31話
例に漏れず、何時もの通学路を歩く4人。
「ようやく学園が始まるね」
そう言ってうずうずした様子のサーシャは何処と無く楽しそうに話す。この休校の間は暇そうにしていた彼女にとっては願ってもいない知らせであったらしい。
その間、ハーフナーが名無しに変わっていたという事もあり、学園では全ての職員の身辺調査が行われていたのだ。
「俺にとっては苦痛なんだがな」
「またそんなこと言って、しっかりしなさいよ」
そう言うアリスも何処と無く声が弾んでいた。
「分かってるって、任せろ」
何だかんだと言いつつ逃げ出さないレグルスにラフィリアは笑みを浮かべつつ後ろを追従している。そんな彼らが校舎前に辿り着いた。
既に他の生徒達も登校してきており、入り口付近は多いに賑わっている。前回の襲撃について語り合う声が聞こえたと思えば、近しい人物が今回の被害にあったのか表情が暗い生徒。
未だに学生達にシコリを残す結果となった名無しによる襲撃は年若い彼らに深い傷跡を残していたのだった。
そんな光景を見つめていたサーシャはポツリと呟く。
「何だか聞いていたよりも竜姫って大変そうだよね……」
ベルンバッハにより行われた試験や今回の襲撃にその険しい道を想像したかのようにしみじみとした様子である。
「そうですね。私達が特に狙われやすいという事は今回の件でよく分かりました」
「気を引き締めないといけないわね」
そんな彼女達の前へと出たレグルスは特に気にした風も無くあっけらかんとした表情をしている。
「ま、大丈夫だろ」
アリス達は顔を見合わせるとその後に続いていくのだが、不意にレグルスの前へと躍り出た影を見て立ち止まった。
「あ、あの。あの時は言いそびれて……お、遅くなりましたが、あの時はありがとうございました」
「いや、いいんですけど。ここではちょっと……」
おどおどと視線を行ったり来たりしている様子はどこか小動物を思わせるようなミーシャはそう言うと頭を深く下げる。
レグルスが辺りを見渡すと、入り口前で起こったその行為に当然ながら周囲の生徒達は何事かと注目を集め始めた。
「あれって三年生だよな? 何で一年生に頭を下げてるんだ?」
「ミーシャ、あの男に何かされたの?」
何も知らない一年生達はその光景に驚き、ミーシャを知る同級生達は普段の性格を知っているためか、心配そうに眺めている。
その中でも気の強そうな上級生がレグルスの元へと歩き出そうとした時
「あら、ミーシャさんにレグルスさん。奇遇ですわね」
そう言いながら現れたローズは2人の肩を持つとそそくさと中へと入っていく。残されたアリス達もまた顔を見合わせるとその後ろへと続いて行った。
ローズが現れた事もあり、声をかけようとしていた上級生の手は宙を彷徨い、他の生徒達もローズが現れた以外には興味を失ったのかこの場を後にしていく。
「会長。おはようございます」
「ローズさん、おはようございます」
ミーシャは嬉しそうに挨拶をする。それと共にレグルスも挨拶をしたのだが、レグルスの言動にローズはピクリと眉を上げるとジトっと見つめる。
その視線にレグルスは首をかしげるのだが、ローズは面白そうに笑うとレグルスの肩に手を置いた。
「いやですわ、レグルスさん。敬語は不要と言いましたのに……あんな事までした仲ですよね?」
その発言に空間が凍りついた。アリスは頬を引きつらせながらレグルスに視線で説明しろと睨みつける。サーシャは驚愕の表情を貼り付け、ラフィリアだけは普段通りであった。
「いやいや、待て待てローズ。そんな発言をしたら……な?」
変な誤解を招きかねない発言を受けて、必死に言い募るレグルスを見てローズは楽しそうに笑っている。
「ごめんなさい。楽しそうにしていたから、つい」
ぺろっと舌を出して頭を下げるローズにレグルスは溜息と共に息を吐き出した。
「はぁ〜。全く勘弁してくれ」
(そういえば、竜式の日も楽しそうだからって絡んできてたなぁ。外見はお嬢様でもな……ま、普段通りに戻ったんならいいか)
そう思いなおしたレグルスはローズから視線を外して先ほど睨みつけられていたアリス達の方へと頭を向けた。
「そんな事だろうとは思っていたわよ」
そく呟くアリスだったが、先程の視線はそうではない事は明らかであった。
「そう言えば、前から思っていたんですけどローズさんって生徒会長何ですか!?」
不意にサーシャが尋ねる。彼女達は学園に入学してそう間もない事もあり、学園の内部については知らないことが多いのだ。
その質問を受けたローズは大きく頷くと説明する。
「そうですわ。学園には生徒会というものがあって、三学年の中で成績が優秀な順に入るようになっているの。もちろん拒否権はありますわ」
