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76話

 遠方の森の一部が土煙を上げ、一部が姿を消す。


「始まったようだ。さて八刃とやら、お相手しよう」


そう言って腕を広げたジャックの姿は既に現解を発動しており黄金の瞳に翼が見える。天下八刃の三人を前に動揺も恐れもない。


「……」


 相対して分かるジャックの隔絶した威圧感。コウガは声を発することなく喉を鳴らしていた。


「どうした? コウガ、びびってんのか?」

「いつもの調子はどうした」


コウガの様子を茶化すカナイとササナキであったが本音は同感である。ジャックと呼ばれる目の前の相手が尋常ならざる相手だということは理解できる。


茶化す言葉を投げかけられたコウガはニヤリと笑みを浮かべた。


「ちげぇよ。いい練習相手になるってことだ」

「まずはお前からか?」


 そう呟くコウガへと問いかけるジャック。


「序列八位 コウガ参る。降り尽くせ五月雨」


八の羽織をはためかせ、縮地によって間合いを詰める。使うのはメシア流の中でも最速の刀術、抜刀。研ぎ澄まされた剣気が1本の柱となってコウガを包み込む。


 軸足を踏みしめるとその勢いで地面が大きく砕かれる。急発進と急制動による運動エネルギーを流れるような動作で取り込み、己が添えた竜具へと伝えた。


「抜刀!!」


コウガの人生において最も素早く繰り出された刀は流麗な線を描きながらジャックを捉える。陽光を反射する青い刀が触れる直前でぐにゃりと変形し無数の鋭利な水礫となってジャックを襲う。


