52話
死神との一件からバタバタしていた日々ではあったが、レグルスの平穏はようやく戻っていた。レグルスとてこれが仮初めの日常だと理解している。
事ここに至って関係ないでは通らないだろう。ベルンバッハとの会話にも出た己の力。遠からず厄介ごとは何の前触れもなくやってくる筈だ。
そんな束の間の休息をレグルスは楽しんでいた。一つだけ悩みのタネがあるのだが。
「久しぶりだなレグルス。おめでとうと言っておくよ」
「おお、ありがとな」
廊下を並んで歩くロイスとレグルス。その後ろに一歩離れて付き従うのはマリーである。
死神の件や決闘の準備に忙しかったレグルス。その為に決闘が終わるまで中々時間が合わなかった2人だったが、ようやく落ち着いて会話出来るようになっていた。
「そろそろ実践訓練で竜を狩るらしいと聞いた」
「はぁ、面倒……」
「竜騎士候補が竜を狩るのを面倒と言ったらダメだろ」
「確かにな……でもなぁ」
竜騎士の本分である竜を倒す為の訓練。それが近く行われるという発表があった。その話をネタに2人は他愛もない会話をする。
「それと、最近シャリアに絡まれているみたいだな」
「ああ、まったく勘弁してほしい。どうやらアリス達と戦いたいらしいんだが、カインツの次はシャリアかよ」
「前から忠告はしていたが、決闘を見てついに動いたか。まあ、彼女の場合はカインツみたいな手は打ってこないだろうし、僕の出る幕は無さそうだ」
「そうだな。正々堂々と乗り込んで来たし、でもどうしてこうも脳筋なんだか」
「レグルスが変わっているだけだ。それに、シャリアはエルレイン家という事もある」
「前にも聞いたが、エルレイン家か……」
「ああ、強さこそが至上の冷徹な家だ」
小耳に挟んだ噂を持ち出すとウンザリした様子のレグルスに向けてロイスがそう返した。竜姫、滅竜師を目指す彼らにとって単純明快な指標は強さだ。
カインツも手段は間違えたが、根本的な所にはそれがある。そして、学園でも上位のシャリアにとって、アリス達は倒すべき相手になったらしい。
「全く名家は面倒なしがらみが多いな。ってロイスはいいのか?」
「ああ。前にも言ったが伸び伸びやらして貰っている。それに、僕とマリーは強いしな。まあ、死神には負けたが……」
「まあ、アレは本物の化物だ」
「そうだな……」
そうしている間にも2人は進み、貴族クラスと平民クラスの分かれ道付近で立ち止まった。
「今回の戦いで改めて思った事なんだが、レグルス……」
「なんだ?」
何かを尋ねようとするロイスは問いの最後で言葉を選ぶようにおし黙る。その真剣な眼差しを受けたレグルスは続きを促した。
一呼吸おいたロイスは思い切った様子で言葉を発した。
「なぜ実力を隠す?」
「いや、そんな強くはなーー」
「死神との戦い……あの時の君の実力があればカインツ程度、たやすく勝てたはずだ」
レグルスの言葉を遮るようにロイスは尋ねた。目の前で見た死神達との戦いで見せたレグルスの実力。なし崩し的に聞けなかったのだが、今回の決闘も終わり聞くなら今だと判断したようだった。
「それについては色々とあってな……」
「僕には言えない事なのか?」
言葉を濁すようなレグルスに少しばかり残念そうな声音で尋ねるロイス。何時もは堂々としている彼だったが今は何処と無くしゅんとしているように見えた。
「僕たちが気絶した後にも何かあったようだった……死神を追い払ったのも君だろう?」
ロイスの考えは至極当然のものであった。あの場面で戦っていた4人が生き残ったという事からも判断できる。
確信を込めた質問にレグルスは返す答えを持たない。
「ロイス。俺も出来ることなら話したい。だけどこればっかりは難しいんだ」
レグルスとてロイスは学園でできた数少ない友人だ。だが、話せばこのとんでもな事態に彼らも巻き込むかもしれない事は容易に想像できる。
