27話
見た事も無い現象にハーフナーは動揺を隠せない様子でレグルスがいた場所を見つめていた。
視界を覆い尽くすほどの閃光は徐々に薄れレグルスが現れる。そして、レグルスは静かに顔を上げた。
「な、何だそれは!?」
レグルスの目に浮かび上がる光は形を変え、歪な紋章を形どっていた。瞳の中で絡みつくように伸びる6本の線。その確かに感じる圧倒的な存在感にハーフナーはたじろぐ。
「その紋章は……。お前は何なんだ! 答えろ!」
その形に既視感を覚えたハーフナーは叫ぶ。何故か脳裏にちらつく滅竜騎士だけに許される竜紋と似ていたのだ。
「使いたく無かったんだがな。すぐに終わるから黙って見てろ。ほんの10秒だけだ」
そう答えたレグルスは、ローズとミーシャの方へと手を伸ばした。すると、その手から光が伸び2人を包み込んだ。
幻想的にも見える光景にローズとミーシャは瞬きを忘れたように見つめていた。包まれる光はどこか懐かしさを覚えるような感じを覚える。
余りの光景に立ち竦んでいたハーフナーだったが、彼もまた頭文字である。数度と息を吐くと精神を落ち着かせた。
「ふぅ……何が10秒なんですかぁ? 舐めるのもいい加減にしろぉ! 全てを凍て尽くせ、氷獄」
ハーフナーはレグルスの言葉の意味を理解する。そして、自分を倒すのにかかる時間が10秒などと、バカにされた彼は氷獄の力を解き放った。
抑えられていた冷気が溢れ出し、触れる全ての物を凍らせていく。地面は白く染まり洞窟内部は厚い氷りに覆われ、まるで鏡のように反射する。
白銀の世界はローズ、ミーシャを呑み込みレグルスまでをも侵食した。世界が停止たと思えるほどに凍りついた世界は停止する。
「これが、氷獄世界」
パキィンッ
レグルスを中心にその場には空高く伸びる氷柱が出来上がった。だが、大気中の水分迄をも凍て尽かせる世界は止まらない。
パキィパキィ
「所詮はこの程度なんですよ」
白く染められた氷獄の世界に包まれたレグルスは、既に生きているなどとは考えられない。ハーフナーは、先ほどの醜態を隠すかのように呟いた。
「私は選ばれた頭文字。氷を支配する者なんですよぉ!」
白銀の世界でハーフナーは笑う。
ピキッ
だが、氷柱からそんな音が聞こえてきた。
ビキビキィ
音が鳴るたびにヒビが無数に広がっていった。
「これは!? まさか……」
やがて、そのヒビは全てを覆い尽くすほどに広がっていく。
「凍てつくせぇぇ!」
ハーフナーは氷獄を操り更に解放していく。ヒビが割れるたびに修復される氷柱だったが、徐々に押され始める。
「な、何が!? 何が起きているんですか!」
パリィーン
「な!?」
「誰がこの程度なんだ?」
先程と変わらない位置に立つレグルスは、何も無かったかのようにそこに立っている。だが、その両手に握られる雷奏姫と氷結晶の剣。
レグルスの体を覆うように結晶が舞い、その1つ1つが帯電し音を立てている。レグルスを守るかのように周囲を舞っていた。
「バカな! なぜお前が竜具を持っている! なぜ2つの竜具を持っているんだぁ!」
俄かには信じられない光景。滅竜師が竜具を持つには、契約しなければならない。レグルスがローズと既に契約していたのなら、雷奏姫を持つ意味も分かる。
だが、レグルスは2つの竜具を手に持っている。それも、しっかりと力を放っている竜具をだ。それは、誰が見てもあり得ない事であった。
「何故竜具を持ってなおローズ達がそこにいるんダァ!」
レグルスが手に持つ雷奏姫、そして氷結晶の剣はその場に確かに存在している。
だが、レグルスの周りを舞う雷を帯びた結晶は呆然としているローズとミーシャの周りにも舞っていたのだ。
契約さえしていない竜具を操る滅竜師。そんな事が出来るとするならば、例えばの話だが
「滅竜騎士サラダール……」
ハーフナーの脳裏によぎるのは、かつて存在した本当の意味での滅竜師達の頂点。いま存在する滅竜騎士はその伝説にあやかった紛い物に過ぎない。
彼を伝説たらしめた誰も出来ない筈の複数の竜姫を操った事。そして、それらを圧倒的な迄に使いこなす滅竜騎士サラダールと、目の前に立つレグルスは一致していた。
「あり得ない……! そんな事があってたまりますかぁ!」
