30話
襲撃があってから数日が経ったこの日、セレニア王国において軍事における最高権力者達が集まっていた、
五大騎士団の中でも王都に配属されている騎士以上の者たち総勢100人程がこの広いホールの中で待機している。
円状に広がるこのホールは中央に位置する円卓と玉座を取り囲むように席が階段状に広がっており、騎士達は階級順に座っている。
先頭に竜騎士が座りその後ろには騎士という順番である。
「幹部総会か。いつ見ても壮観ですね」
そう言うリンガスは中央に設けられた円卓に座っており、隣に腰掛けるシュナイデルへと話しかけた。
「確かにこれ程の会議は各国を見渡してもそうそう無いな。我々騎士団長、そしてお前も含めた1番隊隊長の者が勢揃いなのだからな」
「相変わらずココは堅苦しいです」
「確かにな。もう少し堅苦しくないようにはして欲しいものだ」
2人はこの圧迫感を伴う場に愚痴を零した。
「リンガス、黙って座っておきなさい」
「そう怒んなよメリー」
隣から聞こえてきたメリーの声に焦った様子のリンガスはすぐに押し黙った。当然ながらここにはメリーを含めて竜姫の姿もある。
「あら? 貴方もですか?」
「いや、ジェシカ。そういう訳では無い」
「なら黙って座っていなさいな。騎士団長なのですから、堂々とね」
此方も隣に座るジェシカに凄まれたシュナイデルは円卓に座る顔触れを見渡した。その誰もが精悍な顔つきをしており、一目で常人ならざる雰囲気を纏っている。
「シュナイデル、調子はどうだ?」
「ふむ、リーリガルか。私の方は変わりない」
シュナイデルを呼び捨てに出来る者、それは同格のものである。長髪を後ろに束ねた40代程の男がリンガスに話しかけたのだ。
彼は天雷騎士団を束ねるリーリガル・オーフェンである。どこか野性味のある顔をシュナイデルに向けて話す。
「お前の娘が随分とこっぴどくやられたみたいだな」
「ああ、随分と塞ぎ込んでいたが何とかな……」
「それは災難だったな。あの嬢ちゃんがそうなるとは……流石は名無し幹部といった所か」
ライドルフはそう言うとローズの事を思い出す。
「ああ、やはりと言うべきか奴らは闇が深い」
「俺も娘がいるからなぁ。出来る事なら名無しには関わってほしくはねぇ」
そのシュナイデルの言葉は名無しという存在をよく表していた。五大組織の中で一際残虐で非道な名無し。
リーリガルはその答えに頷きながら、娘である三番隊隊長の竜姫である娘を思い出していた。
だがすぐに思考を切り替えると、シュナイデルの元へと身を乗り出して囁くような声で小さく問いかけた。
「で、その頭文字は誰が倒したんだ?」
「ベルンバッハ様だ」
「そう聞かされてはいるが、何を隠してる?」
リーリガル他、全ての騎士団には今回の事件を解決した者がベルンバッハという事にされていた。
それはレグルスの特殊な力を目の当たりにし、様々な憶測を元に伏せる事にベルンバッハが決めたのだ。伝説とまで呼ばれる彼だからこそ隠し通せるという事である。
だが、当然ながらその事に疑問を持つ者もいた。このリーリガルもその1人である。
「それが事実だ」
シュナイデルは表情に一切出さずに答える。リーリガルは隣に座るジェシカ、そしてリンガスとメリーを見つめるが同様であった。
「はぁ、もういい。なら聞かん」
シュナイデルが何も言わない事が分かるとリーリガルは面白く無さそうに深く腰掛けた。特に彼自身もそこまで気にしてはいなかったのか、これ以上の追求は辞めたようだ。
こういった騎士団長が集まる場では様々な事が話される。普段は容易に顔を合わられる立場では無いからだ。
そして、此方ではまだ30も半ばの男性が向かいに座る男へと話しかけた。彼は水晶騎士団団長のシェイギス・ライツェルンである。短く刈りそろえた彼はお調子者なのかどこか楽しそうにしている。
「ギルベルト、お前の妹が随分と活躍したらしいな」
「当然かと」
問いかけられた男はさして興味が無いのか素っ気なく返事する。その綺麗に整った中性的な顔に表情は無く、鋭い目つきがあいまり冷たい印象を受ける。
