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60話


「謁見かぁ、面倒というより既に重い……だるい」


一般人でセレニア王国という大国の王と謁見出来るものは過去の前例を探しても僅かしかない。


普通の反応であれば緊張するなり期待するなり興奮するなりとどちらかと言えばプラスの感情に支配される筈なのだがこの少年の怠惰は筋金入りである。


既にレグルスの元へと遣わされた馬車は寮の前に止まっている。レグルスの左右には緊張した面持ちの2人の姿があった。


活発なサーシャ、いつも余裕の笑みを浮かべるラフィリアもまたこれからの事を考えれば自然と強張るのも仕方がない。


「それにしてもアイツどこ行ったんだか」

「朝から見てないよ」

「そうですね……」


いつも居るはずのアリスの姿が見えなかった。謁見の日だと知っている筈のアリスであったが早朝からその姿を見ていない。


だが王を待たせるわけにもいかずレグルス達は王宮へと向かう馬車に乗り込み進み出した。道中の会話はいつも通りというべきものであったが暫くすると馬車が停止する。


馭者に見送られ馬車から降りた3人は間近で王宮を見上げる。さ


学園の建物自体も素晴らしい出来であり普通の市民ならば一生をかけても過ごせないようなものだったのだが、王宮はその名の通り最も高貴で偉い者が住まう宮である。


人が作り出せる中で最も偉大な建築物。


「……」


無言である。


両端を歴戦の猛者と思われる騎士達が立ち、まるで天へと登れそうな白亜の階段から降りてきた者はレグルス達を見て微笑む。


「必ずここを訪れた者はここで一度黙するのですよ」

「確かに……納得です」


呆然としていたレグルスが頷きながら言葉を返す。


「私は案内役を仰せつかっております、内務次官のコルネリウスです」


そういったコルネリウスは肩書きに似合わずまだ若く、おそらく40代に差し掛かっていないように見えた。


この国の軍事は騎士団の管轄であり、政治に関しては五つの組織が設けられている。


そのトップ達は内務長官、財務長官、農務長官、外務長官、徴税長官という者達である。そして、コルネリウスはその肩書き通り内務を司る組織のNo.2である。


まさかそんな大物が出てくるとは思っても見なかったレグルス達の驚きをよそにコルネリウスは告げた。


「では参りましょうか」


緊張を宿した2人と平常運転の1人を先導する者に連れられて王宮の奥へと歩を進めていった。


内部もまたすれ違う者たちからも気品が漂ってくるような錯覚を覚える。場所がそうさせるのか、それとも人がそうさせるのかフワフワとした足取りで歩みを進めるレグルス達はやがて大きな扉の前で停止させられた。


「ど、どうしよう、お兄ちゃん」

「確かに目の前にすると緊張が……」


声が震えてしまっているそんな2人にコルネリウスは優しく語りかける。


「これより先に王がいます。あなた達は片膝をつき王の話しを聞くだけでいいのです。そんなに難しくはないでしょう?」


コクコクと頷く2人とレグルスは大きな扉が開かれる瞬間を見ていた。開かれた景色は照明によって照らされた廊下よりもなお明るいのか光が隙間から差し込んでくる。


「さあ、行きましょうか」


内務次官という役職ながらも気さくなコルネリウスにポンと肩を押されて促されるままに足を踏み入れた。


その先には煌びやかな玉座、そして入口から玉座まで引かれた豪奢な絨毯と左右に並ぶ高官たち。右手に見える者たちの中には見知った顔もある。


手前側にリンガスの姿、そして最奥にはベルンバッハや帰ってきていたシュナイデルの姿が見えた。流石にこういった場では2人ともレグルス達にちらりと視線を向けただけで表情は引き締めたままであった。


その中には学園に赴任したシェイギスの姿も見える。


踏むと空気を踏んだかのような柔らかさの絨毯に足がとらわれるような感覚が伝わる。いつもと違う雰囲気にゴクリとサーシャが息を呑む。


後から入ってきたコルネリウスが左手の列に加わった事を見るにどうやら文官と武官が別れているのだろうと察することが出来た。


視線だけを動かし辺りを見回したレグルスは淀みなく玉座の手前まで歩みを進める。その際に王を直接見ることはしない。


そして、後ろにいるサーシャとラフィリアの緊張をほぐすためにもレグルスはゆっくりとした動作で跪いた。


ゆっくりと動くレグルスに吊られて2人もまた跪まずく。その一連の動作を見た王はタイミングを見計らったかのように言葉を発した。


「面を上げよ」


その言葉に三人は一斉に頭を上げた。目の前には大国エルシア王国を統べる王、エックハルトの姿があった。華美で豪奢な装いではあるが、その威厳ある姿に王という生き物の違いというものが垣間見える。


だが、レグルスが最も興味を惹かれたのは左右に立つ4人の人物たちであった。王から溢れ出る威厳もさる事ながら今まで見た中でもダントツの存在感。


ベルンバッハやかつて見たハーローに勝るとも劣らない存在。


それは、世界でも6人しか存在しない純白のローブと六頭の竜を背負う滅竜騎士ジークハルトとミハエルであった。彼らに挟まれる王はまさしくこの世で一番安全な場所にいるといっても過言ではない。


