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55話

展開に違和感が無ければ良いのですが……。


彼らはただ見ていることしか出来なかった。木々を薙ぎ倒して現れた竜を見た、そして全てを察した。何ものにも格というものがある。


蟻は人には勝てず、人は生身ではライオンには勝てない。ようするに生物的な力の差。


目の前にいる竜はその格が違いすぎるのだ。いや、格が違うというのもおこがましい程に次元が違うのだ。


視界に入るものを脳が理解するのにかかった時間は一瞬である。だが彼らにとっては最も長く感じられたのかもしれない。


そして、理解すれば一瞬だった。


「に、逃げろオォォ!!」


誰かが叫ぶ。


「うっ……うわあァァ!!!」


竜が現れた位置から最も遠い生徒が走る。その行動は素早く生物の本能的なものに突き動かされるように周りにいた生徒達もまた逃げる。


その勢いは伝播していく。彼らが幸いだったのは竜から距離が離れていた事だろう。何故ならば竜の近くにいた者達は叫び声も上げず、動かずただただ見つめていたのだ。


野営地は一瞬で瓦解した。


だが、彼らの不運は目の前の竜が圧倒的な力を有するという事だろう。蛇のような瞳孔をした竜は憎々しげに生徒達を睨みつけているように見える。


すると、生徒達の人混みから飛び出す人影が見えた。燃え盛る大剣を携えたアリス、真紅の剣を持ったシャリア、そして雷を纏う槍を下段に構えたマリー。その後ろを疾走するロイスである。


そんな姿を見つけた生徒達に僅かな希望が芽生える。同学年、いや学園で見ても上位に位置する4人が動いたのだ。


だが、期待を受ける4人ともが額に汗を浮かばせて、湧き上がる恐怖心を抑えながらも竜に向かっていく。彼らも理解しているのだ。自分たちの命を消費してなお僅かな時間しか稼げない事など。


「おい!!」


そんな4人をいち早く見つけたレグルスは叫ぶ。4人と離れた位置にいるレグルスにはその状況が鮮明に見えた。


二頭の竜のギロリと動く目はアリスを捉えた。その瞳孔は細まりただ一点だけを見つめている。そして、焦るレグルスを嘲笑うかのように緑の巨竜と青の巨竜がその大きな口を開いた。


「ブレスが来るぞ」

「ロイス様、私の後ろに」

「どうせ受け止めきれんから同じだ、マリー」

「やってやるわよ!」

「一点に攻撃を絞りますわよ!!」


それぞれが自分の持てる最大威力を竜具へと練り込む。それをサポートするロイスもまた彼女達に最大限の強化を施し、滅竜技を錬る。


だが、竜達の口腔に集まるエネルギーは凄まじかった。可視化された二色のエネルギーは渦を巻き空気中から貪り喰らうかのように集まっていく。


「こ、これ程か……」

「これは無理です」

「こんなとこで死んでーー」


アリスの言葉を遮るように前に現れた少年。その手に握られるのは両翼を持ちし翡翠の剣。


「風絶陣・翡翠!」


そして、辺りを極光が包んだ。そう錯覚するほどの力の奔流が竜から放たれたのだ。大気を震わすブレスが襲い来るであろう衝撃に身構えた彼らは動きを止めていた。


思わず目を瞑るアリスや生徒達。


だが、いつまでたっても何も起きない。いや聴覚にはしっかりとその破壊力を知らせる轟音が鳴り響いている。瞼の裏からでも分かる光。


彼らは殆ど同時に目を開けた。


そこに映っていたのは昔、そう滅竜師や竜姫に憧れるキッカケにもなった英雄譚。大地を破壊し、世界に混沌を齎らす強大な竜が放つ技、そしてそれに対抗する英雄達の技。お伽話や神話のみ語られる出来事。


それが目の前で繰り広げられていたのだ。


森すらも呑みこみそうな程の青と緑のブレスを受け止める翡翠の陣。複雑怪奇なその円形の紋様が視界いっぱいに広がりそのブレスを受け止めていた。


せめぎ合う二つの技。弾かれたブレスの破片が辺りに散らばり周囲を照らしていく。そして陣はびくともせずにブレスの侵入を許さない。


そんな滅竜技を彼らは知らない。そして、全てを破壊するブレスを受け止める竜具を彼らは知らない。


「なんだ……あれ?」


1人の生徒が一度目を閉じてもう一度開く。だが目の前の光景は変わらない。ブレスとせめぎ合う翡翠の紋様陣が見えるのみ。


その紋様陣が自分達を守ってくれている事だけは分かった。その神々しいまでの輝きは心の中を満たすように精神を落ち着かせていく。


恐怖に染められた心が清純な風によって洗い流されていくように。そこでふと目に入ったものは膝を突く4人の姿。


その4人は自分が一粒の期待をかけた者達である。彼らが守ってくれたわけでは無いと理解すると同じく、気怠げに翡翠の剣を手に持つ少年が彼らを守るように先頭に立っている事に気が付いた。


