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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第3幕 逆襲の紅き煌帝
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逆襲の紅き煌帝「そして未来へ(6)」

 今度は大地だけではなかった。

 どこからか舞ってきた花びらが一瞬にして枯れた。

 近づくことはできない。

 〈黒の剣〉に近づけば喰われてしまう。

 屍体が干からびて一気に骨になり、さらに砂となって舞い散る。

 まるで早送りの映像を見ているようだ。

 世界が砂と化していく。

 アダムは空を見上げた。その視線の先にいるのはセレンだ。いや、セレンを見ているのではない〈生命の実〉を見ているのだ。

 もはや〈黒の剣〉に対抗できるのは〈生命の実〉を備えた錫杖しかない。

 セレンの背中で4枚のサファイア色の翼が美しく輝いた。

「やめてくださいというのがわからないんですか!」

 降下した勢いのまま錫杖がアダムに振るわれた。

 〈黒の剣〉が薙がれ、錫杖ごとセレンの躰を大きく後方に飛ばした。

「人間が武器を捨て降伏しない限り戦いは終わらない。まずは御前が〈生命の実〉を捨てるのだ」

「できません。わたしがこれを捨てても、あなたが武器を捨てないからです。それでは戦いは終わりません」

「なら私を倒すか? 何故、私を倒そうとするのだ? 武力を持って武力を制すのが御前のやり方か? 私と同じ方法を取る御前に私の事をとやかく言う資格があるのか? 御前の望みは何だ?」

 まくし立てるようにいくつもの問いを投げかけた。

 セレンは押し黙ってしまった。

 シスター・セレンの望みは平和だ。戦いなどしたくない。見たくもない。けれど、それを終わらせるための手段――その葛藤。錫杖を握る手は常に震えていた。

 アダムはセレンを見透かしていた。

「平和の為に戦うと言うのは矛盾していると思わないか? 平和主義を謳うのならば、武器を持った者が目の前に現れても、丸腰で無抵抗に殺されるべきではないか? 例え、家族や愛する者が殺されようと、其れをただ見ている事が平和なのだろうか?」

 どこか言葉に違和感がある。

 もしかしたら、アダムも揺れているのでないだろうか――矛盾の中で。

「私は悪か? 御前は善か? それとも逆か? 此の世は勧善懲悪か? 私は反逆者なのだろうか? 神とは何だ? ルールは誰が決めるのだ?」

 アダムは枯れた世界を見渡した。

「此が私の望む世界なのか……ククククッ……そうだ、我が望みは破壊と混沌!」

 邪悪に笑ったアダムはセレンに斬りかかった。

 もともとセレンは戦闘などできない。

 もつれた足を地面に引っかけセレンは尻餅をついてしまった。その状態でなんとか錫杖の柄を突き出して〈黒の剣〉を受け止めた。

「く……くぅ……っ!」

 必死に歯を食いしばるセレンだが、じわじわを押されている。錫杖の柄を〈黒の剣〉の刃が眼と鼻の先まで迫っている。

 なんということだセレンの髪の毛の色が薄くなっていく。

 〈黒の剣〉が〈生命の実〉を優るというのか!?

 突然、頭を振り乱してアダムが後退った。

「ぐおおおおっ……違うっ……私の望みは……」

 腕が大きく振り払われ〈黒の剣〉が放った衝撃波が大地を抉って吹き飛ばした。

「きゃっ!」

 錫杖でガードしながらセレンも上空に吹き飛ばされた。

 アダムは〈黒の剣〉を大地に突き立て片膝をついた。

「己ぇッ……〈黒の剣〉の仕業か……此奴も生きている……歴代の主の欲望や呪いまで吸い取っていた云うのか……其れが私の意識まで支配しようと……」

 武器が使用者の精神まで支配するというのか?

 禍々しく〈黒の剣〉が唸っている。

 創られたそのときから、〈黒の剣〉はこのように唸っていたのか?

 血塗られた大剣。呪われた大剣。シュラ帝國の象徴である大剣。

 帝國に伝わる以前は、どのような持ち主が使っていたのだろうか?

 元を辿り最後に行き着くのは生みの親であるレヴェナだ。

 しかし、これがレヴァナの意図する〈黒の剣〉の姿だったのだろうか?

 〈黒の剣〉はいつ道を誤った?

