28話
王都では五大騎士団が竜を迎えうち、レグルス達が名無しと戦っている時。セレニア王国の王都へと続く道に4人の姿があった。
その中でも圧倒的な雰囲気を醸し出す2人はまだ20代から30代程度の容姿をしている。
その後ろに控える2人の男女もまた同じような年齢であろうが、別の二人組とその装いは対照的に違っていた。
この道は隣国のロウダン王国へと繋がる最短距離であったのだが、ある理由で使う者はいない。
何故なら、視界を覆い尽くすほどの木々が立ち並ぶここは死の大樹林とも呼ばれる地であったからだ。
この大樹林は広大で、セレニア王国とロウダン王国の半分以上までを分断している。その為もあり、ロウダン王国へと向かう者の大半はこの大樹林を迂回して行く。
そんなここが、死の大樹林とも呼ばれる所以は竜の棲み家となっている事が挙げられた。
かつて、二国は貿易の為に上下から挟み込むように進行したのだが、迫り来る竜の群れに昼夜対応せざる得ない状況となり結果、相当な被害を被った。
少数で入れば竜の襲撃は少ないが、多数で入れば何故か竜は一斉に襲ってくる。
旅人であれば通る者もいるのであろうが、襲撃が少ないとは言え、それでも竜の脅威は変わらない。
商人や軍であれば自ずと人数も増え、此方もやはり使う者はいない。そして、何もしなければこの地に住む竜が出てくる事は無かった為に、現在は放置されている。
「ねぇ、誰か来るの、とか聞いてみたり?」
「分からん……が、来なければそれでいいだろう?」
何故か語尾が疑問形になった女性はある紋章が刺繍された純白のローブを着ていた。絡み合うような六匹の竜はそれぞれ鱗の色が違う。
そして、男性もまた純白の騎士服に袖を通し、同じ紋章が刻まれていた。この紋章が意味する事は1つ。
世界で最も強いとされる滅竜騎士に与えられるものであるからだ。
そんな彼らが話していると、誰も通らない筈のこの場所に現れる人影。真っ当な者ではない事は死の大樹林から現れた事で理解できる。
出てきた彼等は目の前に立つ滅竜騎士を見つけると言葉を零した。
「滅竜騎士ジークハルト・シーカーにエレオノーラ・セレニアか。とんだ大物がいやがる」
ジークハルト、エレオノーラと呼ばれた彼らはセレニア王国に所属する至高の滅竜騎士である。そんな彼等に動じた様子もなく問いかけた男。
無精髭を生やし、髪はボサボサ。だが、鷹のように鋭い眼光である。隣に並ぶ女性は対照的に金髪を長く伸ばし、綺麗な容姿をしている。
「死神か。此方も問おう、そんな大物が何故ここにいる?」
ジークハルトは目を細め、言葉によってはすぐさま切る、といった様子で闘気を漲らせる。滅竜騎士とて油断していい相手では無かった。
「どうも、ハーロー・モーニングだ」
「ネル・イブニング」
だが、そんな調子外れの自己紹介にジークハルトは苦笑を漏らした。
「相変わらずふざけた名だ。それで、何をしている?」
「名無しが大規模な事を仕掛けるって聞いたもんで、見に来たんだよ。それに……いや、何でもねぇ」
「ほぉ、お前らも我がセレニア王国を狙うのか?」
ジークハルトは横に立つエレオノーラに目配せした。直ぐにでもエレオノーラが竜姫になれるように、油断はない。
「いや、俺たちは大局には関わらねぇよ。ただ、彷徨うだけだ」
「確かにお前たちはそうだったな。気に入らなければ殺し、そうでなければ何もしない」
「よく知ってるじゃねぇか。そそ、名前の通りにってな」
そう言って話すハーローだったが、このセレニア王国へと足を踏み入れた真意は伺えない。
「ならば私達とも戦うか?」
「いやいや、ここでお前達とドンパチすれば王都や地形の被害がとんでもねぇ。それに、流石に滅竜騎士相手はちと分が悪い。ここらで退散させて貰うわ」
一体何をしに来たのかそう言って去っていく死神を、ただ見送ったジークハルトは、その気配が消えるまでの間、いつのまにか腰に差した剣を強く握りしめていた。
「ふっ、滅竜騎士と呼ばれていてもやはり緊張してしまうな」
そう自嘲げに呟いたジークハルトに同意するようにエレオノーラも頷いた。そんな張り詰めた空気が霧散した所で、後ろに控えていた2人が話し出す。
「あれが噂の死神。追わなくて良いのですか?」
「私達で追いましょう」
そう言った2人は死の大樹林へと足を向けようとしたが、手を挙げたジークハルトによって制された。
「止せ。アレは言葉通り大局には関わらない。だが、戦いになれば、お前達は瞬時にこの世からお別れする事になるだろう」
「竜騎士である我々が、そ、そんな事はーー」
「敵対する五大組織を知っているか?」
ジークハルトは徐に話し始めた。それは、自分にも言い聞かせるかのようであった。
「はい。少数ながら一人一人が一騎当千の冥府、最大規模を誇る名無し、巨大戦闘集団の天地破軍。後は謎に包まれた六王姫かと……そして、死神、あれ? 死神は単独で……」
