11話
「終わったか」
そう呟いたリンガス。
辺りには抵抗も出来ずに倒れたのか、少年や少女が地に伏していた。恐らく意識を失っているのか、微動だにしない。
高みにいる竜騎士の絶妙な力加減がなせる技だった。
まだ未熟な彼らにとって、今回の試験に対応する事は出来なかった。だが、そんな中でも試験を乗り越えた者達の姿も見受けられる。
「レグルス、ありがと」
「いや、問題ない」
(リンガスさんって容赦ないな。俺が出なかったらあのままアリスはやられてたぞ)
恥ずかしそうに俯くアリス。何時もは逆の立場だが、今回はレグルスが見下ろす形になっていた。
ふいに、レグルスは自然な動作でアリスの頭に手を置く。
ぽん
「今回は特別だ。今度何か奢れよ」
「う、うん」
耳まで赤らめるアリスは、嬉しさの余りかプルプルと体を震わせていた。何処と無くピンク色の雰囲気が流れる中、当然ながら黙っていない面々がいる。
「お兄ちゃん! 私にもそれ! ぽんってやつ」
レグルスの前に俊敏な動作で飛び出ると、サーシャはぴょんぴょんと飛び跳ねる。私にもして! といった具合だ。
こういう事は基本的にサーシャの専売特許だったのだ。それを奪われたとあっては黙っていられない様子だ。
「では、ここは私も参加した方がいいですね」
ラフィリアもさり気なく近くに寄ると、頭を傾けてポジションを固めていた。顔は笑っており、からかっているのが丸わかりだ。
レグルスは溜息をつく。
「俺の手はそんなに無い」
放っておけば、面倒そうになると判断したレグルスは、煩わしそうにアリスから離れる。
「あっ」
頭にあった温もりが消えたせいか、アリスは名残惜しそうに声を上げる。
上目遣いで見上げるアリス。顔は赤らみ、少し瞳が潤んでいる。
普通の男ならココで辞める事は出来ない筈だったが、当のレグルスは違う事に関心が向いていた。
「さて、バッハさんの説明を待とうか」
「レグルスのバカ」
呟くアリスの声は小さい。
「何か言ったか?」
「な、なんでもないわ! それよりも早く説明が聞きたいわね!」
「何人くらい残ったのかなぁ」
「私達を含めても3桁も居ませんね」
彼女達の言葉は、この試験の厳しさを如実に表していた。何故なら竜式を合格した者達は、竜に立ち向かえる程度の勇気、そして未熟ながらも滅竜師候補に選ばれる竜具があったのだ。
そんな中、大広間にいた子供達で尚も立っている者は3桁に届かない程度だった。辛そうに立っている子供達もかなりの数に上っている。
「これが竜式だ。滅竜師を目指すなら避けては通れないな」
苦々しげに呟くリンガス。彼ら竜騎士にとってもこの試験は余り率先してやりたいものではない。
思い入れもある自分達が推薦する者を、自らの手で倒すこの試験は非情に成らなくてはこさせなかった。
「リンガスさんの時もですか?」
「ああ、内容は色々と変わるが、俺の時も何も知らされてなくてな、いきなり中位竜が現れやがった。あの時は死ぬかと思ったな」
どこか遠い目をして話すリンガス。それ程に強烈な試験だった事が伝わってくる。
「今回は対人戦って事なんだね。でも、お兄ちゃんに助けられた私達も合格なの?」
そんな中、サーシャは疑問に思っていた事を口にした。それは、名無しが現れた時、自分達は何も出来なかったと痛感していたからだ。
どこか落ち込んだ様子のサーシャを見たリンガス。
「この試験は勝ち負けじゃない。絶望的な状況で、生き残る事に意識を割けるかという試験だ。お前達はしっかりと役目を果たした。本来なら、あの技を食らえば大概の奴は戦闘不能かその程度には出来る。だからあの技で合格にしても良かったんだがな」
そう言うリンガスは、後ろで欠伸をしているレグルスを見やる。彼は試したかったのだ。レグルスの本当の実力というものを。
「もしお兄ちゃんが動かなかったら?」
「それならそれで、レグルスは村にお帰り頂いただろうな。この先、実力が無いものは生き残れない、死ぬか生きるかの二択だ」
リンガスの表情を見れば、レグルスを村に帰すという事が本気だったと伺えた。そう思わざるをえない程に彼の言葉には真実味が帯びていた。
