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42話


「さて、レグルスよ。死神は何故ここに?」


気を取り直した様子のベルンバッハは隣のレグルスを見やった。先ほど死神がレグルスに放った言葉。その真意を探るかのように見つめている。


手に持つ炎獅子をそのままに返答次第ではといった様子であった。


「分かりません。いきなり出てきたと思えば場をとっちらかして帰ったんで」


お手上げとばかりに手を挙げたレグルスはそう答えた。だが、彼もまた手に待つラフィリアが具現化した竜具を握りしめている。


暫く様子を伺う両者であったが、表情を緩めたベルンバッハにレグルスもまた緊張を解く。ベルンバッハとてレグルスを本気で疑っていた訳ではないようだ。


「ふむ。まあそうなのじゃろうな」

「取り敢えずロイスとマリーを運ばないと駄目でしょう」


その返事にベルンバッハは折り重なるようにして倒れる二人を見やった。彼の目から見ても特に命に別状は見られない。


ベルンバッハは二人の元に歩み寄ると既に年老いた体でひょいと担ぎ上げた。そして、その光景を見守っていたレグルスの方へと振り返った。


「そうじゃな。レグルスは後から儂の部屋に来るように。そこなラフィリアも一緒にじゃ」


どうやらこのままにしてくれるといううまい話もないようだ。


「わかりました」

「それではまた後でじゃ」


そう言って去って行くベルンバッハを見つめていたレグルスはその場に手をついた。その表情には絶望が彩られている。


「はぁ〜。また面倒な事に……」


そもそも、竜姫と契約出来るのは竜騎士からである。そんな事を思い出したレグルスは盛大に溜息を吐くのであった。


すると、まるでレグルスを励ますかのように竜具が明滅した。そっと竜具に手を置いたレグルスは、先ほどの絶望のためかぎこちなく笑みを浮かべると


「ありがとうな、ラフィリア」


その言葉と共に竜具は光り輝くと見る見る間に人の形を形取って行く。


光が収まるとそこには長く綺麗な髪を靡かせたラフィリアが立っていた。レグルスを見つめると微笑みのままに問いかけた。


「レグルスさん、私はどうでした?」

「凄かったぞ……でも、あれはなんだ?」


レグルスはラフィリアと契約した際に空を覆い尽くした光。そして、その中から浮かび出た翡翠色の竜、そしてあの凄まじい竜具の性能に対する疑問であった。


「私もわかりません。ですが、竜具の名前は分かりましたよ」

「名前? 風精の剣じゃないのか?」


小首を傾げるレグルスは不思議そうにそう問いかけた。ラフィリアが呼んでいた風精の剣の名前が変わるのか? といった具合であった。


「レグルスさん、聖域を展開してくれますか?」

「ん? ああ、いいぞ」


そう言ってレグルスはすぐに聖域を展開した。すると、ラフィリアは自然な動作で己の竜具を生み出した。


手に握られているのはレグルスが使っていたモノと似たような竜具に変化している。あそこまでの輝きや威圧感はないが、姿形は変化していたのだ。


「どうやらアレは仮の名前みたいです。この新しい竜具の名は翡翠剣ボレアスというみたいです……少し……」

「翡翠剣ボレアスか……何だかアレだな」

「はい。風精の剣の方が私には……アレです」


そう言って頷く二人は静かに翡翠剣ボレアスに目を落とすのであった。そんな何とも言えない時間を暫く過ごした二人だったが


「所で夕食は食べました?」

「おう」

「なら私は作らなくていいですね。ですが、食べますか?」

「食べる」

「そうですか?」

「おう!」

「なら、契約しますか?」

「ん?」


二人は静かに笑い合う。先程まで命のやり取りをしていた二人にとっては馴染み深い遣り取りに面白おかしく感じたようである。


「ところで頭痛の方はいいのですか?」


何時も竜紋を解放した後は倒れ伏していたレグルスだったが今はピンピンしている事に不思議そうにそう呟いた。


「ああ、頭痛も契約した途端治ったな。よく分からん」

「なるほど、確かに分かりませんね。それも含めて取り敢えずベルンバッハ様の所へ向かいましょうか」

「だな」


そう言って二人はようやくベルンバッハの執務室に向かうのであった。だが、何かを忘れているような感覚に囚われたレグルスはふと立ち止まる。