 アダムは〈黒の剣〉を握り直して大きく薙いだ。

「ククククッ……我は此の青き星の支配者となるのだ。覇王の剣に相応しいではないか!」

 切っ先がセレンに向けられた。

「血が足りぬ」

 邪悪に染まったアダムがセレンに突撃する。

 セレンは上空に吹き飛ばされたあと、そのまま地面に落ちてしまい、今立ち上がろうとしている最中だった。

 迫る刃の切っ先に気づいてセレンが眼を丸くする。防ぐことも、躱すこともできない。

 切っ先はセレンの法衣を貫き――肌の前で止まっていた。

 アダムは自分の足下を睨んだ。

「何者だ!」

 地中から飛び出ている手で自分の足首を掴んでいる。アダムはその足を大きくほぼ真上に蹴り上げた。

 砂を舞い上げながら埋もれていた人影が飛び出し、そのまま天高く飛ばされた。

「出してくれたお礼は言わないからな!」

 アレンだった。

 放たれる〈ピナカ〉の輝く3本の矢。

「やはり先に片付けなくてはならないのは御前のようだ!」

 矢は瞬く間に〈黒の剣〉に吸収され、斬撃の衝撃波がアレンを襲った。

「ぐわっ!」

 衝撃を躱しきれず胸に喰らったアレンが吹き飛んで地面に落ちた。

 仰向けになったアレンの胸から火花が散る。機械の半身である片方の胸の装甲が、爪で抉られたように穴が空いている。それでもアレンは歯を食いしばって立ち上がった。

「まだまだ!」

 ――歯車はまだ鳴り続けている。

 仁王立ちをするアレンにアダムは斬りかかった。

「何故立ち上がるのだッ!」

「負けたくないからに決まってんだろ!」

 振り下ろされた〈黒の剣〉を躱し、アレンはアダムの懐に入ると、渾身の拳を腹にお見舞いした。

 腹に喰らいながらもアダムは体勢を崩さなかった。そのまま〈黒の剣〉を薙いでアレンの胴を真っ二つにしようとした。

 アレンの足の裏を擦るか擦らないかの距離を刃が通り抜けた。飛び上がって〈黒の剣〉を避けたのだ。そのままアレンはアダムの顔面を蹴り上げた。

 顎を上に向けながらアダムが後方に飛ばされ、背中から倒れそうになったが、片足を引いて踏みとどまり、その足を蹴り上げて跳躍し、アレンの脳天に斬りかかった。

 機械の手を突き出したアレン。

 これまで何度も〈黒の剣〉には苦い思いをさせられた。はじめてルオと闘ったときには、機械の腕を切り落とされ生死の境を彷徨った。今まではアレンの装甲では、その刃を防ぐことはできなかった。

 が、アレンの手のひらは〈黒の剣〉を受け止めていた。

 口と眼を大きく開いて驚愕するアダム。

「何故斬れぬ? いや……何故、〈黒の剣〉に喰われ朽ち果てぬのだ?」

 もはやこの周辺は死の大地と化していた。

 人間も機械人も物も、朽ち果て砂に還って逝った。無事なのは〈生命の実〉に守られたセレンだけのはずだった。

 裂かれた胸の装甲の奥底で燦然と輝き出す歯車。それは歯車の形をしていたが、アダムにはわかった。

「まさか〈生命の実〉だとッ!」

 その輝き、その溢れ出す生命の息吹、まさしく〈生命の実〉!

