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12話


リンガスとレグルスは左右を木々に囲まれた道を歩いていた。このセレニア学園の敷地は広大である。


時計台が建つ正面口から向こう側は全てが学園の敷地であった。世界でも有数のセレニア王国王都において、面積が4分の1を占めているといえば分かりやすい。


1つの街が学園の中に入っていたと錯覚する程である。国中から集められた滅竜師候補が集う場所のため、生徒の数はおよそ300人程と少ないながら、低位のドラゴン相手の実戦訓練を想定した広大な作りになっていたのだ。


「それにしても、名無し(ネームレス)の姿になるなんて思いもしませんでした」

「今回は随分と気合いが入っていたみたいだからな」

「へぇ。それで、どこまでが本当なんですか?」


2人きりになった事でレグルスは気になっていた事を尋ねた。アリス達がいた手前、突っ込んだ事は聞きにくかったのだ。


竜騎士達が敵対組織である名無し(ネームレス)に変装していた事にレグルスは疑問に思っていたのか、試験でここまでするとは思いもしなかったみたいだ。


気絶していた候補生達は起きた頃に愕然とするだろう。まさか、あれが試験で自分が不合格になっているとは思いもしない。


リンガスとレグルスは歩きながら会話を続ける。


「そうだな。滅竜師候補になれる才能を持つ者はごく僅かだ。さらに、そこから厳選された滅竜師は奴らにとっては邪魔な存在であり、目的は色々あるが有用なんだろう。まぁ、四六時中襲われる訳じゃないが、何か大きな事件があれば、大体奴らがいる事は確かだな」

「強いんですか?」

「ピンキリだ。そこらの下っ端相手なら、勇気があればここの生徒でも勝てるだろうな。だが、頭文字イニシャルを持つ幹部クラスは俺たちとも対等に渡り合えると聞いてる」

「うへぇ。マジっすか?」


レグルスはとてつもなく嫌そうな顔をする。どことなく足取りも遅くなる。


目の前のリンガスは、手加減していても尚、かなりの実力を持っている事はわかるからだ。


「俺はやり合った事がないから何とも言えんがな」

「出来れば関わりたくない相手だなぁ。てか、もう歩くのしんどいです」


レグルスはすぐに名無し《ネームレス》の事など忘れ去ったのか愚痴を言い始めた。だが、何故かそれが面白く感じたのか、リンガスは苦笑いする。


「まあそう言うな。っと、そろそろ着くぞ」


そう言って立ち止まるリンガス。話していたせいかいつのまにか寮に着いていたのだ。


辺りには木々が生い茂ってはいるが、綺麗に整えられているのか嫌な感じはしない。太陽の光が差し込み、キラキラと輝く光景だった。


「デカッ!」


建物を見たレグルスは目を見開き驚く。1年生の数が100人もいないとして、精々がこじんまりとした建物だと思っていたのだが、建物は普通の一軒家のようだが大きさが3倍程もある。


