35話
学園の授業が本格的に始まってから数日が経った日。午前中の授業が終わった為にひと塊りになっていたレグルスは大きく背伸びをしていた。
「昼はどうする?」
アリスは伸びをするレグルスを横目にサーシャ達に問いかけた。今まではラフィリアが弁当を人数分作っていたのだが、今日は無かった為である。
すると、レグルスは素早い身のこなしでアリスの方へと顔を寄せる。
「食堂に行こうぜ! 美味しいらしいぞ」
目をキラキラと輝かせるレグルスにアリスはまたか、といった表情を作る。レグルスにご飯の話をすればすぐにこれだと言わんばかりである。
「本当に食べることと寝ることしか頭にないわね」
「何を言う、美味しいは正義だぞ! 全くこれだからアリスはーー」
「なに?」
「いや、何でもない」
レグルスは心外だとばかりにグチグチと小言を漏らし、食事の素晴らしさを教えてやろうとしていたのだが、アリスの冷たい一言によって黙らされる。
「まあそんないつもの喧嘩は置いておいて、行きましょう」
「そうだよ! 時間が無くなっちゃう」
そう言うと立ち上がったラフィリアに続いてサーシャも勢いよく立ち上がった。すると、その元へクラスの女子生徒達がよってきた。最近サーシャ達はレグルスとは別に昼食を取っているのだ。
「お昼ご飯はどうするの? 良かったら一緒に食べない?」
「うーん、食堂に行くんだけど……お兄ちゃんも一緒だけどいい?」
少し考える仕草を見せたサーシャは後ろに座るレグルスを指差して答えた。レグルスはいつのまにか机に突っ伏しており幸せそうな顔をしている。
「私は全然いいけーー」
「邪魔しちゃ悪いよ」
「あっ、ごめん。気付かなかった」
レグルスを見た女子生徒の1人が嗜める。既に彼女達とレグルスの関係は教室では知れ渡っており、しまったといった様子である。
「ううん。全然気にしてないよ! 一緒に行く?」
サーシャは本当に気にしていない様子で誘うが、声をかけた少女は四人で行ってきてと話す。その際にサーシャに小さい声で「頑張って」と言ったようなやり取りが行われた。
「おーい、レグルス! 飯食おうぜ。ってありゃ?」
「おいーす。どうしたんだ?」
その元へとケインと三人ほどの生徒達がレグルスの元へと歩いてきた。彼らもまたレグルスを誘いにきた様子であったが、サーシャ達が集まっている事を察したケインはそんな言葉を発したのだ。
「おっと、これは邪魔したな。また今度にしようぜ」
「レグルス! 俺らにも頼むぞ?」
そう言ってケイン達もまた去って行くのだった。いつのまにかこの四人はクラスの中でも周知の仲になっており、レグルスのこの気怠げな様子やアリス達の性格もあって受け入れられていた。
それに、ケインやコリンといったクラスの実力者がレグルスを強いと言った事もあり、強くて可愛い少女達といるのに気取らないといつのまにかレグルスの株も上がっていたのだ。
「じゃあ行こ! ほらほら!」
サーシャはレグルスの腕を掴むと立ち上がらせて歩いて行く。すると、慌てた様子でアリスがレグルスの反対の腕を掴むと引っ張り始める。
「おいアリス! 痛いって」
「ご、ごめんレグルス」
やってしまったと落ち込むアリスの手を取るとレグルスは歩き出す。
「ほら、早く行くぞ」
「うん!」
そんな様子をクラスのみんなは温かい目で見つめているのだった。
◇◇◇
食堂に辿り着いた一行はその大きさに驚いていた。一階に備えられているこの食堂は大勢の生徒が入れるようにと随分と大きな作りになっている。
美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってきており、レグルスは忙しなく視線を動かしていた。全学年の生徒達がごった返すここは席がほぼ埋まってしまっていた。
「四人で座れるとこってどこだ?」