 〈黒の剣〉から闇が霧のように溢れ出す。

 地獄からの悲鳴。

 アレンがセレンに目を向ける。

「ぼさっとしてないで手伝えよ!」

「は、はい!」

 駆けつけたセレンが錫杖の柄で〈黒の剣〉の刃を押し戻そうとする。

 噴き出した闇は七つの首を持つ竜のように不気味に蠢き暴れ狂う。

 狂気を孕んだアダムの紅い瞳。

「此の星ごと御前ら喰らい尽してくれるわ!」

 大地が揺れる。

 アレンは足を踏みしめ歯を食いしばった。

「くっ……」

 暴風が3人を包む。

 激しく揺れる髪。

 ズシンッと大地が沈んで3人を中心としてクレーターができた。

 小さな稲妻のようなエネルギーが、火花を散らしながら発生した。

 微かに聞こえはじめたヒビの入る音。

 アレンの手に食い込む刃。セレンが握る錫杖の柄にも亀裂が入っていた。

 狂気の形相でアダムは笑いはじめた。

「ハハハハハッ……滅びろ、滅びてしまえ、クハハハハ……ハ……?」

 急にアダムの顔つきが変わった。疑問を浮かべたのだ。

 大地から芽が出て、双葉に分かれた。

 生えてきたのは1つではなく、次々と大地から若葉が芽を出しはじめた。

 大地が緑に染まっていく。

「何事……だ」

 アダムは驚きを隠せない。

 予期せぬ出来事が起きたのだ。

 色とりどりの花が咲いた。

 稲穂が風に揺れた。

 大きく育った木から真っ赤な林檎が地面に落ちた。

 豊穣の香りが世界を包み込む。

 またヒビの入る音。

 〈黒の剣〉の刃に稲妻のようなヒビが奔った。

 憎たらしい糞餓鬼の笑みを浮かべたアレン。

 次の瞬間、〈黒の剣〉が折れた。

「喰らえッ!」

 叫んだアレンから繰り出される拳。

 それは生身の拳だった。

 顔面を殴られたアダムが片足を引いてよろめく。

「……何故だ……何故だ……アレンよ、御前は機械なのか、それとも人間なのか、どちらなのだ?」

「俺は人間に決まってんだろ!」

 止めと言わんばかりの生身の拳がアダムの頬を抉るように殴った。

 吹っ飛ばされたアダムが何度何度も地面を転がる。

 地面に這いつくばり立ち上がろうとするアダムの手には、もう〈黒の剣〉は握られていない。

 力を失ったアダムはやっとの思いで立ち上がったが、背中を丸めて大きく咳き込んだ。

「ゲボッ……ブグッ……ウエェェェ……」

 アダムの口からメタリックの液体が吐き出される。

 芝生の上で蠢くその液体はアダム。

 気を失ったルオはゆっくりと倒れた。

 液体金属の本体となったアダムは、スライムのようにドロドロと動き、まるで手のようなものを苦しそうに伸ばした。

「オオオッ……ウオオオオ……終ワリダ……何モカモ……メギドノ……炎デ御前達モ道連レニ……」

 セレンから錫杖を奪ったアレンは、それでアダムを叩きつぶした。

「私ハ……何者……ダッタノ……ダ……」

 飛び散った液体が光に包まれて消える。

 跡形もなくアダムは消滅した。

 錫杖を投げ捨て倒れるように座り込んだアレン。

「あ~、腹減った」

 涙目でセレンは肩を撫で下ろした。

「終わったんですね」

 目を指先で拭いながらセレンは空を眺めた。

 背筋が凍った。

 セレンの顔が見る見る恐怖に染まっていく。

「そん……な……」

 巨大な紅い炎の塊が流星のように降ってくる――〈メギドの炎〉だ。

 アレンは大の字になって寝転んだ。

「もぉ~知~らねっ」

「アレンさん!」

「死ぬ前に旨いもんたらふく喰いてぇなぁ」

「……いいです、わたしひとりでどうにかします!」

 錫杖を拾い上げ、サファイアの翼を輝かせたセレンは飛び立とうとした。

 その手首が掴まれ引き止められた。

 セレンはアレンかと思って振り向いたが、そこにいたのはルオだった。

「あれを食い止められるのは朕だけだ」

 ルオの手には折れた〈黒の剣〉が握り締められていた。

 闇色の〈黒の剣〉が音すらも吸いこむように静かだった。

 セレンは立ち尽くした。

 そして、ルオは〈黒の剣〉に乗って、遥か空へと飛び立ったのだ。

 アレンは空を見つめていた。

 緑が風に揺れる。