何か重大な事のように感じるのだ。それは、ラフィリアと契約した時にふと思ったものだ。


「どうしたのですか?」

「いや、何でもない。うーん、後で面倒な事が待っていそうな予感が……」

「ふふ、楽しみですね」

「ん?」


何かを察した様子のラフィリアの言葉に再び首を傾げるレグルスであった。



◇◆◇◆◇


「ようやく来おったか」


二人が辿り着くと既に待っていた様子のベルンバッハはそう呟いた。


「ちょっと現状確認してました」

「ふむ、まあ良い。先にだがロイスとマリーは無事じゃ。ほれ、座るのじゃ」


レグルスが気にしているであろう事を先に口にしたベルンバッハは二人に椅子に掛けるように促した。レグルスもまたその言葉に安堵した様子で対面に腰かけた。


それを見届けたベルンバッハは難しそうな顔をつくると顎に手をやった。


「まずお主達の契約についてになるのぉ。国の決まりとしては竜騎士しかしてはいけないモノになっておる」


言葉通りに滅竜師と竜姫の契約には厳格な規則が設けられていた。レグルスとラフィリアもまたその事は知っており、難しそうな顔を作った。


あの場面では仕方がなかったとは言え、後から何を言われるのか分かったものではないのだ。


「まあ安心せい。死神相手にあの状況では仕方がなかろう。それに、幸いにもお主達の契約を知っておるのは儂とレイチェルだけじゃて」

「あの、よろしいのですか?」


まるで秘匿するといった意味ともとれる発言にラフィリアは慎重にそう尋ねた。


「規則で優秀なお主達が死んでは元もこうもない。それに、嫌々と言う訳でもなかろう?」

「勿論です。ですよね?」


そう言って身を乗り出す勢いのラフィリアは隣に座るレグルスに向けて優しい笑顔を向けた。


「は、はい」


思わず敬語になってしまったレグルスを見たベルンバッハは難しそうな表情から一転し、笑みを浮かべた。


「ほっほっほ。仲が良いのはいい事じゃ。なればこそ……この事は生徒を含めて他に漏らすわけにもいかん。分かっておるな? お主達の立場を考えて、じゃ」

「はい」

「あ! アリスとサーシャ……やばい、コレはやばいぞ」


レグルスはハッとした様子で声を上げるとそのまま頭を抱え込んだ。あの場面でかつ、レグルスとしても望んでラフィリアと契約したレグルスは今更になって二人の事を思い出していたのだ。


「ふむ、あの二人になら言っても良い。どうなるかは知らんがのぉ」


滅竜師と竜姫の契約は複数人とは出来ないという法則があり、それは今までの歴史の中でもサラダールを除いて誰もなし得なかったものである。


二人の反応を思い浮かべるレグルスはただただ沈痛な面持ちになっていた。ラフィリアもまた望んだ事とは言え少しばかり思うところがある様子だ。


だが、そんな様子の二人にベルンバッハは話しかけた。


「その件にも関わってくるのじゃが、死神が言っておった事でお主に複数人と契約しろと言っておったな?」

「確かにそう言われました」

「サラダールの伝説を詳しく知っておるか?」


唐突に問いかけられた質問にレグルスは首を振る。ベルンバッハの視線はラフィリアに向けられるが此方も同じ反応であった。


ベルンバッハの英雄譚は誰もが知るところだが、その詳細を詳しく知っているか? と問われればそうでもない。現代を生きる彼らにとって歴史に興味が無ければお伽話のようなものであるからだ。


「儂もそこまで知らんかった。ふと気になってサラダールの生まれ地であるアガレシアから文献を取り寄せたのじゃが、彼は竜を象った紋章を持っていたようじゃ」

「竜紋……」


その言葉にラフィリアは呟いた。彼女が知る竜紋とはレグルスの目に浮かび上がるものである。その反応を見届けたベルンバッハはさらに続ける。


「そして、今回の死神の言葉。確証はないが複数と契約でき、かつお主が竜王の棲家に封印されているらしい竜王と関係がある……これらを含めて、お主は何を隠しておる? 別に内容によらず儂は何もせん。じゃが、協力できるかもしれん」


そう言ったベルンバッハは言葉通りのようで、ただレグルスの返答を待つのみであった。暫く躊躇っていたレグルスだったが既に隠し通せるものでも無いと判断したのか話し始めた。


