22話
レグルス達は現在、王都の外へと出ていた。非常事態が発令されているいま、外へ出る者は滅竜師達であり、一般市民には固く門を閉ざされている。
だが、ここでローズの立場が役に立った。翡翠騎士団団長の娘である彼女は有名人である。多少の抵抗はあったが、何とか出る事は出来ていた。
「はぁ。王都から出るのも一苦労でしたね。ローズさんが居てくれたお陰で助かりました」
「このくらいしか役に立ちません。それと、私に敬語は要りませんわ」
ローズはそう言うとレグルスに微笑みかけた。レグルスにしても、敬語で話す事が面倒だったのかそれに応じる。
「了解。っとあそこが前線か?」
「もし、お父様達に会えたなら協力してくれるかもしれません」
「そうだな」
レグルスが指差すすぐ近くの方向では、空に無数に浮かぶ竜の姿があった。王都周辺は比較的安全とされていたが、今は見る影もない。
空を飛ぶ竜の中には、双頭竜や多頭竜の姿もある。他にもワイバーンなど下位竜や中位竜が続々と姿を現していた。
市民が見れば卒倒しかねない数の竜であったが、その場に展開する竜騎士達によって尽く撃ち落とされていた。
「凄い数ですわ。でも、時間の問題ですわね」
先程、ローズが自信満々に答えた理由がレグルスにはわかった。圧倒的な差で竜騎士達が優っているのだ。
「ん?」
そんなレグルスの疑問の声。ある一角では激しい閃光に包まれ、竜が鳥のようにボトボトと地面へと落ちていく光景があった。
「パ……。お父様ですわ!」
「あれが……。とんでもないな」
(これが騎士団長か。想像を遥かに超える強さだな。それに、俺だけで探すよりは2人の力を借りた方が都合が良い)
レグルスの呟きは驚愕に包まれていた。その周りだけ他とは比べものにならない程に圧倒的であったからだ。そして、その近くで負けず劣らず暴れる男性。
「リンガスさんもいるのか。まさか、王都にこんな近い位置にいるとは……方針変更だ。2人にも協力して貰おう」
「見つかって良かったですわ」
「あの人は目立っているからな」
大剣を巧みに扱うリンガスの姿も見られた。レグルスは元々は2人で捜索する予定だったが、リンガスとローズの父であるシュナイデルであれば、話しても良いと考えていた。
「リンガスのおっさんも頑張ってるな」
「それは騎士団で隊長をしている方ですから……」
「それもそうだな」
試験の時に見た彼とはその実力はかけ離れており、レグルスが呟くと、ローズがそれは当たり前だと説明する。
2人はシュナイデル達の元へと歩いていくと、すれ違う他の騎士達が何故ここに子供がいるのかと驚いている。
そんな騒めきを察したのか
「ローズか!? 何故ここに!」
「ローズ? ってレグルスじゃねぇか。何してんだ?」
戦場に似つかわしくない少年と少女を見つけたシュナイデルとリンガスは、それが見知った顔だと分かり此方に駆け寄ってくる。
「レグルスさん?」
「2人なら信頼できる。事情を説明しよう」
「分かりました」
タイミングを見るローズがレグルスに尋ねた。するも、駆け寄ってきた2人もレグルス達の元へと辿り着く。シュナイデルは、訝しげにローズと横に立つレグルスを見つめてた。
「レグルス! 学園はどうしたんだ?」
第一声を発したのはリンガスだった。学園に行っている筈のレグルスが何故ここにいるのかと戸惑っている。それに、リンガスから見たレグルスは極度の怠け者でありこの場に出てくる事など考えられない。
「ほぉ。君がレグルス君か。リンガスから聞いている」
「初めまして、レグルスです」
「時間があれば君と戦いについてじっくり語り合いたかったのだが」
「はい?」
シュナイデルは目の前に立つレグルスに楽しそうな表情を浮かべていた。リンガスやベルンバッハが褒める少年とあれば、真っ先に手合わせをしたいシュナイデルだったが、状況がそれを許さない。