何処と無く緊張が抜けていたアリス達はもう一度顔を引き締めた。滅竜師になるという事はそれ程の覚悟がいるのだと。
「そろそろベルンバッハ様が来るぞ」
リンガスの言葉に壇上を見れば、いつのまにかベルンバッハが立っていた。それに、気が付いた候補生達も見やると
「ひっ」
誰かがそんな声を発した。静かな広間に響き渡っていく。
彼らが見る先には、ベルンバッハは静かに前を見つめていた。その顔には皺が刻まれ、眼力は圧力を持って子供達に襲いかかっている。
その重圧に耐えきれなかった候補生が悲鳴を上げたのだ。
「お主達は今ここで、一度死んだ。警戒もせず、疑う事もせず、挙句には動く事すら出来ない者もいた。1000人近くいた候補生は86人にまで減っておる。お主達は何を目指す? 滅竜師になりたい、その心意気は良い。じゃが死ぬのは一瞬じゃ。例えば竜に負けるのならまだ良い。それが、もし裏の人間に捕まれば考える事すらも悍ましい事が待っておる。滅竜師とはそんな職業じゃ」
その言葉にこの場にいた子供達は息を呑む。憧れていた滅竜師になれる。そんな、漠然とした考えは吹き飛んでいた。
僅かに残った慢心はベルンバッハの重い言葉で散っていく。滅竜師とは、竜だけが敵ではない。その力を悪用する組織は多く、捕まれば何をされるか分からない。
殺される者、他国に売り飛ばされる者、人体実験に使われる者。戦力を拡大するために、女性であれば契約と言う名の隷属すらあり得た。
また、組織の中には滅竜竜師に憎悪を燃やす輩もいる。
「今回の試験の合格者はここに立つ者。そして、逃げ生き残った者じゃ」
その言葉にどよめきが走った。逃げた者が合格するという事実に驚愕を露わにしていた。
「これは儂の持論であるから、聞き流しても良い。勝てぬなら逃げる選択肢もある。立場上は死んでも戦えと言うべきだろう。じゃが、今回でいえば逃げた所で学園には多数の竜騎士がいる。その者らに情報を伝える事は大事なのじゃ。逃げる事にも勇気がいる」
実感が篭った言葉だった。
「命は一人一人に一つしかない。生き残ればその者には先がある。例え、汚名、罵声を浴びようがそこで得るものは大きいと考えておるのじゃ。勇敢に立ち向かった者も賞賛に値するがな」
ベルンバッハはそう言うと、この場を支配していた圧力は消える。
子供達は苦しかったのか一斉に息を吐いた。そんな様子を見ていたベルンバッハは辺りを見回す。
「さて、今回の件では眼を見張る者がいた。シャリア、君は状況を正しく把握し竜騎士を押し留めた。それは凄い事じゃ」
「あ、ありがとうございます!」
褒められたシャリアは感極まった様子で声を発した。生ける伝説に褒められる事はそれ程に感激する事だ。
シャリアに羨ましそうな視線が集中している事が如実に表していた。
「そして、他にもおる。この試験を見抜き、全てを把握した上で動いていた。その洞察力は凄まじい事じゃが、さらに、学生の域など軽く凌駕する戦闘能力を持っている。さて、何を隠しているのかは知らんが今後が楽しみじゃ」
ベルンバッハの視線の先にはアリス達がいた。真っ直ぐ見据える視線に子供達もそちらを向く。
「あの3人がそうなのか?」
「おそらくそうなんだろう」
「凄いわね」
そんな呟きが聞こえてくる。俄かに騒がしくなる広間。ベルンバッハがここまで言うのだから気になってしまうのだろう。
当然ながら、視線を集める3人はレグルスだと思っていた。素早く周りを見渡すと、いつのまにかアリス達の影に隠れて舟を漕いでいる。
そんな事も知らない周りの子供達は、一斉にアリス達を褒め称えた。1人だけ悔しそうに顔を歪めるシァリアは、この日彼女達をライバル認定したのだった。
ベルンバッハが視線を向ける先、その視線にレグルスは敏感に感じ取ったのか目を開けた。視線が交差する2人。
レグルスは逸らす事はせず見つめ返していた。
「精進せよ」
「やっぱりバレるよな」
(流石は生ける伝説のバッハさん。目立たないように立ち回ったと思ったんだが、しっかり見られてたか)
