40話
「誰だ?」
振り返ったレグルスは目の前に立つ二人を見つめていた。この二人から発せられる強者独特の雰囲気を感じ取っていたのだ。
迂闊に動けばすぐに戦闘が始まってしまう。そんな予感と共にレグルスはマリーを守るように立つロイスを見やった。
「いや、お前らが死神か……何の用だ」
「そーゆうこと、それよりもあんまり驚いていないな」
「驚いているぞ。だが、それよりもお前らの前で驚く方が危なそうだ」
「ほぉ、中々……流石はりゅうーー」
「ハーロー、お喋りはダメよ」
ハーローの続く言葉はネルによって止められた。その続く言葉に何かを感じたのかレグルスの目つきが変わる。
「おー怖い怖い。そんな目で見るなって」
ハーローはおどけたように肩をすくめる。その隣では呆れた様子のネルがレグルスとロイスを観察していた。
「何を知ってるんだ? 何を言いかけた」
レグルスは自分の身にある力に関して何かを知っているかのような口ぶりに眉を上げる。
「あー悪い。今のは忘れてくれ。それより、いいのか?」
面倒そうに頭を掻いたハーローは、隣から突き刺さるネルの視線にバツが悪そうな表情を作っていたのだが、レグルスとロイス、そしてマリーを見やると面白そうに笑った。
「別に俺はお喋りして貰っても構わないが、俺は攻撃するぞ。いいんだな?」
その言葉がきっかけになったのか、レグルスはロイスの方へと視線をやった。
「ロイス、動けるか?」
目の前に現れた死神に警戒感を露わにしていたロイスであったが、レグルスの言葉に深く頷いた。このままお喋りする雰囲気でもないのは明らかであった。
「問題ない、マリーやるぞ。聖域展開」
「はい。噛み砕け雷獣牙」
バリバリィッ
マリーの手に生み出された雷槍が激しい音を発する。既に二人は戦闘態勢に入っていた。
「初手から全力で行くぞ、四段強化」
「レ、レグルス、この滅竜技……」
「話は後だ、俺の予想じゃあ気を抜いたらすぐに死ぬぞ」
「そうだな。全力で行こう」
そんな会話をしている中、ハーローもまた動き出した。
「そこのお嬢ちゃんも強そうだねぇ」
ハーローはそう言うとおもむろに地面へと手をついた。手のついた部分が発光していくのに合わせて、ハーローもまた手を上へと動かしていく。
「何だそれは!?」
ロイスが驚愕の声をあげた。掌が地面から離れていくと共に地面が隆起していく。そして、瞬く間に剣へと姿を変えていくのだ。 そして、地で出来た剣が切り離された。
「これは俺の剣だ。さあ始めようか、ネルはあの二人を相手してくれ」
ハーローは不敵に笑うと隣に立つネルの方へと腕を伸ばした。その行動を見つめていたロイスは途轍もない悪寒に支配される。
ハーローが聖域を展開しようとしているのは分かる、そしてネルが竜具を発現させようとしている事もわかる。
だが、その行為に対してレグルスもまた最大限の警笛が鳴っていたのだ。
「チッ」
咄嗟にレグルスは両腕に風の刃を纏わせるとハーローの元へと向かっていく。強化されたレグルスは瞬く間に迫っていくのだが、ハーローから伸ばされた腕を起点にするように光が迸った。
「はぁっ! 」
反射的な動きなのか、距離が近かったロイスとマリーは一足でハーローの元へと詰め寄った。ロイスは腰に下げた剣を引き抜くままに、マリーは雷獣牙を突き出す。
左右から放たれる二人の攻撃は一寸の違いもないタイミングでハーローを挟み込んだ。
「黒土無双」
ドカンッ
「クッ」
「キャアッ」
ガシャン
飛び込んだ二人はその勢いのまま机を巻き込み吹き飛んでいく。
「俺もいるぞ」
その吹き飛ぶ二人の陰から飛び出したレグルスはハーローとネルの間で急停止すると、両腕を突き出した。
「悪いがここは俺の寮なんだ」
ドンッ
両腕から放たれた途轍もない風量が二人を呑み込み吹き飛ばしていく。玄関から弾き飛ばされた二人はその勢いをそのままに止まらない。
風によって巻き起された砂煙を見つめていたレグルスの元へと吹き飛びされた二人が歩み寄ってくる。
その表情には信じられないものを見たかのようなものであった。
「レグルス、その力は……なんだ?」
「レグルス様……それよりも、死神は?」
「悪いな、話は後にしてくれ。残念だがあの程度じゃ無理だ」
そう言うレグルスは視線を前方に固定したもまま動かない。その態度に呆けていた二人は再び表情を引き締める。
「今から派手にやるぞ。誰か気付いてくれるようにな。例えばバッハさんとかがな」
「確かにそうだ、だがこの敷地は広い。いけるか?」
「無理ならそん時だ。奴は黒土無双って言ったな?」