 避けようのない無慈悲な面での攻撃。一つ一つの水礫は体を容易く砕き、死に至らしめる。


 だが、完璧に決まったはずの抜刀術を途中で止めざる終えない程の途轍もない殺気を感じた。


「チッ、化け物がっ」


コウガは踏み込んだ足に無理な力を加えて、後ろへと飛び退る。軋む体は音を立てていた。咄嗟の回避は彼の命を僅かに永らえることに成功していた。


「遅い」


コウガの耳元で囁かれる声。


ジュッ


「つッ!」


いつのまにか懐に入り込んでいたジャックの手が僅かに触れていた。ただそれだけで脇腹が焼け爛れ、鼻につく嫌な匂いが漂う。


「コウガっ!?」


 刹那の攻防の勝者は明らかであった。


「間に合えっ、地葬」


ササナキが竜具を素早く地面へと差し込む。すると、コウガを追うジャックの周囲から地面が隆起し大口を開けて挟み込んだ。


「すまねぇ」


 追撃を逃れたコウガは二人と入れ替わるように衝撃で吹き飛ぶと地面を削りながらその勢いを止めた。


「ぐふっ」


 吐血したコウガは手を脇腹へと当てるとその熱さに眉をしかめる。あの僅かな攻撃でさえこのダメージなのだ。


「警戒してこの様かよ……」


 すぐさま竜具から水を生み出し脇腹へと当てると水が蒸発していく。


「任せろ!」

「カナイ! 油断すんなよ」


大地に挟まれたジャックへとカナイが雷撃を浴びせた。メシア王国が誇る八刃の攻撃は最適なタイミングで最高の攻撃を繰り広げていく。


「鳴け、鳴雀!」


 小さな雷撃が束となって襲いかかる。それは途切れることなく放たれ続け、隆起した大地が抉られ続ける。それでもなお彼らは攻撃の手を緩めない。


 ますます激しくなる攻撃は彼らの危機感を表していた。


「なりふりかまってられねぇっ」


 コウガが痛む脇腹を抑えながら大地へと水の奔流を叩きつけた。それは大地が電撃を帯びたようにジャックを襲う筈であった。


 だが、大地が真っ赤に染まっていく事で異変に気がついた。隆起した大地を起点にドロドロとマグマのように溶け出す。


異変はすぐさま気がついた。既に形を保てない大地がドロリと崩れ落ちる。そこから現れたのは全身を真っ赤に赤熱化させたジャックであった。


その熱気は離れた位置に立つ三人にも伝わるほどであった。


「その程度か……有名な八刃とやらは」


退屈そうに呟いたジャックの体から熱が引いていく。こうして八刃と冥府との地獄の戦いが始まった。




既に二つの戦端が開かれた中、カレンとアリエスと対峙するレグルス達は様子を伺っていた。突如として現れた2人の少女の威圧感に手を出せないでいたのだ。


「お前らが六王姫なのか? サラダールの竜姫だったって事か?」

「ええ、そうよ。さて無駄話も終わり、私達も始めるわ。新旧揃ったことだしね、緋王紅蓮剣イフリート

零王白華剣フロンスティア


そして、未だ味わったことのない規格外の竜具がレグルスに向けられる事となる。カレンが握る緋色に輝く剣からは悍ましい黒炎が吹き荒れていた。


アリエスの竜具も同じく、触れるものを黒く凍らせている。レグルスはカインツ達が見せた古竜よりも圧倒的な力に警戒感が振り切っていた。


「アリス、サーシャ、ラフィリア! 本気の本気だ!!」

「「嵐王装衣テンペストモード」」


息も同時にラフィリアとレグルスが叫ぶ。服がはためき嵐の衣を纏ったレグルスは即座に両腕を突き出した。


「「緋王紅蓮剣」」

「「零王白華剣」」


カレンとアリエスと同じく竜王の力が顕現する。駆け出したレグルスは未だに動きを見せない2人へと猛然と切りかかった。


交差させたふた振りの竜具を解き放つように左右に振るう。それだけで、空気は妬かれ、凍りつく。


ただの竜具ならば抑えることもできない威力であるが、しかしカレンとアリエスは悠然と受け止めていた。


お互いのエネルギーが共鳴し空気を揺らす。それは衝撃となって三人を中心に広がっていった。


憤怒の大山脈の麓に広がる森から一斉に鳥達が飛び去っていく。何百年の時をえて再び竜王同士の戦いが始まったのだ。


それは世界を揺るがすほどの力となり衝突する。


残像を残してしゃがみこんだレグルスは飛び上がるように刃を水平にして首を凪に行く。


だが、アリスはカレンの作り出された黒炎に止められ、サーシャは黒氷に阻まれていた。


「この程度なの? サラダール様の足元にも及ばないわね!」

「所詮は偽物ってことだよね?」


受け止められていた二つの力が増大してレグルスを包み込むように蠢く。


「俺は俺だ!」