 世界は静かだった。

 それはほんの少しの間だった。世界全体が静止してしまったような感覚。

 ――静寂。

 アレンは瞳をつぶった。

 そして、再び瞳を開けたとき、世界は動きはじめた。


 それから数ヶ月の月日が流れた。

 大地に鎮座している超巨大円盤形飛空挺の前で、セレンがマルコシアスを涙目で見つめていた。

「あの、本当に行っちゃうんですか?」

「この星で我々が暮らしていくのは難しい。すべての機械人を連れて月に行きます」

「また逢えますよね?」

「いつか人間と機械人が暮らせる日が来れば還ってきます」

「わたしが生きてる間には難しそうですね、ぐすん」

 涙を拭うセレンを見てマルコシアスは笑った。

「あはは。ライザ博士が衛星を直してくれたので、いつでも顔を見て通信することは可能ですよ。では、そろそろ時間なので、さようならセレン様」

「あのっ、またお母さんの話聞かせてください!」

 まるで手を振るようにマルコシアスは翼を動かし、あっという間に飛空挺まで飛んで行ってしまった。

 やがて月に向かって飛空挺は飛び立っていった。

 セレンは見えなくなるずっとずっと手を振り続けた。


 丘の上は風が強かった。

「ったく、煙草に火が点かねぇ」

 トッシュは口の煙草をポケットの押し込んでから、辺りを見回した。

 杖を突いた少年が見えた。

「おーい!」

 トッシュが手を振って叫んだのに少年は気づいて、岩場を飛び越えてやって来た。

「なんだ用か?」

 片言なのか、ぶっきらぼうなのか、そんな口ぶりだった。

「この辺に墓があるはずなんだか、見たことないか?」

「んっ」

 少年は杖の先でその方向を示した。

「ありがとな坊主」

 トッシュは少年に礼を言って駆け出した。

 それは粗末な墓だった。大きな石の土台に、それよりも一回り小さな石が積み上げられている。花が供えられていなければ、それが墓石だとわからなかったかもしれない。

 花を供えた者は墓の傍に立っていた。トッシュもよく知っている者だ。

「久しぶりだなジェスリー」

「こんなところで会うなんて、奇跡の確率です」

 供えられている花を見たトッシュは、さっきの煙草を1本、花の横に置いた。

 すぐにジェスリーが突っ込む。

「ジャン博士は煙草をお吸いになりません」

「死んでるんだから関係ないだろう」

「……ありがとうございます」

「ん? ああ、礼を言われることじゃない。ちょっと近くを寄ったからついでだ」

 この辺りはなにもない土地だ。

「少しお話してもよろしいでしょうか?」

 と、ジェスリーが切り出した。

「どんな話だ?」

「歴史から消えてしまわないように、わたくし以外の方にも知っていてもらいたいのです。ジャン博士はある使命を帯びて、コールドスリープ装置である赤子と共に眠りに就いていました。その赤子は病気で、当時の医療技術では治すの困難でした。ですから治療薬が開発されるまで、眠りに就くことにしたのですが、いろいろな事情がありまして、ずっと目覚めることなくこの時代まで忘れられてしまいました。それが16年ほど前、古代遺跡を荒らしに来た盗賊によってコールドスリープ装置が発見され、ジャン博士と赤子は目覚めました。目覚めたのはいいのですが、この時代はすでに魔導と科学力が衰退しており、赤子の病気を治す治療薬も存在していませんでした。けれど、運がよかったことに、この時代の人間はその病気の抗体を持っていたのです。そして、赤子の病気を治すことができたのです」

「よかったじゃないか。それでめでたしめでたしか?」

「いいえ、そのあとジャン博士の住んでいた村が戦乱に巻き込まれ、赤子が行方不明になってしまったのです。それからジャン博士は世界中を旅して赤子を捜しました。しかし、何年経っても見つからなかったのです」

「そこで話は終わりじゃないだろうな?」

 ジェスリーはポケットから十字架のペンダントを取り出した。

「つい先日アレンさんから預かったものです。もともとこれはジャン博士が恋人に贈った物なのですが、今はセレン様の物なので、トッシュさんから返していただけないでしょうか?」