「妹が襲われたってのに随分だな」
「この道に進む者が理不尽にさらされて嘆けばそれは愚者の極み。我がエルレイン家に生まれたシャリアは活躍して当然かと」
彼は名をギルべルト・エルレイン。シャリア・エルレインの兄である。未だ20代にも関わらず若くして1番隊の隊長を任される若き世代の竜騎士筆頭である。
1番隊隊長という位置にいる彼は実質には副団長のような位置につけていた。
「儂の娘がどうかしたか? シェイギス」
「いえいえ、ガルシア様。娘さんが優秀で羨ましい限りです」
ギルベルト同様に鋭い目つきをした初老の男性の言葉にシェイギスは敬語で話し始めた。同じ騎士団長とはいえやはり年季が違うためか、こういった会話になってしまうのは仕方がない。
「娘を褒めて頂き感謝する。そもそも、我がエルレイン家に無能が居れば、それはエルレイン家の者ではないのでな」
ギルベルトと同様にそう言い切るガルシアの言葉に嘘は無かった。その言葉を受け取るならば、無能な者はエルレイン家から放逐されると取れるのだ。
このセレニア王国を代表するエルレイン家の当主。この国に存在する四名家の中でもずば抜けて優秀な者を輩出しているのがこのエルレイン家なのだ。
残りの三家にはバーミリオン家、ヘイヴン家、そしてリーリガルと同じくオーフェン家であった。何れも騎士団において隊長格を多く輩出している。
だが、その中でもエルレイン家はその長男を含めて全ての者達が紅蓮騎士団に所属していた。
この紅蓮騎士団だけが少し特殊であり、代々エルレイン家の者が当主を務めている。だが、その事に不満を抱く者はいない。
家の威光でも無ければ、コネでもなく、純然たる実力がそうさせている。紅蓮騎士団に入団しなければ、他の騎士団でも団長、隊長を張れる実力者しかエルレイン家にはいないのだった。
「流石はエルレイン家です」
そう言ってシェイギスが席に座りなおす。そして、最後に現れた巌のように筋肉に覆われた大男が席に座る。その際に椅子がミシミシと悲鳴をあげる程であった。
「遅れてすまない。砂牙騎士団団長ベルツ・ファラミアだ」
「申し訳ありません。1番隊隊長、サリハン・バーミリオンです」
そして続くサリハンはロイスと同じくバーミリオン家に連なる者である。その遅れてきたベルツの言葉を受けこの場にいる団長達は話を辞める。
これから行われる幹部総会は今後の王国防衛の指針になる話し合いになるからだ。
そして、この場に全ての者が集まった事を確認した騎士が誰かを呼びに行ったのか席を立った。
暫くすると、このホールに続く大きな扉が左右に押し開けられた。その様子を見た騎士達は一斉に立ち上がると、その場で礼をとる。
「よい、楽にせい」
「「「はっ!」」」
この場において、騎士達を従えられる者。悠然と歩く彼は武力ではなく威厳を纏い円卓の側に置かれた玉座へと座る。
既に老齢の域に達している王だったが、その眼光に衰えは見えない。
彼はこの大国セレニアの王、エックハルトであった。その周囲を固める赤い布地に金の刺繍が施された騎士服を纏う近衛竜騎士達。
彼らは竜騎士の中でも実力と家格が重視される強者である。その中でも一際に目立つ存在が4人ほどいた。純白の騎士服に身を包んだ4人の滅竜師と竜姫である。
その4人の中にはジークハルト、エレオノーラの姿もある。そして、ベルンバッハとそう年も変わらない2人。
彼らもまた滅竜騎士に名を連ねる歴戦の猛者の名をミハエル、そしてヨルンである。彼ら2人は平民での為か家名は無い。
この滅竜騎士に囲まれる王の位置は世界で最も安全だと言い切れた。
「さて、それでは始めよう。忌憚のない意見を各々が述べよ」
その言葉を合図としたのか近衛騎士の1人が進みでると、手に持った紙を広げて内容を読み上げていく。
「本日の進行は近衛騎士団所属マフェット・バトラーにより進めさせて頂きます。議題は名無しの襲撃を受けての今後の指針になります。学園において、女子生徒5人に行われた強制契約と共に男子生徒6名の死亡を確認しました。また、ルーガス王国の三星将、及びメシア王国の滅刃衆と天地破軍が交戦しているとの情報がありました。それらを踏まえ今後も起こるであろう襲撃に各騎士団から団長、及び各隊長の者に意見を吸い上げて頂いております」