「驚いたか? ここの寮は5人で1つの家に住むんだぞ。で、お前は余りの1人」

「って事は? まさか?」


リンガスの言葉にレグルスは、何時もとは似ても似つかわしくないキラキラとした表情で食いついた。


「そうだ、1人だ。俺を褒めろよ」

「いやぁ、流石っすね。ちょっと羽目を外すおじさんと思ってたのに、凄いおじさんですよ」

「うっ」


試験の際に、本来ならあそこまでは不要だったレグルスとの戦いを、皮肉交じりに指摘されたリンガスは言葉を詰まらせた。


「軽い好奇心だったんだよ。もう何も詮索しねぇし言い触らさないからいいだろ?」

「冗談ですよ、ありがとうございます」

「おお! だが、爺さんに気に入られたお前は今後どうなるんだか」


軽く放った言葉に、レグルスの頭は機械のようにぎこちなく動いた。何それ? とでも言いたそうな顔だ。


「この割り振りもあの爺さんがやったんだよ」

「爺さん?」

「ベルンバッハ様だよ。頑張れよ」


そう言って、肩を落とすレグルスをバシバシと叩くリンガスはしてやったりと笑っていた。


「んじゃ、俺は帰るわ」

「もうですか?」

「試験も終わったからな。これでも竜騎士なんで忙しいんだ。サーシャちゃんの事もあるし、報告も兼ねて戻らなきゃいけない。んじゃまた会おう」

「それではまた」


軽い挨拶を交わした2人はここで別れる事になった。踵を返したリンガスと、寮へと向かうレグルス。


「忘れてた、幼馴染達をあんまり連れ込むんじゃなぇぞ」

「うっせぇ」

「ははは、達者でな」


笑い声を上げながら去っていく姿を見送りレグルスも寮の中へと入っていった。


「おおぉ、綺麗だし設備も完璧」


中は綺麗に掃除されており、本来なら4人で使う為か玄関は広く奥行きもかなりあった。


「まずは部屋だな。ベッド、ベッド」


スキップしそうな程に軽やかに走るレグルスは、通り過ぎる部屋を片っ端から開けていく。


「どんだけ扉があるんだよ」


そう呟いたレグルスは疲れたような声を出した。10回ほど繰り返した作業にノロノロと動きが遅くなってしまった。


トイレに浴室、大きな広間や厨房に物置など沢山の部屋があるここは、確かに4.5人が共同生活する為に作られた建物だった。


部屋の奥へと進んで行く。


「あったあった。上に部屋があるのか?」


そう呟いたレグルスの先には、上へと繋がる階段があった。ヨロヨロと上って行くレグルス。一歩一歩がかなり遅い。


階段を登り切ると、長い廊下の左右に扉が6つほど見えた。どうやら、ここが個人の部屋みたいだった。


「ベッドが大きいのはどこかな」


そんなバカな事を言いつつレグルスは1つ1つを確実に見回して行く。だが、当然ながら据え付けられたベッドは統一されており、どれも同じだ。


「もうここでいいか」


かなり無駄な時間を使い、ひとしきり見回ったレグルスは一番奥の部屋へと入っていった。


「よーい、どん」


ボフッ


掛け声と共に勢いよくベッドに飛び込んだ。凄まじい身体能力を駆使した見事なダイビングは扉から距離がある筈のベッドに見事に着地した。


柔らかな感触に包まれ、至福の笑みを浮かべるレグルス。顔をグリグリと押し付けて余韻を楽しんでいる。


「これはいいな」


この言葉にこのベットの素晴らしさは集約されていた。寝る事に関しては煩いレグルスが褒めたのだから流石は国営の学園という事だ。


ひとしきりベッドを堪能したレグルスは静かに仰向けになる。


右手を宙に上げた。


何度も開いては閉じるを繰り返す彼の表情は、どこか暗い。それは、自分の体が思うままに動くかを確かめるようだった。


「はぁ、俺はいつまで持つかな」


その呟きは虚空に消えていった。考え込むようなレグルスは長いあいだ己の手を見つめたまま動かない。


「やめだ、やめ。もう寝る」


何かを吹っ切るようにそう呟いた彼は、あっという間に眠りについた。


誰もいない寮は、時間が静かに過ぎ去って行く。辺りは明るくなり、窓から光が差し込んできた。


光が鬱陶しいのか寝返りを打ちベッドに顔を埋めるレグルス。


すると


ドタドタドタ


そんな静寂を打ち消すように、階段を勢いよく上ってくる者がいた。その音はあっという間にレグルスがいる部屋へと辿り着く。


バァーン


「起きなさい! レグルス!!」


勢いよく開け放たれた扉。勝気な顔をした少女は満面の笑みで中を見つめていた。目当ての人物を見つけると、再び声を上げようとする。


だが、勢いよく開け放たれた扉は、スピードを落とさず壁にぶつかり反対側へと帰っていく。


そして


パタン