「ああ、そう聞こえた」
「どんな性能を持ってやがんだ?」
「分からない。だが、とんでもない力だった」
レグルスはロイスへと尋ねた。ハーローがどこ属性を扱うかによって使う技も変わってくるからである。
「なら、これだな」
レグルスはそう言うと自らの手に水で構成された剣を生み出した。滅竜技を放たずに形状を保つ高等技術である。
「びっくり箱みたいだ……僕はもう驚かないぞ」
「そうかい。来るぞ」
その言葉と共に前方から歩み寄って来るハーローとネル。盛大に吹き飛ばされた筈の二人に傷は見えない。
「化け物か……マリー、気合いを入れるぞ」
「勿論です、ご主人様」
「二人はあのネルを頼む、俺はハーローをやる。助けが来るまで時間を稼ぐ」
「了解した」
頷きあった三人は先手必勝とばかりに高速で走り出した。この学園には伝説と呼ばれたベルンバッハがいる。彼が来るまで持ち応える事が先決であった。
「早速やってくれやがったな、レグルス」
首をコキリと鳴らしながらハーローは余裕そうに迫るレグルスを見つめている。
「その余裕がいつまで持つかな。原初強化」
自己にかけられた最高の強化技によってレグルスのスピードは更に上がる。一般人が見れば一陣の風が通り過ぎたかのように感じるほどであった。
「ほぉほぉ、中々に……そこまで使えるのか。原初強化」
ハーローはそう言うと、その場から掻き消えた。
「なっ!?」
キィンッ
そんな金属音が鳴り響き止まる二人。彼らの剣同士が交差していた。ギリギリと音を奏でながら両者は睨み合う。
「何故その技がーー」
「なんだ? なんも知らないのか?」
そう言うハーローは不思議そうにレグルスを見つめている。
「何を知っている」
「はっ、はっはっは。これは驚いたな」
突然笑い出したハーローにレグルスの表情は険しくなっていく。先程から放たれる言葉の全てがレグルスにとって知りたい事であるからだ。
「言わないのならとっ捕まえて吐かしてやるよ」
「やってみろよ」
両者は弾け飛ぶように離れると、大地を踏みしめて飛び出し再び剣閃が交差する。そのスピードは徐々に増していき、剣戟だけが聞こえてくる。
そして、再び二人は交差した。
「まあ、落ち着けよ。ほれ」
「そう言われて見るバカかいるかよ」
「なに、その間はなんもしねぇよ」
そう言うハーローは本当にそのつもりなのか、動く様子を見せない。その事を確認したレグルスは横目でちらりと見やった。
そちらでは、円を描くように走るロイスとマリーがちょうど中心に立っているネルへと飛びかかった所だった。
「遅いわ」
ネルはそう呟くと手に握る漆黒の剣を徐に振り下ろした。
ドゴォンッ
「グハッ」
「ロイス様!?」
突如として地面が盛り上がっていき現れた巨大な剣がロイスに向かって振り下ろされた。
咄嗟に差し込んだ剣のお陰で切り裂かれる事はなかったが、その勢いを殺す事は出来ずに地面へと激突した。
余りの勢いだった為か口から血を吐き倒れるロイス。
「そ、そんな…ロイス様?」
「あれを防いだのね。でも次はーー」
「はあぁぁぁ!」
地面へと叩きつけられたロイスを見たマリーは雷獣牙を手に持ち瞬足で向かっていく。尾を引くように雷光が後ろに伸びていき、まるで光り輝く一つの槍のようにも見えた。
「よ、止せマリー!」
「この子達は大きくなったら強くなりそうね」
ネルは手に握る黒土無双を十字に振り抜いた。すると、ロイスの時と同じように地面が蠢き巨大な二本の剣が十字を作って襲いかかる。
「間に合え! 雷咆」
レグルスは切り結んでいた腕とは反対の手をマリーの向かう方へと向けると雷を放った。その閃光はマリーの前に立ちふさがる巨大な剣へと激突する。
「手出しすんなよ」
ボコッ
「クッ」
腹に襲い掛かった蹴りのせいでくの字に曲がるレグルスだったが、その視線はマリーの方から外さない。大地の剣と閃光になったマリーが激突した。
周囲に広がる衝撃波と共に巨大な剣に大きなヒビが広がっていく。そして
「あの子の技があったとはいえ、まさか壊すなんてね」
「噛み砕けぇぇ!」
裂孔の気合いと共にネルへと向かっていくマリー。
「でも、お終いね」
ドゴォン
「そ、そんなーー」
「これで終わり」
地面から天へと突き出す十本の巨大な剣がマリーを取り囲むように生えていた。寸分の隙もなく包囲されたマリーは槍を突き出した態勢のまま封じ込められている。
ロイスもまた倒れ伏す体を縫い止めるように大地によって拘束されていた。
「マリー、マリー! 返事をしろ!!」
「ロイス様……私は大丈夫で、す」
