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39話


着々と決闘に向けて準備が進められていた。ローズとミーシャがアリス達の訓練に付き合っているためか、三人はメキメキと実力を伸ばしている。


今日は学園が休みの日である。一週間である六日を五回繰り返して一月とし、その一月を十二回繰り返せば一年となる。


「ふぅ〜、アイツらが居ないとそれはそれで暇だな」


一人では大きいリビングの椅子を前後にガタガタと揺らしながらレグルスは呟いた。決闘までの間は何故かアリス達とは別行動とローズに伝えられて居た為に会うのは授業がある学園のみであった。


いつもこの寮に三人揃っては騒がしくしていた為かそんな事を呟いたのだった。


レグルスは怠慢な動作で窓を見やると窓には雫が滴っていた。外は薄暗く雲が陽を覆い尽くしている。


「今日は雨か……寝るか」


そんな呟きを残して椅子に深く持たれた掛かった時


コンコン


扉をノックする音が聞こえてきた。


「ん? 誰だ?」


今までこの寮に尋ねてくる者はアリス達やローズを除いて今まで居なかった。だが、アリス達やローズは特訓している為に思い当たる人物がいないのだ。


コンコンコンコンッ


疑惑の表情を作っている間にも再び扉がノックされた。それも、先ほどよりも多い回数である。


「はいはい、すぐ行きますよーと」


そう呟いたレグルスは椅子から立ち上がった。だが、椅子から離れてみて気がついたそのベストポジションに名残惜しい感覚が襲いかかる。


じっと見つめる先には先ほどまで座っていた椅子。驚愕の表情を貼り付けたレグルスはその場から動かない。いや、動けなかった。


「こ、これは……歴代でもーー」

「レグルス! 居るんだろ? すぐに開けるんだ! 」


ノックしていた者は遂に耐えかねたのか外から声を張り上げた。何故か切羽詰まった様子の声に聞き覚えがあったレグルスは断腸の想いで椅子から視線を話すと扉の方へと向かっていった。


ガチャ


「遅いぞ! 折角わざわざ僕が来てやったと言うのに待たせるのはいかがなものだ!」


開かれた扉の先には腕を組んで顎を上げたロイスと丁寧にお辞儀をするマリーの姿があった。レグルスは声で薄々と勘付いてはいたのだが、思わぬ人物に戸惑いを見せた。


「突然のご訪問失礼致します。ご主人様は初めて友人の家に訪問した為、かなり動揺しているのです」

「お、おい! マリー!」


そんなマリーの発言に腕を組んでいたロイスはバタバタと手を振るうと顔を真っ赤に染め上げた。だが、マリーはいつも通り澄ました表情を崩さない。


「何だ? コントをしに来たのか?」

「ち、違う! 僕は渋々ここに来てあげたんだ」


レグルスの言葉に必死に言い繕うロイスだったが、マリーが横で不敵に笑った。


「ご主人様は、もしレグルスが居留守を使ったらどうしよう? 友達だから尋ねてもいいよな。などと仰られていました」

「や、辞めろマリー! これ以上、僕の言葉を勝手に訳すな。それと、そんな事は断じて言っていない、分かったな? レグルス!」

「お、おお」


何時ものイケメンスマイルは鳴りを潜め、狼狽えるロイスにレグルスはあっけに取られてしまう。


「これは失礼致しました」

「ふん! 分かればいいんだ」

「ま、まあ、上がれよ。ぶふっ」


平静を取り繕っていたレグルスたったが、いつ見ても相変わらずの遣り取りにおもわず吹き出してしまう。だが、ロイスは気がついていないのか、忙しなくレグルスの寮の中を見回していた。


