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2話

ワイバーンは己を捕まえた憎き相手に向かい、走り出した。巨大な質量が高速で動く姿は身震いするほどだ。


だが、リンガスとメリーは淀みなく動き出す。


後方に構えたリンガスは口元に指を持って行くと皮膚を浅く噛み切る。そして、流れ出した血を手に力を解放する。


聖域サンクチュアリ展開」


リンガスを中心に不思議な波動が辺りを包み込んで行く。目には見えないのだが、そこに何かが広がっている事は理解できた。


「これが聖域サンクチュアリなのかぁ。人間が竜を倒せる領域なんだよね?」

「みたいだな」


サーシャの言葉にレグルスは気のない返事をした。彼にとっては、このショーもどうでも良いのかもしれない。


「滅竜具、嵐剣テンペストソード


聖域サンクチュアリが展開されたことを確認したメリーは滅竜具を呼び出した。


それは、深緑の剣。両手で握ると迫ってくる牙を受け流す。さらに、リンガスが動く。


「メリー、まずは頼む。一段強化シングルブースト


リンガスが使ったのは、滅竜技と呼ばれるものだ。


先程までとは明らかに違う動きでメリーは剣戟を繰り出す。牙を正面から弾き返し、返す剣で深く切り裂く。


思わぬ反撃に堪らず逃れようとしたワイバーンだが、


「滅竜技、風刃」


リンガスが放つ滅竜技。


後方から飛んできた風の刃によって足を切りつけられた。


バランスを崩したワイバーンはわずか数秒で地面を這う結果になってしまう。


「凄い! 聖域サンクチュアリの効果範囲が大きいわ」

「そうですね、それにメリーさんの竜具もかなりの力です」

「滅竜技の展開も早いね! お兄ちゃんはどう思う?」


それぞれが今のやり取りのレベルの高さを肌で感じていた。サーシャはレグルスに向き合う。ピョンピョンと飛び跳ねる姿は微笑ましいものだ。


「おお、凄いな。ん?どうやら決めるみたいだぞ」

「むぅぅ。お兄ちゃんはぜんぜん驚いてないよ」


期待していた反応が返ってこなかったためか、可愛らしく頬を膨らませて、私怒ってます。とアピールするが当のレグルスは半目で眠そうにしているので、戦いに目をやる。


その先では戦いの終わりを迎えていた。



「メリー、やるぞ」

「分かりました」


メリーはそう言うと、嵐剣テンペストソードを自らの胸へと差し込んだ。


子供達からどよめきが走る。だが、それはすぐに解決した。


眩い光が溢れ出し、思わず目を瞑ってしまう。そして、開けた先にはメリーが消え、深緑の大剣を手にしたリンガスの姿があった。


精緻な鎧と大剣を手にしたリンガスの姿はまさに騎士である。


ワイバーンが危険を察知したのか後方に逃げようとするが、リンガスは届かない筈の大剣を勢いよく振り下ろした。


ドドドッオン


凝縮された巨大な風刃は地面を抉りながらワイバーンを縦一文字に両断した。


見届けたリンガスは聖域を解くと、大剣は姿を変えメリーに変わっていた。


「我ら男が使う聖域サンクチュアリと滅竜技。女性は聖域内でのみ生み出せる竜具で戦う。そして、その中で竜騎士に選ばれた者のみが竜姫と契約する事ができる。契約する事で先程のメリーのように竜姫は自身を竜具に変える事ができると言う事だ」


余りの姿に子供達は呆然としていた。絶対強者であったワイバーンが瞬く間に殺されたのだ。


「リンガス様、質問はよろしいですか?」

「ああ、問題ない」

「契約は複数人とはできないのですか?」


1人の男の子が質問した。その内容は竜騎士は2人で1つの職業である。だが、それを複数でも行えるのかという質問であった。


この質問が聞こえた瞬間、レグルスの周りだけピリっとした雰囲気が広がる。


チラチラとお互いを牽制している様子だ。


「それは出来ない。契約は1人だけだ、かつて滅竜騎士と呼ばれた英雄は複数の女性と契約し、今の領土を取り戻したらしいが、ここ500年はそのような報告はない」

「滅竜騎士サラダールですよね!?」


子供達の反応は憧れである。眠る前のお話で定番である英雄譚。



遥か昔から人間はドラゴンと戦っていた。

だが、抵抗も虚しくドラゴンに脅かされる日々が続いていた。


人間は追い詰められ、僅かな領地で隠れ潜む生活を送っていた。500年前、突如として現れた滅竜騎士サラダールは複数の竜姫を従え現在に存在する5つの国の領土を取り戻す事に成功したのだ。