既に死神との戦いでは巻き込んでしまっているのだ。
「そうか。何か事情があるようだな」
「すまん」
「いや、余り人を詮索するのは良くないことだとは分かっていたんだが……君の学園での在り方は余りにも歪だったからつい口に出てしまった」
ロイスから見てレグルスの実力は学園においても遥か上をいっていると思っていた。
2人かがりで足止めも出来なかった死神を一人でやり込めていたレグルスは確かにそうだろう。
「まあ、一番は面倒ごとは嫌いだからかな」
「ふっ。なるほどな、君らしい答えが聞けたよ。それじゃあ」
レグルスの最後の答えに満足そうに笑ったロイスはいつもの調子に戻るとこの場を去っていった。その背中を見送るレグルスは言葉を投げかけた。
「ロイス! また寮に遊びに来いよ」
「来いというならもちろんそうさせて貰うよ」
立ち止まったロイスは嬉しそうに答えると今度は振り返らずに去っていった。
「レグルス様、ありがとうございます」
「ん?」
「ロイス様は喜んでいます。これからもよろしくお願いします」
「そっか、マリーもよろしくな」
「はい」
レグルスの言葉にぺこりと頭を下げたマリーは先を歩くロイスの方へと向かっていった。
「なんだかなぁ」
自分の置かれた状況を再認識したレグルスは溜息を吐くと自分の教室に向かっていく。その後は未だに浮かれるケイン達の喜びの会話の相手をしたりとつつがなく授業は終わっていった。
「レグルス! んじゃな」
「また明日な〜」
「僕も先輩に呼ばれてて、また」
ここ最近はケインやコリンといった生徒たち。そして、アリス達の評価が凄まじいことになっていたが、レグルスの2、3年生の評価は低い。
ケイン達はどうやら先輩連中から色々と今から関わりを持っておこうとする動きがあるようだがレグルスには無い。
決闘の立ち回りは成功だと言えた。その事に満足しつつも、何故か学園でも有数の実力者から話掛けてくることが多くなった。
その為、誰かに捕まる前にとレグルスは今日も素早く帰り支度を始める。一番厄介なのがくる前に。
「帰るか」
レグルスの元へ一直線に駆け寄ってくる少女はそのままの勢いで走り寄ってくる。そして、レグルスの目の前で急停止すると満面の笑みで話す。
「お兄ちゃん! 帰ろ!!」
元気よくレグルスの前で笑うサーシャに続きラフィリアとアリスもやってきた。いつものメンバーである。
「よし、急ぐぞ」
全員が揃った事を確認したレグルスはすぐさま教室から逃げるように去ろうと立った時
「そんなに急いでどうしました?」
「くっ! 間に合わなかったか」
レグルスは扉の出口付近で腕を組んで此方を睨みつける少女を見て悔しそうに呻く。ようするに間に合わなかったのだ。
「今日は返答を聞きに来ました」
朝、ロイスが言っていた相手がこのシャリア・エルレインである。名門エルレイン家の息女であり、レグルスがドリルと評したその髪型もそして、その実力も凄まじい。
面倒そうに頭を掻くレグルスの前にズイッと現れた少女は腕を組み堂々と告げた。
「今日も来たのね」
「あら、アリスさん。そろそろハッキリさせたいの」
2人ともが腕を組み睨み合う光景は中々に威圧感がある。レグルスはまるでアリスが2人に見えるような錯覚に思わず後ずさってしまう。
勝気な2人は両者共に譲らず睨み合っている。ここ最近、繰り返される光景だ。
「ねぇお兄ちゃん。そろそろ決めないと面倒だよ」
「うーん、でもなぁ」
「レグルスさん。これからも帰るのが遅くなりますよ?」
「だよなぁ。はぁ〜」
2人に急かされて溜息を吐いたレグルスを目敏く見つけたシャリアはアリスから視線を逸らして標的をレグルスへと変えた。
「まったく覇気がない。確かに貴方はそこそこ出来るようですが、溜息ばかりで面倒くさがり。なよなよして軟弱ですわ」