その立ち姿に見覚えがある。ボサボサ髪の後ろ姿に来ている制服は自分達と同じもの。思わず周りを見渡した彼は自分が幻覚を見ているわけではないと理解する。


誰もがその後ろ姿を見て信じられないとばかりに目を見開いていたからだ。信じられないような奇跡を起こして守る姿はまるで英雄のようで、そんな彼を皆はよく知っている。


そう、信じられない事にそこに立つ者は


「レグルス!!」


アリスが叫んだ。


彼らもよく知る名前。死んだ魚のような目。目を離せば寝ており、怠惰でやる気のない不真面目。体術に関してはそれなりのものがあったと認識していた普通の生徒。


アリスの期待と親しみを込めたその叫びに答えるように少年は片手を軽く上げるとヒラヒラと振るう。そんな姿さえも気怠げである。


「はぁ〜、面倒くさい……まあ、俺より前には出るんじゃねぇぞ?」


そう言ったレグルスは油断なく前方を見据えながらも手に持ったラフィリアへと話しかけた。


「今回は厳しいだろうが、頼む」

『ええ、勿論です』

「なら後はコイツらだ」

『普通の竜では無さそうですね』


余りに逸脱したその強さ。


「ああ、それに何か感じるんだよな」

『私もです。何故か私達が知る竜とは違い、心の底から倒すべき敵だと思えるのです』

「確かにそんな感じだな。それに、相手もそうみたいだぞ?」


レグルスの言葉通りに二頭の竜もまたレグルスとラフィリアを睨みつけていた。憎悪が宿った視線は一朝一夕のものではなく、永きに渡り蓄積されて来たかのように深く重い。


「それは後回しだ。まずはぶっ飛べ!」


レグルスが片手を突き出すと拮抗していた陣が前方へと動き始めた。相殺し合うブレスはどんどんと押し込まれていく。


だが、竜もまたブレスの威力を上げる。


「クッ、重い」


レグルスは血管が浮き上がるほどに力を込めた片腕を前方へと押し込んでいく。途轍もなく重いものを押しているような動きと連動してブレスはやがて竜との距離を僅かなものへと変えていった。


