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十五センチは近くて遠い

作者: 家具付
掲載日:2017/09/09

君は一体、十五センチと聞いて何を連想するだろうか?

そんなバカみたいな質問をする俺を見て、君は切れ長の藍色に見えなくもない黒目を瞬かせるんだ。

「うーん」

唸り声を上げた君が、首をかたりとかたむける。

「身長差? 結構大きいよね」

ほれみろ、大概こういう質問をすると、君はお決まりの事を口にする。

そーぞー力が足りないんだよ君は!

なんて思っていても、君は楽しそうな声で言い始める。

「もしかしてハルは、誰か年上の女子に片思いしてるの?」

誰か知らないけれど、ハルなら大丈夫じゃないかな、なんて変な事言ってる君。

あんのねえ……と溜息を吐きながら言ってしまいたい。





一体何年、君の事片思いしてればいいわけ?





「そう言う問題じゃないし、第一片思いしてるのは年上美女じゃありませんよーだ」

「そう言う言い方が怪しい」

身を乗り出している君の、色の薄い茶色の髪の毛が揺れる。

君はその、染めたようにも見える茶色の髪がすごく、嫌いだって知っている。

染めてるっていちゃもんつけられて、言い返した途端に、頭おかしい、って言われて傷ついた君を知っている。

損な髪の色をしているよね、君は。全く。

それでも君は髪の毛を、あえて学校の規定通りに黒く染め直したりしない。

染めたらいけない事になっているんだから、なんていう真面目な部分がよく見えるんだ。

「ほかに十五センチと言えば? ねえねえなんか思いつかない?」

俺は身を乗り出して、君に問いかける。

もっとほかにもあるんじゃないかな、と思って聞いてみる。

気付いてない十五センチがあるかもしれない、なんてさ。

それに。

君の世界の十五センチの規定を、俺ははっきりと知りたいんだ。

照れくさい言い分、思いの中だけれども、君はそんな物にはちっとも気付きゃしないのだ。

そう言う相手だってわかっているから、しょうがない。

この鈍い鈍い君を、アイしちゃっている時点で俺の敗北は決定系なのだ。

十五センチでほかに思いつくもの、と言われて、君は思い出すように目を左右に向ける。

「ほかには……そうだ……身長差に、定規……手の大きさ……」

「は?」

いきなり手の大きさとか言われた俺は、よくわかんなくなった。手の大きさって何が言いたいの。

怪訝な顔になった俺だけれど。

「私の手の大きさ? 長さ? 十五センチくらいなんだよね」

とあっけらかんというもんだから、うっかり君の手を眺めてしまった。

「意外と小さい?」

「馬鹿言っちゃいけない。じゃあ手のひら、合わせて確かめてみる?」

流石に手の大きさが十五センチなんてと思って、笑いながら手を合わせて見て、俺は一生に一回くらいの墓穴を掘った事に、気付いた。

なんて事だ。

俺は彼女の十五センチの手のひらよりも、幾分小さな手をしていたのだ。

「そんなっ……!」

大げさなくらいショックを受けている俺だけど、実際にショック過ぎた。

だって。

俺のイメージの中の十五センチって、実はすごく、焦れたいほど近い距離だったから。

短すぎるくらいの距離だったから、まさかこんな風に遠いなんて思った事なかったのだ。

「まあ、ハルはこれから成長期だから、もっともっと身長だって伸びるし、手だって大きくなるだろうし、わたしよりも短い脚だって伸びるだろうよ」

ぱんぱんと慰めるみたいに、肩を叩いている君相手に、片思いしてる俺は、小さい男と言われているようで唇を尖らせた。

「そーゆーこと言わないでって! いい? 絶対に君よりも背が高くなってても大きくなって、見返してやるからね!」

首を洗って待っていろ! なんて怒鳴って見せれば、周囲がそこで笑いだす。

「相変わらずだよな」

「ちいさいままだったらどうするんだよ」

「ハルならありうる!」

「ぎゃはははは!」

「うるさいなあ! 人の事ばっかり言ってないで、君らももっと身長以外の物を伸ばす努力してみたらどうなのさ!」

恥ずかしくて、それを誤魔化すために周りに八つ当たりをする俺。

器が狭いって言われそうだけれど、しょうがないのだ。

