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20話


「レグルスさん、貴方は……」


ローズは難しい顔をしながらレグルスの元へと駆け寄った。その様子は先ほど見た戦闘の事だという事はすぐに理解できた。


戦闘の後の静けさが残る林の中で、半目を開けて空を見上げたまま返事を返さないレグルス。それをローズは不安そうに見つめていた。


「あの動きは竜騎士にも匹敵するのでは? どこでそれ程の実力を身につけたのですか?」

「はは、人間って死ぬ気で戦えば何とかなるんですよ」


レグルスはその質問をはぐらかす。だが、あそこまで見られた上でのこの発言が意味する事は、これ以上は聞くなと言っているようなものだった。


「そうですね。それよりも、名無し(ネームレス)の人が目的は既に終えていると言っていましたが」


未だに納得のいかないローズだったが、今はそれどころでは無いと話題を変えた。彼女としても、人には隠したい事はあり、突いて藪蛇になる事はさせたかった。


あれ程の実力を隠しているとなると、その内容も計り知れないのだ。


その言葉はレグルスにとっても幸いな事であり、彼もこの提案に乗る事にしたようだ。


「何か心当たりは無いですか?」

「そう言えば、パ……。いえ、お父様に最近王都で名無し(ネームレス)を語る輩が多いから気を付けろと言われました」


パパと言いかけたローズだが、突っ込むと面倒そうなので、そこは触れない方針のレグルスは昨日の事を思い出していた。4人でご飯を食べに行った際に絡んできたゴロツキ。


あの時はただ面倒な奴だと思っていただけだったのだが、本物の名無し(ネームレス)と戦った今ならアレは余りにも弱すぎる。


そして、余りにもずさんな成りすましだった。


「俺もそれに絡まれました」

「そうでしたか。そして、学園への襲撃……アリスさん達は無事なんでしょうか!?」


先程の男の発言に気を取られていたローズは、現在進行形で学園が襲われている可能性を思い出した。こうしている間にも学園が襲われていると思うと、ローズは居ても立っても居られない様子だ。


だが、レグルスの表情には焦った色は見えない。


「そっちは大丈夫でしょう。学園には教師、そして優秀な生徒とバッハさんが居ると思うので。それに、第2目標と言っていたので、学園は本命のオマケ程度だと思います。まぁ、なによりアリス達はそこそこ強いですから」


レグルスは、先程戦った者達が別働隊と聞いていた。おそらく、ローズやアリス達のような優秀な者を狙う部隊だと予想できる。


ならば、学園に襲撃をかけているのは気をそらす為ではないのかと考えていた。アリス達も優秀であり、何よりリンガスの実力を考えて、それより遥か高みにいるベルンバッハが居れば、そうそう大事にはならない。


「確かにそうですわね。もし本気で襲撃してくるなら、それなりの数で頭文字イニシャルが出てくる筈ですから。では、鐘の音が鳴っていたので、王都への襲撃が本命でしょうか?」


鳴り響いた鐘の音。王都に現れたドラゴンの襲撃が本命だったのかとローズは考えた。


だが、今回はローズの方にも焦りの色は見えない。


「そちらは余裕そうですね」


その事にレグルスは気付き尋ねた。学園の時とはかなり反応が違うためだ。


「いえ、ただお父様やリンガスさんを含めた竜騎士、そして国内最強の滅竜騎士がいる王都に力技は現実的では無いですわ。それに、お父様は負けません」


ローズは絶大な信頼と共に自信満々に答えた。


その答えは間違いでは無く、幾ら巨大な!名無し《ネームレス》であろうと王都と直接のぶつかり合いは現実的では無い。


それこそ、名無し(ネームレス)に所属する全構成員を動員しての総力戦ならば納得は出来るが、隠れ潜む彼らがそれをするとは考えられないのだ。


「と言うことはこの2つとも、その達成された目的とやらの為の陽動でしょう。他には? 何でも良いのですが……ローズさんは何故ここに?」


こうして、2人で話していくとかなり建設的な内容へと変わっていく。当事者になれば、焦りと目の前の状況に俯瞰的に見る事が出来なくなってしまうが、客観的に見れば的はかなり絞れた。