ハーフナーは氷獄という強大な竜具をレグルスに何度も振るっていく。だが、その全てが防がれる。
「何故だ……なぜそんな弱い竜具に私の氷が防がれる! 私は氷を統べる者なんだぞぉぉ!」
「何も言うんじゃねぇって言っただろ?」
喚くハーフナーに向けて、レグルスは二本の竜具を上下に掲げると、それは圧倒的な力を誇る竜が顎門を開けた様に見えた。
「何をする? やめろ……近寄るなぁ!」
目の前に立つハーフナーには、その幻想が本物の様に見えていた。顎門を開けた絶対的な強者を前に彼は既に心が折られた。
「終わりだ」
上下から振るわれる竜具に今までの人生の中で最大の警笛が鳴り響く。
「や、やめてくーー」
「ほら、10秒たったぞ。雷奏姫、氷結晶の剣、噛み潰せ」
ドオォン
突如として現れた巨大な雷牙と氷牙は上下から凄まじい音を立ててハーフナーをのみ込んだ。最後まで何が起きているのか分からない様子のハーフナーは竜の逆鱗に触れていた。
そして、残ったのは氷に閉じ込められてなお、中で渦巻く雷に灼かれるハーフナーであった。透き通る氷の中で煌めく閃光は縦横無尽に内部を搔きまわす。
そんな、非現実的な光景にローズとミーシャは言葉を噤む。ただ、これを起こしたレグルスを見つめていた。
「助かった」
そんな視線を集めていたレグルスは、2つの竜具から手を離すと光となって2人の体へと吸い込まれていく。
「くっ」
突如として頭を抑えるレグルスはよろめき、その場に片膝をついた。苦悶の表情の彼は、何かに耐えるようにその場で動かない。
「レグルスさん!」
「えと、ど、どうしたんですか!?」
駆け寄る2人はよろめくレグルスを支える。ローズは今までの間、どれ程の敵が現れても動じなかったレグルスの苦悶に歪む表情に焦りを見せていた。
「一体何が……」
ローズはただそんなレグルスを見つめている事しか出来なかったのだが
タタタタッ
その時、この開けた洞窟に走り寄ってくる複数の足音が聞こえる。
「名無しの増援?」
ローズはレグルスを丁寧に地面へと寝かせると、動けないレグルスを背にして出口の方へと向かっていく。
その表情には命を賭けてでもレグルスとミーシャを守るといった決意に満ちていた。
「もう、何も失いたくありませんわ」
そう言葉を発したと同時に複数の人影が入り込んでくる。だが、現れたのは名無しでは無かった。
「あっ! レグルスがいたわ!」
「お兄ちゃん!」
「これは……」
初めに現れたアリス、サーシャ、ラフィリアはレグルスを見つけて喜色を浮かべるが、苦悶の表情を浮かべて力無く倒れるレグルスを目にして血相を変えて駆け寄る。
「アリスさん! レグルスさんが……」
ローズが状況を説明しようと前に出たが、アリス達はそれが目に入らなかったのか横を通り過ぎ、レグルスを抱きかかえた。
「先に行くでない!」
そんなアリス達を嗜める声と共に続けて入ってきた飛竜隊のフルート達とベルンバッハ。
彼らはアリス達とは違いレグルスよりも更に目立っている目の前に立つ雷を帯びた氷柱を見上げ、そして絶句した。
中には頭文字が閉じ込められており、何者かが倒した事が伺える。
だが、その雷はベルンバッハ達のように使用した後に消えるでもなく、雷は力を衰えさせる事もなくその場に顕現している。
そんな異常な事態にフルートは驚く。
「これは……」
驚くフルートはベルンバッハへと振り返ると、ベルンバッハは氷の中に閉じ込められた頭文字の文字を見て更に驚きの声を上げる。
「J……? まさか、10番に位置する頭文字を倒したのか!?」
ベルンバッハは倒れるレグルスとローズ達を見て、事の異常性を理解したのか即座に声を張り上げた。
「中に誰も入れるでない!」
「え?」
「早くするんじゃ!」
「は、はっ!」
疑問を口にしそうになったフルートだったが、ベルンバッハの剣幕に外に待機している救出部隊の元へと走っていった。
その際に彼は『なんで俺ばっかこんな扱いなんだ?』といったような言葉を零しながら全力で走っていた。
「2属性が相反せずに共存しておる。何だこれは、余りにも歪じゃ」
そう零したベルンバッハは、倒れるレグルスと氷柱を見上げ何かを考え込むような仕草を見せた。
