34話
「まずは別れたグループで練習だ。相手に見てもらい、自分も相手の動きを見てコツを掴むんだな」
ランクルは一通りの武器を用いてそれぞれの基礎的な事を見せた。そして、その言葉により別れたグループの生徒達はそれぞれが先ほど教わった型をなぞるように動き始めた。
「レグルス! よろしくな」
「おお、俺こそよろしく。はぁ、面倒なんだがな……」
「なんか言ったか?」
「いや、何も言ってないぞ」
レグルスと対面に立つケインはランクルが見せた動きを真似て剣を振るう。
ケインはセンスが良いのか良い動きをしているのだが、レグルスは周りの生徒達の実力と同程度になるように力を抑えているようだった。
「私たちもやりましょう」
ラフィリアはそう言うと方手に持っていた槍を両手で掴む。その姿は彼女が綺麗だからなのか様になっていた。
「そうね……レグルスもやってるみたいだし」
アリスもレグルスの方へと視線を向けてサボっていない事を確認する。すると、サーシャは短剣を逆手に持つと十字を作るようにポージングを決めた。
「ふっふっふ。私の実力を見るがいい!」
「誰? それ」
「言ってみただけー」
サーシャのいつもの突拍子も無い行動に呆れながらも3人もまたそれぞれが教わった事を思い出しながらぎこちなく武器を振るい出した。
3人で相手の動きを見て指摘し合う様子が見て取れる。周りの生徒達も初めはぎごちない動きだったが、意見を出し合い、暫くするとある程度の動きは出来るようになっていた。
「何故か不思議な気分ですね」
そんなラフィリアの声は言葉通りに不思議そうな表情を浮かべている。彼女が振るう槍はぎこちない様子であったのだが、この暫くの間に劇的に変化していた。
踏み込んだ足に重心が移り、その力を利用して無駄のない動きで槍を突き出す。その場から動かず、踏み込む音は静かだが穂先の軌道は続け様に変化し続ける。
「そうね、何だか不思議」
そんな声と共に風を切り裂く音と共に豪快な軌道に沿って振るわれる直剣。勢いよく踏み込むと続け様に切り上げる。荒々しくも見える太刀筋だが、雑には見えない綺麗な太刀筋であった。
ラフィリアが静ならばアリスは動といったような印象を受けた。
タタッ
「何だか楽しくなってくるね」
軽快な足音と共に軽やかに動くサーシャは楽しそうな表情を浮かべていた。両手に握る短剣が縦横無尽に駆け巡る。
3人が武器を振るうたびに華やかな空間が出来上がっていった。
サーシャは調子づいたのか、軽やかなステップと共に舞うような連撃を放っていた。彼女達は今まで武器を握ったことも無いような少女達である。
だが、武器を振るうたびにに何故か馴染んだように動けるようになっていく。次にどういう動きをすれば良いのかが自然と理解できるのだ。
その現象を不思議そうに3人は思っていた。
激しさを増す3人の舞いは明らかに目立ち、周囲の生徒達も手を止めて釘付けに成る程であった。
「ん? おお、そこの3人は凄いな」
(貴族でもない彼女達がこんな動きをするなんてな。何処かで習ったことがあるのか? 成る程リンガスさんが気にかける訳だな)
明らかに目立つ3人を見たランクルはそんな感想を漏らした。リンガスからよく見ておくようにと聞かされていたランクルは得心がいったのか、3人の元へと歩いていく。
「君達は何処かで習っていたのか?」
「いえ、初めてです」
そうラフィリアが答えると、ランクルは更に驚いた様子を見せた。その光景に他の生徒達も見つめている。
「合理に叶った動きをしていた。何も習っていないのならもの凄いセンスだ」
「ありがとうございます」
お辞儀をするラフィリアの後ろでは、サーシャが照れ臭そうに笑っていた。
「えへへ〜。褒められちゃった!」
「ふふん」
チラッ
2人はコチラを見ていたレグルスへと視線を向けた。胸を張るアリスと満面の笑顔のサーシャは褒めて欲しそうな表情をしている。
だが、当のレグルスは訓練が一時中断している事に何を思ったのか立ちながら目を瞑り寝そうな雰囲気を醸し出している。
「おい、レグルス!」
そこに焦った様子のケインが肩を叩いた。
「ん?」
「あれあれ」
「ふわぁぁ。ん……って、やば!」
サーシャは胸の前で手を重ねてウルウルとした瞳で見つめている。口元が笑っており演技だとは分かるのだがレグルスにとっては効果覿面である。
だがそれよりもレグルスはアリスの憤怒の表情を見て危機感をあらわにしていた。
「そうだな……それだけ出来るのなら他の生徒達に教えてやってくれ。教えるのも勉強になるからな」
「で、ですが私達は素人なので」
「構わんよ。俺から見ても充分な動きをしていたからな」
心配そうにしているラフィリアだったが、ランクルの言葉により渋々ながらも頷く。そう言われれば断るのも何だか悪い気がしているようである。
