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5話

リンガス達がサーシャの捜索を始めた頃。


馬車が停止していた場所から離れた位置にある草原の中。ポツンと広がる暗い林にエリクとフィットの姿があった。


「おい、大丈夫なのか?」


そう心配そうに尋ねるフィットの表情は暗い。彼らが今していることは法に触れる禁忌だからだ。


「なに、問題ねぇよ」

「離してっ!」

「だから、俺と契約してくれたら離すって言ってるだろ?」


花畑を見ていたサーシャが、気の強いアリスと離れた隙を見計らって行動に移した結果であった。


フィットに取り押さえられるサーシャは、触れられる事すらも嫌な様子で激しく動く。だが、その様子をニヤニヤと眺めるエリクは優越感に浸っていた。


(そうそうお目にかかれない程の美少女、さらには将来が約束された優秀な竜姫。村ではいつもレグルスの事ばかりで俺の事なんか眼中に無かったのにな)


聖域の中でなければ力を使う事ができない竜姫。幾ら竜具が強くとも今の彼女にとって、男の拘束から逃れる事は不可能であった。


「何であんたなんかと契約しなきゃいけないの! いいから離してよ!!」


解けない事は分かっていても抵抗するサーシャ。自分の事など眼中にない発言にエリクの額に青筋が走る。


「何が俺なんかだ! あんな怠け者と契約するより俺の方が遥かに有望なんだぞ!!」


バチンッ


「キャッ」

「おい、エリク! 手は出さないんじゃ無かったのかよ」

「うるせぇ! いつもいつも、レグルスってこいつらは鬱陶しいんだよ!! 女は黙って竜姫になっときゃいいんだ」


エリクの行動に更にオドオドとするフィットだが、エリクはそんな事に気付く事すら出来ない状態だ。


「でも、やり過ぎればリンガスさんにバレるぞ」

「バレたって契約さえすれば、後は何とでもなる」

(契約できれば解除は不可能。俺は優秀な竜具で英雄になれるんだ。バレたとしても、強い竜具さえあれば他の道もある)


まだ冷静さを残すフィットが話しかけるが、エリクの頭の中では輝かしい未来が映っていた。そして、怯えるフィットに向けて囁きかける。


それは、エリクにとっても悪魔のささやきであった。


「それに、契約すればお前にもサーシャを使わせてやるよ。そしたらお前にも他の竜姫だって貰える。これで英雄の仲間入りだ」


まるで竜姫サーシャを物のように扱うエリクにサーシャの顔は歪む。


彼女にとって竜騎士とは誇り高い職業だった。我慢出来るものではない。


「何が英雄なの? そんな人がなれる訳ないじゃない」

「チッ、うるせぇな。もう実力行使だ」

「何するの!? やめて!」


村、いや、どこにいってもトップクラスになれる美貌を持つサーシャ。綺麗な青髪と大きな瞳。


まだ幼さを残す容姿だが、彼女は15才である。成長途中の体にいやらしい視線を送るエリクに気がついたサーシャは顔を蒼褪めさせ叫ぶ。


だが、ここは人が居るような場所ではない。声は虚しく消えていく。


「なに、心配すんな。契約すればそれで済むんだ」

「いや、いや」

「エリク! それはマズイって」


頭を左右に振り逃げようとするサーシャ。もはや彼女に先程までの威勢はない。流石にこれ以上はマズイと考えたエリクの表情は固い。


「お前も参加しろよ。こんな美少女を相手に出来ることなんて人生でそうないぞ」

「そ、そうなんだがよ」


エリクは舐め回すように捕まえているサーシャを見下ろした。暴れたせいで頬を上気させている姿に息が荒くなっていく。


「どうせならレグルスの目の前でひん剥いても良かったかもよ?」

「それもいいな。あの雑魚がどうゆう顔をするのか楽しみだが。それはまたのお楽しみだ」


フィットに向けて、優越感に浸るエリクが返した。彼の頭には泣き叫ぶサーシャと、それを見つめて絶望するレグルスの姿があった。


もはや未熟な子供は止まらない。


「や、やめてよ。お願いだから」

(いや、なんでこんな事になるの?私はお兄ちゃんと一緒にいたかっただけなのに。お兄ちゃん、助けてよ)