そう言って区切るマフェットは全員が聞いている事を確認する。
「提出された主な具体案としましては、学園への防衛戦力の配置。活性化する闇組織に対し、他国との綿密な協力関係の構築です。そして、学生への危機管理意識の向上」
その言葉を受け、ガルシア・エルレインが手を挙げた。
「他の案は賛成だが、学園に対する防衛戦力の増強は反対である。我々騎士団にとって過剰戦力などというモノはない。それに、学園には騎士以上の教師やベルンバッハ様がいるという事が既に過剰防衛であると考えられる。よって、今回の件は学生の意識を改革する事を主にすべきだ。幾ら我々が守護しようが本人達に自覚が無ければ守る事も出来ん」
そう言い切ったガルシアの言葉にホールに騒めきが起こる。確かに彼ら騎士団に所属する騎士以上の者ともなれば数は限りなく少なくなる。
聖域、滅竜技の能力、竜姫の竜具の力は共に騎士レベル以上ともなれば数は極端に少なくなるのだ。
そんな少ない中で守るべき都市や村に派遣している騎士団にとって、王都の中に存在する学園にその戦力を回す事が困難なのは仕方がない。
時代を担う若手と言っても、王都や都市を破壊されれば損害は計り知れない。そして、学園を守護するベルンバッハという存在が大きかった。
「私もその意見に賛成です。年若い生徒達が惨劇にあうのは私としても許せないモノがありますが、我々は学生だけでなく、大勢の市民を守らなければなりませんので、滅竜師の道を進む学生に過保護に徹するのは如何なものかと」
ガルシアの言葉に賛同する形になったシェイギスの言葉に、学園の防備に関しては否という結論という流れになっていた。
だが、それを良しとしない様子のリンガスが立ち上がった。
「それでは生徒の被害が収まりません! 彼らは候補という立場のため、致し方無いのかも知れませんがそれでは余りにもーー」
「止せ、リンガス」
そのリンガスの言葉を止めようとしたシュナイデルもまた苦虫を噛んだような表情をしていた。
「ならばどうするのいうのだ? 狙われると予想される生徒一人一人に我々竜騎士が四六時中の間ずっと護衛につくのか? それとも学園に騎士団を配備するのか? 笑わせるなよ。市民から集められた税金で我々は飯を食っているのだ。滅竜師候補の彼らに目をやっている隙に市民が襲われれば本末転倒だ」
「そ、それは……」
「そもそもだ。全てを度外視すれば我々が守るのは可能だろう。だが、彼らが滅竜師になった時、今回の件よりも悲惨な出来事など山のように起こる。その時にただ助けて貰うのを座して待つような者を量産する気か? 既に学園には強大なベルンバッハ様が居るのだ」
リンガスは言葉に詰まる。圧倒的な戦力を持ち、襲撃される場所をピンポイントで把握出来るのならば問題はないが、そんな事は不可能である。
ならば、可能性があるからと学園へ防備を回すのは非効率に過ぎる。だが、かといって時代を担う彼らを失う事も王国にとっては損失である。
この難しい問題は遥か前から何処の国にも横たわっているのだ。責めるような形になったガルシアだったがこちらも正論には変わりは無かった。
「ですが、今回の件に関してはーー」
「前提が間違っているのだ、リンガスよ。滅竜師候補は守るべき対象の中では優先度は低い。彼らは力を持ち、そこらの名無し程度であれば容易く勝てる。だが、市民ではそうはいかない。私が言いたいのはそういった状況に陥らない様にする為、また陥った際にはどういった行動が求められるのかをより実践的に教え込むべきだと言いたいのだ。生徒達を見捨てろとは言っていない」
その言葉にリンガスは押し黙る。横に座るシュナイデルもまた難しい顔をしていた。それは、この場にいる団長、騎士以上の者達も同じであった。