咄嗟に後方へと飛んだレグルスは立体機動を試みる。爆発的な脚力で上空へと飛び上がると、ラフィリアがサポートする。


『行ってください!』


足元に作られた風の力場を利用して縦横無尽にかけるレグルスは一撃離脱とばかりに猛攻を仕掛ける。


「そっかそっか、ララちゃんの力も使えるんだよねぇ」


既に常人の目では追えない程のスピードに到達したレグルスは音だけを残して飛び続ける。


カレンへと向けて放ったイフリートを空中でフロンスティアへと持ち替える。


「うそっ!?」


タイミングをずらされたカレンが驚きの声を上げた。だが、アリエスがカバーに入り防がれてしまう。


そんな剣戟の音が響き渡っていた。


だが、打ち込むたびにレグルスの手には違和感が蓄積されていく。それは、2人の声とともに確証に変わった。


『な、なにこれ!? 苦しいわ』

『力が抜けちゃうよぉ』


同格の筈の竜具であったが、苦しそうな声がレグルスの脳内に響き渡った。


『と、飛ばします!』


鍔迫り合いをするレグルスを援護するかのようにラフィリアの吹き荒れる嵐が2人を吹き飛ばす。


「どうなってんだ?」

『分かりません。私に違和感はありませんし』

『私だってどうなってるのか! でも、あのイフリートと打ち合うたびに力が抜けていくっていうか……』

『そうなんだよ!! なんかおかしいよっ』


綺麗に着地した2人を見てレグルスは絶句する。彼女達の竜具が先ほどよりも強大になっている事に気が付いたのだ。


「力を吸っているのか」


カレンはその態度に笑みを浮かべながら話しかけた。


「当然よ、私達の竜具は反転しているもの」

「同格の炎と氷は私達にとっては極上の力ってことだよ……ってカレン! アイツに教えてどうすんのよ!!」

「うっさいわね、アリエス!」


ギャーギャーと騒ぎ始めた2人に何処と無く似たようなものを見ているなぁという感想を抱いたレグルス。


「持久戦は避けなきゃいけねぇな。だが……」


 再び変則的な動きで斬りかかるレグルスであったが、彼女達の防御を突破する事ができない。


「ずっとこの時を待っていたんだよ?」

「私達の重みを知りなさい!」


 その剣技は重みを感じる。何百年もの暗い想いは遥か深い。



◆◇◆◇◆



 ヤマト、八刃、レグルスが去ったあと、メシア王国、王都では激しい激戦が繰り広げられていた。迫りくる黒い影はみるみる間に大きくなっていく。


 黒い影は視界いっぱいに広がっていた。王都の住民たちは不気味な光景と王都に響き渡る警戒音に恐怖が僅かに浮かんでいたが、彼らは民とて武の国の民である。


 混乱はすぐさま収束され、民は自分達が成すべきことを素早く、迅速に行なう。それは天下八刃と滅刃衆、即ち刀士達が思う存分に力を振るえる環境、彼らの邪魔にならない為にという心が彼らを突き動かしていた。


 さして、それに応えるのが彼ら刀士達の使命である。


 羽織が風にはためき背の数字が大きく揺れる。国を背負った天下八刃を筆頭に刀士達が迫る影に毅然と立つ。


「ヤマトやキョウヤ様がいないから負けたなんて情けねえ事はあり得ねぇぞ? さぁて、いっちょうやりますかぁっ!!」

「「「おうっ!」」」


 ゲンジに続き天下八刃の3人が上段に竜具を構える。彼ら刀士達は己の精神を高め、力に変える技術を会得している。彼らが最も初期に、そして全ての基礎となる構え、何千、何万と繰り返してきた基礎。


 4人の気配が1本の抜き味の鋭い剣のように収束していく。触れれば切れる、そう思わせる気迫。


 鬼気迫る気配はこの場に静寂をもたらしていた。聞こえるのは彼らの呼吸音のみ。だが、その静寂も風切り音共に破られた。


 4つの剣閃が黒い影、竜達に向かって放たれる。色とりどりの属性を宿しだ斬撃は横に広がる竜を巻き込み、キリサキ、4つの群れへと分断する。無数の影が地上に落ちていった。


 その光景に歓喜の声を上げようとしたその時。


「刀士は割けるだけ割いて竜を迎い打て、王都に近づかせるなよ? そうなりゃお前ら全員、俺も含めてみんな末代まで弱者の烙印を押されちまう。残った刀士と滅刃衆は俺らと共に面倒な奴らが相手だな」


 4人の視線。そして、あとから気付いた刀士達もまたその気配に目を鋭くさせた。只ならぬ気配が放たれる方向。


 無数の黒い影。


 それは、各国の者にとっての恐怖の象徴。


 段々と鮮明になる姿。


 禍々しい黒いローブに白い仮面の集団。その恐怖の集団がサッと左右により中央に道が作られた。そこから現れるのもまた禍々しい黒いローブに白い仮面、だが決定的に違うものがある。


