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63話

「はぁ」


 窓から見える太陽の位置を確認したアリスは再び溜息を吐いていた。ガラスに反射する自分の顔は酷く情けなく、心なしか自慢の赤毛もくすんでいるように見えるのだから重症である。


「どうしよう……」


 再び窓に映る自分の顔を見て溜息を吐いた。彼女の頭の中では既にレグルス達は門へと向かっている時間であり、本来なら出発していてもおかしくない。落ち込んだ思考では既にレグルス達はアリスの事など忘れて楽しく向かっている情景が浮かんでいた。


 本来ならばそこに混ざってアリスもいるはずだった。だが、今はこうして寮の一室で溜息を吐いているのだからどうしようもない。もちろん着いていく事は簡単であった。レグルスに連れて行ってと言えば彼はすぐに首を縦に振るだろう事は分かる。だが、そうする事は年若い彼女にとっては難しかった。


結局踏ん切りがつかないままズルズルと時間だけが過ぎていき、過ぎた時間に比例して言い出す勇気もまた萎んでいった。時間がたてば解決するとはだれの言葉か? アリスは名も知れぬ偉人に理不尽な怒りを覚えたがそれもまた虚しさで萎んでいく。


「変な意地なんて張らなきゃ良かった……」


机に突っ伏したアリスの姿は普段からかけ離れた弱々しいものだ。大人から見れば彼女のその悩みは可愛らしいものではあったが。ようは思春期独特の発作のようなものなのだ、素直になれない病とでも名付けよう。


「なら行けばいいんですわ」

「えっ!?」


不意に掛けられた声にガバッと顔を上げたアリスは勢いよく振り返る。


「シャリア! どうしてここに!?」


 恥ずかしい所を見られてしまった羞恥心から咄嗟にキッと睨みつけるアリスであったが、その睨みもシャリアの前では形無しである。同じようにジッとアリスを見つめていたシャリアが核心を突く。


「どうしてもなにもアリスは何でまだここにいらっしゃるの?」


 当然の疑問をぶつけられる。


「うぅ……」


 そしてこれまた情けない声が出たアリス。


「うぅ、じゃあありませんわよ?」


 更にシャリアにへこまされてしまう。


「はぁ〜、相変わらずその方面ではポンコツですわね」

「ポ、ポ、ポンコツ!?」

「こんな事で悩むのも時間がもったいないでしょう」


 訳知り顔で諭すように告げるシャリア。何度も何度も相談を受けていれば大体の事情など分かるものだ。そしてレグルスという人間も大体理解できていた彼女は内心で溜息を吐いた。


(あのレグルスが置いていくわけないでしょうに……全くあの怠け者も早く動けばいいものを)


「た、確かにそうだけど。でも」

「でもも何もないですわ。貴方はレグルスが好きで、そのレグルスは遠くに行く。さらに貴方を縛るものは無い。なら答えは出てるでしょう?」

「す、す、す、好きとか……ちがうもん。いや、違わないけど……でもでも」


顔を赤らめたと思えば突っ伏してジタバタと悶えるアリスにシャリアは盛大に脱力した。戦いになれば好戦的で勇敢な少女がどうしてこうまでポンコツなのかと。


「はあぁ〜。そもそも何を悩んでいますの?」

「それは……私は弱いし足手まといだし。それに、ラフィリアは優しいしサーシャは甘えん坊で可愛いし……それにそれに契約だって出来なかったしーー」


アリスは言い訳を探すかのように後から後から理由を付け足しては言葉尻が萎んでいく。


「そんな事どうだっていいでしょう?」

「そんな事ってーー」

「弱いなら強くなればいいじゃない。でも、ハッキリと言ってアリスも相当強いわよ。それに、怠け者のお世話は誰がするんですの? ラフィリアやサーシャに任せるの? ラフィリアが甘やかして、サーシャは甘える役目。じゃあ怒るのは誰かしら?」

「それは私の役目……だった」


シャリアの淡々とした説明に少しばかり持ち直したアリスだったがまだ足りないようだ。


まさかここまで重症なのかとシャリアは意を決して用意していた次の言葉を放った。


「それにこのまま引き下がればアリスはラフィリアやサーシャに対して負けを認めるって事なのよ。戦わずに負けていいんですの? それに、もしかしたらメシアで他の人も加わるかもしれない。幼馴染の貴方を差し置いて、ですわ」

「それはいや!」


最後の言葉に声を荒げたアリスは肩で息をしながら叫んだ。


まだラフィリアやサーシャに負けるのは百歩譲って許せる。いや、許せないが納得はできる。


でも、三人の中とは別の子がアリスを差し置いて入ってきたら? メシア王国で、レグルスの隣で笑う見知らぬ少女の姿を想像してアリスは胸が痛くなる程に許せなかった。


「なら答えは出たわね。あのサボる、寝る、動かない怠け者をこれまで何とか引っ張って来たのは誰なの? レグルスに言ってやりなさい。飼い主は私なんだってね」


散々な言われようのレグルスだったが彼女達の脳裏で染み付いた姿。欠伸をしながら寝ている光景がありありと浮かんでいた。


(そうね、そうよ! モルネ村でもそうやってきたし、これからもそうなのよ!!)