恋する男の子は、心が狭くなるものなの。

でも君は、うっすら笑ってこう言った。

「うん、見返されるように待ってて上げる」

色素が薄いから青く見える瞳と、日差しに揺れる短い、茶色がかった黒髪。

心底、この相手が好きだなと俺は、また思った。




俺と彼女の幼馴染関係ってやつが始まったのは、うんと昔の事である。

遡っちゃったら、どこまで行くんだろう。もしかして前世、と冗談めかして笑うくらいには、昔から幼馴染で隣にいる。

普通幼馴染でも、ある程度の年齢、シシュンキってやつに行くとお互いに照れくさくなったりしてしまったり、周りの冷やかしに耐え切れなくなったりで、疎遠になるものだ。

と知り合いの、やはり幼馴染に恋する男に言われたんだけど、うーん。

疎遠になるような事をしなかったら、疎遠にならないんじゃね、なんて思う。

だって俺たちは疎遠じゃない。

しょっちゅう一緒で、高い割合で昼休みにご飯一緒に食べてて、部活の帰りを示し合わせて下校。

たまーに俺が遅刻して、自転車を高速で漕いでいる時は、彼女が後ろの荷台に乗って先生に見つからない場所まで乗っていく。

距離のあいだに疎遠になる、そんな事はないはずなのだ。

だがしかし。

「お前らのそれ、明らかにおかしいからな! 疎遠とかそう言うレベルじゃないからな? なんでそんなに日常生活一緒にしてて、恋愛のれの字も出ないんだよ!」

そりゃあ。

「彼女にその気がないからに決まっているだろう、ジロー君」

「茶化すな! まったく死ぬほどうらやましいぜ! なんでそんななんだよ! くっそー!」

俺のへらへらとした言い分に、友人であり心からの同志たるジローが喚く。

ぎゃあすか喚いたって、なんもかわりゃしないでしょーに。

なんてちょっとばっかり同情する。

幼馴染のあの子に、会えないどころか彼氏を作られちゃってブロークンハートなのはわかったけれど。

「人間十人十色で色々関係性があるわけだよ」

「知ってるってのそんなのは!」

だから唾飛ばして力説しないでほしい、と思っていれば。

「お前そう思ってんの心底後悔、するぞ」

「なんで?」

「いずれ分かる。お前が小心者で片思いで告白して玉砕できない奴だから」

「俺はこの関係性を、壊す日をじっと待っているだけだよ」

言い返すとジローは、じっとりとした目でやけくそみたいに笑った。

「言ったな、覚えていろよ」

「まあ、記憶力だけは自身があるから問題ないでしょ」

言い切った、俺。

後から思えば、そんな予言みたいなことを聞かなきゃよかったって、思ったけれどね。




「そろそろ十五センチ卒業だね」

中学三年生の、卒業間近なそのころに、君が定規を片手に俺の手を測って言いだした。

俺の手は十五センチと七ミリ。

もっと小さかった半年前と比べれば、かなり大きくなった方だし、背もぐいぐい伸びた。

でも、俺の心はブリザードが吹き荒れている。

「そーだね」

だって君と、違う高校に行っちゃうのが決定しているんだから。

記憶力と応用力には自信がある俺は、彼女と同じ高校を受験して合格した。

でも、彼女は落ちたのだ。

人生なんてそんな物だって、分かっている。

努力しても落ちる物は落ちる。

駄目な時は駄目。

でもさ。

君と一緒の桃色……とまではいかないまでも、かわいらしい色が付いた高校生活っていうのに憧れていたのは本当なんだよね。

あー、女々しい。

「私は十五センチの枠を卒業できないままだった!」

からからと笑っている君。髪の毛が伸びたね。

そして、短くしていた時と同じような手入れだから、結構ぼろぼろの髪の毛。

面倒くさがって切ってないって知ってるけれど、女の子としてサラサラのつやつやの髪の毛、にあこがれない物なのだろうか。

そんな物がどうこうなろうとも、俺の片思いに水を差すものじゃないけれども。

「そんなふてくされた顔をしても、意味がないと思うよ。大丈夫、ハルはこれからも大きくなれるから」

わたし成長期止まりそうだけれどね、なんて言っている君を見ながら、俺は言う。

「また測ってくれる?」

「もちろん」

それからほどなくして、俺たちは卒業した。

そこから会えなくなるなんて、俺の方からは思いもよらずに。




