3話
子供達、兵士が余りの光景に押し黙る中
「素晴らしい! 君達の竜具は今でさえ騎士レベルに達しようとしている。まさに天才という言葉が相応しい」
リンガスの絶賛の声が響き渡る。信じられないといった風に手を叩き興奮した様子だ。
一般的には滅竜師の階級は5つに分けられている。
正竜騎士
準竜騎士 ここまでが、竜姫との契約を許される。
騎士 専属の竜姫と行動を供にする事が出来る。
従士
兵士
正竜騎士から準正竜騎士と呼ばれる竜騎士の階級に就く者は竜姫と契約する事が国によって許される。
竜姫と契約とはただ聖域を展開し竜姫と供に戦う事ではなく竜姫自身が竜具となれる事にあった。
優秀な竜姫の数は多くなく、誰彼構わず契約させる事は出来ない。そのため国によって契約を管理されているのだ。
当然ながら、契約した竜姫が変身する竜具は絶大な力を持っている。それはメリーも例に漏れない。
契約しなければ竜姫は竜具にはなれない事は事実としてある。
その為、竜騎士と契約できない竜姫達は不特定多数の滅竜師の聖域内で己の竜具を用いて戦っていた。
そんな限られた者しかなれない竜騎士とは、それだけ高い位にあり滅竜師達は竜騎士を目指して鍛錬を行っている。
竜騎士では無い従士、兵士は聖域を操り滅竜技で戦う者達である。そのため、数も多い。
その中で、騎士だけは竜騎士候補としてまだ契約は許可されないが、竜姫と行動を共にしている。いわば訓練期間のようなものだ。
すなわち、騎士より上の階級に行かなければ、相棒の竜姫はいないと言うことになっていた。
そんな中で騎士レベルともなれば、今日はじめて使用した竜具でさえ竜騎士候補に匹敵すると言っているようなものなのだ。
その潜在能力は計り知れない事は容易に想像できた。
だが、そんな中1人だけ飄々した態度を崩さない少年がいた。
「あいつらは王都に行くのか。ま、あいつらが帰ってくるまで俺がここの村警備をしておいてやろう」
そう呟く彼の中では素晴らしい人生設計の数々が浮かんでいた。だが、レグルスはこの後、3人にボコボコにされるのだが仕方がない事である。
覚悟と僅かなセンスがあれば、誰でも倒せる筈のベビードラゴンにさえ負けるとは手を抜いたのか、単純に弱いのかのどっちかである。
そして、彼女たちは前者だど知っている。彼の性格から考えて至極真っ当な答えであり正解だった。
だが、正竜騎士のリンガスはレグルスの性格など知る由もなく結果だけを見て不合格にする事は分かっている。すなわち、彼の竜騎士としての人生は始まる事すらしない筈であった。
「一緒に王都に行こって言ったじゃない!! あほレグルス」
「まったくレグルスさんはどこまで怠けるつもりですか!?」
兵士に結果を聞いた3人はとてつもない形相で詰め寄る。
「いやー、俺があたったベビードラゴンはメチャクチャ強くてな。おそらく属性竜クラスだったよ。うん、まじで!」
いつも通りの調子で返すが、今日はそう流してもらえる案件ではない。
「「「そんなわけないでしょっ!」」」
見事にハモる3人はズイズイと顔を寄せてくる。だが、尚もバレバレの言い訳で何とかかわすレグルスだったが
「お兄ちゃんのバカー!! ぐすっ」
「あ〜あ。妹まで泣かせてこのロクデナシ」
「いや、サーシャ。違うんだ!相手が悪かったんだ、だから泣き止んでくれよ、な?」
「ぐすっ」
俯き鼻を啜るサーシャにレグルスは慌てふためき、思わず不用意な発言をしてしまった。これが彼の今後を決定的に決めてしまう。
「何でもするから! なっ?」
「本当に?」
「お兄ちゃんがこういう時に嘘ついた事あるか?」
「はーい! 分かった」
ぱあっと花が咲いたような笑顔でサーシャは答えたのだった。この時のレグルスの心境は女は怖いという事だった。
3人は突如ヒソヒソと話し合うと、その場を走り去って行った。
「なんだったんだ?」
レグルスの脳裏に不安がもたげるが、その日は何とか収まった。だが、その翌日。
「それでは合格者は王都に向かうぞ」
リンガスを先頭に合格者の5人の子供たち、その中にはいつもの3人も入っている。
昨日の広場に集まり村を出ようとしていた。それぞれが家族と別れを交わし、決意に満ちた表情をしている。
村をあげての一大イベントだ。一流の竜騎士になれば村も安泰という事である。
「お前らー、頑張れよ! 村の事は俺に任せろ」
「レグルスは寝るしかしてないだろ!」
「ギャハハハ、違いねぇ。怠け者のレグルス」
レグルスの叫び声に反応した王都行きの2人の少年は一斉に笑い出す。この村の同年代のレグルスの扱いはこういったものだったのだ。
「レグルス君、きみも王都に行くんだ」
「へっ!? 今なんて言いました?」
レグルスも一緒になって笑っていたのだが、リンガスの声によって静けさが支配した。
「この3人が君が行かないと王都には行かないと言って聞かないもので、君も連れて行く事にしたんだ。それに、色々と聞いたところ、君に私も興味が湧いてね」
「いやいやいや、俺はベビードラゴンにも負ける男ですよ? 無理です」
尚も言い募るレグルスにアリス達は駆け寄る。
