69話
ヤマトとの初日の特訓が終わり移動している一行。
「全員と自己紹介も終わった事だし一先ずは良かったね」
そう笑みを深めるヤマトにこの人もどうかしている、とレグルスは内心で息を吐く。
どうやら彼にとってあのお祭り騒ぎは自己紹介の場も兼ねていたらしい。厄介な人が当たったものだとレグルスは嘆息していた。
メシア王国への留学に際して保護者的な立ち位置につくのがヤマトだと聞かされている。
道中での軽い説明ではあったが、天下八刃の一位であり、特訓を通して理解しているが、対人戦のエキスパートだということだ。
「上からの報告は聞いているよ。君の訓練と共にとにかく竜姫の……ね?」
ヤマトにもまた六王会議にて決められた情報は伝えられている。そして、真の目的へと僅かに視線を向けた。
ヤマトの横から伺いるようにチラチラと視線を寄越すカエデの存在。その少女らしい反応にヤマトは笑みを浮かべめていた。
「ほら、カエデ」
「そ、そうですね」
初対面の少女から向けられる視線とは別種のもの。
「むぅ〜」
視線に乗せられた感情をいち早く理解していたのはやはりと言うべきか三人の幼馴染たちであった。
「あの!」
「ん?」
呼び掛けに応じてボケっとした顔を向けるレグルス。敏感に聞き耳を立てる三人をよそにカエデは言葉を紡いだ。
「レグルスさん……いえ、レグルスと呼びますね!」
積極的な発言に驚く少女達。カエデは夢見る少女からランクアップしたようであった。
「別にいいぞ」
「ありがとうございます!」
待ち焦がれた相手が偶然目の前に現れたのならば最早我慢できるものではない。
カエデの防波堤はとっくに決壊しているのだ。のほほんとしたレグルスと積極的なカエデの会話は続いていく。
彼女達が体験したように暖簾のようにヒラリヒラリと返答するレグルスと必死に興味を引こうと言葉を紡ぐカエデ。
「ねぇねぇ、カエデッて新しいタイプだよねぇ」
会話を続ける二人を尻目にサーシャが小さな声で感想を漏らす。
「そ、そうね……積極的と言うか凄いわね」
恋に奥手なアリスはまるで珍獣を見るかのようにカエデを見つめている。グイグイと迫る姿は尊敬の念すら覚えるほどであった。
「ふふ、楽しくなりそうですね」
「なんだか不思議だなぁ。嫌な気持ちにはならないし」
「レグルスさんの事が好きだと言う気持ちがひしひしと伝わってきますからね。好きな人を良く見られるのは不思議な気持ちになります」
サーシャとラフィリアは後ろを歩きながらそんな事を話していた。何処か余裕を感じさせる態度にやきもきしているのはアリスである。
「確かに、お兄ちゃんの事をこれだけ好きって分かれば良い気分だよ」
「ふふ、正妻の余裕です」
レグルスと契約する前の彼女達であれば彼女達もこうは構えていられない。ラフィリアの冷笑とサーシャのわがまま作戦によってカエデも中々お近づきにはなれなかっただろう。
だが、今やレグルスが彼女達の事を本当に心配し、想っている事を理解した彼女達には焦りという感情が無くなり、信頼というものに置き換わっていたのだ。
過ぎゆく街並みは木造建築の平屋が連なっている。そんな一本道を歩いていく。
「さて、と」
そうこうしていると先頭を行くヤマトが立ち止まった。
「ここが我が家だ」
指し示す先は広大な敷地を持つ平屋の屋敷。門をくぐり抜け、きれいに手入れされた庭に浮かぶ石畳が続いていた。
「変わった作りですね」
「ええ、このくーー」
「それはですね、レグルス。この国は常に温暖なので風通しの良い作りに最適化された結果なのです」
ヤマトの言葉を遮ると丁寧に説明を始めるカエデ。
まさかあの妹に話を遮られる日が来るとは思ってもみなかったのか、寂しさと嬉しさのない混ぜになった感情を苦笑と共に吐き出した。
家の中に入ると木の香りが漂い何処か風情を感じる造りとなっている。
「国が変わると文化も変わるんだなぁ」