「人が凄いね! モルネ村の人口より多いよ」
「確かにそうね」
「流石は学園です」
口々にそう話しながら空いている席を探していると、ある一角が空いている事に気が付いた。食事を受け取りカウンターから程近い場所である。
「お? ラッキー、あそこが空いてるぞ」
そう言うレグルスは他の生徒達に取られないように急ぎ足で向かって行くと、そのまま椅子に腰を下ろした。
「ふぅ。でも、何でここだけ空いているんだろう?」
「クッ。さ、さあ、まあ何でもいいわ」
レグルスの隣に腰を下ろしたサーシャに悔しそうにするアリス。どうやら席を争っていたようである。今回はサーシャが勝ちを収めていた。
すると、コップを取ってきていたのかラフィリアは手に持つコップを四つの席の前に置いていった。この辺りはラフィリアが大人である。
「それじゃあ見に行きましょう」
「負けたよ」
「流石ね」
そんなラフィリアを見て二人はそう呟いた。
四人はカウンターの前に立つと書かれたメニューを見つめる。日替わり定食やその他の定食などが色々と書かれているのだ。
「どれにする?」
「俺は日替わりだな」
「じゃあ私も!」
レグルスは三人を見渡すと全員が日替わりにした様子だった為に待っていたおばさんに注文をした。
「日替わりを四つで」
「はいよ。ありがとね」
そう言うと準備されていたのかすぐにお盆に乗った日替わり定食をカウンターに並べて行く。山盛りに盛られた料理からは美味しそうな匂いが漂っている。
「ありがとうございます」
「しっかり食べなよ!」
そう言うと四人はお盆を手に取り机へと戻って行った。レグルスはすぐに目の前の料理をばくばくと食べて行く。
「うまい!」
その美味しさに驚きの表情を浮かべるレグルスは本当に美味しそうに食べて行く。それを見た三人も笑顔を見せて食事に手をつけて行った。
「本当に美味しい〜!」
「これが無料って凄いわね!」
アリスはそんな声をあげた。この学園に備えられている食堂のご飯は無料で食べれるのだ。それなのにかなり美味しいのだから素晴らしい。
「これなら、これから弁当は作らなくても良さそうですね」
ラフィリアも満足気に頷くと言葉を漏らした。
「えっ!? 何で?」
「美味しくなかったら私が作るのですが、美味しいので昼はここでと思いまして」
ラフィリアとしても美味しいのであれば、わざわざ作る事もないといった様子である。
「なるほど〜。私はラフィリアの作るご飯も好きだけどな〜!」
「俺も!」
「ふふ、ありがとうございます」
そんな会話をしながらも黙々と食べる四人でだったが、不意に周りに人が集まっている事に気がついた。その視線に気が付いたアリスが振り返ると、数人の生徒達が周りを取り囲んでいたのだ。
「なに?」
「うっ。こ、この席がどこか分かってるのか?」
「は?」
アリスの問いに眉を顰めた少年だったが、アリスの顔を見て思わず顔を赤らめてしまう。だが、何とか正常に戻ると誤魔化すかのように取り繕う。
「平民の癖に」
「だから何がよ!」
せっかく四人で楽しく食べているところに現れた彼らに段々とイライラが募ってきた様子のアリスも勢いよく立ち上がった。
「うっ」
「こ、ここは伝統ある俺たち貴族用の席なんだよ。平民はどいてろ」
アリスに睨まれて怯んだ生徒を押し退けて別の生徒が言い放つ。その言葉にキョトンとしたアリスは周りを見渡すと、確かにこの周りに人が少ない事がわかる。
不自然にポツンと空いていてという事はそう言う事なのだろう。だが、アリスを含めてサーシャもラフィリアもそんな規則があった事など聞かされていない。
「悪い悪い、知らなかったんだよ。ほら、行くぞ」
「おい、待て」
「いやー、申し訳ない。まさかそんな席があるとは知らず」