「よし、それでは続けてくれ。この3人の動きをよく見て学んでいくんだぞ」
そう言ってランクルは再び全員が見える位置へと戻っていった。すると、それを見ていた女生徒達が一斉にアリス達の周りへと集まりだした。
「ラフィリアさん! 教えて!」
「ええ、いいですよ」
そう頷いたラフィリアは静かに微笑んだ。
「綺麗だわ」
「大人の女性って感じがする」
顔を赤らめてラフィリアの元へと集まった生徒達にラフィリアはあれよあれよと連れていかれてしまった。
「アリスちゃん! 私達にも教えて」
「ええ、任せて!」
アリスは特に物怖じした様子もなく承諾するのだが、訓練中という事があってか、はたまた先程の舞意を見て興奮しているのか少女達は教室に居た時とはかけ離れた様子である。
「ところでさっきレグルス君を見てたけど、もしかして……」
「ふぇ!?ち、違うわ!」
「何だか可愛い」 ボソッ
たじたじになりながら顔を真っ赤にして叫んだアリスを見て生徒達は優しい目でアリスを見つめていた。
余りにかけ離れた容姿を持つ3人に気後れしていた生徒達であったが、話してみるとといった様子でアリスもまた連れていかれるのだった、
「サーシャちゃんは私達にお願いね!」
「りょーかいです! へへっ、よろしく!!」
サーシャははにかんだ様な笑みを浮かべて集まってきた生徒達と共に歩いていく。頼られて嬉しいのか足取りも軽やかである、
「ああ! サーシャちゃんを妹に欲しい」
「抱きしめたい」
そんな子供っぽいサーシャの態度に女生徒達もメロメロであった。こうして3人はワイワイと話しながらも訓練を始めるのだった。
「相変わらずモテるな、師匠は」
「いや、アリスは怖いんだぞ?」
「あ〜、何となくわかるわ」
ケインとレグルスがそんな話をしていると、数人の生徒達が寄ってきた。
「おいおいレグルス、やりますな」
「あんな可愛い子を独り占めか〜?」
「羨ましけしからん」
その光景を黙って見ていたレグルスの元へと、ケインと仲のいい生徒達が続々と集まってくる。先程からケインと一緒にいるレグルスが気になっていたようだ。
その表情には『羨ましい』という言葉がありありと浮かんでいる。
「俺の師匠だからな!」
「ケインの師匠?」
「おう! このお方はあの美少女達を虜にするマスターなんだ」
ケインは誇らしげに両腕をレグルスの方へと向けるとそう答えた。レグルスはこれから起こるであろう面倒な事を想像して顔を顰める。
「さっきだってなーー」
尚も続くケインの言葉に思わず声をあげた。
「ちょっ! ケインーー」
「なるほど……師匠か。ならっ、俺達も是非とも俺も弟子に!!」
「俺も!」
「は!?」
どうせまた絡まれると思っていたレグルスは身構えていたのだが、ケインと同じように斜め上を行く回答のせいで素っ頓狂な言葉を上げてしまう。
「お前らは二番弟子からだぞ」
「ふっ、当然だ。ケインが兄弟子だな」
「これで俺らもその秘伝の技を教われる訳だな」
勝手に盛り上がって行くケイン達。レグルスから秘伝の技とやらを教われるとばかりに嬉しそうにしている。
「レグルス! コイツらもって、どうした?」
ケインはレグルスの方へと顔を向け話しかけたが、未だに驚いた様子のレグルスにそんな言葉を放った。
「いや、何時もなら絡まれてたから」
「ないない、それは無いぞレグルス。そんな喧嘩っ早くねえしな」
ケインは何を言っているんだと首を傾げて否定した。本当にどういう事か分からない様子である。
「いや、村では良く言われていたから」
「貴族と会って見て分かったんだが、レグルスは別にその事で鼻にかけてる訳でもないし」
そう言うケインはそうだろ? とばかりに他の生徒達へと顔を向けた。マリーが言っていたように貴族という事を鼻にかける輩も多いのか、生徒達は頷いている。
「そうだぞ! どちらかと言えば俺達みたいな辺境育ちでもあんな可愛い子を惚れさせれるという事実がだな」
「お前は俺たちの希望の星だ! 体術は残念だったけど……恋愛に関しては師匠だな」
ハーフナーに吹っ飛ばされた光景を思い出したのか、そう呟いた少年にケインは素っ頓狂な声をあげた。
「ん? アレはあの先生が大人気なく本気を出してたんだぞ?」
「そうだったのか?」
「気付かなかったぞ!」
口々にケインの言葉に驚く彼らだったが、その仲にいたコリンもまた同じような発言をした。
「あれは確かにそうですよ。私がやった時とは全然ちがったから」
「だよな? 正直あれだけ見てもレグルスは俺より強いんじゃねぇか?」
「確かに。あれを見てずっと話しかけたかったのですが、周りにアリスさん達がいたので話しかけずらくて」
「わかる! だよな!?」
