37話
「クラス同士での決闘か?」
学園長室でベルンバッハは目の前に立つ男へと問い直した。彼はレグルス達を担当している教師ランクルである。
「はい。一年生と二年生のクラス同士での決闘のようでして……既に申請されています。後は受理するかどうかでして」
生ける伝説を目の前にしたランクルは何度も顔を会わしている筈なのに緊張している様子だった。彼はカインツから申請された決闘についてベルンバッハにお伺いを立てに来ていたのだ。
そもそも決闘が奨励されているとはいえ、まだ入学して僅かな一年生のそれも経験も無いクラスと二年生であり優秀な者が多い貴族クラスとでは、決闘など結果は火を見るよりも明らかであった。
「それで、儂に伺いにきたと?」
「はい。決闘は奨励されていますが、私個人の感情では受理致しかねますので……」
「ふむ。そのクラスはお主が受け持つ辺境の村出身の者達じゃな?」
「はい。それが?」
ベルンバッハの質問の意図が読めずに困惑するランクル。そんな事は手元に持つ申請書を見ればすぐにわかる事である。ランクルはどこか確認するようなベルンバッハの返答を待つ。
「なら構わんじゃろ」
「なっ!な、何故ですか!? こんな晒しも……」
ベルンバッハならば承認しないだろうと考えていたランクルは激しく動揺する。ベルンバッハは日に日に激しさを増して行く将来ある子供達を狙う裏組織から守る為に、滅竜騎士の立場を捨ててこの学園長の地位に就いたほどの人である。
本来であれば、国がベルンバッハ程の実力者をこのような後方に下げている余裕などないのだ。今もなお竜や裏組織の脅威は去っておらず、騎士団員達は四方八方で対応している状況が続いている。
それを黙らせたベルンバッハの熱意は凄まじいものであったとは、ランクルでも知っている騎士団でも有名な話である。
「まあ落ち着けランクル。この決闘は途轍もなく面白いものが見れるぞ?」
ベルンバッハはそのクラスにいる少年を思い浮かべて笑みをこぼした。ベルンバッハの推測では、10本の指に入る実力者達と並び立てる程の少年。彼からすれば、その方が結果が見えている決闘であった。
「ベルンバッハ様。失礼を承知で申し上げますが、不謹慎かと。私のクラスが晒し者になる結果は見えています」
ランクルはその言葉に憤りを露わに食い下がる。そのベルンバッハに物申す姿は彼が生徒達を思っている事がありありと伝わってきた。
「ふむ。確かに結果は目に見えておるのぉ。じゃが、それは奴が実力を隠さないという前提がつくが」
「それは! ん? 奴とは?」
続けて放たれた言葉にランクルは我慢ならないといった様子を見せたが、ベルンバッハの言葉にふと疑問が湧いた。
「それも含めて当日を楽しみにしているがよい。お主の考えている事は杞憂であろうからな」
「ベルンバッハ様がそこまで言うのなら分かりました」
ベルンバッハの確信が篭った言葉に渋々ながら引き下がるランクル。普段からベルンバッハが意味もなくこのような行いを許す筈も無いことは知っているからだ。
「それに、カインツ・オーフェンにもちとお灸を据えてやらねばならん。同じ四大名家の年下が自分よりも才があるとしても外道に落ちてはならん」
最近のカインツの行動はベルンバッハにも伝わっている。カインツはロイスやシャリアよりも自分が劣るとなまじに才があるせいか分かってしまうのだ。
それに、他にも一年生にはアリスやラフィリアそして、サーシャといったとんでもない竜姫候補が突然と出てきた。
四大名家として育てられた彼にとっては我慢ならないものであるようで、苛立ちを平民にぶつけ、評価を稼ぐ為にこのような事をするまでになっていた。
「それは……確かにそうですが、お灸を据えるとは?」
ランクルも思い当たる節があるのか頷いたのだが、それでもカインツは学園においてもかなり上位の者である。その相手に対してお灸を据える者が自分のクラスに居ただろうかと思案する。