疑問に思った竜騎士はジークハルトに尋ね返した。
「そうだ。あの死神は、他の四大組織のように国や民を襲わない。だが、気に入らなければ、名無しであろうと天地破軍であろうと……そして、我々のような滅竜師をも殺す。単独で四大組織と並び立ち、全てを敵に回してなお生きている死神は異質なんだ。仮に私が奴と戦ったとして、力を制御する余裕などない。戦いの余波で王都を危機に晒す事になる」
ジークハルトはそう言うと、この場を後にする。
「ジークハルト様! ここの守護は良いので?」
ジークハルトの行動に驚いた様子の竜騎士は尋ねる。すると、ジークハルトはゆっくりと振り返り答えた。
「構わない。奴らがココを通って来たと言う事は死の大樹林には何もいない。万が一に居たとしても殺されているだろう。死神は特に名無しが嫌いらしいからな」
そう言って笑うと、ジークハルトとエレオノーラは王都へと戻っていった。
これと時を同じくして、滅竜騎士であるもう1人が守護する場所には冥府が現れていた。戦闘には至らなかったが、この事態を知ったセレニア王国の上層部は何かが動き出したという予感が共通認識であった。
そう、この日、五大組織の名無し、冥府、そして死神が同時期にセレニア王国に集結していたのだから、仕方がないとも言えた。
◇◇◇
「起きなさい! レ、グ、ル、ス!!」
「もう朝? 最近太陽って頑張りすぎてるんじゃね?」
「そんな人みたいに太陽は頑張らないわよ!」
そう叫んだアリスにレグルスは思わず顔に手をやり防御の姿勢を取った。それは、遥か昔からモルネ村で鍛え抜かれた熟練の動きである。
だが、いつまでたっても訪れない衝撃にレグルスは首を傾げた。何時もならば、毎朝アリスが起こしに来て、レグルスが怠けて、殴られるといったものが一連の流れで定着していたからだ。
「ん? どうしたんだ、アリス」
そのレグルスの言葉にアリスは一瞬だったが体を硬直させた。だが、すぐに元に戻るとレグルスを暖める毛布を勢いよく奪っていった。
「な、何でもないわ。とにかく早く起きなさい」
「ん?? はぁ、分かった分かった」
何かがおかしいとは感じつつも、レグルスはベッドから這い出て下の階へと向かっていった。いい匂いが立ち込める階段でレグルスは鼻を鳴らしてご機嫌な様子だ。
「ラフィリアのご飯は世界一、かーなり、美味しいぞ〜」
「何その歌? お兄ちゃん、はっ! もしかして更にバカになったとか!!」
レグルスの残念な歌が下で待つサーシャに聞こえていたのか、演技だと分かるが、まさか!? といった表情を浮かべていた。
だが、口元がピクピクと動いている事から、自分で言って笑いそうになっているらしい。
「おはようサーシャ。朝から元気だな」
「まあね〜。お兄ちゃんも元気になったし!」
そう言って笑いかけるサーシャの横を通り過ぎる際にレグルスはぽんと頭に手を置いて席に座った。
「えへへ〜。お兄ちゃんは分かってる!」
朝からご満悦なサーシャ姫は、鼻歌交じりにご飯を食べている。
「レグルスさん、おはようございます。はい、どうぞ」
「お〜。今日も美味そうだなぁ」
目の前に並べられた朝ご飯にレグルスの気分も高揚していく。リズム良くフォークとスプーンを取ると、どれから食べようかと、ウロウロと彷徨わせていた。
「よし、まずはコレに決めたって、アリス! どうしたんだ?」
レグルスは目の前でご飯を食べていないアリスの方へと視線を向けた。何時もならレグルスの行儀に口出しをしてくるはずなのにである。調子を崩されたレグルスであった。
「ごめん、ラフィリア。私はいい」
それだけ呟くとアリスは二階へと上がっていった。
「何だ? どうしたんだよアリスは」
ジー
そう呟いたレグルスの元へと2つの視線が向けられた。
「何だ?」
「早く行って! お兄ちゃん、ほら早く!」
「そうですよ、レグルスさん。襲撃の時からアリスさんの様子がおかしかったので……」
2人に急かされる形になったレグルスは、二階へと上がっていった。ライバルである3人だったが、何やかんやと言いつつも心配していたのだった。
コンコン
「アリス〜、入るぞ」
扉を開けて中に入ると、窓から外を見るアリスの後ろ姿が見えた。だが、レグルスが来た事で急いで目元を拭う動作をした後に振り返る。
「アリス……?」
「何よ!」
「いや、どうしたんだ?」
キッとレグルスを睨みつけるアリスだったが、目元は赤く染まり、先程まで何をしていたかなどすぐに分かってしまう。
「何かあったのか? 誰かに何かされたんなら、俺が言いにいってやる」
そんなアリスの姿を見たレグルスは、誰かがアリスに何かをしたと思い込んだのか、気合十分の様子であった。
だが、アリスは何も答えない。
「おい、どうしたーー」
「私はレグルスの何?」
「急にどうしたんだよ」
突然の問いに訳が分からないレグルス。だが、アリスは真剣な表情でレグルスを見つめていた。