レグルスはにこやかにそう言うとその場を離れようと三人に呼びかけたのだが、初めに声をかけてきた男がレグルスの前を遮る。
「貴族を舐めてるのか?」
「だから、舐めてないって」
レグルスは申し訳なさそうな顔をしつつ、面倒事の予感がひしひしと伝わってきておりこの場を離れようとするが、レグルスの飄々とした態度に更にイラついた様子だ。
すると、その貴族達を掻き分けて現れる少年はレグルスを見下した目を向けた。
「ヘタレの癖に目立つ事はしない事だな。周りが優秀だから自分も強くなったと勘違いしてるのか?」
「はい? 何を言ってるんだ?」
「そこの三人は優秀らしいが、お前はヘタレという事だ」
どうやらこの少年はアリス達の事を知ってるような口振りであった。取り巻きの生徒達が黙っている事からこの少年がこのグループのリーダーであるようだ。
「貴族に対しての礼儀もなっていないな」
「そりゃどうも」
「雑魚の分際でそんな口をきいていると後悔するぞ?」
そう言う少年にサーシャはむっとした表情で立ち上がりそうになった時
「やあやあ、レグルス。随分と待たせたね」
そう言って登場してきた少年はいつも通りのスマイルを顔を張り付けている。その横に付き従う少女も見知った顔だ。
「ロイス・バーミリオン……」
取り巻きの一人がぼそりと呟く。この学園でもその能力、家名と共に知れ渡っているロイスであったが、貴族同士の彼らにとっては更に有名であった。
「何だロイス。何をしにきた?」
ロイスを見た少年はレグルスと話していた時とは打って変わって敵疑心を露わに睨みつけている。
「カインツ・オーフェン先輩。随分とご無沙汰しております」
「ふん。で、何の用だ?」
「この席で待ち合わせをレグルス達としていたのですが、カインツ先輩達と談笑していたので」
そう言うロイスはレグルスの方へと顔を向けるとさり気なく片目を閉じた。任せろといったようで、レグルスは助かったとばかりに頭を下げた。
「なるほど、そう言うことか。だが、この席を使う理由がわからんな。平民と共にいるなどバーミリオン家の恥晒しが」
「おや? この席は貴族関係者の者なのでしょう? でしたら、レグルス達も私の友人なので問題ないかと」
ロイスの言葉にカインツは眉尻を上げる。
「貴様、オーフェン家を舐めーー」
「何をしているのかしら?」
カインツの言葉を遮るように更に現れる人物。凛とした口調で放たれた言葉にカインツは苛立ちを露わにその人物へと視線を向けると、途端に顔を青ざめさせた。
「ローズ会長……」
「何をしていたのかしら?」
にかやかな笑顔を変えずに続けて同じ質問を投げかけられたカインツは決まりが悪そうな表情を浮かべた。だが、ローズは更に言い募る。
「ここは伝統として貴族が使っていましたが、それは規則ではなく貴族と平民の方々の関係性に配慮した結果ですわ。それを、さも貴族だけの席というのはどうかと思います」
その事実を生徒会長であるローズに言われてしまえばカインツとその取り巻きに立場はなかった。言い返せば言い返すほどに自分達の立場が悪くなる事は理解できる様子である。
「失礼しました。行くぞ」
カインツは取り巻きを引き連れて堂々とその場を後にして行く。その様子は最後まで見栄を張る少年達のように見えた。
「さて、レグルスさん。相変わらず何かと絡まれていますわね? そういう星の元に生まれたのかしら?」
ローズは先程の無機質な笑みではなく、可憐な微笑を浮かべてレグルスの方へと振り向いた。すると、レグルスは言われて改めて気付かされる自分の境遇にがっくりと肩を落としていた。
「ありがとうございます! ローズさん」
アリスは落ち込むレグルスの肩をポンポンと叩きながら感謝の言葉を口にする。
「いえいえ、毎年この時期には何かと先程のような事があるので……まさかレグルスさん達とは思いませんでしたが、この事をお伝えし忘れて申し訳ありません」