「俺にはその竜紋と呼ばれるものがあります。それを使っている間は契約なしで竜具を扱う事も出来ます」

「ふむ、前の名無し戦での予想は当たっておったか。他にはないのか?」

「聖域も含めてローズ曰く第五階梯の滅竜技を使えます。その力を制御するのにかなりかかりましたが……」


そう言うレグルスは昔の事を思い出したのか遠い目をしてそう語った。強大すぎる力は制御できなければそれは凶器になる。硬い口調にはそういった感情が乗せられていた。


「なるほどのぉ。そして、竜紋を使えば身に襲い掛かる激痛という訳か……」


以前に頭文字と戦った後のレグルスを見たベルンバッハはそう呟いた。すると、レグルスはチラリとラフィリアを見やり、激痛と共に自分に襲い掛かる不思議な感覚は伏せた。


「はい」

「そして死神の言葉か……ふむ、関連性はあるのぉ。竜王の棲家の活発化。竜王を過去にサラダールが封印したという事。推測にはなるが、レグルスはサラダールと何かしらの関係があり、属性竜の親ともいうべき五大竜王の封印が解けかかっている。そして、竜姫と契約すればその封印は保たれると……荒唐無稽と笑い飛ばすには中々に難しい」

「確かにそうですね」


そう同意したラフィリアもベルンバッハの推測に違和感はないと感じていた。死神が危険を犯してわざわざレグルスを契約させに来たという時点で関連性は確かである。


「考えれば死神の目撃証言は基本的に竜王の棲家の近辺じゃ。まあ、あの辺りは危険という事もあり何かと裏組織が蠢いているのも事実じゃ。そして、儂ら各国の竜騎士がそこで戦いを繰り広げておることものぉ」


ベルンバッハが死神と呼ばれる様になった所以は出会えば死ぬという事であるからだ。それは、裏組織も国家の軍も等しく同じ扱いである。


「ようするにアヤツは竜王の棲家で争う者を片っ端から殺し回っている……同胞を殺してきた彼奴をまるで守り人と思うのは癪じゃがのぉ」

「そもそも俺自身もこの力の正体が分かっていません。推測に推測を重ねても分からないのも事実です」


レグルス自身も自分の中にある力の正体を分かってはいない。いきなり現れた死神の言葉に疑惑は募るばかりである。


「確かにそうじゃ。ひとまず様子を見る事にしようかのぉ。ふむ、ラフィリアは風の属性じゃったな?」


ふと何か思いついた様子のベルンバッハはそう尋ねた。何かのピースがハマりそうな感覚を覚えているようである。


「はい、風の属性です」

「そして、アリスは炎。サーシャは水か……レグルスの幼馴染であり、まるで用意されたかの様な巡り合わせじゃ。となると、活発化しておる嘆きの谷(グリーフバレー)の様子を見るとしよう。結果によっては死神の言葉に確証が持てるかもしれん」

「なるほど、属性を司る竜王。そして、私達の属性ですか……」

「何だか大きい話になりそうですね」


ベルンバッハの推測はどんどんと積み重なっていき、その推測は大きな所まで来ている。結果によっては人類の明暗を分ける事態にもなりかねない大事である。


「確かにそうじゃ。これは儂一人では対応できんかもしれんな。信のおける者達にも協力を要請したいのじゃが、良いか?」


ベルンバッハもまたレグルスと同じように沸沸と湧き上がる危機感にそう尋ねた。


「……。はい、お任せします」


僅かな躊躇いの後にそう返したレグルス。自分の力が強大である事を正しく認識している彼にとって自らの力が公になる事に躊躇いがあるようであった。


「なに悪いよにはせん。お主がよく知るリンガスやシュナイデルを含めた誠に信のおける儂の身内達に相談するだけじゃ。お主の情報が漏れる事は断じて無い」


その感情を理解しているベルンバッハはそう返した。彼とてレグルスの能力の規格外は理解している。それは、名無しとの戦いの痕跡、そして、死神に放った一撃を見た彼には充分に伝わっていた。


個人が持つには大きすぎる力に擦り寄る者も多い。そして、力を取り巻く災いはレグルスを取り巻くラフィリア達にも及ぶ可能性もあるからであった。


伝説とまで呼ばれたベルンバッハは身に染みているのだ。


「さて、話しは終わりじゃ。大事の後の小事かも知れんがお主達には貴族クラスとの決闘が待っておる。励むのじゃよ」

「はい」


ラフィリアは立ち上がるとレグルスを促して退室していった。


「はぁ、最近面倒続きだ……アリスにサーシャにも、はぁ」


入学してからというもの、全てにおいて自分に降りかかってくる面倒事に落ち込むレグルスはトボトボと執務室を後にしたのだった。

最近、遅れ気味ですみません。。感想、レビューありがとうございます(*'▽'*)

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