49話
学園での決闘から数日が経った。既に一年生クラスが二年生クラスに快勝したというその報せは各方面へと伝わっている。
普段の決闘であれば市井のご近所話、騎士団内においてもネタ振りとして使われる程度の話だ。
だが、今回は訳が違った。あの名門オーフェン家が率いる貴族クラスという事に話は大いに広がっていった。
何度も言うようだが、貴族の子息という存在は戦いにおいて、一歩も二歩も先を行く英才教育の賜物である。
そんな彼らが同学年でもなく入学したての一年生、さらには平民に負けたとあれば話の種にもなろうものだ。
「学園への警戒態勢を強めるべきですね」
「それについての方針は以前の会議で既に決まっている」
水晶騎士団の団長であるシェイギスの言葉を切り捨てたガルシア=エルレインはこれ以上話すことはないとばかりに口を閉ざした。
王宮にある一室。ここは誰しもが入れる場所ではない。豪華な内装だが派手すぎず、調度品と合わせて見事な調和が取られた部屋。
平民であればこの中の一つでも売れば暫くは働かなくても贅沢に暮らせるものばかりだ。
当然、そんな部屋に入れるもの達と言えば国家防衛に関して一任されている頂点達。その内の3人が一同に介して机を囲んでいたのだ。
学園についての方針で真っ向から割れた形になったシェイギスとガルシア。
言い募ろうとするシェイギスたったが、年の功かガルシアは一向に相手をする様子がない。
そんな時
「まあまあ落ち着けや。団長同士でいがみ合っても何の得もないぜ。それに、シェイギスの言うことも一理あると言えばある」
野性味のある笑顔を浮かべて仲裁に入ったリーリガルはそう言うと2人の仕草を観察する。
「お! やっぱりそうですよね? リーリガルさん」
「ふむ、まあ話だけは聞いてやろう」
思わぬ援護射撃を得たシェイギスは身を乗り出し気味に声を出した。
「んで、話の続きだかよぉ。うちの倅が負けたとしたら今年の一年坊は格好の標的だと思われるかもしれんぞ」
「確かに大袈裟じゃないですよね。オーフェン家のカインツ坊やですからね」
「けっ、大袈裟だな。あのバカはとことんバカって事だ。全く誇りとやらで誰にでも勝てんなら楽でいいってもんだ」
「何もそこまで言わなくても……」
シェイギスの言葉は最もであった。リーリガル=オーフェン、その家名で全てが分かるとは思うが、カインツの父親であった。
「普通に戦って負けるんならまだしも、あんな真似をして負けたんじゃ庇いようがねぇ」
「確かに同じ名家を背負うものとしてはな」
「はぁ〜、まったく育て方を間違ったのかねぇ」
頭をガシガシと掻いたリーリガルは再び溜息を吐くと、今後の息子の対応に思いを馳せる。
「ガルシアの娘のシャリアもシュナイデルの娘のローズもあんなにしっかり育ってるっていうのになぁ」
「エルレインの名を冠する者であれば当然だ」
何を当たり前の事をとばかりに腕を組んでいたガルシアの答えるその言葉には絶対の自信が現れていた。
「同じ世代にあれだけの実力者が揃えばカインツ坊やの気持ちも分からなくはない、ほんの少しだけですけど」
「そっちは何とかするわ。それで、シュナイデルとガルツは?」
この話は終わりだとばかりにリーリガルは話を変えた。息子について何を話しても耳が痛くなる会話だという事は理解しているのだ。
いくらバカ息子だとは言え、息子は息子である。そんな気持ちを察してかシェイギスもその流れに乗っかった。
「シュナイデルさんはアガレシア皇国に行ってますね、リンガスが率いた天雷騎士団は各都市の警戒任務。ガルツさんと砂牙騎士団は死の大樹林の警戒ってあたりです」
「あー、そう言えばそうだったな。死の大樹林が活発化しているって話だろ?」
小耳には挟んでいたのだがカインツの衝撃が強かったのかすっかり忘れていた様子のリーリガルは額をぴしゃりと叩いた。
「憤怒の大山脈はメシア王国の滅刃衆ってあたりか」
セレニア王国が大樹林を受け持っているという事は、隣国であるメシア王国が大山脈を受け持つ事は周知の事実である。