レグルスは、言葉の通り聖域を使わずに体術のみで戦った。周りが扱う竜具や滅竜技の激しさに、目立っていなかったのだ。
「これにて終わりじゃ。後は竜騎士に聞くと良い」
最後にそう言い残し、その偉大な背中に尊敬の視線を受けたベルンバッハは去っていった。
「あれってお兄ちゃんの事だよね!」
「さあな。寝てたから、嫌がらせかもしれないぞ」
「ベルンバッハ様がそんな事する訳ないでしょ! アレはレグルスよ!」
「そうだよ! お兄ちゃんの本気は凄かったもん」
「まあまあ、皆が見てますよ」
思い出したのか、興奮した様子の2人はワイワイと騒ぎ始める。
何をしているんだと、目立ち始めた時にすかさずラフィリアが注意した。リンガスは苦笑いを浮かべて、他の竜騎士達に軽く頭を下げていた。
渋々ながらも、この話題は終わった。アリス達もこの件に関しては静かに話せそうになかったのだ。
「それにしても、ベルンバッハ様って言葉に重みがあったよね」
「色々と考えさせられたわ」
「憧れるだけの子供ではダメという事ですね」
三者三様に言葉の真意を受け取った彼女達は深く心に刻んだ。憧れるだけだった滅竜師のイメージが明確に心に浮かんできていた。
「これが、滅竜師になるって事だ。まあ、お前らはまだ学生だ。何かあれば俺たち滅竜師がいる。だから、今はそんな気負うなよ」
「「「はい」」」
リンガスのフォローに勢いよく頷いた3人。その後ろから姿を見守るレグルスは真剣な表情だった。
リンガスは4人の顔を見届けると、手に持った大剣に向かって話しかけた。
「メリー、戻っていいぞ。お疲れさん」
その言葉と同時に、大剣から光が溢れ始める。そんな光景が至る所に広がっていた。幻想的な光景に見惚れていると、光が収まりメリーの姿が現れた。
「お疲れさま。みんな」
メリーは労うと、微笑を浮かべる。
「よし、お前達は今日から学園の生徒になった。今から寮に連れて行くから女子はメリーに着いていけ」
「さ、行きましょう」
メリーに促されて、アリス達は後ろを付いていく。
「レグルス! 私がいなくてもちゃんとするのよ!!」
「アリスちゃん、流石に心配しすぎたよ」
「ふふ、そうよアリスさん」
「し、心配じゃないわ! いつもの癖でついよ、つい!」
尚もチラチラと振り返るアリスにレグルスはのほほんと手を振り返していた。こうして、見送られるアリス達は広間から出て行った。
「さて、これからどうなる事やら」
今後の事に想いを馳せたレグルスは呟いた。すると、それを聞いていたのかリンガスは語る。
「詮索するつもりはないが、お前の性格は大体分かった。力がある癖に、只の怠け者だったら殴っていたんだが。はは、陰から見守るって事か?」
「まあ、そんな所です」
「村の件といい、お前はそれでいいのか? 俺の予想だったんだが。毎日かかさずに草原に居たのも、村を竜から守っていたからだろ。単純な疑問なんだが……何がしたいんだ?」
そう問い詰めるリンガスの表情は真剣なものに変わっていた。目の当たりにしたレグルスの体術は一瞬の戦いだったが、おそらく自分に劣るか同等と判断していた。
サーシャが連れ去られた件についてもそうだった。色々と疑問は残るが、今のサーシャが双頭竜に単独で勝てる筈はない。
目の前のレグルスが関係している事には薄々気が付いていた。メリーは知らないフリをしていたが、リンガスは今回の事でとうとう我慢が出来なくなったのだ。
「何もしませんよ。俺は怠け者のレグルスですから」
「おい! レグルス!」
はぐらかすレグルスにリンガスは掴みかかる勢いで問いただす。
「色々とあるんですよ。色々と……ね」
そう語ったレグルスの顔には何と表現したらいいのか、唯一分かった事はただ寂しそうに笑っていた。
拍子抜けたリンガスは黙ってレグルスを見つめる。
そんな微妙な雰囲気の中
「寮に行きましょうか、リンガスさん」
「あ、ああ。悪かった」
「いえ、リンガスさんにはお世話になってますから」
こうして、リンガスは疑問を残すままレグルスと寮へと向かうのであった。
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