そして、両者の拮抗は破られた。


ドオォンッ


爆発音と共にブレスが己へと着弾した竜はその巨大で森を潰しながら倒れていく。


だが、レグルスは追撃の手を緩めない。彼の直感がここで倒しておかなければ危険だと警笛を鳴らしているのだ。


「これは……」

『竜気ですか』


そして、彼とラフィリアに感じた剣から溢れ出る膨大な竜気。それはかつてハーローと対峙した時には感じなかった力。


それは何故か悲しく、そして力強かった。


溢れ出る竜気に従い彼らは真なる力を解放する。


「翡翠なる暴風を統べる王」

「『嵐王翡翠剣テンペスト』」


紡がれた言葉に答えるように剣は姿を作り変える。刀身が消え両翼が羽ばたき捩れるように回転し、絡みついていく。


やがて現れたのは捩れる二本の角が合わさったかのようなレイピア。濡れたように艶やかな翡翠の翼は怜悧なレイピアとなりてその姿は神々しい。


そのレイピアを引き絞るように腰だめに構えると、剣先に莫大な暴風が荒れ狂う。エネルギーを集めるレイピアはまるで竜のブレスのようである。


その力が最大限へと高まった時、レグルスは腰だめに構えた力を解き放った。突き出された剣先から暴風の力を内包した球体が放たれた。


風王竜ノ咆哮テンペストディザスター


一直線に突き進む翡翠は倒れた竜の頭上で止まると内包されたエネルギーを解放した。球を起点に風が巻き起こり嵐をその場に顕現させた。


吹き荒れる暴風が竜を押し潰すように広がり木々を薙ぎ倒し巨大な竜を地面へと叩きつけ減り込ませていく。


硬いはずの鱗は切り裂かれ、無数の風の刃が切り刻んでいく。風圧により動く事すら防がれた竜は為すすべもなく暴風に囚われその体を抉り切られていった。


そんな途轍もない光景を目の当たりにした生徒達は言葉を失いただただ暴虐の嵐を見つめていた。人智を超えた力は人を魅了する。


レイピアのたった一振りで起こった天変地異。アリスやサーシャでさえもその姿に呆然とする。


まさしく彼らは神話の世界を目の当たりにしていたのだ。次元の違う竜が現れたと思えば、レグルスというよく知る彼が神話の英雄の如き力を振るう。


ロイス、マリーやシャリアもまたその目に宿すのは畏敬の念。超常なる力を前には仕方がなかった。


彼らの見つめる先では絶大な力を誇った暴風がその威力を落とすと、やがて空気に紛れて消えていく。


終わったというのに誰も話さない。歓声をあげることもなければ、レグルスに問いかけるものもいない。


だが、そんな中でも彼はいつも通りであった


「ありゃ、やり過ぎたか?」

『いえ、あの力で無ければ倒せません』


そしてレグルスが辺りを見回すと固まったままの生徒達。


「これで学園生活も終わりか……」


そんなセリフが出た事でレグルスは内心で笑ってしまう。嫌々ながらも連れてこられた学園生活も今思い返せばそれなりに気に入ってた事を理解したのだ。


怠惰な生活の中で持て余していた秘密の調査に協力してくれるリンガスやシュナイデル、そしてベルンバッハ。


ロイスやマリーといった者とも出会った。変な奴だと思っていたのが懐かしい。今ではレグルスの寮によく来る友人とも呼べる存在だ。


それに師匠と呼んで来るバカなケインやクラスメイト達。


「俺も素直じゃないんだな」


そもそも、連れて行かれたとは言え学園に来ないという強硬手段をとる選択肢もあったのだ。それをしなかったのはと視線を巡らす。


今では相棒パートナーになったラフィリア。そして守るように前に立った事で後ろにいるアリス。右を見れば嬉しそうな顔で頷いているサーシャ。


彼女達を守れた事に安堵するレグルス。だが、そんな事を思いながらもレグルスの本質は変わらない。


「これから面倒になるんだろうなぁ〜」


溜息と共に肩を落としたレグルスに向かってサーシャが走り寄り、アリスがハッとした顔で眉尻を釣り上げたとき、レグルスは咄嗟に振り返った。


「またしても我らの邪魔をするか。我ら真なる竜の面汚しよ」

「サラダールよ。いや、貴様はサラダールの依り代か」


聞こえてきた声はよく知る声であるのだが、口調もその威圧感も段違いである。


「そう簡単には終わらないよな。それに」


ビリビリと感じる波動にレグルスはサーシャとアリスを庇うように一歩前に踏み出す。


「お前らは……いや、どうなってんだ」


カインツの手下の2人の姿であった。違う点は瞳が細長く、青と緑になっていること。纏う空気はさきほど対峙した竜達と同じということだ。


竜が人の姿を取るなど聞いたこともなければ、この取り巻きの2人の現象に思い当たる事もない。


「竜が人化? いや、そもそもアイツらに知能があるのか……」

『レグルスさん。私も聞いたこともないです』


それはこの場にいる誰もが同じ考えであった。


「我を知恵なき竜と同一視するな。我らは古より生きてきた古竜である」

「貴様ら憎き人間と我らを裏切った竜王達により永きに渡り封印されていたのだが……サラダールの依り代と風王竜の子。お主らを殺せば我らの復讐の一つは成される」

「さっきから何を言っているんだ?」

「なるほど。孵ってはいないが炎竜王の子と氷竜王の子もいるのか」


青い髪を持つ男の視線がレグルスの後ろにいるアリスとサーシャを捉えた。


深く濁った瞳で睨みつけて来る2人の竜。


レグルスの質問には答えずに彼らは虚空に手を伸ばす。その動作に警戒が瞬時に上限を突破するが動く事は出来ない。


下手に動けばすぐにでも戦いが始まる。そして、目の前の敵は生易しいものではないのだ。


「封印の影響か少しばかり弱まっていたが既に力は戻った。依り代になった此奴も貴様が憎いらしい。なればこそ、見せてやろう」

「そして、我らの力にひれ伏すが良い」


そうして彼らは虚空を掴む。大気が振動し禍々しい竜気の波動が広がっていく。


やがて、虚空から姿を現したのは剣であった。


レグルス達がよく知る竜具と同じ気配を感じる剣。いま古の時代に生きた古竜の力が現代に蘇り絶大な力が解放される。

ブクマ、評価、感想等頂けると幸いです。

今後ともよろしくお願いします!!

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