「まったく物騒になってきやがったな。前回の名無しと言い住処の活発化と言い、何かの前触れか?」
「確かにそう思えてきますね」
今までも何度か竜王の住処が活発化して竜が攻め寄せてくる事はあったが、全てが連動して活発化することなど無かったのだ。
何かあると言われても仕方がない。すると、黙っていたガルシアが話し始めた。
「何処の竜王の住処も活発化していたが、嘆きの大渓谷のみ沈静化したという報せを聞いている」
「まったく、意味が分からねぇな」
「ああ、それについては調査という名目の元、アガレシア皇国から召集が掛かっていましたね。滅竜騎士による内部の調査と」
「確かにあそこの奥深くに入るには軍は論外で個人でも並大抵の実力じゃ太刀打ちできねぇしな。で、誰が行ったんだ?」
リーリガルのいう事はもっともであった。何故かは知らないが軍を持って侵入すればまるで何かの意思かのように竜が群がってくる。
さりとて、個人で入るにしても竜相手に圧勝できるほどの実力がいるのだ。最低でも騎士団長クラスは必要とされる。
だが、何処の国も騎士団長のような人を率いる地位にいるものが単独で調査任務などとは有り得ない。
そこで人類の守護者。単独で一騎当千の絶対者。縛られることのない滅竜騎士にその役目が回ってくるということだ。
「ミハエルの爺さんですよ。なので、いま王都には私達三人の団長が詰めてるって訳ですよ」
情報共有も兼ねて話し合われる内容はどれもが上層部の一部のものしか知らない事ばかりだ。
「今日集まったのは他の話し合いの筈だが?」
「おっと、そうじゃねぇ。学園の警備云々だったよな?」
「あ! 忘れてましたね」
「して、シェイギス。続きを話してくれ」
三人での現在の情勢をあらかた話し終えた辺りでガルシアが一区切りつけた。
「名無しの襲撃もあったって事はセレニア王国が狙われてるって事ですよ。そんな最中に一年生で名家の人間を倒すもの達が現れたんですよ?」
「なるほど、確かにそうだな。奴らからすれば喉から手が出るほどに欲しい人材達だ」
「なら?」
ガルシアの発言にこちらに流れが傾いていると判断した様子のシェイギスは畳み掛けるように合いの手を打つ。
「だが、ダメだな」
「なんでですか!?」
「なに、私も否定したいわけではわない。ただ、前回にも似たような事を話したが、もしまた名無しが攻めてきた時に対応できるほどの人材が少ないという事だ」
「ま、そうなるわなぁ。ここ最近の竜達の荒れ具合から考えれば中々どうして」
つまる所はそういう事であった。学園には既にベルンバッハとレイチェルという人類でも指折りの強者がいるのだ。
ならば他の所に手を伸ばすという選択は間違いではない。
「騎士団を動かせない。だが、強者と言ってもそれでは数を揃える事が出来ない。ならば、私と部下のもう1人で警護します」
「本気か?」
「王宮はユリウス様、ガルシア様、リーリガル様が居ます。既に万全の状態の上、私がいても100以上にはならないでしょう」
「確かにそう言われちゃあそうだが」
王宮に詰めている2人の騎士団長が事に当たれば脅威は無い。それでも危ないとなればそれは最早対処が困難な事だということだ。
「学園には今後の王国を担う子供達。ベルバッハ様といえど全てを守りきる事は不可能かと、それに私と1名が抜けたとして水晶騎士団は精強ですよ」
「確かにアリス、サーシャ、ラフィリアだったな……まだ途上だとは言えその実力は評価に値する……か。ふむ、そこまで言うのなら構わん」
「ま、俺としてはそっちの方が有難いんだがな」
「では、準備を整えたのち行ってきます」
アリス達の活躍は思わぬ所にも影響があった。それは、騎士団長さえも動かす程の出来事だったのだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次話でこの章が終わる予定です!
決闘編が思ったよりも長くなってしまい。。今後とも書籍版と合わせてよろしくお願い致しますm(_ _)m