続いて入ってきたマリーはピタリと止まるとレグルスの方へと向き直る。一体何事かと身構えたレグルスだったが


「レグルス様、キッチンと食材をお借りしても宜しいでしょうか?」

「おお、いいぞ」

「ありがとうございます。では」


マリーは許可をもらうとキッチンの方へと歩いて行った。それを見届けたレグルスは未だに中を見回しているロイスを見て笑いそうになってしまう。


まるで、初めて人の家に上がり込んだようであるからだ。


「落ち着きがないぞ、ロイス」

「いや、申し訳ない。ゆうじ……うっうん。他人の寮に入るのは初めてだったものでな」


何故か言いつくろったロイスの様子を見て、レグルスはそっとしておこうと心の中で思ったのである。


「取り敢えず座れよ」

「了解した」


レグルスは先ほどまで座っていた椅子に座ると、再びベストポジションを探す為にモゾモゾと動いていた。


「ん?」


だが、ふと違和感を感じて隣を見たレグルス。


「何だ?」

「いや、何で隣?」

「ふ、ふん。軽いジョークだ」


何故かレグルスの隣に腰を下ろしていたロイスだったが、レグルスに指摘された為かいそいそと対面の方へと移動して行った。


何がジョークだったのかと頭を捻るレグルスだったが、そこに丁度キッチンからマリーが現れた。お盆に乗せられたコップと買ってきたのだろう、お茶請けを机に並べていく。


ラフィリアとは違いその仕草には洗練されたものであった。


「ありがとう」

「流石はマリーだ」

「いえ、使わせて頂きありがとうございます」


マリーはそう言うとロイスの後ろに控えた。レグルスは目の前に置かれたコップを手に取るとお茶を啜る。


その動作を見てロイスもまた目の前のお茶を手に取った。レグルスはしばらくの間、黙々とお茶とお茶請けを食べていたのだが、そもそも何故ここにロイスが来たのかという事を思い出した。


「なぁ、何でここに来たんだ?」

「ああ、その事か。それはレグルスの幼馴染達に頼まれたのだ。全く僕を使うとはいいご身分だ」

「ロイスさんはわざわざアリス様達に頼まれる方向に誘導していました。それと、アリス様は『レグルスは放っておいたら何も食べないから心配だわ!』サーシャ様は『お兄ちゃんは生活に関してはとことんバカだから大変なんだ』ラフィリア様からは『宜しくおねがいします』と承っております」


矢継ぎ早に放たれた言葉を理解したレグルスはマリーを見やった。そこには、先程と同様に澄ました表情で立っているのだが、ロイスの方は再び顔を赤く染めていた。


「中々いい性格をしているな……」

「お褒めに預かり光栄です」

「マリー、今のは褒めてないと思うんだが……」

「はて、ロイス様。どうしたのでしょう?」

「いや、いいんだ」


どこか疲れた様子のロイスは肩をがっくりと落としたのだった。レグルスもまた目の前に立つマリーが中々にアレな人物だと思い知らされたのだった。


「なので、今日は私がお食事を作らせて頂きます」

「マジで!?」

「マリーの料理は美味しいぞ」

「マジか!? それは楽しみだ!」


いつのまにか復活していたロイスの言葉にレグルスは目を輝かせる。美味しいという言葉に目がないレグルスなのだ。


「それでは私は料理の方に取り掛かります」

「ありがとな!」


マリーはそう言うとキッチンの方へと向かって行った。残されたレグルスは先ほどまで感じていた睡魔が再び襲いかかり眠たそうにしている。


「所でレグルス。カインツとの決闘はどうなっているんだ?」

「ん? まぁぼちぼちだな」

「そうか。名家の人間は何かとプライドが高い。負けそうになれば何をしてくるか分からんぞ」

「でも学園での決闘なら反則は出来ないだろ?」

「ああ、そうだな。だが、勝っても負けても後が面倒になるのは間違いないな」


そう言うロイスは深く頷いていた。レグルス達は知らない貴族達のドロドロとした関係の中心にいるバーミリオン家の者だからこそ言える言葉でもあった。


「面倒だ。もし、実家の奴らが出てきたら……面倒だ」

「それは心配いらないだろう。学生同士の決闘に負けて実家が出てくることの方が恥だ。それに、オーフェン家の人間は僕が知る限りそんな事をする人達じゃない。今代も三人の隊長格を輩出しているが全員が優しい人だ」

「なら良かった。ん? じゃあカインツは?」


ひとまずの安心を得たレグルスだったが、ロイスの言葉に引っかかりを覚えた。何故そんな家の者が今回のような事をするのかと言う事である。


「それは僕も不思議だったんだ。だが、考えればすぐに分かった。四大名家の者にかかる重圧は並大抵のものではない。特にエルレイン家に生まれれば僕だったら逃げだす程だ」

「そんなにか?」

「そんなにだ。あそこは弱い者は居ない者のように扱われる。そして捨てられる。その点、バーミリオン家の当主、僕の父親はかなり寛容だから伸び伸びさせて貰っているよ」


ロイスから語られるエルレイン家の話はレグルスにとっては考えられないものであった。そこまでする必要があるのか? と一般人なら誰もが思う事である。


「それに、シャリアの兄は神童と呼ばれる程に凄かった。その点、シャリアもまたかなり優秀なのだがな……」

「シャリアか、確かドリルだったよな?」

「そうだ。おっと話が逸れたな、カインツは三年生にローズさん、そして一年生には僕とシャリアが来て焦っているのかもしれない。そもそも三学年で名家の者が揃うのも珍しいからな。ローズさんが居なければカインツもトップに名を連ねる筈だったんだ」

「それで嫉妬か? 随分とアレだな」


今の話だけを聞けば随分とカインツは狭量である。そう思ったレグルスだったが、ロイスは首を横に振った。


「それだけならまだ良かったのかもしれない。ローズさんは現団長の娘であるし、自分で言うのも何だが、僕やシャリアは優秀だ。カインツが僕らに負けても他家に少しばかり貶される程度ですむ。だが、アリス達は違う」

