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70話

 次の日、早朝に起こされたレグルスは寝ぼけた目をそのままに椅子に座っていた。ユラユラと揺れる体は未だ彼が覚醒していない事を証明していた。


「ほらレグルス! 早く起きなさいよね」


 母親かと見間違うような小言を呟きながらも忙しなく動くアリスは忙しなくレグルスの荷物を纏めている。それを横目に気持ちよさそうに寝ているレグルスを真正面から眺めるサーシャは笑みを浮かべたまま楽しそうに足をバタつかせていた。


「お兄ちゃんって相変わらずだよね。それにこの感じ久しぶりだなー」

「どうしていつもこんなに凄いんでしょうか」


 船を漕ぐレグルスの爆発した寝癖を甲斐甲斐しく治すのはラフィリアであった。

 

「ふふ、もうちょっとですよ」


 そんな至れり尽くせりな光景はどこにいても、メシア王国でも同じであった。嬉々としてレグルスの周りを動き回る彼女たちはレグルスとは対照的に忙しない。


「今日から道場かぁ……大丈夫か?」


 彼の不安はいきなり戦いを申し込まれるかもしれないという恐怖から来るものであった。気持ちを切り替えたとはいえ不要なエネルギーを使いたくないレグルス。


 そうこうしていると部屋の扉が開いた。


「レグルスなら大丈夫です! お兄様とあれほど戦える門下生はいないですよ!」

「あっ! カエデちゃん!!」


 ピョコリと跳ねたサーシャが声を上げる。


「おはようございます。準備は出来ましたか?」

「ええ、終わりました」

「ほら、レグルス! 立ちなさいよ」


 レグルスを起こそうとアリスがレグルスの腕に手を伸ばした。だが、その行動は別の人物によって変わられる。


「ほら、行きますよ!!」


 そっとレグルスの手を掴み起こしたのはカエデであった。嬉しそうな笑みからは彼女の好意がありありと伝わってくる。


「あ、あぁっ!」


 そっと起こされるレグルスと嬉しそうなカエデを見てアリスが思わず声を上げてしまう。


「凄いですね」

「お兄ちゃんも大変だよねぇ」


 そんな二人を眺めていたサーシャとラフィリアはカエデのその積極的な行動に苦笑いを浮かべるのであった。


 一行が向かったのはヤマトの道場である。屋敷からそう遠くない位置に建てられた道場。いつもは既に門下生達の気迫の声が聞こえているのだが、今日は静かだった。


その理由は簡単であり、広い室内でヤマトがレグルス達を後ろに紹介していた。


「さて、では紹介しましょうか。セレニア王国から来たレグルス君、アリスさん、サーシャさん、ラフィリアさん、だよ。みんなよろしく」


 この時期にましてや他国からの留学生など思いもしなかったのか少しばかりの騒めきが起こる。何よりも先日、王都を駆け巡ったレグルスという名に眉間を寄せてしまう者達。


「あの四人……どんな関係なんだ」


だがその中でも大きなウェイトを占めている理由がアリス、サーシャ、ラフィリアの顔立ちにあった。


 メシア王国においてカエデはアイドルさながらな人気がある。それは実力もさることながらその美貌が大きく寄与しているのだ。そんなカエデに並び立つ三人はそれだけで注目を集めるのは当然だ。


 中には自らの顔に自信があるのかアリス達に流し目を送る男子たちもいたがその全てに気が付いていないのか三人は、ぼぉっとしているレグルスを見ていた。


 そんな中、疑問の声を上げた生徒がいた。彼の好奇心を刺激するのは裏がありそうな今回の留学についてだ。


「あのぉ、ヤマト様。他国からわざわざ来たのは何故ですか?」


 メシア王国が対人に重きを置く戦闘のエキスパートが多いとはいえセレニア王国もまた優秀な竜騎士、竜姫は多い。メシア王国に引けを取らない強国からわざわざ来る必要があるのか?


 この世代の子供たちにとっては勘繰らずにはいられない登場である。


「彼らはとても優秀でね。どうせならと我が国に修行に来たと言うわけです」

「優秀……ですか?」

「ええ、まずは見て頂いた方が早いですね。カエデ、アリスさん達の誰かと模擬戦をして下さい」


 彼らの指標はカエデである。ならば、カエデと模擬戦をした方が早いだろうという事だ。


「はい!」

「え……」


 元気のいい返事に生徒達は戸惑いの表情を浮かべる。いつものカエデなら淡々としたものであるが、今日はやけに気合が入っている。


 それに、チラチラと後ろに視線をやる。


「私がやるわ!」


 何かに触発されたのかアリスが進み出る。残りの二人はその光景を楽しそうに眺めていた。


「レグルス! ちゃんと見ててよね」

「ん? ああ」

「レグルス、見ててくださいね!」

「あ、ああ」 


 そして、合図を待つだけの状態になった二人は向かい合い聖域が展開されたと同時に竜具を顕現させる。


 アリスの竜具は変わらずただならぬ気配を漂わせているが、カエデもまた引けを取ってはいない。流麗なライン、一種の芸術とも呼べる武器の美。


 メシア王国に伝わる薙刀。その形状はいかにして効率よく敵を切り裂けるかを求めた。その果てしない追及は一種の美へと昇華されたのだ。うっすらと、そしてゆらゆらと揺れる紫電が刃の波紋を形作っていた。


「綺麗だな」


 レグルスの感嘆の言葉を合図にしたのか両者が一斉に駆け出した。


「いきますっ」

「いくわよ!」


 赤い髪と金の髪が交差した。シャリアとの特訓にお陰か動きが更に洗練されたアリスは入学当初から比べて見間違えるほどの動きだ。何より名無しやカインツ達との戦いで潜り抜けた死線が彼女を更に強くしていた。