優先すべき事を先に済ませようと、シュナイデルは娘であるローズに問いかけた。
「ローズ、どうしてここに?」
「はい。実はーー」
ゴガァォォ
ローズが話そうとした時、咆哮と共に上空からワイバーンの群れが急降下してきたのだ。
「先ずは此方を片付けよう。ジェシカ、頼んだぞ」
シュナイデルはそう言うと、手に持った光り輝く槍を地面へと突き刺す。そして、シュナイデルの体がはち切れんばかりに隆起する。
騎士団長を表す騎士服がパンパンになっていた。
「舞うぞ、雷舞」
バリバリィッ
弾けるような音と共にシュナイデルが突き刺した槍の周囲に紫電を走らせる雷槍が囲うように無数に現れた。
すると、リンガスが2人を後方へと下げる。
「レグルスとローズ、少し下がってろよ」
「了解です」
「分かりましたわ」
レグルス達も邪魔にならぬようにすぐさま下がる。それを見届けたシュナイデルは、地に刺した槍から手を離すと雷そのもののように見える雷槍を手に取る。
「上を飛び回られるのは好かん。ふんっ」
バリィバリィバリィ
軋みを上げる筋肉が更に膨れ上がり、雷槍を上空へと投擲したのだ。それは、天を衝くかのように高速で打ち上げられワイバーンを貫いた。
それは、地上から雷が放たれたかのように見える。貫かれたワイバーンはその威力に四肢を爆散させた。
「まだまだ修行が足りんぞぉ! トカゲ供ぉ。血が滾らんぞ!! フハハハハッ」
次々と雷槍を手に取り上空へと投擲していく。更には、雷槍が周囲を舞うように広がり、シュナイデル豪快に蹴り上げていく。
筋肉の鎧を着たかのようなシュナイデルだったが、その動きは凄まじく早く、残像を残し鬼雷のように舞う。
光線が放たれたかのように、光柱が次々と上がり幻想的な光景を生み出していた。
「ローズの父さんって色々と凄いな」
レグルスは目の前で繰り広げられる雷舞に言葉を漏らした。
「ええ、少しアレですが……。自慢の父ですわ」
ローズは何処か疲れたように答えたが、何処と無く嬉しそうな様子だ。
「ま、言動はあれだが、騎士団長にまで上り詰めた凄い人だからな。レグルス、よく見ておけよ。あの人がが俺たちの頂点だ」
腕と足から放たれる雷槍は次々とワイバーンを消しとばし、瞬く間に数を減らしていく。堪らずワイバーン達は逃げ出そうと方向を変えるが、既に遅い。
「敵を前にして逃げるとは余りにも情けないぞトカゲ供。興が削がれた。これにて終演とさせてもらう」
シュナイデルはそう言うと、両手を広げ高く掲げる。そして、その腕を勢いよく閉じた。
バチンッ
ドスドスドスドス
上空へと飛ばされた雷槍が次々と飛来しワイバーン達を貫いていく。雨のように降り注ぐ雷槍にワイバーンは逃げ場もない。
こうしてワイバーンの群れは何もできずに散らされた。
「全くもって歯応えのない奴らだ。上位竜以上でも出て来なければ張り合いが無い」
まだまだやり足りたいとばかりにシュナイデルは呟くが、既に全てのワイバーンは絶命している。
「よし、ローズ。詳しく聞こう」
「はい。実は学園にも襲ーー」
ギャオォォォ
再び咆哮と共に現れる多頭竜の群れ。その数はワイバーンよりは少ないが、両手で数えきれない程にはいる。
「ふんっ!」
ドゴンッ
遮られた形になったシュナイデルは苛立たしげに地面を踏みしめる。その地面には線上に亀裂が入り、威力の高さがうかがえた。
「娘との会話を邪魔するとは……」
シュナイデルは押し殺した声で呟くと、雷舞を強く握りしめる。その力に反応するかのように、雷舞もまた強く輝き、紫電を迸らせた。
周囲は発せられる光で染め上がっていく。だが、不思議とレグルスやローズには影響がない。
「よかろう。ならば、貴様らの視界を塗り潰してやる」
その言葉に反応するかのように天空の一部に光が集まってくる。それは、天変地異の前触れのようにも見えた。
「ちょっと待ったあぁぁ!」
リンガスが素早く前に踊りでた。かなり焦った様子で嵐剣を手に、迫り来る多頭竜へと向く。