生まれて初めて見る建築様式に感嘆の声を出したレグルス。それは、アリス達3人も同じである。
「その気候や土地にあった進化をするのは当然だからね。ささ上がって」
ヤマトに促されたレグルス達もまた玄関に上がっていった。
ひとしきり建物を案内された彼らが通された部屋には食事の準備を終えた女性が礼儀正しく座っていた。何故か落ち着くと言えばいいのだろうか、そのような雰囲気を醸し出していたのだ。
「いらっしゃい。私はサクラ、よろしくね。遠くから疲れたでしょう?」
「あ、はい」
レグルスは軽くヤマトへと視線を向ける。もちろん彼女がどういった立場のものなのかを聞きたいためだ。
「サクラは僕の奥さんで竜姫なんだよ」
その紹介に軽く頭を下げるサクラ。ヤマトと戦っていたからこそ分かる竜具の性能を知っているからか、アリスは思わず驚きの声を上げる。
「え!? と言う事はあの竜具の……それに、綺麗です」
だが、それよりも楚々としたその様子にアリス達から思わず声が漏れ出た。
「まあ、ありがとうございます」
「僕には出来た奥さんだよ」
そう言って笑う二人に促されて食事を始めた。
国が違えば食事も変わるというものだ。珍しさもありアリスとサーシャは一口食べる毎に驚きを示す。
その横では、大盛りに盛られた食事を黙々と食べ続けるレグルスとチラチラと視線を送るカエデ。
ラフィリアは彼女達とは違い、レグルスのその食べっぷりを見て数度と頷くと口を開いた。
「サクラさん、こんど作り方を教えて頂いていいですか?」
「もちろんです」
「ふふ、楽しみです」
そんなやり取りを続けていると、食事の進み具合を確認したヤマトがタイミングを見計らい口を開いた。
「明日からの説明になるけどいいかな?」
「明日からですか?」
「そうだね、そもそもこの国の事もあまり知らないと思うから説明から始めようか」
「お願いします」
「まずこの国にはセレニア王国の学園みたいなものはないんだ」
「えぇ〜、そうなんだぁ」
サーシャが目を丸くして言葉を漏らす。彼女達にとってはセレニアが常識なのだから仕方がない。
「学園じゃなくて、道場になるのかな……この国は強さが大きな価値間になっているのは知っているよね?」
その質問には皆が頷いた。今朝行われたあの騒ぎもここに起因シテイルコトハ明らかだからだ。
レグルスなどは遠い目をして溜息を吐いている。
「自分で言うのもあれだけど、僕を含めて強者達が師範となって各道場を開いているんだ。道場によって入る為の試験は様々なんだけどね」
メシア王国は滅刃衆や八刃といった強者達が己の技術を教えこむ為に道場を開いている。
誰を師と仰ぐかは自由であるが、人気な道場もまた自ずと試験が厳しいのだが。
「例えば今日も見たと思うけど八刃のゲンジは氷系統だから、弟子達も氷系統が多い」
「なるほど、効率的ですね」
「何処に入門するかは自分の適正次第と言った所ね」
「ならなら、ゲンジさんの所が良いのかなぁ?」
口々に言葉にする3人だったが、レグルスはふと疑問に思っていた事を口にした。
「ヤマトさんは? 一番強いなら道場も人数が凄いんじゃあ」
「それがそうでもないんだよ。僕は特殊な竜具だからね……主に実践的な技術を教える道場なんだ。だから、それ程人数もいないんだ」
「へぇ〜、為になりそうだけど」
「君達はみんな竜具の性能もそうだけど能力も教えられる範疇を超えているしね。そういう訳だからレグルス君は僕の道場で技術をビシビシ学んでもらうよ」
そう言うヤマトは笑みを浮かべていた。どうやら彼もこう見えて戦いが好きなのだろう。
「お手柔らかにお願いします」
「レグルス、私も同じなので宜しくお願いしますね!」
「あら? カエデ?」
いつもは見せないその笑みに女性だからか敏感に気がついたサクラが意味深な問いかけを投げかけた。
「はい!」
カエデは満面の笑みで告げるのであった。