「確かに優秀なケインやコリン。それに、アリスやラフィリア、サーシャはかなり優秀ですが、やはり今は経験不足の為にカインツには勝てないかと思います」
以前の訓練で見た彼女達の動きは同学年の者達と比較すればロイスやシャリアなど一部の者を除いて突出するものがある。
だが、それでも今はまだ粗いと言うのがランクルの認識でありそれは間違ってはいない。
「もう一人おるんじゃよ。牙を隠すとんでもない奴がのぉ。既に儂と並んでおるかもしれん程の才を持つ者じゃて」
「まさか!? そんなベルンバッハ様と? いや、それは幾ら何でも有り得ないです……学生という年齢でそんな者が居たとすればそれは人間を超越している」
ランクルは信じられなと言わんばかりにベルンバッハを見るが、ベルンバッハは面白そうに頬を緩めている。目の前に立つ生ける伝説と同じ実力を持つ少年。
それは、今の段階で滅竜騎士と並んでいるといっても過言ではない。ランクルにとってはにわかに信じられる事では無かった。
ランクルが知る他国の精鋭やセレニア王国の騎士団長達でさえ人間の領域を踏み外しているような者ばかりなのだ。
単身で上位竜を屠り、天変地異を巻き起こし地形を変え、単独で戦場を左右する存在、それすらも超えたベルンバッハや滅竜騎士と並ぶ少年とはまるで夢物語である。
ランクルは表情を変えないベルンバッハの言葉にこれは冗談では無いという事が脳裏を掠める。
「そ、そんな存在がいたとすれば……本当の滅竜騎士、サラダールの生まれ変わりと言ってもいい存在です」
「儂も長いこと生きてはいるが、我が国で今代の滅竜騎士のミハエルとエレオノーラ。そして隣国であるメシア王国で若くして滅刃八傑に数えられるヤマト。これらと比較しても負けてはおらん」
「そんな……ミハエル様、それに瞬閃ヤマトと同等?」
その少年がお気に入りなのか、それとも機嫌がいいのかベルンバッハが続ける言葉にランクルは既に脳がオーバヒートしそうである。
ミハエルは言わずもがな、メシア王国の滅刃八傑も途轍もない存在である。数は少ないが、滅刃衆に身を置く者はいずれも一騎当千の猛者である。
その中でもその集団を束ねる八傑に名を連ねる最年少のヤマトはやはり実力が抜きんでていた。彼もそう遠くない未来に滅竜騎士に名を連ねるのが妥当である程の強者だ。
「ほっほっほ。まあ、その辺りは自分の目で確かめればよい。じゃが実力を隠す奴を見極めるのも至難の技じゃて。儂も楽しくなってきたわい」
あの極度の面倒臭がりの癖に大事な人達に何かあれば躊躇わずに本気を出す少年を思い浮かべながら、ベルンバッハはそう言うと朗らかに笑う。
ランクルはその姿に安心したのか学園長室を退出していった。そして、ベルンバッハは隣の部屋に繋がる扉に目をやると呼びかけた。
「リンガス、もう良いぞ」
その言葉と同時に扉が開くとリンガスが現れた。先ほどのやり取りを聞いていたのか、レグルスの事を思い苦笑いを浮かべている。
「相変わらずアイツは巻き込まれるようですね」
「ほっほ。実力ある者には自然と厄介事が回ってくるようじゃな。報告を聞こう」
「はっ。ルーガス王国、メシア王国と天地破軍の争いは一応の決着がついたようです。天地破軍の破王タムルネル・ハイヤードと三星将、及び滅刃衆が交戦し撤退に追い込んだと聞いております」
「未だに破王は健在か」
ベルンバッハはかつて戦った事のある破王タムルネルを思い出した。彼ら天地破軍は他の組織とは違い、所在が明らかにされている。
天地破軍はルーガス王国、そしてメシア王国の領土から少し離れた位置に独立領域を築いている。彼らの行動理念は強き者との戦い、そして破壊である。
2カ国に挟まれた天地破軍がなぜ壊滅しないのか? それは、破王タムルネルとその両腕である天将ライン、地将ネルガルの隔絶した実力故であった。
彼らに対して勝ちを収めるには国が総力を挙げて対応するしかないのだが、それをすれば他の裏組織に王都が危機に晒される事もあり拮抗状態が続いていた。
「ですが、本当の所はルーガス王国に名無しが現れた為に、両国は引き下がったと聞いております」