「団長! それをやったら何の為に抑えて戦っているのか分かりませんよ!! 王都周辺の地形を変えちゃまずいでしょ! メリー、直ぐにやるぞ」
リンガスは大剣を腰だめに構えると、地面を強く踏みしめる。メリーが姿を変えた嵐剣は、剣身に風の奔流が生まれた。
「支配しやがれ! 嵐剣」
大剣が豪快に振るわれた先から、まさしく凝縮された嵐が吹き荒れる。
ギィガァァ
嵐に呑み込まれた竜は、抗う事も出来ずに切り刻まれる。風の奔流は鮮血に染まる。
「まだまだぁ!」
続けて何度も放たれる斬撃によって、空へと消えていった。
「ふぅ。団長! 周りにも他の騎士団がいるんですよ! そんな所で雷をぶっ放しったら揉め事になりますって」
リンガスは肝が冷えたかのように額を拭うと、胸筋を震わせるシュナイデルを見やった。近くにいた騎士達も必死に頷いている。
周りでは、他の四騎士団も出張ってきており、それぞれの騎士団長達も戦っているのだから、当然であった。
「地形を変えたらマズイでしょ!」
圧倒的に勝る戦力の此方が竜を駆逐する事が出来ない原因がリンガスが言った言葉だった。
王都周辺という事もあり、街道やそれに関連した建築物が多い。それに、地形を変えてしまっては復旧に莫大な時間と資金、そして資材を投入しなければまだならないのだ。
おいそれと騎士団長レベルが本気を出せる場所ではなかった。
「血が上ってしまった。ジェシカ共々すまないな」
「お父様! 気をつけて下さい」
娘に迄怒られる形になったシュナイデルは、体を縮こませている。雷舞もどことなく、紫電が収まり落ち込んでいるようにも見えた。
「はは。ローズの家族って何だかいいな」
「もう! 全くもうですわ!」
身内の恥ずかしいところを見られた為か、憤慨するローズは何時ものお嬢様といった感じではなかった。頬を膨らませてレグルスを睨む。
慌てたレグルスは、先ほどのシュナイデルが見せた竜具について尋ねた。
「あ! そう言えば翡翠騎士団なのに雷を使うんですね。てっきりリンガスさんのような風を操るとばかり」
「もしそうだったら、属性竜に対処できないだろ。騎士団の名前は只の名前だ」
「それもそうですね」
ふむふむと納得するレグルス。確かに言われてみればそうであった。
すると、リンガスはようやく今回の事について尋ねた。
「それでレグルス。何があったんだ?」
「実はーー」
レグルスが、学園にも襲撃が来たこと。そして、学園の複数人の生徒が既に攫われているかもしれないという確度の高い予想を伝えていく。
話が進むうちに、落ち込んでいたシュナイデルは神妙な表情に変わっていく。リンガスも同じであった。
「まさかそんな事が。こっちも何か可笑しいとは思ってたんだが」
「学園の方はベルンバッハ様が居るから問題は無い。だが、攫われた学生達は直ぐにでも探さなければならんな」
一連の流れを知り、起きている事の重大さを理解した2人は直ぐ行動に移った。シュナイデルは横に立つリンガスを見て命令を下す。
「飛竜隊を呼び寄せろ」
だが、同じ事を考えていたのか既にリンガスは信号弾を空へと打ち上げ、飛竜隊を呼び寄せていた。
パシュッ
「もうやってます!」
以前にも聞いた乾いた音と共に、赤い煙が上空に広がっていった。風に流されて広がる赤は遠くからでも視認できる。
「リンガスさんはココを動けないんですよね?」
「ああ。騎士団は王命によってここに釘付けにされてるからな……だが、俺も行こう」
騎士団とは、セレニア王国が管理する戦闘部隊だ。今回の任務は王都の防衛であり、竜騎士1人の決断で動かす事は出来ない。
だが、リンガスはそんな事など御構い無しに着いて行く事を決意していた。この辺りがリンガスが騎士団でと頼られるのだろう。
「待て、リンガス」
そのリンガスの発言に待ったをかける言葉が放たれた。
「団長! ですがっ!」