彼女は部活動の期待のエースらしい。なんでも剣道部のエース。

きりっとした彼女は、さっそうと歩くから女子生徒からもきゃあきゃあ言われて、学校の王子様になっているとか。

そんな彼女に、会いたいと会いたいと覚えたての携帯を使ってメールなりラインなりをしてみても、返事は色よい物じゃない。

部活動で忙しい、って。

文化祭の準備で忙しいって。

学校行事が重なった、テスト期間が近い……

本当に、君の入った学校に呪いの人形を送りたくなる、それ位には君と会えない。

すごくすごくもやもや、するのだ。

ジローの言った事が正しいと、いまさら実感したよ。

多分、告白して玉砕したり、もしかして成就したりしていたら、もっと違う、遠いか近いかの距離になっていたんだろう。

そうしなかった俺の怠惰が招いた事だけれど。

「ねえねえ、××高校の女子剣道部の話知っている?」

「知ってる! 王子様みたいな人がいるんだってね!」

「もう、運動系の部活の女子の、あこがれなんだって!」

「会ってみたーい」

「この前は、傘を忘れた女の事相合傘して、帰ったんだって! それも王子様の方が肩濡れてたんだってさ!」

「えー! 相合傘で、より濡れている方が相手の事好きって言うジンクスあるのに!」

「これだから王子様なのよー!」

「きゃー!」

はしゃいでいる女子学生どもよ、それは俺の大事な幼馴染だ、あんまりしゃべるな、彼女が減る。

なんて鬱屈とした思いを抱いている俺なんだけれども、同じ高校に入ったジローがにやりとする。

「だから言っただろう、後悔するって」

「最近死ぬほど後悔しているから、話し蒸し返さないで」

言いながら俺はふと、自分の両手を見た。

それから周囲を見回してみた。

「……一年近くたつのに、なんかいまだに変な感じが抜けないんだよね」

「何のだよ」

「彼女が近くにいない事」

「近くにいた時代が長すぎたんだろ」

最近ようやく、幼馴染に振り向いてもらえた、長年の恋が実ったジローは幸せモードで、俺をイラッとさせる。

そして俺がジローをやきもきさせていた理由も、何となく察してしまう。

ジロー経験者だったからな。

なんてさ。





「あ」

「あ」

なんで九月の台風って容赦ないんだろう、って思っていた俺は、天気予報が大外れして土砂降りになっている、そんな空を駅の改札口で見ていたんだ。

傘はない。折り畳みはこの前、壊れた。新しいのは買っていない。故に持っていない。

本当はコンビニとかでビニール傘を買ってもいいんだろうけれど、なんだかお金がもったいなくて買えないでいる。

そろそろ収まってくれないかな……なんて思っていた辺りで、聞き知った声を聞いて振り返れば。

彼女が居たんだ。

それも、男連れて。

……王子様って言われていたから、男と一緒なんて思わなかったんだ。

かっとはらわたのあたりで嫉妬、が燃え上がる。

そして彼女の方も明らかに、見られたらいけない物を見られた、みたいな表情をとるからますます、炎が燃え上がったんだ。

「ねえ、何してるの?」

俺は大股で彼女に近付いて、問いかけた。

彼女の連れはと言えば、俺を見上げてぎょっとしている。

俺の方も、連れの背丈が小さいあたりで、またもやもやとした。

「何してるの?」

そんな連れを無視して問いかけると、彼女が視線をさまよわせた。

「別に? 遊びに行っていただけだけれど」

「ならなんでそんなに、やばいもの見られたみたいな、顔してんの?」

「そんな顔はしていないっての」

言葉の投げ合いとそれから、いつもの調子は作れない。君との会話で君を怖がらせたり、嫌な気持ちにさせたりするのはとても嫌いだった俺なのに。

君の視界の中に入っているだけで、君と言葉を交わしているだけで、意味不明な感覚が沸き上がってくる。

「俺より小さい男連れて歩くの。何それ嫌味、それとも小さかった俺がもうどこにもいないから代替品?」

なんて事を言っているんだろうと思いながらも、俺は相手を見つめている。

「ハル、落ち着いてよ。気が立っている」

「君がそういう、疚しい顔しているからだよ。なんなの?」

ああイライラする、君とその男が手をつないでいるだけで、俺は殺したくなってくる。

「ハル! いい加減にしてよ。学校の友達がいるだけでしょ? 背丈と一緒に良心が細くなったの?」

