75話
既に王都を抜けた一行は頭上に飛び行く竜を無視して突き進む。何度か此方に方向転換してきた竜達を片手間に始末していた。
「あれは……ゲンジさん?」
僅かに聞こえてきた爆発音。その方向は王都であり戦っているだろう人物を思い浮かべたサーシャ。
「どうやら彼方も始まったみたいだね」
「大丈夫かなぁ……」
サーシャは不安そうに尋ねる。既に2ヶ月近く過ごしたメシア王国に少なからぬ情が湧くのも当然だ。ましてや、大群の竜を見たばかりでありそう思うのも不思議ではなかった。
「大丈夫さ。八刃は強い、それにゲンジがいるからね」
「ヤマトさんがそう言うなら……」
なおも心配そうにしているサーシャ。
「ゲンジは元1位でね、とても強い」
自信満々に言い放ったヤマトの言葉にサーシャはもちろんの事、聞き耳を立てていた他の面々もまた頷くのであった。
先頭を走る八刃の三人が話している間も舞い降りてきた双頭竜を切り倒す一行。片手間に倒している双頭竜とて弱い竜ではない。が、一対一の戦いであれば修練を積んだ八刃の敵ではない。ましてや、それが三人も前衛にいるのだ。
常時、聖域を展開し続けながら駆ける彼らの速さは既に馬すらも超える。初めは小さかった憤怒の大山脈の威容がはっきりと伝わる位置にまで進んでいた。
大きな山脈の麓にしか木々は存在しない。見上げればまるで血液が胎動しているかのように赤いマグマが循環している。
その圧倒的な威容はまさに竜王の棲家と呼ばれるものだ。立ち止まったヤマトの手には既に竜具が握られている。
「さて、ちょっと下がっていてくれるかい?」
その言葉にレグルス達はヤマトの後ろへと下がった。何をするのかとレグルスが不思議そうにしていると
「お兄様の本気です」
「本気?」
「あれでもかなり怒っていますから」
涼しげに話すカエデがクスリと笑う。
キンッ
美麗な音とともに刀が鞘を疾る。その所作は美しく斬ると言う概念のみが伝わってくるほどに流麗。振り抜かれた刀身は虚空を切ったかのように見えた。
何も起こらないかと思えたその時
ズシンッ
「大木が切れた……」
視界を覆っていた大木が一斉に斜めにずり落ちていく。切り口も同じであり、切れた後には整然と並んだ切り株のみ。
「とんでもないな」
見晴らしが良くなった森を見てそう呟くレグルスにアリス達は首を縦に振ることしか出来なかった。
「さて、これで敵も隠れてないでしょう。ほら、ね」
「お出ましか」
いつのまにか切り株に座る人影。だが、座っている人影の周りには先程の斬撃によって死に絶えたのか無数の躯が転がっていた。そんな彼らの装い。黒コートに仮面の特徴的な姿は誰もが知っていた。
「名無し……」
「おいおい、せっかく集めた兵隊がもったいないだろ?」
後方から現れた声。既に反応していた三人の八刃が相対していた。その男の両腕に嵌められたガントレットを認めたロウガが呟く。
「天地破軍のガリレウスが何でここにいんだ?」
「俺のことを知ってたのか? だが、半分正解で半分は不正解だ。答えは、冥府のだ。つってもどっちでも良いんだかな」
剛毅な顔にニヒルな笑みを浮かべたガイウスの瞳には冥府の門が浮かび上がっていた。
「なるほど、冥府とは各組織のトップということですか」
「ご名答、そんであっちが名無しのトップだ」
パチパチパチと手を鳴らす方へと視線をやれば切り株から立ち上がったコートの男。仮面にはしっかりとAの文字が刻まれていた。
「よお、俺が名無しのトップだ。まあ、今日でほとんどの兵隊は死んだがな」
「おい、シェイギスは?」
「シェイギス……今さら隠す必要もないか。アイツも冥府だ」
何でもないように答えたAにヤマトは油断なく構える。
「ミハエル様をやったのはお前達か?」
「あんなに強いとは想定外だったなぁ、殺したけど」
「強いやつは俺と戦う運命なんだよ、あの爺も本望だろ!!」
会話を聞いていたガイウスが吠える。
「ペラペラと話すところ、どうやら僕達を殺せると思っているみたいだね」
「思っている、ではない。殺せるんだよ、確実に」
パチンと指を鳴らす。すると、座っていた複数の名無し達が立ち上がる。何れも頭文字であり、相当の手練れである。