「平民か?」

「そう、貴族のプライドは大きい。僕らに負け、さらには、平民よりも劣るとあっては何を言われるか分かったものではない。そう考えたカインツは暴走したのだろう。本末転倒だと気がつかない程に視野が狭まっていると言うべきか、それとも取り巻き達が囃し立てるだけの馬鹿なのか……それは僕も同じだな」

「全く面倒だな、貴族って奴は」


先程から聞いていると、貴族というものはレグルスにとって面倒以外の何者でもない。『プライドとやらで巻き込まれる身にもなってみろ!』 と声を大にして言いたいレグルスだった。


ロイスもまた取り巻き達に思うところがあるのか自嘲気味に呟いた。


「僕の家は余りそういった事を気にしないし、僕も気にしない。だが、カインツは違うらしい。それに、シャリアもまたカインツの立場と同じだろう。だが、暴走はしないだろうがな」


そんな会話を続けていると、ふとレグルスは違和感を覚えた。


「なあ、ロイス。何時もの話し方はしないのか?」

「ふん! あれはーー」

「ロイス様は緊張しているとああいった話し方になるのです。極度の人見知りなので、未だに取り巻きの方達にも普通に話せないのです。レグルス様は特別という事になりますね」

「おい、マリー!! 何故そう言う事を言うんだ!!」


突然後ろからぬっと出てきたマリー。堪り兼ねたロイスからは心の叫びが出たようであった。


「いいんですか? 私がいないとレグルス様にも愛想をつかされますよ?」


マリーはそう言うとレグルスに向けて軽くウインクをした。どうやら、彼女なりに思っての事なのだろうが、少しばかりからかいが入っていそうである。


「うっ。そうだな、これからも頼む」

「ええ、そのように致します。それと、食事が出来ました」


マリーの言葉にレグルス達は随分の時間を会話していた事に気がついた。目の前に並んで行く料理の数々にレグルスの腹が大きく鳴った。


「ふふ、レグルス。随分とお腹が空いているようだな。思う存分に食べるがいい」

「言われなくても、頂きます!」

「ロイス様はーー」

「もういいぞ、マリー!」


こうして、三人は夕食を取るのであった。


◇◇◇


夕食を取り終えたレグルス達は食事の余韻に浸っていた。その余りの美味しさにレグルスは感動にうち震えていたのだった。


「美味すぎる」

「ありがとうございます」

「毎日これを食べているのか?」

「ああ、そうだ」

「なん……だと」


力なく崩れ落ちるレグルス。


「おいレグルス! 大丈夫か!?」

「あ、ああ」


心配そうに声をかけたロイスにレグルスは力なく返事を返した。マリーはそれを見てくすくすと笑いを漏らしていたのだが。


「ふぅ〜、もう大丈夫だ」

「それなら良かった」


ロイスはそう言うと脱いだ外套を身に纏い始めた。どうやら食事を終えた為に帰るようである。マリーもまた食器を洗い終えたのか、帰り支度を始めていた。


「もう帰るのか?」

「ああ……と、言い忘れていたんだが各国にある竜王の棲家が活発化しているらしい。現れる竜が増えているんだとか。それに合わせて裏組織も活発になっているらしい。前の事もあるし、何があるか分からないから一応伝えておいた」


突然齎された情報にレグルスは嫌そうな表情を作った。前にあった名無しは最悪の存在であった。そんな存在が活発化していると聞いて喜ぶ奴はいないだらう。


それに、竜が活発化しているという情報も聞き捨てならない事であった。この王都はまだしも、モルネ村が心配になってきたのだ。


リンガスが準竜騎士を派遣していると聞いてはいるが、竜の襲撃度合いによってはという事である。


「これは家からの情報なんだが、冥府、そして死神と呼ばれる災厄がセレニア王国近くに現れたらしい。冥府は一人一人が竜騎士を上回る実力を持っているとも言われている、死神は最強ともな」

死神ハローグッバイ? 随分とふざけた名前だな」

「会えば死ぬという事から付けられたんだとか」


そんな物騒な意味を持つ二つ名を付けた奴は誰だと、レグルスは何とも言えない表情を作った。


「ハローグッバイ……会いたくーー」

「どうも、ハーロー・モーニンだ」

「ネル・イブニング」


レグルスの言葉を遮るように掛けられた声。


「マリー!」


ロイスは咄嗟にマリーを背に隠すように動き出す。


背中から感じる異様な威圧感、そして全くと言っていい程に気配を感じなかった異常事態にレグルスは瞬時に聖域を展開すると、全力で振り向いた。


そして、手を振る男を見た。


「ハロー、そしてグッバイだ」

最近、更新が遅れ気味で申し訳ありません。なるべく間隔を空けないようにはします!

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