ふと視線を感じたレグルスがそちらに視線を向ければ世界最高峰の1人であるミハエルと視線が交差した。


だが、王の言葉により意識は引き戻される。


「よくぞ参ってくれた、若き英雄たちよ。さて、今回お前たちを呼んだのは三頭の竜を討伐した功績によるものだ。内務長官よ」


エックハルトはそこで言葉を区切ると左手に立つ者へと視線を向ける。それだけで何を意図しているのか理解した老齢の男性が一歩前へと進みでる。


「はっ! この者達三名は圧倒的な猛威を振るった属性竜三頭の討伐を成し遂げた。この者達が居なければ解き放たれた巨悪な竜により将来の守り手を全て失うどころか王都においても甚大な被害を被った可能性を鑑み彼らに護国金翼章を授ける」


言い切った内務長官の言葉に僅かなどよめきが生じた。護国金翼章とは国防を果たした者、それも国家存続の危機において尽力した英雄に与えられる最も権威のある勲章の一つである。


ベルンバッハとレイチェルがかつて属性竜を討伐した際に授与されたものと同一であると。それが3人に授与されたことに対してのどよめきであった。


「今後もセレニアの為に励んでくれ」


王の言葉と同時に3人の文官の手によってレグルス達へと手渡される。恭しく受け取った彼らはその場で更に深く礼をする。


「「「はっ」」」


受け取った勲章は黄金に輝く一対の精巧に作られた翼が円を守るように掘られたものであった。


「これにて謁見を終了とする」


内務長官の言葉と共に左右の者達が一斉に頭を下げる。それを当然のように受け止めた王は滅竜騎士を伴い退出していった。


その姿が見えなくなった途端にふっと空気が軽くなったような錯覚を覚えた。その感覚に首を傾げながらもレグルスは王の威厳ともいうべきものと結論づける。


ふっと息を吐いたレグルスの頭をガシッと掴む人物がいた。


「よおレグルス。元気してたか?」

「リンガスさん」

「全く入学してから間もないってのにどんだけ面倒毎に巻き込まれてるんだ」

「貴方も大概だったけどね」

「俺よかひでぇ」


メリーの発言にレグルスの頭をグリグリしながらリンガスがしみじみと呟く。


「全く普通じゃないとは思ってたが……」

「あの日に帰りたい」


竜式の日の事から順に思い出し、どこか遠い目をしたリンガスとレグルスは2人揃って溜息を吐くのだった。


そんなに時間は流れていないのだがどこか遠く過去の出来事のように感じてしまうのも無理はないだろう。レグルスしかり、ベルンバッハによって情報収集していたリンガスしかりである。


だが、いつまでも溜息をついていられないとリンガスは話題を変えた。


「それにしても金翼章を貰えるとは羨ましいな。一気に先を越された感じがするけどなぁ……」


リンガスの視線の先には先程レグルスやラフィリア達に与えられた勲章が胸に付けられている。


「そんなに凄いんですか?」

「もちろんーー」


リンガスを押しのけるように丸太のような腕がにゅっと出てきたと思えば騎士服がはち切れそうなほどの男、シュナイデルが現れた。


「もちろんだともレグルス君。君はエルシアにとって紛れも無い英雄ということだ」

「そうじゃぞレグルス。そして、ラフィリアにサーシャよ」

「はぁ〜」


続けて現れたベルンバッハは朗らかな笑みを称えて現れる。


「あん? アリスはどこいるんだ?」


いつもならレグルスの溜息に突っ込みが入っていたはずなのだがと不思議に思ったリンガスの発言であったが


「いてッ」

「ちょっと静かにしなさい」


メリーの踵が炸裂しリンガスはその対応に追われることになった。


この場に元滅竜騎士と現騎士団長と副団長という階級の者達に囲まれたレグルスに対して、将来有望そうな若者にここぞとモーションを掛けようとしていた者達はすごすごと退出していく。


「じゃあリンガス後から教えてね。それじゃあレグルス君達もまた後でね」


そう言ったメリーはベルンバッハ達に軽く例をとると退出していく。それは他の騎士団長の相棒パートナー達も同様であった。


やがてこの場に残ったのは各騎士団長のみである。ベルンバッハがちらりと周囲を伺う。


「さてと、それでは王が待っておる。行くぞ」


ベルンバッハの歩みな付き従うようにシュナイデルとリンガスが歩き出すとそれを待っていたかのように他の騎士団長も動き出した。


突然のことに困惑する三人へと振り向いたベルンバッハが告げる。


「王から重要な話がある。お主らに関係する事でもあるしのぉ」


その言葉に事態は既にベルンバッハを越えて国家規模にまで膨らんでいる事を察したラフィリアとサーシャは振り返る。


「お兄ちゃん、もう逃げられないね」

「確かにここまで来たらなぁ」

「ですが、そもそもレグルスさんに逃げるつもりなんてないでしょう?」


幼少期から一緒に育ってきたラフィリアは知っているのだ。これまでのレグルスの行動とも照らし合わせればレグルスの行動原理はおのずと理解できる。


珍しくからかい混じりの発言にレグルスは頭を描きながら流した。


「ふふ、素直じゃないですね」

「まったくもぉ、まったくだよ」


だが、何も言わないことが肯定と取られたのか2人の笑い声を背にレグルスは王への道へと進むのであった。

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