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74話


 連日、闘技場には学生や刀士にはたまた、手隙の市民までもが多く詰めかけ賑わっていた。彼らの目当ては二人の人物である。メシア王国内でもヤマトと張り合える者を探すのは難しい。だが、突如として現れた張り合える人物。更にその人物が学生とあっては見ない以外に選択肢のないメシア国民。


 闘技場には二人の人物が向かい合い会話をしている。彼らは満足したように笑みを浮かべると退場していっていた。


「かなり良くなりましたね。メシア流刀術の師範代を上げてもいいくらいですよ」

「ありがとうございます」


ヤマトの言葉にレグルスは頭を下げて返した。お互いが滴る汗を拭きながらその場に座り込む。


「それにしてもやはり凄まじい成長速度ですね」


レグルスの戦い方を見たとき、ヤマトの感想はちぐはぐながらも完成された戦い方であった。


使う技も戦い方もめちゃくちゃであり、法則性もない。だが、その全てがしっかりとしたうごきであったのだ。


「自分でもびっくりです。昔から体が何かを思い出すように動いたんですよ」

「それも竜王の力ですか?」

「そうかもしれません」

「それでこそ、メシア流刀術が活きてくる筈です。メシア流は建国以来続く実践的な刀術であり、長い年月をかけて様々な流派を取り入れてきました。レグルスにはピッタリな戦い方ですよ。それに、カエデの竜具は刀ですからね」


チラリとカエデ達がいる方へと視線を向けるとそこではアリス達と共に模擬戦を繰り広げている最中であった。


力でゴリ押す戦い方のアリスと創意工夫を持って戦うラフィリア、速さと連撃のサーシャに流麗な刀術を見せるカエデ。


4人共が竜王の力を持つ竜具であるためかド派手に見える。炎や嵐、氷に雷といった天変地異が空へと飛んでいくのだ。


「それで、カエデとの契約は決めましたか?」

「いや、それが……」

「何かあるのです?」

「簡単に契約は出来ないというか、竜王の生まれ変わりだからとかで簡単に契約していいのかって」


それはレグルスの偽りならざる本音である。契約とは滅竜騎士にとっても国にとっても全てにおいて最も重要な事だ。


「それならカエデは問題ありませんよ。あの子は本当に君が好きなようだ。君はカエデが嫌いなのかい?」

「それは……わかります。もちろん嫌いじゃないですよ」

「なら後は君次第になるね。僕はどちらに転んでも君の刀術の師匠であり、カエデの兄だ。その関係は変わらないよ」

「はい」


座り込むレグルスとヤマトはアリス達を眺めながら、吹き込む風に気持ちよさそうに目を細めていた。


「それで、新たに試している技は完成したんですか?」

「時間制限付きですけど、何とか」

「ほぉ、それは心強い。相反する力を混ぜるのは大変ですからね。でもまあ、三人もの女の子を落としたレグルス君なら問題ないでしょう」

「ちょっ!? ヤマトさん!」


驚くレグルスに向けて優しげな微笑みを浮かべていたヤマト。


「こう言うのも申し訳ないけど、君は勿論の事、カエデもまた狙われているのは確かです。君にはカエデを守って欲しいけど……とにかく君次第さ、後悔のないようにね」

「はい……」


 他人から見れば義兄のような振る舞いを見せるヤマトに押され気味のレグルス。だが、彼らの聴覚が慌ただしい足音を捉えた。その向かう先は自分達であり、火急の要件だとすぐにわかる。


 視線を向ければ全速力で走ってきていたのは滅刃衆であった。


「どうしたんだい?」

「は、はっ! ご報告です」


息を整える事すらせずに話し出した男。その尋常ならざる表情にレグルスもヤマトも悪い報告であろう事が想像できてしまう。そしてその予想は更に悪い意味で当たっていた。


「セレニア王国にて滅竜騎士ミハエル様、天雷騎士団 団長リーリガル・オーフェン殿、騎士団隊長クルト・バーミリオン殿を含めた隊長格全てがお亡くなりになりました」

「「……」」


 言葉を紡げないほどにその報告は彼らに大きな衝撃を与えた。絶対の存在である滅竜騎士の死亡と騎士団幹部の死亡。思ってもみなかった情報に脳の整理が追いつかない。


「続けての報告になりますが……」


 だが、伝令とてこの重大な情報を素早く伝えなければならない。固まる彼らの意識を引き戻すように言葉を続けた。


「襲撃者は不明ですが痕跡から三名。何れも血痕の量から重症の筈ではありますが逃走した模様。襲撃と時を同じく水晶騎士団 団長シェイギス・ハールーの姿が消えました」

「シェイギス……そんなまさか――」

「バーミリオンって……ロイス、ロイス・バーミリオンはどうなった!?」


ヤマトの言葉を遮ったのはレグルスの声であった。


 レグルスの脳裏に不意にロイスの姿が過ぎる。そして、シェイギスの名はレグルスの中でストンと納得がいくものでもあった。学園においても違和感が残る接触をして来ていたのが彼だったのだから記憶に残っている。


