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56話


人化した竜の強さは桁が違った。最大限に警戒していたレグルスであってもその予想を大幅に上方修正しなければいけない程であったのだ。


復讐という言葉を口にした彼らは永きに渡り蓄積されてきた負の感情を放出させていた。既に野営地からは遥か遠くにて爆音と粉塵が舞い散っていた。


アリスやサーシャ。そして、他の生徒達を巻き込まない為に初手から全力を出すレグルスによって戦域が動かされていたのだ。


水を司る古竜は剣の一振りで大気の水を操り、風を司る古竜によって水刃が吹き荒れる。


「無茶苦茶強いぞ、コイツら」

『レグルスさん!! 右です』


数えるのも億劫になるほどの暴風を纏った水刃を嵐王翡翠剣テンペストにより相殺するが、僅かに漏れる刃をレグルスの五感とラフィリアの近くによって捌ききる。


既に原初強化は成され、腕の動きは肉眼では捉えられない程に達していた。


「流石は竜王の力よ」


そして、何より油断できないものが紛れて現れる風古竜であった。竜のエネルギーを人の姿に圧縮した力は踏み込みで大地が砕け、神速での一閃である。


「さっきから意味がわからん!」


後背から現れた剣に対してのレグルスは振り向きもせずに背中に回した剣で受け止める。荒れ狂う暴風がせめぎ合う。甲高い音が響くが吹き飛ばされたのは竜であった。


「我の力でも超えぬか!!」


だが、竜具の性能はラフィリアが顕現させし嵐王翡翠剣には及ばない。吹き飛ぶ竜に追撃するかのように翡翠の閃光が追いすがる。


避ける竜を追尾する閃光は進むほどに大きくなっていく。


「我ら二竜でも厳しいか」


悔しげに呟く水古竜との激しい剣戟を繰り広げるレグルス。嵐王翡翠剣は未だに逃げる古竜に狙いを定めている。


「俺たちは2人だからな」

『その通りです』


既にレグルスは竜具の力をラフィリアへと預けていた。レグルス1人では苦戦は必至である。だが、防御はレグルス、莫大な力を放つのはラフィリア。


そして、レグルスの左手に握られるのは古竜が見せた虚空から取り出した剣の応用である。ラフィリアの力の一部を借り受け虚空から剣を創り出す。


「これで三本目だ」

『まだいけます』


キラキラと粒子となって創り出された剣が破壊される。やはりというべきか、一部のみを借り受けた剣では古竜のエネルギーを正面から受け止める事は出来ない。


だが、無尽蔵とも思える程の翡翠の力により瞬く間に新たな剣が造られていた。


「小賢しいわ!!」


二方向から攻められるレグルスと二頭の古竜は残像を残し戦い続ける。何も力を持たないものが見れば、光と共に四方八方から爆音が聞こえてくるといったものだ。


古竜はレグルスに完璧なまでに防御され、レグルスの攻撃は避けられる。ここまでどちらも決定打にかける戦いが繰り広げられていた。


だが、均衡が破られるのは一瞬だった。


『レグルスさん!! お願いします』

「任せろ」


翡翠を避けきれずに片足を爆散させた風古竜の動きが止まる。レグルスは一瞬の躊躇いも見せずに前にいる水古竜に背を向けると風古竜へと踏み込む。


『させません!!』


その背中に斬りかかる竜を押しとどめるのはラフィリアである。


そして、避けようとする竜に対してレグルスの方が早かった。後ろから爆風が吹き荒れ、押されるレグルスはそのままに袈裟懸けに創り出した剣を振り下ろす。


「我を舐めるなあぁ!」


避けきれないと悟った竜は片腕を剣の間に滑り込ませると、腕の周りを鱗が覆う。その強靭なまでの防御力にレグルスの振るった剣は重く、片腕を切り飛ばした所で砕け散った。


風古竜とて無事ではない。片足と片腕を失い大量に吹き出す血が地面に染みを作る。


そして、横薙ぎに振るわれた嵐王翡翠剣が肩で息をする風古竜を上下に断とうと迫る。


キィンッ


「ゴハァッ」


咄嗟に割り込んだ水古竜が剣を縦に受け止めるが、正面から打ち合えば力の差は歴然である。真っ二つに切られた剣を素通りし、腹の半分近くまで切られていた。


既に雌雄は決している。