「ローズ!」
シュナイデルはリンガスの反論を無視して、目の前に立つ愛娘を力の篭った声で呼びかけた。
「はい!」
「2人で動いていたという事は、算段はあるのだな?」
「そう考えています」
「ならば良し」
そう頷くシュナイデルは、今回の件を2人に任せる事にしたようであった。だが、リンガスはその決断に納得しないのか団長に詰め寄る。
「何を考えているんですか!」
バサッバサッバサ
リンガスが言葉を発したと同時に、頭上から聞こえる羽ばたく音。上空に現れた竜達は、飛竜隊の到着を意味していた。
その竜に跨る見知った顔を見て、シュナイデルは話しかけた。
「フルートか! 丁度いいそこの2人を連れて飛び立て。詳細は娘に聞くんだ」
「シュナイデル様ですか! って、何をするんですか!?」
フィットとエリクを護送したフルート達は、都合よく王都にいた事もあり直ぐにこの場にくる事が出来ていた。
だが、シュナイデルの発言に意味がわからずフルートは驚きの声を上げている。
「急げ! 時間がない」
「りょ、了解です! さ、乗って」
「え? は、はい」
「頼みまーす。フルートさん」
フルートに促された2人は、降り立った竜の背に上る。レグルスは、前にもお世話になったフルートに挨拶をしていた。
「レグルス君か。詳しく聞かせてくれ」
「早く行け! フルート」
「は、はい! 捕まっててくれよ」
シュナイデルの剣幕に、昔の事を思い出したのかフルートは素早く2人を誘導すると、竜の背に乗せて上空へと飛び上がる。
「シュナイデル団長! 後で説明はしっかりしてもらいますよ!」
「構わないから早く行け!」
未だに状況が飲み込めないフルートは、飛び上がると同時に後ろに乗る2人から事情を聞くのだった。
飛び去っていく竜を見つめながら、リンガスは責める口調でシュナイデルに言葉を放つ。
「いいんですか!?」
「構わん。既にベルンバッハ様も動いているだろう。それに、娘が決意を込めた顔をしていたんだ。ならば、やり遂げなければいかん。まぁ、飛竜隊が娘と一緒に居るのもあるがな」
「全く、娘に甘いんだか厳しいんだかどっちかにして下さいよ」
溜息を吐くリンガスは既に見えなくなったレグルスを思い出す。
「お前の悠々自適な学園生活は既に終了だな」
(隠している実力は、体術だけなら既に俺と渡り合えるほどだ。他にも色々とありそうだが、存分に戦ってこい)
モルネ村から数えるのもバカバカしいほどに溜息を吐いていたレグルスの今後を思い、リンガスは楽しげな笑みを浮かべるのだった。
「さて、此方もすぐに終わらせるぞ」
「了解です」
「早く終わらせてローズ達の所に向かうぞ。やはり心配は心配だ」
「なら着いて行けば良かったのでは?」
「それはならん。こう言っては何だが、学生になった2人は既に滅竜師候補だ。攫われる方も、万が一にもローズやレグルスが死んだとしても、自ら選んだ選択の結末は全てが自己責任。 我々の職業はそういったものだ。まぁ、差し伸べる手はあるがな」
ベルンバッハが式典の際に話した内容もそうだったが、この道に進むと決めた彼等には、ただ座して守られるという道は無い。
この先もっと凄惨な事を目にする事もあるだろう。シュナイデルも騎士団長という立場のため、様々な経験をして来ていた。
あそこでローズ達の決死の決断を止めて保護してしまえば、何かあった時にすぐに頼る癖が付いてしまうと考えていたのだ。
「ジェシカ。私と久し振りに暴れるとするか。舞うぞ雷舞」
「はぁ、俺達も暴れるぞ。メリー、他の騎士団に見せてやろうぜ」
何だかんだと言いつつ、シュナイデルはローズの元へと早く行きたそうにしていた。
送り出したは良いものの、万が一ローズに何かあればこの人は何をしでかすのか分かったものじゃないと、リンガスは溜息を吐くのだった。
学園襲撃の最終章開幕!!ここまでお付き合い頂きありがとうございます!