リンガスは以前にセレニア王国に現れた名無しを思い出したのか、苦虫を噛んだような表情をしている。
「ふむ。まるで名無しの襲撃と連動しているような動きじゃな」
ベルンバッハはリンガスがもたらした情報を受けて考え込む仕草を見せた。セレニア王国に襲撃を仕掛けた時にも冥府、そして死神が姿を現した。
そして、今回の天地破軍においても同様に名無しが現れた。その事にベルンバッハの胸中には不安が過ぎる。今まで手を取り合う事の無かった裏組織達が連携しているのではないかという事だ。
「油断は出来ない状況です。我が国も騎士団を総出で警戒をしています」
「ふむ。そちらはお主達に任せておる。儂は学園の方を守るわい」
「騎士団の警護が叶わなく、申し訳ありません」
リンガスは総会で行われた議題について、深く頭を下げた。
「構わん。儂とて理解はしておる。エルレインの彼奴が言うことも理解できるでな。名無しの動きについては儂からも他国に相談するとしよう」
「ありがとうございます」
ベルンバッハの快い返事を貰えた為かリンガスは表情を崩した。それに、滅竜騎士であったベルンバッハは他国の重鎮とは今でもパイプが太いのだ。
「留学についても聞いておこう。場所はメシア王国が良いかのぉ」
「メシア王国ですか?」
ベルンバッハの言葉を受けてリンガスは疑問の声を上げた。セレニア王国の他にも四カ国の大国があるのだ。その中でもメシア王国を選ぶ理由がすぐに思いつかない様子である。
「儂はあそこにレグルスを行かせようと考えておる。あの国は滅竜技よりも対人を基本とした武に力を入れておる。奴の成長にも繋がるであろう。他の生徒達にも適した場所を探すつもりじゃ」
「確かにそうですね。裏組織の活動も活発化している今は、その方面へと力を伸ばすのが良いかと私も思います。自分もレグルスには期待していますよ」
「カッカ。彼奴にこの件を告げた時の反応が楽しみじゃわい」
ベルンバッハはレグルスの面倒そうな表情を思い浮かべたのかリンガスと共に楽しそうに笑う。イタズラを企む様な様子であった。
だが、ひとしきり笑うとベルンバッハは真剣な表情を作った。その空気を察したのかリンガスもまた表情を引き締めた。
「名無しの襲撃があってから学生達が浮ついておる。今回のカインツの件にも関係しておる筈じゃ。そこで、裏組織と戦った事のある団員に講演を開いてほしい」
「その程度の事なら問題ないです。翡翠騎士団から何人か派遣するようにします」
リンガスはすぐに頷くと、騎士団に所属する中で裏組織と何度も戦った事のある団員達を頭の中でピックアップしていく。
「もう一つあるのじゃが、此方は無理ならそれで構わん。竜や裏組織と戦い騎士団を抜ける事を余儀なくされた団員、被害にあった竜姫で講演の件を承諾してくれる者がいないか探してくれ」
「それはまた……学生には重すぎるのでは?」
リンガスは少し躊躇いを見せた。団員の中には手足を欠損したものや、精神的なショックから立ち直れずに団を抜けたものも多い。また、竜姫としても名無しなどによって人生を奪われた者達の講演は凄惨な内容になる事は間違いなかったからだ。
「良い。儂の勘にはなるが、今後さらに組織が動くじゃろう。儂らが預かり知らん所で悠長な事は言っておられん状況になっているかもしれんでな」
「そこまで言うのなら分かりました。其方も探しておきます」
「頼んだ」
「はい。早速行ってきます。それでは、失礼します」
リンガスはそう言うと学園長室を後にした。残されたベルンバッハはレグルスの能力、そして裏組織の事について考えを巡らせていた。
レグルスの未知の能力。過去に死神と会った際にちらりと聞かされた言葉。そして、突然に動き始めた裏組織達。その全てに何か理由があるのではないかとベルンバッハは考えている。
「滅竜騎士サラダール……何かある筈じゃ。一度アガレシアに行ってみるのも良いかもしれんな」
次話の更新が少し遅れます。申し訳ありません。。