コリンの言葉に同意を示す生徒達。
「てことは、レグルスは体術もかなりって事か……これは、まさしく師匠だな」
1人が放った言葉に連なるように盛り上がって行く生徒達。レグルスはそんな様子に肩の力が抜けて行く。
「俺達からしたらアリスさん達は高嶺の花すぎてな……話したり見ているだけで充分だ」
「ま、そういう事だ。田舎者の俺らはにはハードルが高いぜ」
「一緒のクラスってだけで有難い」
その最後の言葉に全員が大きく頷いた。これが一番の本心のようである。アリスやラフィリアにサーシャといった美少女達に彼らは彼らで気後れしているようである。
どうせ付き合えないのだから、話したり見ているだけで良いといっ具合である。それに、レグルスが彼女達を落とした秘訣に興味津々といった様子だった。
「って言っても特に何も無いんだが」
「またまた〜、勿体ぶるなって」
「うーん。でもなぁ、俺は基本的に怠けているだけだからな」
レグルスにとっても特に何かをしたという記憶もない為に特に伝える事もない。彼としてもモルネ村でも今と同じようにダラけていただけであるからだ。
「そう言えば、試験の時に竜騎士に猫みたいに運ばれてたよな」
「俺も見たぜ。何かとんでもない奴がいるとは思っていたが」
試験の時を思い出したのか、吹き出す少年達。あの場所であんな様子を見せるレグルスが面白いのか盛大な笑い声が聞こえる。
いつもアリス達に囲まれて話す機会が無かったのだがケインが一緒にいた事もあり、話してみると普通なレグルスに思い思いに話しかけていった。
「ま、レグルスと一緒にいれば必然的にサーシャちゃん達と話す機会が増えるって訳だ」
「おい」
「幸せのお裾分けだ、馬鹿野郎!」
そんな馬鹿話をしていると、流石に見過ごす事は出来なかったのかランクルが声を張り上げた。
「お前たち! 親交を深めるのもいいが今は授業中だ」
その言葉にそそくさと解散する少年達は慌てた様子で型を練習するのだった。
そんな訓練も終わり、朝から行われていた授業が全て終わった為に下校するレグルス達。横を歩くサーシャがレグルスの顔を覗き込むと嬉しそうに話しかけた。
「お兄ちゃん! 今日は友達がいっぱい出来たみたいだね!」
「まあな」
「みんな良い人だったね」
サーシャはレグルスに話しかけていた少年達を思い出したのか笑みをさらに深める。村でもいつも自分達の事で何かと絡まれる事が多かったレグルスだったが、今日の光景を見て本当に嬉しそうにしていた。
「そうですね。みなさん良い人です」
「村の男とは大違いね」
「まあそう言うなよ。アイツらはお前達が小さい頃から知ってるから何かと思う事もあるんだろうさ」
そう言うレグルスは今日聞かされた言葉を思い出していた。横を歩くサーシャ達を見ると確かに驚く程に可愛いのだが、普段から見ている為かそこまで気にはならない。
村の少年達も昔から見慣れた美少女に耐性が付いていたのか、アリス達に気後れする事もなくレグルスに突っかかって来たのではないかと思えたからだ。
普通であれば今日見た反応が当たり前なのかもしれないと思い直していた。
「今日は疲れたわね」
「本当ですね。体を動かすとドッと疲れが来ます」
「お腹すいた〜」
アリス達も初めての座学や訓練に疲れた様子を見せていた。初めてだらけの事に気も張っていたのか緊張が緩いだ今になって疲れが来たようである。
「ふわぁ、俺も帰ったらそのまま寝よ」
レグルスは欠伸をしながらふかふかのベッドを夢想する。柔らかい感触に包まれるあのベッドはレグルスにとってかけがえのない至福の時なのだ。
「ダメよ! ご飯もちゃんと食べないとだし、明日の用意もあるでしょ? 全くこれだからレグルスは仕方がないわね」
「何が?」
「な、何がって……だから、私もレグルスの寮に行くって事! 放っておいたら怠けすぎて死んじゃうじゃない!」
そうプンスカと怒るアリスは足早にレグルスを抜き去るとズンズンと進んで行く。途中で地面に落ちていた枝に足を取られて躓きそうになっていたのだが。
「もお、お兄ちゃん。アリスちゃんはああ見えて恥ずかしがり屋なんだからね」
「はあ、難しい奴だな」
「うふふ、相変わらずですね」
サーシャに何故か注意されたレグルスは何が悪かったのかと考えるが、特にこれといって出てこない様子だ。
ウンウンと唸るレグルスにラフィリアは話しかける。
「今日も私が美味しい夜ご飯を作りますね」
「うし! 早く帰るぞ!」
レグルスはそう言うとアリスの後を追うように歩むスピードを上げて行く。
「ラフィリアちゃんは抜け目ないなー」
「はて、なんでしょう?」
「ははは、私達も行こ! お兄ちゃん、早いよ!」
こうして学園での授業初日が幕を閉じていった。