「あぁ、そうそう。そこの少年の相手は俺達じゃない」
「おい、ジャック! 俺にも戦わせろよ」
「既に三人と契約した奴は別格だ」
「俺がやるって――」
未だに吠えるガイウスが突如として黙り込んだ。それは、戦闘狂であるガイウスをして黙らざるおえない者の出現以外なにものでもなかった。
空間が歪み、軋み、暗い口を開ける。
「やっと私の姉妹と会えるんだわ!」
「煩いよ! カレン」
鈴のなるような声が暗い穴から聞こえてきた。そして、姿を現したのは何れも少女であり、真紅の髪を持つ少女と蒼の少女であった。
何れも何処と無く雰囲気がアリスとサーシャに似ていた。
いや、それには語弊があった。アリスとサーシャが彼女達に似ているのだろう。
「よいしょっと」
「全くアリエスは……」
その可憐な少女達が地へと舞い降りた。
スタッ
ただ、それだけでこの場の主導権が握られた。その圧倒的な気配は彼女達が超常の存在だと知らしめるものであった。
「さて、私はカレン。初めましてね、アリス」
「えーと、あっ! 君が僕の生まれ変わり? じゃなかった、同じ系譜を持ったサーシャだよね」
朗らかに告げられた言葉にアリスとサーシャは事態に追いついていけない。その威圧感と反比例するかのような態度に困惑を隠し切れなかった。
「難しかったかな? 炎竜王イフリートって言えば分かる?」
「じゃあこっちは氷竜王フロンスティア」
その言葉にようやく理解した2人はハッとした顔を見せる。それは、彼女達が使う竜具と同名であり確かなもの。
それは、一目見た時から心の奥底で分かる気配。
コミカルに手を振るアリエスと微笑みかけるカレンに敵であるという実感が沸かなかった。
だが、2人の視線がレグルスへと向けられると突如として絶対零度へと変わる。辺りの空気もまた数度下がったかのような錯覚に見舞われた。
「それで……お前が紛い物」
カレンが憎々しげにレグルスを睨みつける。
「サラダール様を脅かす存在は排除しなくちゃね」
アリエスは笑みを貼り付けたまま目は鋭く射抜いていた。そんな2人へと神速の間合いで踏み込んだヤマトが涼しげに呟く。
「お話のところ申し訳ないですが、隙だらけです」
再び斬るという概念を研ぎ澄ませた太刀は虚空を切りながら煌めく。
キィンッ
「悪いが、お前の相手はこの俺様だ」
ガリレウスが両腕のガントレットを交差させヤマトの竜具を止めていた。
「天地破軍!」
ヤマトの驚きは天地破軍が高速で現れた事もあるが、ヤマトの斬撃を受けてなお傷一つないガントレットが大きな原因である。
「傷一つ無くて不思議そうだなぁ? まあ、俺様が切られる訳がねぇからよ」
鈍く輝くガントレットと拮抗していた幻影刀を振り戻すと素早く距離を取った。
「何ですか? その理論は」
「まあ悪い事は言わねぇよ。俺の相手を出来んのは滅竜騎士くらいだ」
首を鳴らしながらガイウスは当然の事だと淡々と話す。
「なら問題ないですね」
「ほぉ、なら本気出すからすぐに死ぬんじゃねえぞ。現解 砕覇」
ガイウスを包み込む黄土色の竜気が双腕のガントレットへと集まりゆく。瞳が竜のように変化していき背から翼が生える。最後に両腕が見る見る間に変化していった。剃刀のような爪と硬い鱗に覆われた手はまるで
「竜の腕……」
ヤマトはその現象を呆然と眺めていた。
「ただの知性なき竜じゃねぇ。これは古代を生きた本物の竜だ」
「ふぅー」
ガイウスの言葉に反応せずに、ヤマトは深く長い息を吐いた。メシア流の基本中の基本である精神統一である。
相手はかの冥府のであり、ミハエルさえ破った敵であるのだ。予想外な事が起きる事は重々承知。意識の中へと深く深く潜ったヤマトは斬るという概念だけを研ぎ澄ませる。
「ほぉ」
ガイウスが感心したように呟いた。ヤマトの剣気が膨れ上がり研ぎ澄まされていく。
「はっ」
目を見開いたヤマトはその存在が一本の剣になったかのような鋭さを帯びていた。ヤマトが対人戦において滅竜騎士と並ぶとまでされる理由が技術をさることながらこの呼吸の深さである。
「私の精神が上回るか、あなたの精神が上回るか楽しみですね」
「そうこなくっちゃなぁっ!」
どちらからとなく走り出した2人はお互いに激突した。