「何でも言うこと聞くって言ったじゃない。もしかして嘘だったの!!」
「嘘はいけませんよ」
「守ってくれなきゃお兄ちゃんなんか嫌いになる」
「っ!」
まさしく、ぐうの音も出ない状況へと追い込まれたレグルス。可愛い妹に嫌いになられるのはツライ。
寝ることと天秤にかけた結果、激しく秤は動いたが
「わかったよ、付いて行ったらいいんだな? その代わり俺の面倒は見てくれよな」
わざとらしく肩をすくめて話したレグルスだが
「任せなさい!!」
「お兄ちゃんの面倒は妹が見るもんだよね。それに、だいぶ前からそうしてるよ?」
「任せて下さい」
最後の抵抗も呆気ない笑顔に撃沈され渋々という風に集団へと混ざるレグルス。
そして、その羨ましい風景を憎々しげに眺める2人の少年には気づかないまま。
すると、リンガスがレグルスのすぐ近くまで来ると囁いた。
「君が平原に1人で寝ていると聞いた。竜がいる筈の平原にだ。どうやったのかは聞かないが、気になって今回の事となった。それと、この村には準竜騎士を派遣しておこう。君も心配だろう?」
「はぁ。別に心配でも無いですよ」
レグルスは何のことやら?といった風に肩をすくめる。その姿をリンガスは黙って見つめていた。
すると、逞しい肉体を持った村長クルトが近づいて来た。
「王都に行くんだってなレグルス」
「ああ、クルト爺には世話になったな」
目を細めるクルトに手を挙げて答えるレグルス。2人の間に無言が続く。
「気をつけろよ」
「じゃあな」
ようやく口を開いたクルト。そんなやりとりは終わり、一行は王都に向かって行ったのだった。
ーーー
馬車に揺られる一行。その前方には立派な体躯を持った馬に跨るリンガスとメリーは警戒も兼ねて先導していた。
「凄いな」
「ああ、正竜騎士ともなれば馬の扱いも一流か」
巧みな手綱捌きで軽快に走る2人は、的確に馬車が通れない部分を見つけると合図を出している。そして、竜が現れないかの確認など様々な事を同時並行でこなしているのが分かる。
そんな光景を見た少年の2人は憧憬の眼差しで見つめていた。
「竜騎士なのに馬に乗るって変じゃないか?」
「そんな事言ってないでアンタはもうちょっとシャキッとしなさいよ!」
「はぁ、アリスはいつも煩いなぁ。静かに寝れないじゃないか。サーシャ、こっちに来てくれ」
ボーと外を眺めながら呟いた言葉に早速アリスが噛み付く。ともすれば、竜騎士をバカにしているとも取られかねない発言なのだ。
それに、だらしなくヘリに捕まった姿は何とも情けない。
耳をわざとらしく塞ぎながらレグルスは側にいたサーシャを呼んだ。
塞いだ手を上げると、傲慢にひらひらとさせてだ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「具合でも悪いんですか?」
サーシャとラフィリアは心配そうに近づいてくる。そして、サーシャの足がちょうどいい所に来た時
「ひゃ!? お兄ちゃん?」
「ちょっと寝るわ。頼んだサーシャ」
柔らかな太ももに頭を乗せると既にいびきをかいて寝ていた。彼の特技であるどこでも寝れるものだ。
咄嗟のことに悲鳴を上げるサーシャだったが、眠るレグルスを見ると優しげな表情で髪を撫でる姿があった。
だが、残りの2名。黙っている彼女達ではなかった。
「サーシャ!」
「そうですよ」
勢い余って立ち上がるアリス。そして、柔らかな表情だが冷たさを感じるラフィリアの姿。
「しー、お兄ちゃんが起きてしまいます」
サーシャが口元に手を当てると、2人もこれ以上は何も言わなかった。
「それもそうか」
「次は私の番ですわね」
次の番は誰かと話し出す3人。そんな中に言葉が投げかけられた。
「そんな怠け者のどこがいいんだ?」
そう、同じ馬車に乗っていた2人のうちの背が高い方。
「なによフィット。文句あるわけ?」
「うっ」
冷たさすら感じるアリスの視線に思わずたじろぐフィットだが、横にいた小太りの少年はさらに続ける。空気が読めないのかバカなのか。
「ベビードラゴンにも負ける奴だぞ」
「エリク、あんたも何が言いたいのよ!!」
声を荒げるアリス。他の2人も冷ややかな視線を送っていた。だが、空気が読めないエリクはフィット静止を振り払って尚も続けてしまう。
火に油を注いでいる事に気が付かないのか、アリスの握りしめた拳がプルプルと震えている。
「同郷のよしみだ、俺たちと契約しないか?」
ツカツカツカ
「おっ、いいのか」
「フンっ」
ドスッ
「グハッ」
アリスが歩いてきた事で勘違いしたエリクに向け、強烈なボディブローをお見舞いした。体がくの字に曲がりその場に倒れこむ。
「あんたよりもレグルスの方が遥かにかっこいいし、強いはずよ。いつも寝てるーー」
「アリス、うるさいぞ〜。眠れん」
「お、起きてたの?」
聞こえてきたレグルスの言葉に一瞬で顔を赤らめたアリスは違う意味でわなわなと震えだした。
「ま、ありがとな」
ポン
アリスの頭に手を乗せて撫でるレグルス。
「あううぅ」
情けない声を出すアリス、そして後ろから歯ぎしりが聞こえてくる。そんな一行を乗せた馬車は王都へと向かって行く。