「おいおい、頭文字イニシャルが総出でお出ましかよ」 


 ゲンジは乾いた笑みを浮かべていた。


「どうやら総力戦のようだ」

「総力戦って、一体全体どうなってんだ? まるで戦争じゃねぇか」

「戦争か……メシア王国だけって事は無いわな」


 進みでた20人程の名無し。その仮面にはそれぞれに血のように赤い、不吉な文字が描かれていた。裏組織において最大勢力を誇る名無しのトップ集団、頭文字イニシャル達であった。


「下位の頭文字なら滅刃衆でも勝てるだろが。BにCにD……トップ連中はちとばかし厄介だぞ」


 未だかつて頭文字達がここまで一同に介した事はない。だが、目の前に現れたからにはここを抜かせず倒す以外に道はないのだ。ましてや、名無しの残虐非道な組織性は誰もが知っている。


 やる事は一つ。


「先手必勝だ! 散開!!」


 走り出したゲンジに続いてメシア陣営の皆は一拍の遅れもなく、一つの生き物のように走り出す。彼らが用いるのは独特の技術である縮地。瞬く間に距離を詰める彼らに一泊遅れて名無しも動く。


 両者がぶつかり合った時、先手の軍配ははメシア陣営に上がった。無数に崩れ落ちる名無し達。確かにメシア陣営側にも死者は出ており、滅刃衆、八刃といった最高戦力もまた頭文字によって止められている。


 だが、死傷者の数は名無し側が遥かに多い。


「数が少なくてもなぁ、裏組織と武国メシアの層は厚みが違うんだよ!」


 そのままの勢いで切り結ぶゲンジと頭文字のB。他にも上位の者達には天下八刃、滅刃衆が対応している。彼らメシアの者は強者に敏感である。故に戦う相手は間違えない。


 そうしている間にも刀士達と名無し達の戦いは激化を辿っていく。数で勝る名無しの構成員達であったが対人戦を遥か古より昇華してきたメシアの武人が相手では分が悪い。


 徐々に、少しずつ地面に倒れる構成員が増えていく。


「武国を名乗るだけはある」


 Bを持つ頭文字が辺りを見渡して呟いた。王都に侵攻していた多数の竜は王都に至る目前で食い止められ、名無しの構成員は劣勢。そして、頭文字までもが滅刃衆と天下八刃によって何人かは倒れていた。


「よそ見している場合か?」


 冷気を自在に操り攻撃を繰り出すゲンジはBを圧倒していた。電撃を放射するBの超スピードに追い付くゲンジ。


 速度ではBが勝るが、歩法と攻撃の組み立てによりそう動かざるおえなくされるBの動きは予知のようにゲンジによって管理されていた。電撃は生み出される氷壁により散らされる。


「いや、敬意を評しているんだよ。相性が悪いとはいえ流石は元序列1位のゲンジ」

「そりゃあありがてぇな。もう詰みだ」

「このままいけばな……」


 あと数手先でBが死ぬことを両者共に理解していた。次々に死んでいく名無しの死体が戦場に溢れ、この場を異様な雰囲気にしていた。だが、それを止めようともせずに目の前のBしかり、他の上位の頭文字達は焦る様子すら見せない。


 屍を築く彼らに対してゲンジは問いかける。


 

「何が狙いだ?」

「頃合いか……間引きもまた完了した。死は力となる」


 突如として両腕を広げたB。それに呼応したのか無防備な姿を晒す名無し達に刀士達は竜具を突き刺していく。一気に情勢が決定づけられる。


「何を……。いや、だが好都合」

 

 戦意を無くしたかのようにも見えるBの腹にゲンジの竜具が突き立った。それは誰が見ても致命傷。流れ出る血もまた致死量であった。だが、頭文字は笑う。


 吐き出す血をものともせずに歪に頬を歪め笑い続ける。


「ゴフッ。ふふふ……はっはっは!! 負に満たされた時……我らは真の竜となる」


 倒れゆくBは哄笑する。


 そして、頭文字が光に包まれた。



 


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