「まさか……その赤子って……」


 新生シュラ帝國の玉座へと続く真っ赤な絨毯。

 その道を飾るのは国中から集められた美男子たちだった。

 四つん這いにさせた青年を足置きにして、玉座に座っていたのはこの帝國初の女帝だった。

「退屈だわ」

 ライザは溜め息をついて、思い立ったように立ち上がるといきなり走り出した。

「またライザ様がお逃げになったぞ!」

 近衛兵たちの大声が城内に響き渡った。

 かつてその国は世界から畏れられる軍事国家だった。

 しかし、今は100年未来をいくと云われる魔導科学国家の歩んでいた。

 〝ライオンヘア〟と呼ばれていたのも昔のこと、今は〝白衣の女帝〟と云われている。

 城内に悲鳴があがる。

「大変だ、ライザ様の撃った光線銃を喰らった兵士が猫になっちまったぞ!」

「ぎゃーっ、こっちの兵士は豚だぞ!」

 この国は今日も平和だった。


 花畑の真ん中にある柩にもたれかかり、地面に脚を伸ばして座っている妖女。

 それは硝子の柩に似ていたが、中は培養液で満たされていた。中で静かに眠っているのは――。

「ねえお姉様、明日はどこに出掛けましょうか?」

 風が吹いて花が香り立った。

「うふふ、お姉様ったら研究所にこもってばかりで……これは神様が与えてくれた休日かしら」

 妖女がゆっくり立ち上がると、その姿は老婆へと変貌した。

「わしばかりが歳を取ってしもうて、目覚めたお姉様はわしのことがわかるかの?」

 声まで年老いてしゃがれている。

「そうじゃ、いっしょに海に行こうと約束して、一度も行ったことがなかったの。明日は海にでも行くか」

 不思議そうな顔を老婆はした。その鼻をくすぐった風の匂い。

「潮?」

 海など近くにないのに、どこから香って来たのだろうか?


 太陽が燦然と降り注ぐ煌めく海の上に少年はいた。

 少年は海風に吹かれながら、竹材で作ったいかだに揺られ、どこ行く当てもなく漂流していた。

 海賊帽子に片眼には黒い眼帯。いかだの帆にはらくがきみたいな髑髏マークが描かれていた。

 深く被った帽子から覗く片眼は、遥か彼方を見つめているようで、なにも見つめていないような眼差し。

 少年はあの先になにを見る?

 そして、なにを求め、旅をしているのだろうか?

 その時、少年の腹が奇怪な音を立てて鳴いた。

 ぐぅぅぅぅぅ~~~っ。

「腹減ったぁ~~~」

 今、少年に最悪最強の敵が襲い掛かる!!

 ――空腹。

 もう何日こうやって漂流しているのだろうか?

「マジで死ぬ。そこら中に魚がいるってのに、なんで一匹も釣れねぇんだよ」

 釣り針は垂らしているが、餌はついていなかった。

 腹を押さえながら少年は遠い海を眺めた。

「ん?」

 見る見るうちに少年の瞳が大きくなっていく。

「船だ!」

 狂風が吹いた。

 帆が風を受けて船に向かっていかだが進む。風があっても、この早さは不思議だ。あっという間にいかだは船の横にやってきた。

 船はいかだの何倍もある大きな船で、少年は首を曲げて顔を上げた。

「お~い、飯ちょっとわけてくんない?」

 その声に反応して甲板から人影が身を乗り出して顔を見せた。その顔は少年を見てあからさまに嫌そうな表情をした。

「君にくれてやる食料はない」

「あ、てめぇなんでこんなとこにいんだよ、海賊やってんの?」

「海賊船ではなく商船だ」

 ルオは溜め息をついた。その横から新たな人影が顔を出した。16、7くらいの娘、ラーレだった。

「そちらの女性はルオの知り合いですか?」

 驚いたルオと少年――ではなく少女アレン。

「俺のこと女だってわかんの?」

「君、女だったのかい?」

 疑いの眼差しでルオはアレンを細い眼で見た。

「悪かったな女で」

「乗れ」

 ルオはロープを下ろした。

「おお、サンキュ!」

 アレンは軽く礼を言ってロープを登った。

 甲板のへりに来ると、ルオが手を伸ばしたので、それにアレンはつかまった。が、お互いの手と手が握り合った瞬間、ルオは心の底から嫌そうな顔をしたのだ。

「やっぱり気持ち悪い」

 そう呟いて手を離した。

 水飛沫を立てて海に落ちたアレン。

「うわぁ、俺泳げねぇんだよ、この野郎落としやがって!」

「朕も泳げぬ」

 慌ててラーレが海面を指差した。

「鮫です!」

「飯だと!」

 アレンは叫んだ。

 サメに向かって泳ぎ出すアレン。

 呆れたようにルオは呟く。

「泳げるじゃないか」

 巨大な口を開けた巨大サメはアレンをひと呑みにしようとする。

 ――どこかで歯車の鳴る音がした。

「飯ぃ~~~っ!」

 サメを放り投げながら自分自身も飛んでいた。

 船の甲板に打ち上げられたサメとアレン。

 全身をびしょびしょにしながら、大の字で空を眺めるアレンの視線が霞む。

「……腹……減った」

 そして、アレンの意識は白い中に落ちていった。

 穏やかな寝息を立てるアレンの表情は、まるでたくさんの料理を目の前にしているように、ニヤニヤと笑っていたのだった。


 完

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