 バーミリオンという名と学園に来ていたシェイギスの事に不安を覚えてしまう。


「いえ、そのお方の報告はありません」


 一先ず最も気にかかっていた質問に対しての最良の答えが返ってきたことでレグルスは安堵した。そして、急速に事態を考え始めた。


「恐らくシェイギスは裏組織の奴だ」


 シェイギスが動き出した時と同じくして起きたカインツの件。王から一部の者のみに伝え聞いた場所の守護を任されたミハエルの死。そして今回。導き出される答えは一つしかなかった。


「まさか騎士団内に裏切り者が。それに、騎士団長と隊長、更にはミハエル様が揃っていて負けるとは……どれ程の戦力なんだ」


 ヤマトの驚きは全世界共通のものであろう。厄介とはいえ組織でしかない裏組織の人間に大国であるセレニア王国の騎士団上位数名と滅竜騎士が負けるという事実がその危険度を表していた。


「何かが起こるのかもしれないね」


戦いの日が近いと彼らは確信した。それもレグルスがメシア王国に渡ってすぐに動いたとなれば裏を勘ぐらざる負えない。


「セレニアは大丈夫なのか」


 レグルスもまた過ごしたセレニア王国の計報に不安が募る。それはサーシャ、ラフィリア、アリスとて同様である。


「村のみんなも大丈夫だよね?」

「騎士団の皆さんを信じましょう」


 滅竜騎士の死は彼女達に悪い方向への感情を加速させるものだ。村には彼らの家族も暮らしているのだから仕方がない。


「今は私達が出来ることはないわ! それに大丈夫……うん、大丈夫だわ!!」


 そう言うアリスもまた手をぎゅっと握り締めていた。彼女の力強い言葉に触発されたのかサーシャやラフィリアもまた頷く。そう遠くない未来の状況を思い浮かべる彼女達。


だが、事態は彼女達や人類を置き去りにし、深刻なまでに動いていた。人の悪意を事前に察知し止める事など出来ない。出来るのは起きた後の対策を練ることである。


 だが、準備をしていてもなお往々にして不幸でどうしようもない悪意は全ての前提を覆すものである。それは誰も予測できない。




◆◇◆◇◆




 ミハエルの訃報を聞いてから数時間が経っていた。メシア王国は隣国と言うこともあり事態の続報や対策に追われていた。仮想敵が動き出したとあればメシア王国とて万全の態勢を取らなければならい。


