


瞬きをする暇もなく迫った2人の拳と刃が衝突する。


ギイィィンッ


「はああぁっ」

「おらぁっ」


裂帛の気合を込めたぶつかり合い。そして、鳴り響く金属音にガイウスは勝利を確信した。


拳に伝わってくる金属の悲鳴。それはヤマトの竜具が負けたという事に他ならない。拮抗していた右腕をそのままに左からフックを浴びせかけた。


そして


「終わりだ」


側面から殴られた竜具は綺麗な音を響かせて砕け散った。


「そんな……」


キラキラと輝く破片にヤマトは驚愕と諦観を滲ませた表情で力なく呟いた。己の心が負けたという事に彼は気がついた。


「楽しかったぜ」


既に武器を失ったヤマトは破壊された衝撃で上体を仰け反らされていた。そして、そこに潜り込んだガイウスの拳が顔面へと迫る。


諦めの表情を作ったヤマト。だが、驚く事にスパークする拳は顔のすぐ横を通り過ぎていった。


「な、何でだっ!?」


それはガイウスの声であった。自分ですら確実に決まったと思える一撃がなぜかヤマトの頬を僅かに傷つけただけ。


それは彼ほどの実力者ならあり得ない現実であった。ガイウスの脳裏にこれまでの戦闘風景が不意に蘇った。


確実にヒットしない攻撃。


「ま、まさかーー」

「どこを狙っていたんですか」


何かに気が付いたガイウスの声を遮るようにすぐ後ろから聞こえる声。ガイウスは自分の前で諦めた表情を作るヤマトがいる事を確認する。


「惑わされてたのか……」


そして悟ったように呟いたガイウスは右腕を後ろへと振り回す。振り向きざまに見えるのは大上段から振り下ろすヤマトの姿。


その流麗な太刀筋と竜具が帯びる剣気はまさしく斬るという事のみを追求した技であった。


「終わりです」


ヤマトの宣言どおりにガイウスの二の腕から先が宙を舞い、頭から股にかけて線が走った。


「対人戦は戦いが始まる前から始まっているんですよ」

「俺の……負け、だ」


その言葉を残したガイウスの体はゆっくりと左右へ別れた。倒れ伏した体はみるみる間に元の人の姿へと変わってゆく。


 超常の光景を暫く見つめていたヤマトは己の知らない力に少しばかり身震いした。


「それにしても、危なかった。冥府が同等の実力者達の集まりなら危険極まりない」


鍔鳴りを響かせて納刀したヤマトは己の羽織から滴る血を確認してその場に座り込む。


腕は痺れ、呼吸は荒く、流した血もまた少なくない。今回の勝敗はまさにヤマトの対人戦における強さの賜物であった。


惑わすにしてもいきなり出来るような簡単なものではない。ヤマトの姿をずらす為には徐々に幻惑していくのだ。


初めは打ち合い、避ける事に専念していく。そうすればガイウスの考える現実と幻影刀が見せる幻実とが少しずつリンクしていくのだ。


「あと数合と打ち合っていれば負けたのは私の方でした」


ヤマトは確実にそうなっていただろうという確信があった。竜具との相性が良かったから勝てたという事。


これが属性の力や打ち合う為の力であれば竜具が砕けていたのは間違いない。幻惑を用いて打ち合わない竜具だったからこそという現実にヤマトは冷や汗をかくのであった。


「さて、もう少し体力を回復させましょうか。動けそうにありません」


そう言うとヤマトはその場で大の字に寝転ぶ。激しく上下する胸を抑えるように息を吐き出した。


「助太刀は行けそうにないですねぇ……」


ポツリと呟いた声と同じく先程まで遠くから聞こえていた音が止んだことに気がついた。


「さて、どちらの勝利か気になりますが……」


極度の疲労の為かその場で目を閉じたヤマトの髪を撫でたサクラ。


「お疲れ様、ヤマト」


破壊のエネルギーを受けた疲労は大きく彼女もまた眠りについたのだった。



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