「いえいえ、お二人ともありがとうございました」
「流石は生徒会長ですね! ロイスもありがとう!」
「なに、気にするな。弱い者いじめは好かなくてね」
その言葉にマリーが注釈を付けようとしたが、既にロイス語をある程度理解している彼女達は気にした様子もない。その姿を見てマリーはなにも言わない。
ラフィリアやサーシャも大事にならなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。
「それにしても、最近カインツさん達の行動が目立ちますわね」
ふとローズはそんな言葉を漏らしたのだが、目の前に立つロイスを見て思い当たる事があるのか複雑な表情を見せた。
「なにか?」
「いえ、やはり名家というものは大変ですわね。それも、ライバル視する家から二人も途轍もない才を持った子が現れれば……」
カインツはこの学園の二年生である。四大名家の一つとして期待され、その通りに優秀な成績を残していた。
だが、今年から入ってきたエルレイン家のシャリア、そして、バーミリオン家のロイスの実力は突出しており、カインツとしても焦りや苛立ちが募っているのかとローズは考えていた。
「私は特に他の三家をライバル視しているつもりはありませんが」
ロイスは本当にどうでも良いとばかりに呟いたのだが、ローズとしてはこの態度もまたカインツが苛立つ原因なのだろうと難しい表情をしている。
別にロイスが悪い訳では無いのだが難しい問題である。すると、レグルスはようやく立ち直ったのかロイスの方へと向いた。
「ロイス、助かった」
「問題ないさ。君は目を離すと何かと争い事に巻き込まれている様だからね。それよりも、貴族は誇りと名誉を重んじる変な生き物だから、あの様な形になったカインツには気をつけるんだ」
「何だか最近そんなんばっかだな」
「シャリア・エルレインは姑息な真似をしそうには無いが、カインツのあの様子を見るとやはり気をつけておくべきだ」
ロイスはそんな実感のこもった忠告をレグルスにする。それは、彼が生まれた時からバーミリオン家という名家で過ごしてきた経験からくるものである。
「はぁ。もうやだ、この学園」
レグルスの悲壮な呟きにアリス達も苦笑を漏らす。
「まぁ、レグルスさんなら問題ないでしょう? 何たって……ね? 本当に面白いわね、レグルスさんって。っと、それではまた」
ローズはそれだけを言うとレグルスに何かを言われる前にそそくさとこの場を後にする。
「僕も行くよ。また会おうレグルス」
「失礼しました。これからもロイス様を宜しくお願いします」
颯爽と踵を返したロイスに続いてマリーがペコリと頭を下げる。そんな様子を眺めていたアリス達もカインツなどのような貴族の面倒臭さを肌で感じていた。
「はぁ、次から次から……目立たない様にするつもりだったが、いっそのこと面倒そうな奴らを全員纏めてボコボコにしたら平穏な学園生活が……そうか! それがいいな、竜紋で……」
そんな物騒な思考へとシフトチェンジして行くレグルス。
「ダメよ! 戻ってきてレグルス!」
「お兄ちゃんが壊れた! バカが更にバカになりそうだよ。どうしよう、ラフィリアちゃん!」
アリスは悲嘆に暮れるレグルスの肩をブンブンと揺らすが、未だに戻ってくる気配がない。サーシャはレグルスがおかしくなったとラフィリアに助けを求めた。
「レグルスさん、それをしたら後々から更に注目やら報復で面倒になりますよ。毎日毎日誰かの相手をして寝る時間も無くなりますよ? ご飯も食べる時間が……」
「はっ! それはダメだ!」
耳元で囁かれるラフィリアの言葉にレグルスは血相を変えて正気に戻る。知らぬ間にレグルスに本気でボコられる運命にされていた標的達は何とか助かったのであった。