 そして、慌ただしく王都を動き回る刀士達の耳に恐れていた音が聞こえてきた。




カラーン カラーン カラーン





 メシア王国に鳴り響く警笛は一瞬にして彼らの意識を集めることになる。周囲を確認するよりも早く、必死に走り寄ってくる滅刃衆の一人。


「ヤマト様!! 竜が、竜が憤怒の大山脈(ラースマウンテン)より攻め寄せてきます!」


 そして、紡がれた言葉。


「なぜ? いや、早急に全ての刀士を集めろ!!」


 原因よりも早く、何よりも優先する事項を告げたヤマトは流石と言える。そして、反応を予想していたのか滅刃衆の男は即座に返答した。


「はっ!」


走り去っていく男の背を見つめながらヤマトはレグルスに告げた。


「敵は待ってはくれないようだね。レグルス君にも手伝ってもらっていいかな?」


そう告げながらヤマトは〈一〉の数字が刻まれた羽織を纏う。ただそれだけでヤマトから鋭い気が溢れ出したかのようにも思えた。


「ヤマト」


サクラが心配そうに呟いたが、意識を切り替える。


「レグルス君、ごめんね。手伝わせて」

「構わないですよ」


そこに異変に気が付いた4人が走り寄ってくる。


「何があったの?」


先頭に立つアリスが代表して尋ねた。4人共が額に汗を流している。


「憤怒の大山脈から竜が迫ってきているらしい」

「えっ!? それって前にセレニアでも起きてたよね?」

「恐らく裏組織の連中だろう。竜は囮で本隊もいる筈だ」

「ねぇお兄ちゃん! もちろん戦うんだよね?」

「当然だろ」


気負いなく答えるレグルスにカエデは頭を下げる。


「レグルス……ありがとう」

「なに、どのみち倒す奴らだ」

「ふふ、レグルスさんもロイスさんに似てきましたね」

「うるさいって!」

「うわぁ、お兄ちゃんが照れてる!!」


その後、ヤマトの招集により続々と闘技場に姿を見せる刀士達はそれぞれがメシアの戦装束である羽織に身を包み闘志をみなぎらせている。


見習いである下級刀士に中堅の中級刀士、そして師範代である上級刀士が膝をつく中、滅刃衆を従えた八刃がそろう。


人数は他国の騎士団と比べてもいささか少ない。だが、その全てが生まれた時から強さのみを追求してきた強者達。


そんな一騎当千の猛者で構成されたメシア王国は強い。


「どうやら敵が攻めてきたらしい。この武人の国にのこのことね……一気に敵を叩くぞ」

「「おうっ!」」

「八刃のうち僕とサクラを含めて4人、それとレグルス達で憤怒の大山脈ラースマウンテンを目指す。他は王都の守備を任せる」

「なら俺が残ろう」


滅刃衆において、ヤマトに次いだ強さを持つゲンジが進み出た。


「頼むよ」

「かっかっか、伊達にお前が現れるまで一を背負っていた訳じゃねぇよ」

「心強い」

「さっさと終わらせてこいよ。じゃねぇと俺の女将さんがだまーー」

「何か言いました?」


肩をガシッと掴んだ雪月姫の主人であるミナセがニコリと微笑んだ。何処と無く掴まれた方が寒いのは気のせいだろうが。


その様子を眺めていたレグルスはかつてない胸騒ぎを覚えていた。セレニア王国での計報に続き、今回の侵攻。


彼と関わったローズ、ミーシャやロイスといった顔が次々と脳裏をよぎって行く。


「レグルス?」


浮かない表情を浮かべるレグルスにアリスが心配そうに問いかける。


「思い過ごしならいいんだが……」


そうこうしているうちに指示を出し終えたヤマトが戻ってくる。


「では行ってくる」


走り出すヤマトに続いてレグルス、アリス、ラフィリア、サーシャ、カエデが続いていった。それを見届けたゲンジは両手を勢いよく合わせると乾いた音を立てる。


「カナイ、ササナキ、コウガ、誰が一番倒せるか勝負だ」

「ったく、お前は近接だろうが」

「まあそれでも倒すんだから始末に負えない」

「おうよっ! 勝ったら俺が一を貰うぜ」


八刃と呼ばれる彼らはヤマトと並走して走り出す。何れも四、五、八を背負う猛者達だ。向かうは元凶である竜王の棲家である。


かくて世界の命運をかけた戦いの火蓋が落とされた。


「さてと、お前ら配置につけ」


ゲンジ達は見送るとそれぞれが王都の持ち場へと散っていく。


「あれか?」

「ナガレも見えるか?」


三を背負うナガレが遠くに目を凝らしていた。遠くの空に見える黒い点のようなものがどんどんと数を増やしていた。


「これはうちの国だけじゃねえだろうな」

「みたいですね」

「また報告」


六を背負うライキと七を背負うミヤマの視線の先には既に二度も見た伝令が走り寄ってきていた。


「報告です。現在、我が国を含めてセレニア王国、ロウダン王国、リシュア都市連合国、ルーガス王国全てに竜の侵攻との事です」

「やはり」

「どの国にも精強な軍がいる。そう簡単には負けねぇだろ」


話していると、やがて視界いっぱいに広がる程の点へと変わっていく。


「おうおう、何匹か属性竜までいやがる。全くどうやって竜共を従えているんだかな。これじゃあまるで全面戦争じゃねえか。さてと、ミナセまずは一番乗りだ」

「そうね」

「やってやろうじゃねぇか、雪月姫!」


みるみる内に氷で作られた階段を形成すると上空へと登っていく。王都を見下ろせる位置にまで登ると竜具を手にゲンジは吠える。


「雑魚供をまずは片付ける。迸れ、冷姫一閃」


突出してきていた種族的に速さを持った速竜達との間を駆けるように冷気が進んでいく。


グルゥ


その脅威を本能で感じ取ったのか突如として反転する速竜であったが


「悪りぃな。姫は逃がさねぇんだわ」


高速で反転した竜の尾に辿り着いた冷気は爆発的に加速する。生物が持つ熱を餌に貪り食うかのようにみるみるまに生物の熱を奪い去る。


残るのは白く変色した死体のみ。


「さてと、気合い入れろよ!」


ゲンジの攻撃を見て、仲間を殺された竜達は哮り狂い、咆哮の力強さに負けじと刀士達もまた雄叫びを上げた。


 各国で起こる動乱は大陸全土を巻き込む。それは伏していた災厄からの宣戦布告であった。


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