必死に手を伸ばすロイスに向かって動かないマリーもまた返事を返す。圧倒的なネルの力によってロイスとマリーは動きを封じられたのだ。
「さて、ハーロー。何をしに来たのか忘れたの?」
長い髪を耳にかけながらそう話したネルにハーローもまた頷いた。
「おっと、そうだったな」
「何が目的だ?」
(こいつら強過ぎる。以前の頭文字なんて相手にならないぞ……どうする? 考えろ)
先程の攻防を見たレグルスは初めて焦りの表情を浮かべた。原初強化すら使いこなすハーローにとんでもない力を持つ竜具を備えるネル。
黒土無双と呼ばれる竜具を振るうたびに大地から一瞬で剣が生成されて攻撃を加えてくる。圧倒的な質量を持った巨大な剣が普通の剣を振るう速度と変わらないのだ。
そして、このやり取りだけを見ても現状レグルスが使える最高の技をハーローが使えると考えても不思議ではなかった。
「確認しに来たのさ」
「何を?」
「お前がどんな奴か? それにどこまで進んでいるのか? とな」
「さっきから訳がわかんねぇな。火咆!」
レグルスは瞬時に手から炎を生み出したが、至近距離から放たれた筈の火咆はハーローによって握りつぶされ消えていく。
だが、その機に乗じてレグルスは回し蹴りを放った。
「チッ、やっぱり竜紋を持つ奴と戦うのはしんどいなぁ」
咄嗟に頭を後ろに下げたお陰で鼻先を掠めたハーローは面倒そうにそう呟いた。
「いったい何者なんーー」
「ネル、やるぞ」
ハーローの言葉に反応するようにネルが光輝く。そして、その光がハーローの腕へと収束していく。これは、竜姫が竜具へと姿を変える現象だった。
レグルスは何かに突き動かされるように即座にハーローから距離を取る。それは正解だったように、レグルスがいた位置から無数の地の剣が突き出していた。
「勘はいいな」
そう言うハーローは大地に突き刺して漆黒の剣の柄に両手を置いた。
ドゴォン
「チッ」
足場から何の前触れもなく突き出してくる巨大な剣。レグルスは跳躍して避けるが、突き出した巨大な剣の側面から再び剣が生成されレグルスを襲う。
「無茶苦茶だろ」
レグルスは側面から突き出された剣に向かって真っ赤に染まった掌を向けると面と向かって掴んだ。すると、剣は突き進むごとにドロドロと融解していく。
「それをお前が言うか? 普通はそんなこと出来んだろ?」
「なに!?」
ドスッ
いつのまにか移動していたハーローによってレグルスは地面へと蹴り落とされていた。
「ごふっ」
「弱いなぁ、そんなもんか? 竜紋を持つレグルス」
「はぁはぁ」
短い間ではあったが、途轍もなく濃厚な遣り取りをした為か息を吐くレグルスに向かってハーローは再び接近する。
「まだ契約はしてねぇよな?」
そう話しながらハーローは漆黒の剣を地面に突き刺しながら進む。現れる剣を避けながらレグルスは何とか捌き続ける。
すると、前方の地面から巨大な剣が複数現れ突き出された。その隙間を掻い潜るように避けるレグルスはハーローに向かって叫んだ。
「何をーー」
「俺が聞いてるんだ、早く答えろ」
先程の攻撃は陽動だったのか瞬時に後ろに現れたハーローは頭を掴むと地面へと叩きつけた。
ボゴォ
「カハッ」
「おい、早く答えろよ」
頭を掴んで持ち上げられたレグルスに向かってハーローは尋ねる。
「するわけねぇだろ」
「そうかい。それは良かった、ちなみに竜紋は使ったのか?」
「それがなんだ?」
レグルスはそう言いながらも必死にこの場を打開する策を考え続ける。竜具を持たない上に使う技も同程度、そして圧倒的に経験はあちらが上である。
何とか時間を稼ごうとするレグルスだったが、次の言葉で全てが吹き飛ぶ。
「答えろ、早くしないと昔からいただろう竜姫候補達を殺すぞ」
その言葉を受けてレグルスは驚愕に表情を染め上げた。先程から何かを探る様子のハーローを見つめるレグルス。まるで何もかも知っているかのような口振りであった。
「な!?」
そんな声を上げたレグルスに向かってハーローは徐に手に握る漆黒の剣を向け、徐々にその剣先をレグルスの喉元へと突き出していく。
「あーあ、だから面倒なんだよ。早く言えーー」
「レグルスさん!?」
ハーローの言葉を遮るように放たれた声。驚愕と怒り、そして心配するかのような叫び声。その聞き覚えのある声にレグルスは必死に目を向けた。
「コイツは竜姫候補か?」
ハーローはレグルスとその少女を見比べて笑みを浮かべた。
「ラフィー! 来るな」
レグルスは咄嗟に叫んだが、ラフィリアはレグルスが掴まれている光景を見た為か、必死の形相で此方へと駆けてくる姿が見えたのだった。