いつだってそんなレグルスを引っ張ってきたのは自分であるとシャリアの言葉でアリスは自信を取り戻してきた。


「アイツは私がいないとダメなんだから!! ありがとう、シャリア」

「行ってきなさい。それと、次会える時までにはお互いにもっと強くなりますわよ」

「もちろん!! あっ、でも急がなきゃ、メシアに行っても手紙を書くわ! それと、えーとーー」

「はぁ、早く行かないとレグルス達が行ってしまいますわ。私とは散々話したんだからもういいですわよ?」


まごまごするアリスの背中をパンと叩いたシャリアは笑みを浮かべた。


「うん! じゃあまたね!!」

「ええ、またですわ」


ドアを抜けて階段を降りていく音がシャリアの耳に聞こえてきた。アリスと仲良くなった期間と言えばそう長くはない。だが、あのどこかポンコツなアリスはエルレイン家で育ったシャリアにとっては初めて経験するものだった。


 幼い頃から名家として英才教育を受けてきたシャリアは精神年齢も同年代よりは高い。そんな彼女から見てアリスは妹のようにも思えていた。ロイスがレグルスに向ける感情に似たものと言えば分かりやすいだろう。


 アリスにとってもラフィリアやサーシャという家族のような存在とはまた違った関係のシャリアには普段なら言えない事も言える程に心を許していた。


「ようやく行きましたわね。まったくアリスを泣かせたら許しませんわよ。レグルス」


 そう下を向いて呟いたシャリアは結末は分かっているとばかりに静かに窓から外を眺めるのであった。






猛スピードでアリスは階段を駆け下りる。間に合わないかもしれないという焦りが彼女のスピードを更に上げる。一段飛ばしから二段飛ばしへと、やがて階段を降り切った彼女は前を向いた。


そして、リビングに踊り出た彼女は立ち止まるしかなかった。。


「何やってんだ? アリス」

「焦り過ぎですわよ」

「もぉ〜、いつも階段を走るなって怒るくせにぃ」


三者三様の反応が返ってくる。


「え、なんで?」


のほほんとしたレグルスは山盛りの食事をもぐもぐとしながら、眠たそうにぼぉーとしている。サーシャは椅子に浅く腰掛けて足をぶらぶらさせながら、アリスをニヤニヤと見つめていた。


「さあ座って下さい」


 キッチンから顔を覗かせたラフィリアは、再び姿を消すと甲斐甲斐しく料理を作りはじめる。なんて事はない、だが最近は見ていなかったいつもの光景がそこに広がっていた。


「は、はい……?」


焦っていた気持ちを何処へやればいいのか、処理のキャパシティを超えたアリスは動揺のあまり意味のない言葉を紡いだ。


「ちょ、あ、あんた! いや、違うわね……みんな、ごめんね」


何とか絞り出した謝罪の言葉。いつもの彼女ならばあそこで止まることなど出来なかっただろう。


「何のことだ? それよりも、ほらアリス。美味いぞ?」


レグルスが手招きする。その何気ない動作にアリスの心はドクンと盛大に脈打つ。暫くこんな会話もしてこなかった彼女には耐えられそうもない。


 誘われるままに足を踏み出したアリス。レグルスとアリスの関係は長い。それはもうお互いがお互いの性格を熟知していると言っても過言ではない。


 胸の高鳴りを必死に押さえつけるアリス。アリスにはレグルスが今から話す言葉が分かっていた。だからこそこの気持ちを一時的に抑えておかなくてはならない。


「俺とけいーー」

「待って、それは私から言う……ふぅ~……。ねぇ、レグルス、私も連れてって」


 少女の一世一代の言葉。


「お前がいないとダメ人間になるらしいからな。俺を怒れんのはお前くらいだぞ? 俺に任せろアリス」


そう言って笑うレグルス。アリスは心の隙間が自然に埋まっていく感覚を覚えた。過ごした時間は長い、だが今までで一番心地の良い気持ちを味わっていた。恋する少女はロマンチックなのだ。


「レグルス、わ、私そのね……レグルスの事が好きなの」


ふるふると震えながら告げられた言葉はアリスの精一杯の言葉であった。視界が僅かにぼやけていくのが分かる。だが、彼女の目の前の少年が照れたのが分かった。


「いや、まあなんだーー」

「私と契約して!」


そう言って言葉を遮ったアリスは感情がストップ高を超えたのか、レグルスの元へと飛び込む。


それはもう、ものすごいスピードで。


ゴツンッ

 

「いてっ!」

「あぅ!?」


ひっくり返ったレグルスの上におぶさるアリス。そして、間抜けな声と同時に真紅の光が辺りを包み込んだ。


その光が細長く蛇のような姿へと変えていく。


「あーあ、結局いつもの感じだよねぇ」

「そうですね。ですがこの方がしっくりきます。 ……それにしても、アリスさんの力もまた神々しいですね」


どこか呆れ笑いのような声と嬉しそうな声が聞こえてくる。渦を巻くように2人から発生した光は家を抜け、やがて天高く昇る竜となりて上空へと姿を消した。


「ふぅ〜、全くアリスはドジだよな」

『はぁ!? 男ならちゃんと受け止めなさいよね! バカレグルス……でも、ありがとう』


レグルスの手に握られた竜具からアリスの声が聞こえてくる。


「『緋王煉獄剣イグニアス』」


 蒼炎を纏いし純白の剣身を持った巨大な大剣。刃には鱗のような紋様が浮かび上がっていた。



 最後の幼馴染が契約する。


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