そして、アリス達を囲むように見ていたローズとミーシャに語りかける。
「ローズにミーシャ。この場は儂に任せよ。お主達は外にいる部隊と合流するんじゃ」
「ですが……」
レグルスが心配な為か、ローズは残ろうとしたのだがレグルスを囲う3人を見て押し黙った。今は、彼女達に任せた方が良いといった様子である。
「失礼します」
「あ、あの。ありがとうございます」
ローズと、レグルス達の方へと頭を下げたミーシャもまた、この場を去っていった。見届けたベルンバッハはレグルスの方へと歩き始める。
「触らないで! い、いえ、ごめんなさい」
手を触れようとしたベルンバッハだったが、レグルスを守るように叫んだアリスを見てベルンバッハの手は止まる。
だが、アリスも相手がベルンバッハと分かり申し訳なさそうに頭を下げた。
「良い良い。して、お主らはこのレグルスの状態を知っているのだな?」
「はい」
「深くは聞かん。任せて良いな?」
「はい」
ベルンバッハはそれだけを聞くと、既に滅竜師が倒されたためか、女生徒達が元の姿に戻っており地面に倒れていた。
そして、無残にも殺された滅竜師候補の生徒達を見たベルンバッハはその場で深く頭を下げた。
「儂のせいじゃ……本当に申し訳ない」
ベルンバッハは色々な感情を乗せた言葉を残し、倒れ伏す女生徒達を滅竜技によって浮かせると、この場を後にしていく。
「レグルス、大丈夫なの?」
そして、残されたアリス達は、未だに返事がないレグルスを心配そうに見つめている。
「前にもこんな事あったわよね」
「うん……お兄ちゃんが私達を助けてくれた時も……」
「ひとまず連れて帰りましょう。ココは余りにも……」
ラフィリア達もこの場に広がる凄惨な死体を見て顔を顰める。一刻も早くこの場を後にしたいと思うのは仕方がなかった。
「うっ。そ、そうだね、早く行こ」
サーシャはその小さい体でレグルスを背負おうとするが、男であるレグルスを持ち上げる程の力はない。だが、アリスもまたレグルスを支えた。
ラフィリアはその場には加わらず、1人哀しげな表情を浮かべながらレグルスを見ている。
「また使ったんですね……」
その何かを知っているかのようなラフィリアの言葉は静かに消えていった。
そんな中、苦痛に顔を歪めるレグルスは集まる3人に謝罪の言葉を口にした。
「すまん」
「今回は私たちの番だね! お兄ちゃん」
「任せなさい!」
レグルスの謝罪の言葉にサーシャは笑顔を浮かべ、アリスは細い腕で力こぶを作るような仕草を見せた。だが、それをすると当然ながらレグルスの体はずり落ちてしまう。
「あ! ごめん、レグルス!」
「もう、アリスちゃん!」
「はは、お前らが無事で良かったよ」
そんは何時もと変わりのないやり取りにレグルスは笑みを浮かべた。それは、この関係が彼の中で大切なものであるかのように優しげに見つめていた。
「なに笑ってるのよ」
アリスはその視線を感じてレグルスを見れば、咄嗟にレグルスが表情を戻した所を見た。そんな事になればアリスとしても、聞かないわけにはいかない。
「ん? いや、お前らが優秀だから面倒だなぁって考えてた」
「は! 何それ?」
「 もぉ、照れ隠しは後にして」
「レグルスさんは正直になれない人ですね」
そんなレグルスの言葉に三者三様の反応を見せる。アリスは怒っているようにも見えるが、それは彼女なりの表現である。ラフィリアとサーシャもレグルスの性格は知っているのか、からかい混じりに答えた。
「こんな遠くまでありがとな。ちょっと体が怠いから頼むわ」
レグルスの感謝の言葉に3人は頷く。レグルスの言葉はこの場を見た彼女達の気分を変えようとしているようであった。
それを察したのか何時もの様子で3人は話す。
「問題ないわ」
「うんうん。こういう素直なお兄ちゃんもいいね!」
「では、私と契約ですね」
「あっ! コラッ!ラフィリア! アンタはいつもそうやってーー」
◇◇◇
「ベルンバッハ様、女生徒の保護、そして、殺された生徒達の弔いも無事終了しました。王都、学園への襲撃も、多少のケガはあれど甚大な被害はありません」
「そうか。シュナイデル、リンガス、今回は助かった。レグルス達を飛竜隊で送ってくれたそうじゃな」
