4話
「よし、一先ず休憩だ。目が届く範囲で行動していいぞ」
一台の馬車が平原の中で停止していた。馬から軽快に飛び降りたリンガスの言葉で、子供達はゾロゾロと外へと出て行く。
「まったくだらしないわね!」
「もぉ、お兄ちゃん。アリスちゃん、ちょっと見て回ろ!」
「そうね、せっかく外に出てきたんだし」
あきれた様子のアリスと、心配そうに見つめるサーシャであったが、どうやら好奇心が勝ったらしい。
「ラフィリアはどうする?」
「私は残ってゆっくりします」
「そっ、レグルスをよろしくね!」
アリスとサーシャはそう言うと、馬車から降り歩き去って行く。そして、当のレグルスはというと
「うっぷ。あぁ酔った」
青い顔で馬車の後方から身を乗り出すようなレグルス。視線は地面に向けられ苦しそうな表情であった。
モルネ村から王都までは、護送用の馬車で7日ほどかかる場所である。長時間の馬車旅のせいでレグルスはグロッキー状態だ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とか。うぅ」
背中を優しくさするラフィリア。いつもであれば突っかかって来る筈の2人の姿は見えない。これ幸いにと甲斐甲斐しく世話を焼くラフィリアであった。
水を持ってきたり、汗を拭いたりと、世話を焼くラフィリアはレグルスと同い年なのだが、お姉さんのように見えてしまう。
「サーシャとアリスは?」
先ほどの会話が聞き取れないほどに憔悴していたレグルスは辺りを見回して2人がいない事に気がついた。
「外に行きましたよ」
「そっか。ラフィリアはいいのか?」
「私も少し疲れたので、ゆっくりします」
そう言ってレグルスが楽なように体を持たれかからせたのだった。
「それにしても遠いな」
「モルネ村は辺境ですからね」
これからまだまだ続く道中に遠い目をしながら呟くレグルス。
「馬車酔いか?」
そんな会話をしていると、リンガスとメリーが歩み寄ってきた。馬車に残るのはレグルスとラフィリアのみのため、目に付いたみたいだった。
「そうなんですよ。このままでは持病の発作で死ぬかもしれません。今から村に帰ります」
「はっはっは、何を言っているんだ。君は竜騎士に憧れない口なのか? ふふ」
だるそうに呟いた言葉に、リンガスは大声を上げて笑い始めた。その光景にぽかんとするレグルス達。竜式の時は厳かな雰囲気だったのに、この変わりようである。
「ごめんね。この人、本当はこんなんなの」
「いやすまない。竜式に行くたびに子供達はキラキラとした視線をしているのだが、君みたいなのは初めてなんだ。それが可笑しくてね」
隣に立つメリーさんは、尚もクスクスと笑うリンガスに苦笑いを浮かべている。竜騎士とは誰もが一度は憧れる職業の筈が目の前の少年はそうではない。
彼らにとっても不思議な事だった。
「別に成りたくないって訳じゃないんですが、面倒なのは嫌いなんで」
「まぁ、君が竜騎士をバカにしている訳ではない事は分かるよ。それにしても、君の周りは優秀な子が多いね」
リンガスの視線の先にはラフィリアが映っていた。竜式の際に見た竜具。それらの事は鮮明に覚えている。
それは、メリーも同じであった。
「そうね、ラフィリアちゃんも含めて3人は、現時点でも同学年、いえ学園全て含めてもトップクラスの実力がありそうね」
「へぇー、凄いんだな。これはお零れを貰えるかな」
(将来が約束されたラフィリア達からお零れを貰って悠々自適のスローライフか。場所はどこがいいかな?)