 力強い踏み込みから振り下ろされた炎の大剣が空気を燃やしながら突き進む。その速さは生徒たちが目で追うのがやっとであった。


「はやっ!?」


 姿勢を崩す事無く間合いを詰めていたカエデは大剣が触れるか触れないかの瀬戸際でくるりと回転する。精巧なコマ撮りのように躱したカエデはヒラリとアリスの背へと到達する。


「でもっ、まだまだ!」


 背後を取られても焦りを見せないアリスは爆炎を構築した。


 見るものの頬を一瞬で熱する。煌々と燃える炎は赤から青へ、そして白へと色を変えていく。これもまた契約した事で得た本来の力。人が生存できる領域ではない。既に勝敗は決したとばかりに思われたがメシア王国の若き天才もまたそこで終わらなかった。


 白炎を突き破って少女が姿を現す。薄紅色の着物が僅かに焦げているが、雷撃を纏い白炎を弾きながら飛び出たカエデのスピードは人の範疇を超えていた。


「負けていられません!」


 長い柄を巧みに捌くと波紋が輝き、美しい刀身が横なぎに振るわれた。それは幼いころから何度も何度も繰り返し行われてきた動作。最適な斬撃がアリスへと向かっていく。


「まだよっ」

(レグルスの前で簡単に負けられないわ)


 振り下ろされていた大剣が発火する。生き物のように炎が揺らめき一筋の導線を作り出した。そして一瞬の間にアリスの背、斬撃を防ぐ位置に大剣が出現した。


「くっ……」

(強い……でも、レグルスの前で無様に負けたくはないです。せめて戦える事は証明しないと)


 硬質な金属音が鳴り響く。


 咄嗟に両者は飛びのくと向かい合ったまま静止した。


「やるわね!」

「そちらこそ、流石です」


 僅かな攻防で何度も脳内で繰り広げられた戦い。そして極限の集中力を使い両者の肩が揺れていた。


 止まっていた時が両者の静止と逆転したのか生徒たちの歓声が巻き起こった。同年代のこんなハイレベルな戦いはそれだけでメシア王国ぼ彼ら、彼女たちの血を湧き立たせるのだ。


 だが、当の本人たちの耳には入っていないのか彼女達の脳内は同じことを考えていた。


「続きを始めるわよ」

「望むところです」

((レグルスの前で負けられないわ)です)


 そして再び駆け出そうとした二人。


「な、何で止めるのよ、レグルス」

「これ以上は危険だからな」


 大剣を持つ手を抑えるレグルス。


「お、お兄様!?」

「考えている事は凡そ検討がつくけどね。これ以上は危ないから止めさせて貰うよ」


 カエデの腕を掴むヤマト。


いつのまに乱入したのかその姿を追えたものはラフィリアとサーシャを除けば居なかった。


「いつのまに!?」

「あの戦いのスピードを見切っていたって事だよね?」

「ヤマト様は分かるけど……レグルスってやっぱり」


 口々に上がる言葉を耳聡く聞きつけたアリスは何故か誇らしげに無い胸を張る。


「ふふん、何たってお兄ちゃんは凄いからお兄ちゃんなんだよ」


 サーシャは自慢げに鼻を鳴らすと意味不明な理論を呟いていた。


「サーシャさん、言葉がおかしいですよ。ですが、意味は分かります」


 そんな反応を見せる3人はいつも通りの平常運転であったが、そこにもう一人が加わると厄介な事になるのだ。


 いつもはその表情に冷たさを残すカエデが今は両手を可憐に染めた頬へと当てたまま呟いた。


「レグルスは私の想い人ですから当然の結果です。将来的には勿論……」

「お、おい! ストっーー」


ガタッ


「はぁ〜、やっぱこうなるのか……」


 レグルスの静止も間に合わず、周囲を取り囲む生徒達。既に男子たちによって聖域が展開され、女子は手に竜具を握っている。


「ちょうどいいんじゃないかな、レグルス君」

「はぁ〜、何がです?」

「この国では面倒な駆け引きは要らないんだよ。力を示せばいいなんて、簡単ですよね?」


 やはりヤマトもまた同類だと嘆くレグルスであったが、確かにセレニア王国の時のような陰湿な視線は感じない。


 あるのはレグルスを試す正々堂々とした視線のみ。


 それならそれで簡単だと自分を納得させたレグルスは片手を持ち上げるとクイッと動かす。


「ほら、纏めてかかってこい」

「「「よっしゃぁぁ!!」」」


 好戦的な笑みを浮かべた門下生達は次々とレグルスへと襲いかかる。誰もが高い水準での体術を使いこなしている。


 ある者は変化する蹴り、またある者は鋭い突きを繰り出す。それをヒラヒラと避けるレグルスに未だに誰も触れることは出来ない。


「クソっ! もう少し!!」


 戦闘の勘とも呼ぶべきか、レグルスの避ける位置や嫌なタイミングでの攻撃が増えていく。


「流石はメシア王国だな……ギア上げるぞ!」


 その言葉を残してレグルスの動きが何倍にも早くなった。攻撃は躱されいなされ一撃で戦闘不能へと追いやられていく門下生達。この人数を無傷で捌き切るレグルスの技能は凄まじいものだ。


「すげぇ!!」


 その顔には更なる笑みと共に尊敬の念が浮かんできていた。


 そして、その日を境にレグルスの実力は周知の事実となり、セレニア王国のスタートとは真逆の反応を受けることとなった。


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