動きが止まったサーシャに向かって2人の手がサーシャに迫ろうとした時


グゴアァァァ


鼓膜が破れてしまいそうな程の咆哮が響き渡った。


「な、なんだ!?」

「エリク! ヤバイぞ!!ドラゴンが来やがった」


彼らは不用心であった。人が生活する領域を抜ければドラゴンがはびこるこの大地において、彼らは油断していた。



ドォンッ ドォンッ


バキバキッ


地面を踏みしめる音と木々がなぎ倒されていく音が近づいてくる。その音でドラゴンの移動速度が速いことが伺える。


目的に向かって猛進する、いや、まるで何かから逃げるように一直線に向かってくるのだ。サーシャは貞操の危機が去ったことで腰を抜かし座り込んでいる。


「ちくしょう」

「ど、どうする? エリク」


まだまだ未熟な彼らの状況判断は遅かった。


双頭竜ツインヘッドドラゴン、だと」

「もう、終わりだ」


目の前に現れる巨体。それは、一枚一枚が人の頭ほどもある赤紫の鱗を持ち、隆起した足で大地を踏みしめる。


特に、名前の由来にもなっている双頭。蛇のように金色こんじきの瞳孔は縦に伸び、4つの瞳が3人を見下ろしていた。


「何で中位竜がここにいるんだよ!!」


そう叫ぶエリクは、2人を置いて自分だけでもと逃げようと反転する。


グゴォォォッ


「クソっ!」


竜の咆哮によって動きが止められてしまう。人間の本能によって強大な双頭竜ツインヘッドドラゴンから背を向ける事が出来なかった。


「こうなったらやるしかねぇ」

(今逃げたらターゲットが俺になる。なら、いざとなった時にコイツらを差し出して、食われている間に逃げる)

「でも、無理だよ」

「俺たちにはコイツがいるだろ!」

「そ、そうか。そうだったな」


エリクの考えなど知らずに、リンガスに騎士レベルと言われたサーシャに期待を寄せる。さっきまでの事など棚に上げる2人は何処までも自分勝手であった。


「「聖域サンクチュアリィ」」


2人の未熟な聖域サンクチュアリィがこの場に展開された。


「サーシャ! 手伝え」

「本当は貴方達を手伝うなんて嫌だけど。仕方ないね」

(お兄ちゃんには助けを求めたけど、竜が来るなんてついてない。こんな奴らと共闘するなんて)


渋々だがサーシャは協力する事に決めた。1人で逃げても標的が自分に変わり、先に殺されるだけなら、まだ3人で戦った方が生き残れる確率は上がるという消去法であった。


今すぐにでも2人に一発食らわせたい所だが、何とか我慢するサーシャ。


「ふふ、こんな時でもこの状況でお兄ちゃんならどうするのか気になるな。眠いとか怠いとか言うのかな? 気になるなぁ」


それもありそうだと、クスリと笑うサーシャ。


彼女の最優先目標は、レグルスと会う事に集約されているのだ。


みずち

(こんな弱い聖域サンクチュアリィの中じゃこれが精一杯か》


サーシャが生み出す竜具、みずちは、リンガスの際に出した竜具よりも遥かに力が落ちていた。


だが、生き残るためにもサーシャは淡く透き通る双剣を手に持ち構えた。


双頭竜ツインヘッドドラゴンに向かって走り出すサーシャにエリク達は身体強化の効果を持つ滅竜技めつりゅうぎを使う。


「「初段強化シングルブースト」」


その滅竜技と呼んでもいいのかと思える程に効果は薄く、リンガスとは比べモノにならないお粗末な出来であった。


「ハァッ!」


地面を這うように身を屈めて接近するサーシャに向かい、双頭竜ツインヘッドドラゴンは左右の頭で喰らい付こうとする。


だが、素早い動きで掻い潜ると足に向かいみずちで斬りはらう。


カキンッ


「ウソっ、硬い」


驚きの表情を浮かべるサーシャ。みずちは鱗を切ることが出来ず、弾かれたのだ。


その立ち止まってしまったサーシャに向かい、双頭竜ツインヘッドドラゴン空気ブレスを放った。


「「ぐわあぁ!」」


後方から悲鳴が上がる。それは、エリク達が空気ブレスによって吹き飛ばされる声だった。


「え?」


そんな間抜けな声を上げるサーシャは後ろを振り返る。視線の先には地面を転がる2人の姿が映っていた。


そう、サーシャは後ろを見たのだ。その場から飛ばされる事もなく立っていた。


不思議そうに首を傾げるサーシャ。


「うわぁぁ!!」

「いてぇよぉ」


木にぶつかりようやく止まった2人は情けなくも声を上げる。それは、先程までサーシャを捕まえていた時とは遥かに違う態度だった。


グルルォ


目の前で起こった不可思議な光景に双頭竜ツインヘッドドラゴンも動きを止めていた。


ブオォン


そんな音が広がっていく。


「今のはなんなんだ!? 聖域サンクチュアリィがおかしい!!」

「なんなんだよ、一体。もう嫌だぁ!」


何とか起き上がった2人だったが、違和感を感じてパニックに陥る。己が展開する聖域サンクチュアリィが何かによって塗り替えられるような感覚を覚えたのだ。


みずちが!?」


手に持っていた双剣がリンガスの聖域サンクチュアリィの時よりも遥かに強大な力を持って顕現していた。



双剣の柄から蛇のような、神々しくも感じる姿をした龍の紋章が巻きつき剣先まで伸びている。


綺麗な空色に変わった刀身は輝きを放ちサーシャの手に収まっていたのだった。


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