再び部屋には静寂がもたらされた。


扉の前に立っていた赤髪の少女は静かにフェードアウトしていったのだ。暫く時間がたったあと。


ガチャ


「起きなさい! レグ……」

「何やってんだ?」


無かったことにしたかったのか、再び同じ言葉を放つアリスはベッドに気怠げに座るレグルスと視線が合う。


言葉尻は静かに消えていった。


「な、な、何で起きてるのよ!!」


そんな理不尽な言葉が放たれる。


「あんな音がしたら普通は起きるだろ」

「レグルスのバカ! せっかく起こしに来たのにどうゆうつもりよ!」


間抜けな失態を見られたアリスは吠える。理不尽だとは分かっていても、見られたとあったら冷静ではいられない。


「落ち着け、な? それよりも何でいるんだ?」

「そ、そうね……すーはー。 よし。今日から学園が始まるのにレグルスが寝てるから起こしに来たのよ」


ようやく落ち着いたのか、アリスは静かに話し始めた。その言葉を聞いてレグルスはポカンとした表情を浮かべた。


リンガスに昨日は何も伝えられていなかった彼は、今日は昼まで寝るコースに決めていたのだ。まさに、寝耳に水だ。


「そんなこと聞いてないぞ」

「へ?」


その言葉に首を傾げるアリス。その動作にツインテールに結われた赤髪がユラユラと揺れる。


「はあ。メリーさんにココを聞いていて良かった」


リンガスが伝えていなかった事は理解できた。それなりに長い間一緒にいたせいで、そんな事もあり得ると思える程には人柄が分かって来ていたアリス。


タッタッタ


今度は軽快に階段を上ってくる音


「お兄ちゃーん! 起きた?」


ひょっこりと頭を出したサーシャは、起きているレグルスを見るとぶんぶんと手を振る。


「おいーす」

「危なかったね。初日から遅刻なんかしたら、バカな怠け者になって目立つよ。それにバカに思われちゃう」

「2回目のバカは余計だ」

「えへへ」


可愛らしく笑うサーシャ。透き通るような青い髪が陽光に照らされてキラキラと輝いている。寝起きにアリスとサーシャに囲まれるレグルス。


世の中の男子がこの光景を見れば血の涙を流して襲いかかってくる事間違いはない。


「みなさーん。朝ご飯が出来ましたよ」

「お!? ラフィリアが作っているのか。先行ってるぞ」


人が変わったようにベッドから勢いよく起き上がると、軽快な動作で階段を駆け下りていく。まるで餌を待っていたペットのようだ。


残された2人は、その姿を見送ったあと、互いに見つめ合う。


「やっぱり胃袋を掴むのが先ね。流石はラフィリア」

「まずは、料理を作れるようにならなきゃね」


2人は頷きあうと、同じように下の階へと歩を進めていった。すると、下の階から漂う美味しそうな匂い。


テーブルには既にレグルスが座っており、ガツガツとご飯を食べている。微笑を浮かべながらその姿を見つめるラフィリアがいた。


「美味しいですか?」

「ああ、毎日食べたいくらいだ」


その言葉を聞いたラフィリアは、音もなく対面へと座る。流れるような動きだった。


「なら毎日作りましょうか?」

「おう、頼むわ」


ご飯に集中しているレグルスは目の前のラフィリアの変化には気がついていない。薄く微笑を浮かべるラフィリアは更に続ける。


「唐揚げとか好きでしたよね?」

「おう」

「おかわりもありますよ」

「おう」

「ついでに契約もしましょ」

「お……う?」


レグルスの返事は疑問形になっていた。さらりと言われた契約に思わず頷いたレグルス。前を見れば、大きく頷くラフィリアがいた。


「ラフィリア! そこまでよ!」

「こんな手があったなんて」


慌てた様子のアリスが飛び込んで来た。サーシャもこの手があったのかと感心している。


「冗談ですよ」


そう笑うラフィリア。レグルスの額には一粒の流れる汗があった。


「さ、早く食べないと冷めますよ」


テキパキと動くラフィリアによって、アリスとサーシャのご飯もテーブルに並んでいく。ラフィリアは凄まじい家事スキルを持っていた。


テーブルにみんなが座り、食事を始める。


ふいに、サーシャが呟いた。


「楽しみだね、学園」

「そうね」

「私も楽しみです」


期待の篭った表情の3人。


「どんな人がいるんだろうね。めちゃくちゃ優秀だったらどうしよ」

「問題ないわ! 私たちが一番よ」

「頑張りましょう」


これから始まる学園生活に花を咲かせる3人。


ふと隣を見ると、未だにご飯をパクパクと食べるレグルスの姿があった。







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