47話
カインツの宣言通りに彼は瞬く間にコリンを下し、近くにいた生徒を昏倒させた。
その強さはまさに学園でもトップクラスだという事が思い知らされる内容であった。
「所詮は平民だな」
ギロリと周囲を睨みつけるカインツ。圧倒的な蹂躙劇を見ていた一年生達はもろにその視線に射抜かれた。
自分たちの中でも強かったコリンを瞬く間に倒した実力に二年生を押していた勢いは見る見る間に消え失せていった。
その光景を観客席から見つめていたローズは呟く。
「流石はカインツさんですね」
「まあカインツ君の実力から見れば当然かと思います」
ローズの呟きに反応したシアンは当然の結果だと初めから知っていたかのような発言をした。
それは、この場にいる生徒会の面々の共通認識でもある。カインツは腐っても四大名家の一つオーフェン家の一員である。
天地がひっくり返ろうと生徒になったばかりの者達にどうこう出来る相手ではない事を改めて証明した一幕でもあった。
だが、そもそもここまでカインツ側が追い詰められた事は確かである。
「前はもっと優秀だったのにね。怒りで見えてないのかしら」
興奮してその事に気が付いていない者も多いが、ローズからしてみれば指揮官の無能がもたらした結果でもあった。
「はあ、今さらって気もしますわね」
生徒会にも報告が上がっていたカインツの最近の素行を思い出しため息を漏らしたローズ。
「そうですね、そもそも冷静であればこんな決闘騒ぎも起こさないでしょうし」
それに答えるかのように後方に座っていた一人の生徒が答えた。微笑を浮かべたまま視線はカインツに固定されている。
どこか氷のように感じられる表情だった。
「はあ、こんな事は一度きりでいいですわ」
「面倒ですからね」
「生徒会もしっかりしないといけません」
「確かにそうですね」
ローズの探るような言葉に返したエレインはちらりとレグルスの方へと視線をやった。
そう言って会話は終わりとばかりに口を閉ざしたエレインにローズも追従したようだ。
「コリンさんも鍛錬すればいい線までいけるでしょうけど、まだ早いですね。それは、アリスさん達にも同じ事が言えますが」
「確かにそうですが、彼女たち三人は途轍もないスピードで強くなっています」
「ええ、確かにそうね。でも、今はまだ成長過程よ、彼女たちにとってまだ早いわ」
そういうローズだったが、心配している様子は皆無である。微笑を崩さず終始この表情であった。
「その言い方だとまるで負けるかのようですね」
「このままだと、ね」
意味深な言葉を漏らすローズはちらりと見やった。そこには欠伸を必死に咬み殺すレグルスの姿。
「ふふ、相変わらずですね」
「あの、あの、このままじゃ大変ですよね?」
その言葉の意味を感じ取ったミーシャもまたレグルスを見やる。だが、彼がまだまだ動きそうにないことを感じ取りアワアワと慌てだしていた。
何処と無く小動物を連想させるようにあわあわと慌てる姿に、可愛いものを見るように目を細めたローズは安心させるように笑みを浮かべた。
「うーん、さっきはああ言ったけど三人が実力通りにしっかりと連携すれば可能性はある、って所かしらね」
「ふぅ、よ、良かったです」
ほっと胸を撫で下ろしたミーシャはぎゅっと握り拳を作ると真剣な眼差しでアリス達を見つめる。
「どうするよ? コリンが一撃でやられた」
ゆったりとしたペースで歩いてくるカインツに思わず後退してしまったケインの表情は不安そうにしている。
「アイツは私達に任せて」
ケインと入れ替わるようにずいっと出てきたアリスはカインツと対峙するように大剣をしっかりと構え直した。
「あ、ああ。作戦通りっちゃあそうなるな」
ケインは力強い言葉に戸惑いを見せた後に思い直したのか表情を引き締める。
だが、力強く握られた拳は彼の情けなく思う気持ちを表していた。
「ケイン君! 適材適所だよ!!」
「そうですよ」