前回と同じ部屋に集まった3人は、今回の件について報告していた。学園、王都への襲撃は何事もなく終わる事が出来ていたのだが、攫われた生徒達はそういう訳にはいかなかった。
「殺された生徒達は悔しい事には変わりありませんが、残された竜姫の彼女達は余りにも……自己責任だと言っておきながらも……。娘も精神がかなり参っています。やはり遣り切れないっ。クソッ」
ドゴッ
シュナイデルはそう言うと自分の頬を力強く殴った。それは、手加減などが一切ない本気であった。
「止すのじゃシュナイデル。リンガスも止せ」
ベルンバッハはシュナイデルと、そしてその横に座るリンガスにも制止の声をかけた。いつのまにかリンガスも同じように自分を殴り飛ばそうとしていたのだ。
そんな事で彼らの気分が晴れる訳でも無い。だが、何かしなければ気分が収まらない様子であった。
「相変わらずお主らは変わらんのぉ」
「ベルンバッハ様! 悔しくないんでーー」
「悔しい、悔しいのぉ。出来る事なら儂が出向いて名無し供を灼き尽くてしまいたい程じゃ」
「申し訳ありません。今の言葉を取り下げます」
リンガスは、ベルンバッハの怒り狂った目を見て自分が放った言葉を取り下げた。
「竜姫候補の彼女達はもう竜姫の未来は絶たれた。それに、あんな事があれば心の傷は相当なものじゃ。そこについては、王国で手厚く保護する事になっておる。こう言っては情けないが、そういったケアについては王国には色々と経験がある。任せても問題ない筈じゃ」
レグルス達が駆けつけた時には既に強制的に契約させられており、心も死んでいた彼女達に学園に夢見て入ってきた時の面影は無かった。
ベルンバッハが言ったように彼女達は国が責任を持って保護する事になっていたのだ。
「今回は我々、騎士団が後手に回っていた事に責任があります」
「それを言うなら学園長の儂が全て悪い」
「奴ら影に潜む組織相手にはどうしても後手に回ってしまいます。無差別に攻撃する側と守る側では立場が違いすぎる……。それよりも、今後の名無しを含めた裏組織に対する警戒を引き上げねばなりません。五大騎士団団長、そしてジークハルト様、ミハエル様にもご協力頂きます」
このまま責任は自分にあると言ったところで、結果は変わらない事は彼らが一番よく知っている。そんな経験は腐る程にしてきたのだ。
それよりも、話さなければならない事は今後の対応である。今までも何度も煮え湯を飲まされてきた裏組織に対する対応は必須であった。
彼らとしても目は光らせてはいるのだが、何処を攻撃しても構わない裏組織と守るべきものが多すぎる彼らにとっては分が悪かった。
「ジークハルトとミハエルに聞いたんじゃが、冥府、そして、死神が現れたらしい。幸いにも奴らは、名無しの襲撃の様子見程度であったらしいがのぉ」
「それは……何故奴らが?」
「分からんが、何かがある筈じゃて。それに、今年の新入生は優秀な者が多い。今後も狙われる筈じゃ」
ベルンバッハの言葉にシュナイデルとリンガスは驚きの声を上げた。上がった2つの名は名無しとも引けを取らない名であるからだ。
「特にアリスやサーシャ、ラフィリアといったレグルスの周りが狙われるな」
リンガスはあの3人の竜具にはそれだけの力が秘められていると分かっていた。今後も狙われかねない彼女達に心配そうに呟いた。
「それはおそらく大丈夫じゃろう。隣で怠惰な竜が目を光らせておる」
「レグルス君ですか?」
「確かにレグルスは強いが……冥府や頭文字の上位陣が相手では荷が重い筈です」
ベルンバッハの言葉にシュナイデルはそれ程に強いのかと首を傾げ、リンガスは否定した。リンガスが知っているレグルスでは、到底敵わないような敵であるからだ。
リンガス自身も冥府、そして頭文字の上位陣と相対したことはあったが、他とは次元が違う。
「儂も詳しくは知らんし、約束したからここでベラベラと話すつもりもないが、奴は強い。それも、本気を出せば儂以上に強いかもしれん程にじゃ」
そう言う伝説と呼ばれたベルンバッハは、遥か上にいる伝説と呼ばれた滅竜騎士の事を思い出していた。
お読み頂きありがとうございます! 明日更新予定の次話でこの学園襲撃編は終わる予定です!!