それに、名無し(ネームレス)のヒントもかなり役に立っている。それが無ければ、そもそもこういった会話に発展していなかっただろう。


レグルスはローズがここにいた事に疑問を持っていた。すると、ローズは思い出しかのように手を叩く。


「あ! そうなのですわ。昨日もお聞きしたのですが、ミーシャを含めて2、3年生の少数の姿が見えなくて。それで、探し……」


ローズは話していくうちに、名無し(ネームレス)の男が話したヒント、そして、今までの流れの全てがカチリと嵌った。


「既に攫った後だと」


レグルスもその答えがほぼ正解に近いだろうと予測できた。


「そんな……。まさか、ミーシャ達が」


絶望に顔を歪めるローズはその場に崩れ落ちる。名無し(ネームレス)によって攫われたとあれば、彼女達の今後は知りたくも無い結末が待っているからだ。


「うっ」


余りの事実だったが、考えれば考えるほどに否定できる材料は消えていく。その事に、顔を蒼褪めさせたローズは思わずえずいてしまった。


口元を手で抑え、必死に我慢するローズの元へとレグルスは歩み寄る。


「ローズさん。恐らくまだ大丈夫かと」

「え? それは……」


ポロポロと瞳から涙を流すローズはレグルスの言葉に一株の希望を見つけた。彼女は必死にレグルスの顔を見つめる。


その姿は、普段レグルスに見せていた姿とはかけ離れており、痛ましかった。


「推測ですが、名無し(ネームレス)もどきの騒ぎ。そして、今日起こっている事は全て陽動かと。それがなければ、彼女達を王都から運び出すのは極めて厳しいです」


出入りの際にはリンガスのように、顔が知れた竜騎士で無ければ、行われる検閲は厳しい。王都はその名の通りその国の王がいる都だ。必然的にチェックは厳しくなる。


その為に、名無し(ネームレス)達はこの混乱に乗じて外に出る計画なのかもしれない。だが、既に出ていたとしても、今の時点では王都の周りに対竜ドラゴンで駆り出された数多くの兵士。


そして、騎士や竜騎士が出動している。


カモフラージュしていたとしても、そんな中を多くの生徒達を連れて出歩けばやはり目立つ。それらを踏まえると、何処かで息を潜めている可能性が高かった。


「なら、まだ近くに潜んでいる? なら、間に合うかもしれないですわ」


ローズはその希望に顔を上げる。


「恐らくはそうです。ですがこれも推測ですので、最悪の事態もあり得ます」


そう言うレグルスは、ローズに嫌がらせをしている訳ではなく、万が一の場合にも備えろと暗に言っているのだ。


ローズもその事は分かっているのか、強く唇を噛み締め耐えていた。ここにいる生徒達は滅竜師や竜姫になると決めた時から、全ての危険は承知の上だ。


それは、レグルス達に行われた試験が物語っている。


「今バッハさんは学園から動けない。そして、竜騎士達も駆り出されています。急を要する今、動ける者は少ない。なので、俺が行きますよ。ミーシャさんには借りもあるので」


レグルスとしても、出来ればベルンバッハや竜騎士達に任せたい。だが、そんな悠長な事を言っている場合でもなかった。


宣言したように、彼はアリス達を守ると決めた。なれば、自分と彼女達の学園生活の平穏の為にも、不穏分子を倒す事は必須だ。ここでミーシャ達を見捨てるという選択肢は無い。


「1人で行って勝てますか?」


ローズは震える声で尋ねた。それは、もし勝てないと言われたらと、そのレグルスの返答によっては全てが儚く崩れ落ちると分かっているからだ。


「まぁ何とかしますよ。出来れば静かに過ごしたかったんですが」


特に気負った様子もないレグルスは、淡々と語る。まるで、何とかならない事はないと言われているようであった。


「分かりましたわ」


レグルスの強さを目の当たりにしていたローズは納得した。彼ならば勝てるのでは無いかと。


そんな彼女が見つめる先では、これからの事を考えているのか、溜息を吐きつつ肩を落としているレグルスがいる。


いつも面倒そうにしているが、先程も頼りになったこの少年。溜息を吐きつつも助けに行くと言う彼の姿を見て、ローズは可笑しく感じてしまった。


「ふふ、レグルスさん。最後の部分は余計ですよ。なら、私も行きます」

「はぁ。まあ良いですが」

「具体的にはどうします?」

「恐らく王都の中には居ないでしょうから、王都周辺で隠れそうな場所をシラミ潰しですかね」

「他の方にも協力をした方が良いのでは?」


ローズの疑問はもっともであった。このような場合は人海戦術を使う方が効率がいいのだ。


「恐らくバッハさんもこの異変に気付いている筈です。計画を知る名無し(ネームレス)もそこで寝ているので、あの人も動いてくれるでしょう。それに、今回の襲撃は手際が良すぎる。もしかすると、内通者が居たのかもしれません。ローズさんもここで最初に俺と会った時、俺に何か思っていたでしょう?」

「ええ、あんな時間にこんな場所をウロウロしていたから、もしかして、ミーシャ達に関係しているのかと」

「という事なので、取り敢えず俺だけでやります」


レグルスの言葉だったが、ローズは不安そうな顔をしている。それは彼1人で探す事が出来るのかという感じだ。


ローズにとっても、レグルスにこんな事を思うのは申し訳無いのか黙っていたのだが、それを察したレグルスは安心させるように笑いかけた。


「大丈夫ですよ」

(それに、余り目立ちたくは無いからなぁ。ローズさんには見られたが、やはり1人の方がいい)

「なら、お任せします」


そう言って歩き出すレグルス。その後ろを付いていくローズはレグルスの背中を見つめていた。


「成る程。アリスさん達はこういう所に惚れたのかしら?」


ローズは、まだ数回しかアリス達とのやり取りは見ていなかったが、見ればすぐに分かるほどにあの3人はレグルスに心を許していた。


(何故か彼の言葉は安心できますわ。普段から怠け者のレグルスさんだからこそ、こう頼りになる姿を見せられるとギャップでしょうか? アリスさん達が好きになるのも理解できますわね)


そんな関心した様子のローズは数度と頷くと、前を歩くレグルスの元へと小走りで駆け寄り横に並ぶのだった。

次話でこの章は終わります。お付き合い頂きありがとうございます。

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