「成績優秀ですか……具体的には何を?」
6人は歩きながら話を続ける。ローズとアリスやラフィリアにサーシャといった女性陣が前を歩いているためか、すれ違う生徒達がみな振り返っている。
その後ろをレグルスは欠伸をしながら、ミーシャは集まる視線にどこかオドオドした様子でちょこちょこと歩いている。
そんな様子を見たレグルスは本当に何となくだったが、ミーシャの目の前に手を動かした。
「ひゃっ!」
「いや、すいません。そんなに驚くとは……」
心底驚いた様子で飛び上がったミーシャにレグルスはバツが悪そうに謝る。本当に小動物に見えてしまいついといった具合だった。
「べ、べつに大丈夫で、す。ちょっと、ビックリしただけです」
少しばかり涙目になってレグルスを見上げる姿はかなり保護欲を誘うものであった。
「すみません。あれでしたら、俺の後ろでも歩きます?」
「は、はい。 あ、ありがとうございます」
そんなレグルスの提案にミーシャはすごすごとレグルスの背中に隠れると、視線が多少は遮られたお陰か表情を和らげた。
そんな事をしている間にも前では説明が続いている。
「学園の根本的な運営はベルバッハ様や騎士団や王宮の偉い人たちが行いますが、この学園の目玉である滅竜演武祭という5カ国の学園が集まる催しや学園内での催し。それと、学園の基本的な事は生徒会が運営しています」
「へぇ〜、凄いんですねぇ。特に演武祭って何をするんですか?」
「簡単に言えば、3年に1度行われるセレニア王国を含めた五大国の優秀な生徒達が技を競い合う大会ですね。ここで目立てば騎士団間違いないですわ。まぁ、レグルスさんは……ね?」
そう言うとローズは意味ありげに後ろを振り返った。ローズから見ても途轍もない実力を持ったレグルスがこれに出れば分かるでしょ? とでも言わんばかりである。
「何が、ね? 何だよ?」
「うふふ。まぁ村から出てきたばかりのサーシャさん達は色々と知らない事だらけでしょうから、世界の情勢や地理、文化なども授業で教わると思いますよ。そういう理由も合わさってクラスを分けているのですから。さて、それではまた」
レグルスの視線を笑みでスルーするローズは既に階段が目の前に来ていたこともあり、自身のクラスへと歩いていった。
「あ、待って下さい。会長」
その後ろをついていくミーシャを見送った4人もまた階段を登っていくのだった。
学園の構造上のせいか朝から2人と会った3人はそれぞれが話しながら歩く。
そんな中、やはりというべきか3階まで登るグルスはやはり面倒そうに上がっていくのだが、階段を登り終えた4人の目の前にちょうど向こうから歩いてくる見知った二人組。
向こうも此方に気がついたのか、朝に似合う爽やかな笑みでレグルスの元へとやってきた。
「やぁ、君達。久しぶりだね、特にレグルスはもう来ないかと思っていたよ」
「おはようございます。ちなみに、ロイス様はレグルスさんを心配していたようです」
そう言う2人はロイスとマリーであった。相変わらずの2人の掛け合いに、少ししか話したことも無いアリス達だったが、何となくロイスが言いたい事が分かってしまう事が不思議であった。
普段のアリスならこのような事を言われれば噛み付くところだが、全くと言っていい程にロイスには悪気が無い。
「おはようさん。つっても俺とロイスはそんなに話した事ないだろう?」
「何を言っているんだい、既に君と僕は知り合いさ。そうだろう?」
「まぁ、知り合いっちゃあ知り合いだな」
ロイスはそんな曖昧な返答を受けてなお微笑みを崩さない。そして、レグルスから視線を外すとアリス達の方へと視線をやった。
「君達も前回の襲撃では大活躍だったね。田舎から出てきたばかりの君達があそこまで出来るとは意外だったよ」
そう言われた3人は顔を見合わせて小声で話し合う。
「あれって初めてであろう実戦でよく頑張ったって事だよね?」
「多分そうだわ」
「そうですね。おそらく褒めて頂いているのかと」
そんな意識の擦り合わせも終わり3人は軽くロイスと話し始めた。しっかりと言葉の意味を汲み取れば良いのである。
「レグルス様、申し訳ありません」
そんな光景を眺めていたレグルスの元へ来たマリーが小さい体を動かして軽く頭を下げる。その姿は流石は貴族の侍女であるといった程に綺麗であった。
「ん? 気にしてないぞ」
「そう言って頂けてありがとうございます。ロイス様はああいう口調なので貴族同士では折り合いが悪く、また、バーミリオン家という事もあり寄ってくるもの達やイエスマンの取り巻き達も中々に……どうやら、ロイス様は素で話せるレグルス様達と友達になりたいようでして、少し残念なお方なんです」