動きを止めた2人に対してレグルスは12本の翡翠の剣を創り出す。


「ラフィリア、制御は任せる」

『はい』


だが、その大きさは段違いである。空から飛翔する巨大な十二本の剣が二頭の竜を囲むように地面へと突き刺さった。


「おい、俺が勝ったらお前らが知ってることを教えろよ? 嵐絶結界テンペストサークル

嵐絶結界テンペストサークル!』


吹き荒れる12条の閃光が天高く舞い上がる。


「ククク、まさか勝ったつもりか?」

「よかろう。勝てたのなら教えてやる。だが、我らの復讐は貴様に勝つことだけではない」


そう笑う二頭の竜と同時に野営地にて轟音と共に熱波が押し寄せてきた。


「もう一体いたのか!?」

『アリスさんやサーシャさんは!!』


空を赤く染める大火である。その恐るべき熱量はシャリアの真紅、いやアリスの煉獄の大剣ですら成し得ない凄まじいものであった。


「喰らうがいい、同胞よ」

「我らの力を糧にして復讐を」


笑う竜の体が透けていく。そして、二色の粒子が空へと舞い上がり野営地へと飛んでいった。


「チッ、次から次から出鱈目な奴らだな!!」

『レグルスさん! 急ぎましょう』


目の前に居たはずの竜の姿はない。焦りから悪態を吐くレグルスに対してラフィリアもまた焦った声で促した。


彼らが感じる気配は先ほどの二頭よりも遥かにこい。それが示すことはアリス達が危険だということであった。


全速力で飛翔するレグルスが辿り着いた時、野営地は地獄の様相を呈していた。地面はガラス状になるまで熱され、森林を形成していた大樹は跡形もなく消したんでいた。


そんな中


「何とか無事か……」


彼が目にしたのは生徒達がひと塊りになっている集団であった。その部分だけは変わりなく、ポッカリと開けていたのだ。


先頭に力なく倒れる者達には見覚えがある。ロイスやマリー。シャリアにアリス、サーシャといった強者達。さらに、一年生でも優秀とされる者達が他の生徒を守るように先頭にて倒れていたのだ。


彼らの本当に全てを尽くした全力をもって防いだのは明らかだ。後ろに隠れる生徒達は怯えたように前方を見据えている。


視線を辿れば、予想通りの人物が立っていた。


「やっぱり、アイツがラスボスだよな」

『カインツ・オーフェン……』


髪は真紅に変色しており、彼の立つ地面が融解し周囲に陽炎を作り出している。


カインツはレグルスの方へと邪悪な笑みを浮かべて楽しそうに見つめていた。待っていたぞ、と言わんばかりに静止する彼の前へとレグルスも降り立つ。


「レグルス……あんなやつさっさと倒し…なさいよね」


弱々しく、途切れ途切れになりながらもいつも通りの発言をするアリス。


「お兄ちゃん!」


まだ余力が僅かに残っているのか立ち上がるサーシャ。


「よく耐えたな」

「うん」


綺麗な青い髪は煤で黒く染まっている。吹き上げられた石で体を切ったのか服はところどころ避けて流れる血が痛々しい。


ロイスやシャリアの意識は既にない。おそろく莫大な竜具のエネルギーを持つアリスとサーシャは何とか耐えたということだ。


だが、同じ火に対して相殺するためにアリスはサーシャ以上に力を使ったという事だろう。


閉じかけた目でレグルスを見つめると片手を上げた。そして、弱々しくレグルスに指差す。


「サーシャと……契約しなさい。アイツは…強いわ」

「それならアリスも一緒にだろ?」


肩をすくめるレグルスにアリスも微笑む。


「バカね……今回はダメみたい…だわ。それに、私じゃ弱いし…ね? 私はーー」

(ちゃんと自分の口から言いたいもの)


煤で頬を黒く染めたアリスはレグルスに微笑みかけると意識を失った。


そっとアリスを抱き上げると後方へと運んだレグルスは、力を使いすぎた代償かアリスは深い眠りに落ちたアリスの前髪をそっと撫でる。


「まったく……」


そっと立ち上がったレグルスは振り返ると未だに動かないカインツはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「俺は気分が良い。貴様が来る前に殺そうかとも思ったが、それじゃあ面白くないよなぁ」