続くように現れたサーシャはケインの肩を叩くとニカッと笑顔を浮かべる。その隣ではラフィリアが微笑を浮かべていた。
「お、おう」
(師匠はやっぱ流石だな。こんな笑顔を向けられてよく平然としていられるな)
違う意味で戸惑うケインを怪訝そうに見つめるサーシャ達。
「おい、ケイン! やるぞ」
「よしっ! 俺たちが周りを抑えるからアリスさん達は思う存分やってくれ!!」
「アリスちゃん、こっちは任せて!」
周りの生徒達の声に反応するようにケインは頬を叩くと気合を入れなおした。
「いってくる!」
ケイン達はその言葉を残してそれぞれが散っていく。そして、タイミングを見計らっていたようにカインツの取り巻き達もまた散開した。
「もういいか?」
つまらないものを見させられたというような顔で傲岸そうに腕を組みながら尋ねたカインツ。
「ええ、待たせたわね」
「ふふん」
ない胸を張るアリスと腕を組んで顎を上にあげたサーシャ。
「こら二人とも。一応は上級生なんですから、ね?」
「一応だと? ふんっ、お前らもアイツと同じで勘に触るな」
フォローしたラフィリアだったが、その言葉の中にはしっかりと毒が込められていた。
言葉を交わす4人だったが未だにどちらも動かない。アリス達はやはりというべきか、カインツの隙がない様子に手を出せずにいた。
そして当のカインツは後方に立ったままのレグルスを見て尋ねた。
「アイツは来ないのか?」
「レグルスが出たらすぐに終わるからよ」
「ふふ、確かにそうですね」
「怒らせたいーー」
「さーて、いっくよー」
カインツの言葉を遮るようにサーシャが駆け出す。小さい見た目からは想像できない軽快な足取りで瞬時にカインツの懐に潜り込んだ。
右手で逆手に持った蛟を下からすくい上げるように放つ。突然の事に対応が遅れたカインツはまだ反応出来ていない。
「はあぁぁ!」
胸あたりに刃が吸い込まれるような軌跡を描く。
キィンッ
「遅い」
金属同士がぶつかり合うよな音が響き渡る。悠然と胸元に構えられた剣によって防がれていた。
「まだまだ続くよー!!」
弾かれる事は分かっていたのかその反動を利用し反対の手に持った短剣を斜め上から叩きつける。
「ふん」
防いだ剣を持ち上げたカインツに簡単に弾き返されるが、さらにそこからサーシャの連撃は速さを増していく。
やがて何度目の攻撃か数える事すら億劫になるほどの連撃。サーシャの勢いに合わせて竜具の力が増していく。
高速回転する水を纏う蛟はその鋭さを上げている。
「うそっ!?」
短剣が暴風のように襲いかかる中で未だにサーシャの短剣はカインツを捉える事が出来ない。
そんなアリスの驚愕の声が聞こえてくる。会場に詰めかけている殆どの生徒の心の声を代弁していた。
「不思議か?」
その言葉に不穏な雰囲気を感じ取ったのかアリスが叫ぶ。
「サーシャ! いったん下がって」「ほっと」
見逃されたのか、それともサーシャの軽快な動きに追いつけなかったのか、カインツはそのまま見ている。
「お前らが使う竜具に模擬剣が耐えられるのか? 不思議なんだろ?」
「ふう〜、やぱ強いよ」
「そうね、このまま単独でやってもキツイわね」
「三人で一気に決めましょう」
カインツを油断なく見つめながら会話する三人。
「人の話を聞かないのはお前ら4人の共通点か?」
「それで、一体どうしました?」
「簡単だ、お前らの竜具よりも俺の強化が優っている。。俺が天ならお前らは地程の差があるって事だ」
優越感を前面に押し出したカインツは模擬剣を肩に当てて挑発するように語る。
「これがお前ら平民とオーフェン家の才能の差だ」
「あっそ、やっすい家ね」
「ふん、調子に乗るのも今の内だぞ」
アリスの悪態にも反応しないカインツは既に勝利を確信した事から生まれる慢心故か、怒りを出すこともなく落ち着いていた。
「さて、無駄話も終わりだ」
その言葉を残して踏み込んだカインツは一歩で爆発的なスピードを生み出した。
単純に突撃してきただけなのだが、スピードが威圧感を持って三人を襲った。