そう言い切ったシャリアの言葉にレグルスはお手上げとばかりに両手を挙げた。そもそもその通りであり、言い返す事でもない。
だが、他の面子は違ったらしい。
「はぁ!? レグルスが軟弱ですって? 言うに事欠いてレグルスが!?」
青筋を浮かべたアリスがドンと一歩踏み出すと下から睨みつけるようにシャリアに怒鳴りつける。ラフィリアとサーシャも同様に目元がピクピクと痙攣している。
「うっ、そ、そうですわ!」
「アンタ髪もおかしかったら目もおかしいんじゃない?」
「髪型がおかしいですって!?」
毛先を撫でるようにしながらシャリア剣幕も凄まじいものに変わる。こうなった2人は止められない。
「そうよ。その変な髪型なんて燃やしてやる!! 私が勝って一番って事を証明するわ!」
さらに、何故かいつも以上に苛烈なアリスの言葉にシャリアもまたヒートアップしていく。
だが、そのアリスの様子にレグルスは僅かな違和感を覚えた。キツイ性格はしているが、普段のアリスならここまで噛み付く事も無かったからだ。
「上等ですわ。初めからこうして置けばよかったのですわ!」
「レグルス! 今日という今日はもう我慢できないわ! このストーカー女」
「此方も同じですわ。いつもいつもそこの軟弱男に避けられていましたが、こうなっては貴方の意見なんてどうでもいいですの」
そう言ってプイッと顔を背ける2人はもう話すことなど無いとばかりに無言になる。
「お兄ちゃん、決まりだね! サーシャがボコしてくるよ!!」
「こらサーシャ。そんな言葉遣いは辞めろって」
「ふふーん。ボコすったらボコすんだよ!」
握り拳を作ってふんすと息を吐くサーシャにレグルスは彼女の言葉遣いに心配になって来た。
「では、行きましょう。シャリアさんもどうぞ」
そう言って先導するラフィリアの後ろをゾロゾロとアリス達が続いていく。
「はぁ、何でここの奴らはこうも脳筋なんだ……」
「一年生の最強を決めるですか……」
隣を歩くラフィリアに愚痴を漏らすレグルス。以前からシャリアにアリス達と戦わせろと言われていたのだが、面倒そうな事に敏感なレグルスはのらりくらりとかわしていた。
だが、もうこうなっては仕方がない。アリスとシャリアの性格からしても何れはこうなる事は予想できた。もう先延ばしには出来ない。
ロイスの忠告通りにシャリアは来たのだが、こうして真っ向から来るあたりカインツとは根本的に違うのが救いなのだが。
既にシャリアは闘技場の使用許可を取っていたのか何事もなくたどり着いた。その手際の良さにあわよくば延期にでもと淡い期待を抱いていたレグルスは落ち込む。
だが、落ち込んでもいられない。
「で、一対一の戦いでいいんだな?」
「ええ、聖域は貴方のもので戦いますわ。後から不公平と言われないようにですわ」
聖域の性能は滅竜師によって変わって来る。その辺りを考慮したシャリアがレグルスに絡んでいたのはその為であった。
「そんな事しないわよ!」
アリスからしてみれば酷い言いがかりに声を荒げる。
「ええ、確かにそうかもしれないですけど一応ですわ」
そして、アリスとシャリアが向かい合う。戦いは一対一の真っ向勝負である。勝ち負けが分かりやすい形式だが、それ故に実力差がはっきりと分かるスタイルだ。
「エルレインの名にかけて私は負けられないんですわ。ようやく白黒つけれますわね」
「同感ね。私もよ」
お互いが定位置についた事で、ラフィリアがレグルスに視線を送った。少し間が空いた後にこの場にレグルスの聖域が展開される。
「煉獄の大剣」
「真紅」
アリスは燃え盛る大剣を両手に握り、シャリアはその名の通り、眼を見張る真紅の直剣を片手で振るうと空間に陽炎が現れる。
熱を凝縮させた竜具は燃える事なく紅く染まり、剣の周囲を焼き尽くしていた。
「「はぁ!」」
ほぼ同時に同じ速度で切り込んだ2人。
強大な熱量を持った二つの竜具は激突した。