君独特の言い回しが恨めしい。その言葉を理解する俺が恨めしい。

「俺は君が死ぬほど好きなのに」

ぼろり、だからこぼれた本音に心底ぎょっとした。

彼女もその言葉を聞いて呆然とし、男はあっけにとられていた。

俺は言葉をかみ砕いて、心の底から恐ろしくなって口をおおった。

「……ハル、取り合えず家に帰ってよ。それかしばらく、こっちの見えない場所にいて、見えるところにいたら考えがまとまらない」

俺は黙って頷いた。





俺たちの十五センチの距離は、いつの間にか二十メートルを超えた遠い遠い物になってしまっていたのだと、ここでようやく気が付いた。

走り出した俺は、雨の中突っ走る。頭を冷やす強制的な泥水に、言った事も流れしまえばいいのにと心底思った。

そして翌日、ものの見事に風邪を引いた。

起き上がるのも億劫なレベルの風邪はいつぶりだろうの世界で、ぐちゃぐちゃになりながら転がっていたら、俺に声がかけられた。

「ハル? 酷い熱だよ、なんでこういう時に呼び出さないの、いつもいつも、弱い所を見られたくない獣みたいに」

君の声がしたから、小さく言う。

「夢だ……あんなののあとに来てくれるわけがないのに」

「夢も減ったくれもなく現実、ほら、栄養ドリンク、これ好きな味だったから飲めるでしょ、味が嫌いだって言ってたのに、やけにくそみたいにまずい効果てきめんなのが大好きって辺り、ハルの変人っぷりが良く分かるけれど」

渡されたそれを一気飲み、受験勉強の時にお世話になったそれと同じ味。

「風邪薬、これも飲んで、寝てればなおるよ。大丈夫、わたしも今日は一緒だから」

言われるがままに飲み下すカプセル剤。転がった体の上のブランケットに、乗るかすかな重み。とんとんと柔らかい調子のリズム、この拍子の取り方も独特な君の物だ。

「……ほんとうはさ、ハルが遠い方がいいと思ってたのに」

眠りそうになりながら、時間がもったいなくて起きていた俺に掛けられる独白。

多分寝ていると思われているんだろうな。

「格好良くなるハルのわきに、わたしみたいなダサい男女がいるのはいけないと思うのに。……やっぱり近くにいると安心して眠くなってくる」

俺は、ここでためらっちゃいけないよな?

俺は布団から腕を伸ばして、思い切り君を引っ張り寄せる。

「ハル!?」

「なら、一緒に寝よう。……近くにいていい相手は、俺が決めるの。君の近くにいていい相手も俺が決めるの。満場一致で俺が君の一番近く、十五センチの距離にいなくちゃいけないの」

「なにそれ」

「手のひら一つ分の、隣。知っていた、かな……高校に入るまで、俺たちが並んで歩く時の距離の大体の距離は十五センチだったの」

君の手のひら一つ分の近さ。肩を並べて歩くそれ。

「いまさら遠くに行くなよ。……大人になるって遠くなる事だけど、そうならないように抵抗するのも、俺たちの仕事だよ」

何言ってんだろう俺は。そんな事を思いながら、すっかり抱え込めるようになった体を抱きしめる。

「大好き、君が」

つむじにキスして囁いた。そのあたりで本当に眠くて、俺は落ちてしまった。




「知ってるか、ハル」

「なんだよジロー」

「あの高校の王子の彼氏は、無敵の男らしい」

「何その嘘っぱちみたいなの」

「写真で回ってんだよ」

「肖像権の侵害だ」

言いつつ俺はその写真を見て、ああ、と答えた。

「これ俺」

「……やっぱり?」

「やっぱり学ランに刺繍入れたらいけなかったね」

「……学ランの出所は……」

「なんかにらみ合いになって、見下してたら勝手に相手が負けて、お前が次期総長だっていって渡してきた」

「この伝説の特攻服着てんなよ……」

「これ防寒性にすごくすぐれているんだよね。近所にゴミ捨てに行くときに重宝してる」

「だからゴミ捨て場でとられてる写真なのか……」

ジローがうめくが仕方がない。

俺は笑ってこういった。

「俺も彼女も問題ないし、俺が素行わるい証拠はどこにもないし、アリバイはありまくりだし、何にも変じゃないよ」

スマホの画面の中には、俺に耳にキスされてくすぐったがっている、彼女が映っていた。


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