そう言うマリーは話すアリス達を見てどことなく嬉しそうにレグルスに顔を向けた。
四大名家であるバーミリオン家という事もあり、色々と苦労が伺えるようであった。そんな事情を何となくだが理解したレグルスは軽く手を振ると話す。
「貴族も大変なんだなぁ。俺はそんな貴族同士の付き合いはごめんだよ。まぁ、俺はあんまり気にしないからな……気にした方がいいのか?」
「いえ、私達に関しては特には。ですが、他の貴族には鼻にかける者もいますので、そこはご注意下さい」
レグルスは見かけによらずよく喋るマリーに関心しながらも、貴族との接し方を考える。村にいた頃はそもそも貴族などと出会う事もなかった。
それに、普通の村人ならばロイスのような家の者に話しかけられれば萎縮してしまうのも納得である。レグルス達が異常なのだ。
「何だかマリーさんはお母さんみたいだな。アリスと何処と無く似てるよ」
「アリスさんとですか? えぇ、まあ私はロイス様と幼い頃から一緒にいるので、幼馴染というレグルス様達の関係と似ているではとーー」
「レグルス!」
そんな会話をしていると、残念と呼ばれたロイスがレグルスを呼ぶ。
「君達に伝えておきたいのだが、以前の襲撃で目立った3人に貴族達が目をつけているようだ。それに、何と言っても君達の容姿は目立つからね。特にレグルスは気をつけたまえよ、アリスさん達を取られてしまう」
「はぁ、マジか……」
そんな絶望的な情報を伝えられたレグルスは肩を落として遠い目をする。当然と言えば当然ではある結果なのだが、名無しの襲撃が終わったと思えばこれである。
「それと、これは聞いた情報なのだが、エルレイン家のシャリアが特にアリスさんの事を敵対視しているらしい。まぁ、万が一にも何かあれば僕に言うといい。それでは」
「それでは、私も失礼します」
爆弾を残して去っていくロイスはいい事をしたとばかりに微笑んでいた。だが、隣に歩くマリーにもっと言い方があるだろうと、小言を言われているのか眉をしかめている様子がうかがえた。
「何だかロイスって凄いわね」
「でもでも、あの話し方も慣れれば面白かったよ!」
サーシャはロイスの話し方がツボに入ったのか楽しそうにしている。
「それに、私達に嫌な視線も送ってこなかったですしね」
ラフィリアも村にいた頃から向けられていた視線がロイスに無かったことに好感を覚えているらしい。
「何だかんだで良い人みたいね。それにしても、シャリアって誰?」
話題に出ていたエルレイン家のシャリアについて、記憶にないと言った様子のアリスは首を傾げている。そもそも、王都に来たのも最近であり貴族と絡んだ覚えもないのだ。
「そういえば、竜式の時に発言していた人がシャリアだったと」
「あー、分かった。あのキツそうな人だ!」
「そう言えば……襲撃の際も戦っていたわね」
それぞれが思い出していく。襲撃の際に先陣を切っていた真紅の剣を持った少女であったとアリスもようやく思い出した。あの時は周囲を気にしている暇もなく意識していなかったのだ。
「え? 誰?」
だが、未だに思い出せないレグルスはうんうんと唸りながら記憶を探っていくのだが、名前と顔を覚えることに関しては面倒なレグルス。
「ほら、あれよ。ドリルって言ってたじゃない!」
そう言われてドリルという単語で検索をかけると、確かに竜式の際にそんな奴もいたなと思い出したレグルスはポンと手を叩く。
「おお、アイツか。何だ、アリス。アイツのドリルで何かやからしたのか?」
「そんな訳ないでしょ。そもそもドリルでやらかすって何よ!?」
「あれだアレ。もしかしたらアリスが乱戦で知らないうちにドリルで名無しを倒してたのかもな」
「何を言ってるのよ。相変わらず適当なことばっかりね」
「ぶふっ。ドリルで倒すっておかしすぎたよお兄ちゃん。ぶふふっ……想像したら笑けてきちゃった」
サーシャはそんな意味不明な光景を想像したのか口に手をやって肩を震わしている。
「それよりも、アリスも目がキツイだろ?」
「何よっ、キツくって悪かったわね」
「こんな感じだよ、アリスちゃん」
サーシャが両手を目尻に持っていくと、大きく吊り上げた。
「ちょ、サーシャ。そこまでキツくないわよ!」
「レグルス! そこに座りなさい! って言う時こんなんだよ?」
エルレイン家の息女に睨まれていると知ってなお動じない彼らはやはりどこかズレているようであった。
レグルスとアリスが、やいやいと言い合っているとサーシャも加わりさらに盛り上がる3人。いつでもどこでもいつもの空間を作り出していた。
「そろそろ教室に行きましょう」
ラフィリアがやはりと言うべきか、彼らを促して教室へと入っていくのだった。