「はぁ」

「余裕そうだな? そんなに戦うのが面倒か? いや怖いのか」


溜息を吐いたレグルスに対してカインツは話しかける。


「いやいや、こんなにも働きたくなった自分に驚いていたんだよ」

「ふん、雑魚が」


そう言ってレグルスは嵐王翡翠剣を右手に握りしめる。手が白くなるほどに握り締められた柄に反応するようにラフィリアの怒りの波動が伝わってくる。


「お前は殺すぞ、カインツ」

「なら始めるか。二体の古竜を食らった炎侯竜の力を見せてやる。全力で来い」


そう言ってカインツもまた虚空から剣を生み出す。紅炎が顕現したかと錯覚するような力。先程から見てきた絶大な竜具達。それすらも霞む正真正銘の絶対的な力。


「お兄ちゃん! アレはヤバいよ」

「サーシャ、下がってろ」

「でもっ!」


サーシャの焦りもわかる。レグルスとて理解しているのだ。力を図ることすら出来ない相手など初めてだ。カインツの自信通りに既にレグルスの格上に位置していた。


だが、勝てる負けるではないのだ。心の底から湧き上がって来る怒りのままにレグルスはサーシャの横を通り過ぎる。


『レグルスさん!!』


ラフィリアの制止の声も届かない。


アリスやサーシャの弱った姿を目の前で見たレグルスは今までにない程の感情を覚えているのだ。


パチンッ


そして、サーシャがレグルスの頬を叩いた。


「バカお兄ちゃん!! 負けたら終わりなんだよ!? だから私と契約して、シチュエーションなんてどうでもいい!! 留学に連れてくのもアリスちゃんでいい、だから……」


涙目で見上げるサーシャは唇を噛み締めて声を張り上げる。彼女にとって今の発言は何ものにも変えがたいものを手放そうとしているのだ。


レグルスと離れ離れになってしまったとしても、いつも守ってくれた兄であるレグルスの負ける姿は見たくない。それに、ここで負けてしまえば命を張ったアリスの力が無駄になる。


様々な葛藤を押しやりサーシャはレグルスを睨みつける。甘えたがりのサーシャがレグルスに対して始めて見せた反抗であった。


「ごめんなサーシャ。なら、力を貸してくれ」


そんなサーシャの姿にレグルスの怒りが収まる、いや抑えきれなかった怒りの感情が静かに制御されていく。


未だに赤く燃え滾る怒りは持ったままにレグルスの思考はクリアになった。それを察したサーシャは胸を逸らすと


「ふふん、勿論だよ!! 妹は生まれた時からずっとお兄ちゃんのものだからね!」

「いや、それはおかしいだろ?」

「それがサーシャルールだよ?」


レグルスの突っ込みに首をかしげるサーシャ。突っ込みどころが満載なサーシャの発言にレグルスは思わず笑ってしまう。


「なら、契約しよう」

「よろしくね、お兄ちゃん!」


そう言って満面の笑みを浮かべたサーシャが粒子に変わっていく。淡く輝く粉雪が舞い上がった。


サーシャの性格と同じように宙を元気に舞い踊る粉雪の輝きが増していき空へと舞い上がっていく。一本の道になり、やがては細長い生き物のように遥か上空にてとぐろを巻いた。


純白の鱗を持った神聖なる姿を形作りキラキラと輝くダイアモンドダストを散らしながら竜が姿を現したのだ。


そして、その閃光がレグルスへと舞い落ちた。


一粒の雪を握りしめたレグルスの手から徐々に形作られる剣。


零王白華剣フロンスティア


全てを凍て尽くす真っ白な剣身が空気に触れるとパキパキと音を鳴らせて空気が白華となりて舞い落ちていく。


『ふふーん。やっぱりお兄ちゃんは無敵だよね』

『さて、私のお友達を傷つけた報いを上げましょう』


嵐王翡翠剣テンペスト零王白華剣フロンスティアを両手にレグルスは再びカインツと対峙した。






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