彼らもまた学生以上に狙われる立場にある者達だ。何れもその考えを元に行動している。日頃から警戒を怠らず、何かあった際に万が一にも足を引っ張るようであれば自決する覚悟も辞さない。
だが、それを学生に求める事は良心が痛むようである。
「俺はよぉ、難しい事は分からんがようはこういう事だろう? 学生には自衛できる力、それが出来なくともせめて時間を稼ぐ、情報を伝える、警戒するといった当たり前に備えてなきゃならねぇ実践的な能力を学生達に備えさせるって事か?」
そう言ったリーリガルの言葉に全てが集約されていた。竜式で行われたベルンバッハの試験はその全てが備えられていたものだ。彼もまたその考えを学生達に叩き込もうとしているのだった。
「決まりだな。学園の方にも実践訓練を増やして貰えるように付き合いが長いシュナイデル団長からベルンバッハ様に話を通しておいてくれ」
「分かった。話しておこう」
ベルツが静かに言葉を発した事で学園への防衛戦力の増強は見送られたのだった。シュナイデルとリンガスはこの結果を伝える事に少し憂鬱な表情をしていた。
「各国との協力関係は巨大化する名無し、独自の勢力を築く天地破軍、冥府の対応に不可欠である事に違いない。特に隣国のロウダン王国、メシア王国とは連携をより強固にするべきだ」
シュナイデルはこの報告をベルンバッハにすれば怒られるだろうとは思いつつも、騎士団としては間違ってはいない決定に納得したのか他の案件について話す。
「確かに奴らは徐々にだが力を増していやがるからな。やはり、色々と情報が欲しい。それに、竜共についても共同で戦線を張れれば悪くはねぇ。だが、相変わらずロウダン王国は俺らにやたらと対抗心を燃やしているから連携は難しいだろうなぁ」
そう言ったリーリガルの言葉に全員が頷く。右隣に位置するであるロウダン王国は何かとセレニア王国に対して対抗してくるのだ。
セレニア王国が五大騎士団を作れば、彼の国は五大総武と呼ばれる軍を作るといった具合にだ。
だがそんな国同士でも裏組織、そして竜の脅威に対しては共通認識である。
万が一にもどこかの国が竜によって滅ぼされてしまえば、その空いた国家から雪崩れ込む竜によって人間国家の存亡に関わる。なればこそ、連携は密に取るべきであった。
「では、学生を交換留学させるのはどうでしょう? 今後付き合って行く事になるであろう他国の同年代との交流は得るものが大きいかと。また、何も知らない他国での実践は為になるはずです」
そう言ったギルベルトの言葉は確かに名案であった。子供の頃から他国の者と付き合いがあれば、その者達が要職に就いた際に連携が取りやすい。そして、見知った者がいない地での勉強になれば、やはり得るモノが大きい筈である。
それを聞き届けたエックハルトは大きく頷く。
「ほぉ、それは良いな。各学年の優秀な者を他国と交換留学させるとな。その件については我が他国に掛け合おう。ロウダンは厳しいだろうが、メシアなら可能かもしれん。アウレール外務卿に伝えておこう。よく思いついた」
「お褒めに預かり光栄であります」
喜色満面のエックハルト王の言葉にギルベルトが深く頭を下げる。
他国との連携と共に学生の意識改革についても行える交換留学は両国共にメリットがある為に近い将来にて恐らく実現するであろう事は伺えた。
だが、それと同時にアウレール外務卿がこれから大変になるだろう事も。
「もう一つ我から話がある。今回の件でアガレシア皇国からジークハルト達を派遣して貰ったが、事は済んだ」
そして、アドルフは左右に並ぶ4人の滅竜騎士に目をやる。そして、娘であるエレオノーラを心配そうに見つめていた。
現在、滅竜騎士は世界で6人いる。竜姫を含めれば12人になるのだが、滅竜騎士はアガレシア皇国に滞在する決まりになっており、中心に位置するアガレシアから有事の際は彼らが派遣される事になっていた。
「協定通りに我が国の滅竜騎士はアガレシアに送らねばならん。お主らには滅竜騎士が居らなくともしっかり励んで欲しい。では、これにて総会は終わる」
エックハルト王はこの総会を締めくくったのだった。




