黄砂に舞う羽根「帝國の影(1)」
心身ともに疲れていたのか、セレンはいつもよりも遅い朝を迎えた。
目を開けてベッドの上で上半身を起したセレンはふと思う。
「あれ、わたし……?」
そうだ、聖堂で気を失って、きっと誰かがここまで運んでくれたのだろう。
そして、セレンの脳裏にトッシュの顔が浮かんだ。
セレンはおでこに片手の甲を当てて、背中からベッドの上に倒れ、口から息を吐き出した。
とんでもない人と係わり合いになってしまったと思いながらも、過ぎたことはしかたないとあきらめ、これ以上深く関わらないようにしようとセレンは心に誓った。――二人とも。
ベッドから身体重たげに這い起きたセレンは、少しずつ気持ちを切り替えながら僧服に着替える。ただのセレンから、シスター・セレンに変わる瞬間だ。
シスターへと変貌したセレンは、胸の前で拳を二つつくり、気合を入れて頷いた。
「よし、今日も頑張ろう!」
これが毎日の日課なのである。特に今日は気合が入っている。
自分の部屋から廊下に出たセレンは、そこで鼻をくんくんと動かした。
「……なんだろ?」
どこからかキツネ色に焦げたいい匂いが漂ってくる。きっと、トーストの焼けた匂いだ。だとすると、この匂いは食堂から?
踵を鳴らしながら足早にセレンが食堂に向かうと、そこではトッシュとアレンが美味しそうに朝食をとっていた。
キツネ色に焦げたトーストの上で蕩けるバター、白い食器の上に乗せられたハムエッグ、瑞々しい色鮮やかなサラダまであり、トッシュが飲んでいるのは湯気の立つコーヒーだった。
セレンとトッシュの視線が合い、トッシュが先に挨拶をしてきた。
「おはようシスター」
「お、おはようございます」
頭を下げて、再び頭を上げたセレンは食卓の上を見た。
食卓にはセレンの分の朝食も置いてある。こんなに食卓の上に料理が並んだのは、いつ以来だっただろうか。食卓に一人以上の人間が着いているいつ以来だっただろうか。
爽やかな朝の光景を見て、セレンは嬉しくて少し口元が綻んだが、すぐにある疑問が頭を過ぎる。
「あの、うちにこんな食材ありましたっけ?」
トッシュはあくびをしながら首を横に振って答えた。
「いいや、なかった。だからこいつに朝市に買いに行かせた」
こいつとトッシュが親指で示す先には、口元についたミルクを服の袖で拭き取るアレンいた。そして、アレンの口から手が退かされてとき、セレンはあることに気づいた。
「その頬どうしたんですか?」
アレンの頬には紅い一筋が走っていた。なにかで切られたような傷痕だ。
「ああん、これ? ちょっとさ、ごたごたに巻き込まれちまってさ。ま、どーってことなんだけど」
「どうせすっ転んで切ったんだろ」
「ちげえよ、ばーか!」
トッシュに向かってあっかんべーをしたアレンは、ヤケクソと言わんばかりにトーストに喰らい付いた。あっかんべーをされたトッシュはアレンに構うことなく、コーヒーを飲みながら黙々と食事を続けている。結局アレンはなぜ怪我をしたのか語らず仕舞いだった。