「サーシャは義妹、ラフィリアは料理も出来るしお淑やかで頼りになるお姉さんよね?」
「まぁ、そうだが……」
未だに質問の意図が読めないレグルスは、その言葉を心の中で反芻する。確かにサーシャは可愛い義妹であるし、ラフィリアは何でも出来る優しいお姉さんのようである。
「名無しが襲って来た時、私は役に立たないの?」
「だから、何がいいたいんだ?」
要領を得ないアリスの言葉に、レグルスも段々と苛立ちが募って来たが、それよりも、アリスの様子に心配になって来たのだ。
「名無し相手でも何も言わずに1人で行って片付ける事が出来るほどにレグルスは強いわ……でも、私は弱い」
「そんな事ない。アリスの竜具は凄いってみんな言ってたじゃないか」
「そんなみんな言葉なんていらないわ!」
「アリス……」
突然に叫んだアリスにレグルスは押し黙る。レグルスは彼女が何を言いたいのか、言葉を辿り考えていく。
「サーシャが攫われた時も私は役に立たない。試験の時も助けられた。名無しが襲って来た時も私は何も知らないまま、レグルスをバカにしてた……、それに、私はレグルスの義妹でも無いし、美味しい料理も作れない。私はレグルスと何の繋がりもない。レグルスと一緒に戦う事も出来ないし、すぐに暴力を振るう、お節介……」
話していく内に我慢の限界がきたのか、大きな瞳からポロポロと涙が零れ落ちていく。ここに来てレグルスはアリスが何を言いたいのかが理解できた。
「レグルスをモルネ村から無理矢理、連れてきた。それに、聞いたんだけど、私達のせいで名無しと戦う羽目になって……ごめん、なさい」
深く頭を下げたアリス。その姿に普段の面影は無かった。モルネ村からここまでの出来事でアリスは思い詰めていたようだった。
「サーシャのように確かな繋がりも無い、そして、ラフィリアのように色々と出来る訳でも無いっ言いたいのか?」
「うん」
その返事にレグルスは頭をガシガシと掻くと、アリスの方へと歩いていく。
「それで、自分はお節介だと。でもなぉ、アリスがいないと調子狂うんだよ」
「へ?」
ここからの続きにレグルスは心底言いたく無さそうにしていたのだが、アリスの落ち込んだ表情を見て決意を決めた。
「俺って怠け者なんだろ? アリスがいないと普通の生活も出来ないだろうし、俺をバシバシ叩けるのってお前くらいだぞ? ラフィリアはそんな事しないし、サーシャもそうだ」
「何よ……結局そう言いたいんじゃない」
再びレグルスから言われた言葉がアリスの胸に突き刺さる。しまったと言わんばかりにレグルスは顔を顰める。つい、追い討ちをかけてしまっていた。
「まぁ、言葉で言うのは苦手なんだよ。でも、アリスは俺がからかわれたら面倒臭がる俺の代わりに何時も怒ってくれるだろ? 色々と感謝してるんだ。俺にとって必要なんだ」
そう言ったレグルスは、照れ臭そうに頭に手を乗せている。
「もう一回……」
「はい?」
「もう一回、最後のとこ」
「俺の代わりに怒ってくーー」
「違う、その次」
「はぁ〜。俺にとってアリスは必要なんだよ。俺はそのお返しにお前ら3人を守ってやる。面倒だが仕方ない」
「うん……うん。ありがと」
何度もレグルスの言葉を反芻するように頷くアリス。その顔は真っ赤に染まり、満たされたような表情をしていた。レグルスも普段では絶対に言わない事を口にしたためか、居心地悪そうにしていた。
そんな雰囲気であったがーー
「はいはい! これ以上はストップだよ! それで、お兄ちゃんは私にもそれを言う事!!」
「そうですよ。アリスさんも隅に置けなですねぇ〜」
ドタバタと部屋へと流れ込んで来るサーシャとラフィリア。呆然としていたアリスだったが、自分の醜態を聞かれていたと分かると、烈火の如く顔を赤く染める。
「な、な、聞いてたのね! 忘れなさい、2人とも!!」
「もう一回……」
アリスの真似をするサーシャ。
「はぁ! そんな事言ってないわよ!! って言ったわねサーシャ! いいから座りなさい! ラフィリアも隅に置けないって何よ!?」
「自覚が無いんですか? 私も言われた事ないのに……」
「ふふん。私だけが言われたのよ!」
「レグルスさん! 私にも最後の言葉をお願いします」
振り向いた3人は当のレグルスがいない事に今更ながらに気がついた。
「「「あれ?」」」
ギャーギャーと騒ぐ3人。巻き込まれないようにそそくさとレグルスは一階へと降りていた。目の前に並ぶ朝ご飯に舌鼓を打ちながらも、溜息をつく。
「はぁ〜。やっぱりアイツらは面倒だ」
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
今後は物語が本格的に進んでいく予定です。
書籍化決定しました!これも皆様の応援のお陰です。
本当にありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。