その後も数々の偉業を成し遂げたとされる。


サラダールは数々の竜姫を従えていたとされ、その英雄譚はとてつもない人気を博していた。


その功績を称えられ竜姫とサラダールを称して作られた称号は滅竜騎士であった。


現代では、その時代に最も優れた者達を表しており、滅竜騎士と名付けられる事になっている。


このセレニア王国においても、2人の竜騎士がその地位に就いていた。


その英雄譚は子供の童話として有名であり、誰もが知っているお話だった。


「さて、説明はこれくらいで良いだろう。女の子は私の聖域サンクチュアリの中で、男の子は自らの聖域サンクチュアリでベビードラゴンを倒してもらいたい」


この世界において、聖域サンクチュアリや竜具は誰でも生み出すことができる。だが、それは竜式を終えてからでないと使う事を禁じられていた。


破れば死刑すらもある程の重罪である。何故なら、どれだけ優秀な竜具を持っていても、監督者なしで野生のドラゴンと戦えば死ぬ確率が高いからだ。


「お兄ちゃん、ちゃんとするんだよ」


心配な様子で見上げるサーシャ。物凄く心配なのか何度もレグルスに念を押す。


「おいおい、俺は子供か」

「だって目を離すとすぐに怠けるもん」


肩をすくめたレグルスに向かって、サーシャの援護射撃が入る。


「言わないとしないですからね」

「そうよ! しっかりしなさいよね!! 」


立ち去る際に代わる代わる注意され、うなだれるレグルス。彼のこういった場所での信頼度は0に等しいのであった。


「さてと、一応やりますかね」


3人を見送ったあと、兵士がベビードラゴンを各自の前へとおいていく。ベビードラゴンとは、子供ほどの大きさしかない竜である。


普通に戦えば問題なく倒せる竜である。


だが、とてつもなく気性が荒く、その気迫に呑み込まれれば子供などあっという間に平らげてしまう危険性がある。


現にレグルスの目の前に置かれたベビードラゴンも牙を剥き出しにして今にも飛びかかりそうな勢いだ。


(どうすっかな?倒したら王都に行かなきゃいけないみたいだし、うまい具合に失敗するとするか。学園に行ったらのどかなココでの昼寝スローライフが終わっちまう)


そんな不真面目な事を考えながらレグルスは聖域サンクチュアリを展開した。



「始め!」


リンガスの声を合図にしたのかベビードラゴンが襲いかかってくる。


「目立たないようにするにはっと。滅竜技、失墜ダウンバースト


ドスッ


走り出したベビードラゴンは何故かその場ひひれ伏したまま動かない。動こうともがくが、手足を僅かに動かす程度に留まっている。


「ん? コイツはどうしたんだ?」

「何かコケたみたいですよ」

(やっべー。加減を間違えた)

「なんだよ、間抜けな竜だな」


ベビードラゴンの不可解な行動を目にした兵士は不思議そうに呟いた。レグルスは内心で冷や汗をかきながら適当な事を並べる。


兵士が目を離した瞬間を狙い


「グキャ」


局所的に力を強めた結果、ベビードラゴンの両手は押しつぶされそうな程の圧力がかかる。


竜は自分より強い相手だとわかった時、本能により逃げる事が多い。そして、このベビードラゴンも例に漏れずに逃げ出そうとする。


レグルスはタイミングを見計らい滅竜技を解除すると、すかさず竜の前方に躍り出た。


「うわぁ!」

(ふっふっふ。この渾身の演技は誰も見抜けまい。数々のサボりの為に培ってきたこの演技をな!)


バカな考えをよそに、突如あらわれたレグルスに驚いたベビードラゴンは都合よく体当たりをした格好になった。


レグルスの悲鳴と状況を見た兵士はすぐさま止めに入る。


「危なかったな、レグルス」

「いやー、ありがとうございます。危うく食べられる所でした」

「お前の怠け癖が治るのならそれでもいいがな」


この村に駐屯している兵士は冗談を話しながら、手早くベビードラゴンの首を切り落とした。


「レグルスは失格か。やれば出来る奴だと思っていたんだがな」

「買い被りですよ、まったく。俺は寝るのが特技なもんで、激しい運動はダメだって昔からお爺さんに」

「ん? お前お爺さんにいないだろ」


レグルスの発言に首を傾げる兵士。彼も村の者のため疑問に思ったのだ。レグルスは5年ほど前に村に捨てられていた子供であり、サーシャの家で養われているのだと。


「そうでした、爺さんはいませんね」

「相変わらず適当な奴だな。お前は」


呆れたがかなり大きい声音でガックリと肩を落とす兵士にレグルスは心配すんなとばかりに肩を叩く。


「はぁ、とりあえずもう試験は終わりだ」


こうしてレグルスは試験を不合格になったのだった。気付かれないように安堵の息を吐くレグルス。


その時、少女達が試験を受けている方向から歓声が上がってきた。


「なんだなんだ?」


視線の先には烈火の如く燃え広がる剣を手にしたアリス、水が凝縮され透き通るような短剣を両手に持ったサーシャ。


そして、剣先に暴風が纏い吹き荒れる剣を手にしたラフィリア。彼女たちはその竜具の一振りでベビードラゴンを消し去ったのだった。


「お前の幼馴染達、とんでもねぇな」


兵士のそんな呟きが風に乗って聞こえてきた。

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