メリーが言うのなら間違いないのだろう。彼女達が示した竜具はそれ程までに強かった。
すかさずレグルスがいつもの様に、バカな人生設計を組み立て始める。彼の頭の中はいかにして楽に怠けることが出来るかが全てなのだ。
ガシッ
「そうですねぇ、ならレグルスが私と契約してくれたらいいですよ」
突如レグルスの腕をがっちりと掴んだラフィリア。微笑む表情と力がマッチングしていない。異様な迫力に思わず後ずさろうとしたが、動けない。
「ふむ。まだ将来の事は分からん。もう少し考えよう」
「ふふふ、そうですね」
「お、おう」
そんな掛け合いをしていた2人に興味深そうにメリーが尋ねた。道中でもワイワイと騒ぐ3人の中心にいた少年。やはり、気になってしまう。
「レグルス君と3人はどういう関係なの?」
メリーは単刀直入に尋ねた。
「話せば長くなりますが、それはそれはーー」
「今はまだ幼馴染です」
「ふふふ、そうなの。レグルス君も大変ね」
レグルスがまたアホな事を口走りそうになった時、ラフィリアがずいっと前に出て答える。メリーさんは興味深そうに見つめていた。
それからも色々な話をして時間を潰していたのだが
ヒュゥ
ザワザワ
一陣の風が吹き、草原が音を奏でる。ふとリンガスは空を見上げると呟いた。昼頃に止まった筈が、日が傾き始めていたのだ。
「もうそろそろ出るか。他は帰ってきているか? ん?」
リンガスが呟いたその時
「大変よ! サーシャがいないの!!」
アリスの叫び声が響き渡った。急いで駆けつけて来たのだろう、肩を上下させ額には汗で髪が張り付いている。
咄嗟のことに、4人は驚きの声を上げる。
「本当か!?」
「探しましょう、リンガス」
メリーは竜騎士ではない者が単独で出歩く事の危険性を考えすぐさま決断した。
「ああ、探すぞ」
(この辺りにも竜は生息している。万が一もあり得る。くそッ、俺としたことが何をしているんだ)
ついついレグルス達との会話が弾み、子供達が遠くに行かないか把握する事を忘れていたのだ。
子供とはいえ15歳、それに竜式を潜り抜けた子供達がそんなバカな真似はしないだろうと高を括っていた。
「俺とメリーで探しに行く。アリス、どこで見失ったのか詳しく聞かせてくれ」
「はい、草原を歩いていたんですが、綺麗な花が咲いていたのでサーシャと見ていたら、いつのまにか消えていて。周りを探したんですが」
アリスは焦燥した顔で話す。サーシャとはぐれたのは自分のせいだと後悔していた。
「分かった、後は任せろ」
「私も手伝います!」
「いや、いい。君は残っていてくれ」
アリスは目尻をキリッと上げると、頭を下げた。
「お願いします!!」
リンガスは尚も言い募ろうとするが、アリスの目を見て考えを改めた。このまま置いていけば1人でも行きかねない危険がある。
「わかった」
そう判断したリンガスは時間もない事もあり、捜索に加わることを許した。アリスの竜具はこの目で見たこともあり、聖域を使える男がいれば問題ないとの判断だった。
「但し私の命令は聞くことだ」
「はい」
「あら? あの2人の少年の姿もありませんね」
メリーはふと周りを見渡しフィットとエリクもいない事に気がついた。
「全く、今回は大変だな。レグルス君、君も心配だろうが軽率な行動はするなよ」
「私に任せて!」
アリスはそう呟き、拳を握りしめる。普段はツンツンしているが、人一倍に責任感が強い彼女にとって今回の事は許せない事だった。
そう言って3人は草原に捜索に出て行った。見送る形になったレグルスはその場で佇んでいる。
「大事にならなければいいのですが」
ラフィリアは自分が竜に単体で勝てるとは思っていない。付いていけばそれだけ、リンガスに負荷がかかるし、メリーとの連携などできるはずもない。
ただこの場でサーシャの無事を祈る事しか出来なかった。
言葉は震え、彼女の感情を表している。だが、この場において一言も話さなかった少年は呟いた。
「さてと」
レグルスはその言葉と共にその場から立ち上がる。まるで、今から買い物に行くといったような態度だ。
「行くんですか?」
「ん? ちょっとトイレに行くだけだ」
「ふふふ、貴方はいつもそうですね」
悲しそうな、だが安堵したような微笑を浮かべてラフィリアは呟く。レグルスの後ろ姿を見つめて、彼女は祈る。
だが、彼女の願いはいつだって本人には届かない。
「ま、妹は兄ちゃんが守るもんだ。これは怠け者でも変えられねぇよ」
「行ってらっしゃい」
「ああ」
悠然と歩き始めたレグルスに何時もの怠惰な仕草はない。
彼は義妹の元へと向かって行く。
読んで頂きありがとうございます。
もし面白いと思って頂けたなら、ブクマ、評価等頂けると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。