10話
無数の視線が集まる異様な光景に思わず立ち止まってしまう。一体いまから何が始まるのかと一斉にリンガスを見る3人。
「俺が急いで飛竜隊を呼んだ理由がこれだ。ここに、集まっている子供達はみんな竜式の合格者だ。それで、今から始まる式典に参加してもらう。モルネ村でした竜式は最初の関門だったってわけ」
そう言われてもう一度見てみると、この広場に集う若者達はみながレグルス達と同じくらいの少年、少女達だった。
向けられる視線も嫌な雰囲気では無く、単純に興味が湧いた者や品定めするような視線などであった。
「よし、とりあえず入れ」
「はい」
緊張した面持ちの彼女達はリンガスに促され足を踏み入れた。道中では何も聞かされていなかったのだから仕方がない事なのだろう。
この広間の大きさはかなりのもので、沢山の子供達がいるというのに圧迫感を感じない程だ。
そんな中を空いている空間に向かって歩いていく。
「緊張してきたなぁ、何が始まるんだろう?」
「とにかくやるしかないわ!」
「頑張りましょう」
内心の緊張感を紛らわせるためか、口々に呟く少女達。緊張はあるが気負った様子は見られない。
美少女達が堂々とした足取りで歩みを進める姿は、この場では、かなり目立っていた、
「あの子達めちゃくちゃ可愛いな?」
「俺はあのキツそうな赤髪がタイプだな」
「確かに可愛いが、性格がキツそうだしあれはないわ。怖いし、それよりもあの青髪のショートの子かな」
「まだ幼くないか? 俺はお姉さん風のあの子が1番だ」
遅れてきた3人には、当然ながら先に来ていた合格者達の視線が集まる。そんな中、綺麗な少女達を見て男子達は好みのタイプを話し始めた。
それを見て目を顰める少女達。そんな周りの視線には気が付かない男子は色々と話に花を咲かせている。
中には気がないようなフリをしつつもチラチラと見つめる子の姿もあった。
幸いなことに、緊張した本人達の耳には入っいない。もし聞こえていたらアリス辺りが怒り狂うこと間違いない。
「俺も参加する?」
「ああ」
「合格してないのに?」
「ああ、合格不合格は竜騎士の特権だ」
「でも、それってズルくないか?」
「ズルくない、俺が推薦してるからな」
「面倒臭くないか?」
ピクピク
ガシッ
「冗談ですよ、半分は」
「いいから黙ってついてこい!!」
アリス達の後ろで繰り広げられるやり取り。レグルスの言葉に淡々と返していたリンガスだったが、最後の本音の部分に耐え切れず大きな声を上げてしまう。
「しー」
必死に黙るようにジェスチャーするレグルスだが、既に後の祭りだ。
そんな声を出せば当然ながらアリス達に視線を送っていた子供達はそちらを見る。そこには、竜騎士に首根っこを掴まれて運ばれる少年がいた。
よく分からない状況に疑問符を浮かべる一同。
その空気に気が付いたのか、ツインテールを振り回しながら、アリスが物凄い形相で振り返った。
「次はなに!」
「いやぁ、楽しみだなって。そしたら、リンガスさんが喜んでな」
「でもお兄ちゃん、そんな状況で言っても説得力ないよ」
「はぁ、レグルスさんのせいで溜息が増えてしまう」
猫のように持ち上げられるレグルスを見て、溜息を漏らしてしまう。どんな時でもマイペースな彼はどこまでいってもレグルスなのだ。
「何だよ、男がいたのか」
「プフッ! 何あれ?」
レグルスがアリス達の知り合いだと分かり、落胆する少年。珍妙な光景に吹き出してしまう少女の姿。
そんな一悶着があったが、ようやく今回の滅竜師候補が集まった。
「じゃ、またな」
「とりあえずはお別れね」
そそくさと前の方に行くリンガスとメリーを見送り前を見つめる4人。前方には備え付けられた舞台があった。
暫く待っていると、壇上に上る人影が見えた。
「全員揃ったな。それでは始めさせて貰おう。儂を誰か知らない者のために自己紹介をするとしよう。簡単じゃが、このセレニア学園の学園長を務めるベルンバッハじゃ。昔は竜騎士をやっておった関係で今ここにいる」
随分と年を取った老人は壇上から周囲を見下ろしていた。年老いてなお体から溢れ出る威厳に圧倒される子供達は静かに聞いている。
「ベルンバッハってあのベルンバッハ?」
「どのバッハさん?」
「知らないの!? 元滅竜騎士よ」
「ヘェ〜。凄い爺さんなんだな」
滅竜騎士ベルンバッハとは有名な人物だった。今では一線を退き育成に精を出しているが、若かりし頃は数々の武勇を上げて来た歴戦の竜騎士だった。
モルネ村にもその武勇は轟いており、知らぬ者の方が少ない有名人物なのだ。
アリスは上機嫌に腕を組むと、レグルスに説明しようとする。
「ふふん、聞きなさい! いい? ベルンバッハ様は、若いとーー」
「有名な話でいうと、単独での炎竜ファフニール討伐が有名ですね。生ける伝説だとか」
「おぉ! 物知りだな、ラフィリアは」
「チッ」
(この女狐! いつも会話を横取りして! もしかしてワザと!? ワザとなの?)