これ程のスピードで迫ってくる相手に対して瞬時に動けるものなどこの学園を探してもそうはいない。
先ほどでのやり取りを見ていた観客達もまた、この勝負がついたと思っていた。
だが、この三人の共通点。それは、規格外なレグルスを知っていると言う事であった。
「煉獄の大剣!」
「風精の剣」
アリスが放った炎を巻き取るようにラフィリアの風が包み込む。
「チッ」
目の前に現れた爆炎に思わず悪態を吐いたカインツは避けれないことを悟る。
さながら炎旋風《ファイヤートルネイド〉と化した技がカインツを巻き込んだ。
「まだね」
「ええ、これで終わりとは思えません」
「ふぅ、なら私が真ん中。アリスちゃんとラフィリアちゃんで挟み込んで」
「分かりました」
「分かったわ」
軽い作戦会議を終えた三人はタイミングを待つ。ローズ達から聞いていたカインツがこの程度で終わるとは考えにくい。
それは、確かにその通りであった。爆炎を切り裂くように一筋の亀裂が生じる。炎がぱっくりと開き人1人が通れるほどの隙間を作り出したのだ。
「いっくよー!!」
サーシャは特訓のお陰で制御がさらに上達した蛟の力で全身を水で覆い尽くす。
そして、炎から現れたカインツへ向かって全速力で駆け出した。辺りの水分が炎によって水蒸気へと変わっていく。
それだけでも、この炎旋風の威力がうかがい知れる。だが、次から次へと生み出される水はサーシャを完璧に守っていた。
「器用な真似を!!」
「ふふん、出来たんだ」
笑みを浮かべるサーシャとカインツが切り結ぶ。
「まだまだぁ!!」
サーシャの気合の声と共に交差させた短剣とカインツが振り下ろした剣がぶつかり合う。
助走をつけた分、技で止まらされたカインツと力が拮抗する。
その隙を狙って左右から燃え盛る大剣と炎を絡めとり渦巻く剣が襲いかかった。
2人とも叫ぶような真似はしない。サーシャがあげた声が見事に2人の存在から気配を反らせていた。
「だが、避けれる」
サーシャと切り結びながらも力を込めたカインツはその勢いのまま前方に頭を下げる。その上を2人の剣が通り過ぎた。
思わず力負けしたサーシャがバランスを崩した。
「まず1人」
そう言ったカインツが追撃しようとするが、ラフィリアの風によって道筋を作られたアリスとラフィリアの剣が素早く切り返された。
思わぬ反撃にも冷静に対応したカインツはさらに体を沈めこむと2人の軸足を蹴り飛ばす。
「キャッ!」
「くっ」
バランスを崩された2人はその場で地面に手をついてしまった。ここから行動するには手順が一つ増えてしまう。
戦いの場においてそれは致命的な隙を晒す。
「まずはお前らだ!」
「させないよ!! 蛟、私を飛ばして」
カインツの行動よりも早く、態勢を崩したはずのサーシャが背中から吹き出す水流によってカインツに肉薄した。
「はっ!」
「ゴハッ」
タイミングを合わせて放たれた蹴りによって大きく吹き飛ばされたカインツは踏ん張る事でその場に留まろうとするが、その威力に耐えきれず大きく後退させられた。
「私たちの連携を舐めてもらっちゃ困るのですよ、えへ」
「ふぅ、あのやり取りだけで物凄い緊張感よ全く」
おどける様子を見せるサーシャ、そして安堵の息を漏らしたアリスも額からはびっしりと汗が滲んでいた。
「確かに一区切りついた後は疲れが来ます。一手間違えたらその時点で負けですから大変です」
そう言うラフィリアもまた同様である。それ程にカインツは彼女達にとって格上の相手だという事だ。
「このまま押し切るわよ」
即座に持ち直した彼女達は再び定位置に戻るように陣形を作る。先ほどと同様のポジションであった。
そんな様子を忌々しげに睨みつけるカインツ姿。平民と侮っていたアリス達に対する驚きと、それを上回る羞恥と憎悪がありありと読み取れた。
ワアアァ!!
それと同時に、一連の高度なやり取りを見ていた観客席からは割れんばかりの歓声が響き渡る。