舌打ちには気が付かなかったのか、ほぇーと感心する素振りを見せるレグルス。ラフィリアも満足気に頷き前を見る。
アリスだけが悶々とした胸中を押し殺して話を聞くのだった。
「さて、竜は皆が知っておろう。竜王を頂点とし、属性竜、上位竜などと分類されておる奴らに長い時間、人間は怯やかされてきた。じゃが、時の英雄サラダールをきっかけに、現在は普通の生活を送る事が出来ている。その理由とは? ほれ、そこの少年」
前の方にいた少年は唐突に当てられビクッと肩を震わした。まさか質問が飛んでくるとは思わなかったのか、急いで立つとオドオドとした口調で答えた。
「滅竜師のお陰ですか?」
その問いに満足気に頷くベルンバッハ。安心したのかホッと息を吐く少年はその場に座った。
「そう、滅竜師が竜から民を守っておる。それは、とてつもなく重い責任じゃ。我がの命を捧げて如何なる時も民を守る存在。そして、もう一つ忘れてはならない事がある、次は君じゃ」
次に当てられたのは少女だった。
「わ、わかりません」
だが、答えが分からず言葉が消えるように小さくなって行く。
「ハイ!」
「ふむ、なら君に答えて貰おう」
勢いよく手を挙げた少女は自信満々に立ち上がった。勝気な表情に金色の髪を腰あたりまで伸ばし、毛先がドリルのようになっている少女。
「凄いなぁ、あの髪」
(ドリルが二つもある。何を掘るつもりなんだか聞いてみたいな)
レグルスの呟きは誰にも届かなかった。
「滅竜師が善ならば、その力を利用して悪事を働く輩もいます。その対応ですか? ベルンバッハ閣下」
「よく分かったのぉ。そうじゃ、滅竜師には成らなくとも誰もが使える、その力を使い悪事を働く者達の対応も不可欠じゃ。君の名前は?」
「シャリア・エルレインです」
優雅に礼をするシャリアの所作に思わず皆が見惚れてしまう。
「エルレインの娘か。今後も精進するようにな」
「はい! ありがとうございます」
その家名にどよめきが生まれた。この国において、滅竜師を目指すなら必ず聞く家名。滅竜師達の頂点に立つ5人の騎士団長達の1人はエルレイン家の当主であった。
「さて、お主らが滅竜師を目指すのなら忘れぬ事じゃ。ほれ」
パリィーン
大広間の窓が盛大に音を立てて砕け散る。
「きゃあぁぁ!」
「な、何だ!」
「何かが来たぞ!!」
何人もの人影が窓から中へと飛び込んでくる。流れるような動きで着地すると、一斉に散開して近くの子供達に襲いかかった。
「黒い仮面? まさか!?」
「嘘だろ……。そんな、何でここに名無しがいるんだ!!」
1人が叫んだ声に反応して、子供達はパニックに陥る。その名を聞けば誰もが震え上がる組織。顔を隠した者達が集まった集団。
何か事件が起これば、真っ先に名無しが関係しているのでは?と疑われる程に規模がでかい。
残忍な手口と恐ろしい程の強さを持ち、熟練の竜騎士すらも圧倒する者まで所属する組織だった。
「な、なによ!」
「落ち着いて、アリスちゃん!」
「とにかく下手に動かないで」
突然の事態にアリス達も浮き足立つ。
「聖域を展開しろぉっ!」
誰かの声に少年たちは聖域を一斉に展開して行く。広場は聖域で満たされ、まだ動ける少女達も竜具を出して応戦していた。
だが、相手の力量は上、目の前で次々に子供達が倒されて行く。そんな中で、彼女達にも白羽の矢が立った。
「蛟、行くよ!」
「煉獄の大剣、出てきなさい!!」
「風の精剣」
それぞれが生み出す竜具。周囲にまで干渉するほどの力を秘めた竜具を見て、近ずく仮面は足を止めた。
「一気に行くわよ! はあぁ!!」
それを隙と見たのか、大剣を勢いよく振り下ろしたアリス。その剣先から勢いよく炎の渦が向かっていった。
言葉を交わさなくてもラフィリアが動く。彼女は風の精剣を、炎に向かって振るう。
「舞いなさい!」
「っと! 手を出さない方がいいね」
サーシャが手を止めた理由。それは、目の前で渦巻く炎を巻き込んだ旋風か見えたからだった。赤く視界を染め上げる炎は勢いを増して仮面に衝突した。
ドオォン
「ここが広くて助かったわね!」
「狭かったらみんな丸焦げですね」
「ぶうぅ、出番が無かった」
見つめる先には未だに消えない炎の渦。流石に直撃を食らって無事ではいまい。相手の隙を狙った流れるような2人の攻撃。
彼女達の連携は完璧だった。
だが、相手は名無しと呼ばれる集団だ。
炎を突き抜けて迫る仮面の男の手には大剣が握られていた。
「なっ…。 そんな!!」
真っ先に標的になったアリスは驚きのあまり、動く事ができない。
すると、目の前に現れる影。振り下ろす大剣に向かって宙を飛ぶと、体を回転させて切っ先を避ける。
「まずは一発っと。はぁ面倒だな」
その回転を利用して、仮面の頭蓋に回し蹴りを放つ。どことなくやる気のなさそうな声と共に。
ドカッ
「グフッ」
初めて声を出した仮面の男は後方へと転がって行く。
「剣なんて当たったら死ぬだろ、痛いのは勘弁してくれ」
少年はぐちぐちと文句を言いながらもアリス達に背を向けたままだ。油断なく前方を見据えていた。
「中々やるな」
「そりゃどうも、足が勝手に動く性質なので」
「ふふふ、相変わらず面白い奴だ」
ユラユラと立ち上がった男は地を踏みしめると、爆発的な速度で走り出した。
「っと」
振るわれる大剣を掻い潜るレグルス。軌道を読んでいるのか紙一重で交わして行く。
「あれ見える?」
「んー、無理」
「なら大人しく待ちましょう。」
アリス達の目の前で繰り広げられる攻防は、現在の彼女達の能力を大きく超えていた。
「でも! レグルスに何かあったら」
「大丈夫ですよ」
ハラハラしながら見守るアリスと、それを宥めるラフィリア。彼女達の視線の先にはレグルスの姿があった。
「お兄ちゃん」
サーシャはレグルスが勝つ事を信じているのか、目を瞑り祈る。
地面をスレスレで動くレグルスに、どこからそんな力が出るのか高速で振るわれる大剣。暴風のように乱舞する。
隙をついてレグルスが放つ打撃は大剣の腹によって阻まれる。
「なかなか速いが、それまでだ」
「だってズルいぞ、武器使ってるじゃねーか」
一度距離を取った2人は見つめ合う。
「これで決めるぞ」
「とんだ茶番だな、まったく」
踏み込む仮面の男は上段から振り下ろす。それを見たレグルスは横に躱して拳を握りしめるが
「甘い!」
その言葉と共に、地面に着くと思われた大剣は跳ね上がる。その軌道はレグルスの腹目掛けて振るわれていた。
「レグルス!」
「お兄ちゃん!!」
「レグルスさん!」
後方からアリス達の叫び声が聞こえる。今にも飛び出しそうな3人だったが
「甘いのはどっちだよ、リンガスさん」
体を後方へと逸らし、目の前を大剣が通り抜けて行く。揺れる髪が大剣にとらわれ舞い散った。
地面に手を付いたレグルスは起きるままの勢いで掌底を放った。
ドスッ
「やっぱり隠してたか。レグルス」
(危うく食らう所だった。とんでもねぇ戦闘能力だな。レグルスは他に何を隠しているんだ?)
「たまたま調子が良かったんですよ。それよりもういいですか?」
掌底は腹に当たる直前でリンガスの手により止められていた。自分の予想が当たっていた事に、リンガスは満足げに頷いていた。
「何がだ?」
「仮面、もう無いですよ」
「えっ? マジ?」
「マジで」
いつのまにか縦に亀裂が入った仮面は左右に分かれて落ちていた。その中から現れた顔は、ビックリした様子のリンガスだった。
「いつの間にやったんだ?」
「さぁ、最初から壊れてたんじゃないですか?」
「まあいいか。よし! お前達は合格な」
未だにあちらこちらで戦闘が続く中で、誰もレグルス達に気が付いた様子はない。自分の相手に精一杯の様子だ。
「これも試験なんですか?」
キョトンとした様子のアリスが尋ねた。いきなり現れた名無しから続き、正体はリンガスと理解できない様子だ。
「そうだ。お前らもすぐに対応できていたから優秀だったぞ。それと、終わるまでは待機な」
そう褒めたリンガスと一行は、この場が収まるまで暫く待つ事になったのだった。




