逆襲の紅き煌帝「そして未来へ(4)」
「ふふふふっ。私を追い詰めたつもりか?」
アダムは不気味に笑った。
魔導炉も〈ベヒモス〉も、フローラも火鬼も、失われた今、アダムは劣勢に立たされたのか?
――否。
それは戦いの一部にしか過ぎない。
市内に響き渡っていたのは人間の悲鳴だった。
鬼械兵団の圧倒的な戦力で、人間が次々と息絶えていく。鬼械兵は腕がもげようと、足を失おうと、悲鳴一つあげず、まるでゾンビのように襲い掛かってくる。死の軍隊を相手にしている気分だ。
アレンは気づいている。アダムには少なくともあと2つの切り札がある。火星にいる100万を越える鬼械兵と、人工衛星からの地上へ向けての攻撃〈メギドの炎〉。
たとえ〈生命の実〉がなくとも油断できない。それにアレンたちは〈生命の実〉がアダムの手にないことをまだ知らないのだ。警戒を強めている。
「その袋はなんだよ?」
「知りたいか?」
「ああ、知りたいね」
アダムが〈大地の袋〉を振り回して押し掛かってきた。
慌ててアレンはブリッジをして〈大地の袋〉を躱した。
「いきなりかよ!」
まだそこで攻撃は終わりではない。
アレンの腹に〈大地の袋〉が落とされようとしていた。
その袋がなんのかアレンは知らない。だが、ヤバイと直感して、地面を転がって避けた。
大地が鳴らした地響き。
まるで隕石が衝突したように、クレーターが地面にできた。すでに〈大地の袋〉はアダムが持ち上げている。ほんの少し地面に触れただけでこれだ。
クレーターができたときの衝撃で、アレンは天高く吹っ飛ばされていた。
「洒落になんねぇ。やっぱただの袋じぇねえのかよ!」
空から見るクレーターの大きさは直径30メートルほどだった。周りにいた兵士たちも巻き込まれている。
アレンは地面に衝突する寸前で、ふわっと身体が浮き上がり、ゆっくりと着地した。風を操ったのだ。
涼しい顔をしているアダムとは対照的に、アレンは冷や汗を垂らしている。
〈大地の袋〉を一発でも身体に喰らえば一瞬して潰される。接近戦は危険だった。
アレンは腕を薙いで風の刃を繰り出した。
「喰らえ!」
「それは御前だ」
一瞬にしてアダムとアレンの場所が入れ替わった。
「うわあっ!」
風の刃を受けたアレンの服と胸が切られた。
噴き出す鮮血。
切られた服の隙間から覗くなだらかな乳房が血で濡らされた。
アダムは今のアレンの姿を見て、息を漏らした。
「嗚呼、御前が少女だったことを忘れていた」
「女で悪いかよ!」
「性別的には女性だが、御前は永遠の少女だ。歳も取らず、何千という月日を生きてきた。実は御前の足跡について調べたのだ。近年以前となると、御前らしき人物が記録されていたのは、128年前の事件だった。地上最後の智慧を持つドラゴンと云われていたドゥルブルザッハードの聖都襲撃事件だ」
「覚えてねぇよ」
「そうか、では何年前のことなら覚えているのだ?」
「知るか」
「私は創られた瞬間から覚えている。膨大な記録を背負っているのは辛い。人格に膨大な記憶は邪魔なのだ。しかし、私はそのように創られた」
アダムはゆっくりと目をつぶった。
「――が、それでも私は生きる意味を捜し続ける」
前半部分は声が小さすぎて聞き取れなかった。アダムはいったいなんと呟いたのか?
そんな細かいことなどアレンには関係なかった。
――歯車が鳴りはじめた。
肉弾戦にアレンは賭けたのだ。
自らの機動力に風の力を上乗せする。
猛スピードで殴りかかってくるアレンを前に、アダムは急に立ち眩みを起こしたように足下をふらつかせた。
「うっ……」
人間のように呻き、思わず膝から崩れそうになった。
そこにアレンの拳が叩き込まれた。
「ウォオオオオオオオオオオオッ!」
アダムの身体が吹き飛ぶ前に、目にも留まらぬ拳の連打が繰り出される。
――歯車が悲鳴をあげている。
「糞ったれッ!」
最後にアレンはアダムの顎を下から抉り殴った。
10メートル以上の上空まで吹っ飛ばされたアダム。その手にはしっかりと〈大地の袋〉が握られている。
「わたしになにが起こっている?」
アレンに殴られたことなど、なかったようにアダムは呟いた。
そのまま無抵抗のままアダムは地に落ちた。
止めを刺そうとしてきたアレンを視線だけでアダムは見た。
「気をつけろ、わたしが今持っているのは〈大地の袋〉という魔導具だ。重量はこの星ほどある。わたしはこれを重力を操って支えることができるが、これが大地に置かれればどうなるかわかるか?」
アレンは拳を上げて止めていた。
「どうなるんだよ?」
「重さとは重力だ。星と星とがぶつかると考えればいい」
「落とすなよ絶対」
「はじめからそのつもりだ」
「汚ねぇぞ、人質取ってるもんじゃねえか!」
「しばし待て」
「はぁ?」
攻撃できないアレンを目の前に、アダムはゆっくりと立ち上がった。
地中から聞こえてくる響き。なにかが来る。
瞬時にアレンは遥か後方に飛び退いた。
次の瞬間、地中から巨大な蛇のような頭が飛び出してきたのだ。
それはまるで鎧を纏ったような海蛇だった。海龍と言ったほうがいいかもしれない。想像を絶する大きさは、クーロンを上空から見なければわからなかった。
クーロンの市壁の外周をぐるりと一周する海龍。尻尾のところから地中に潜り、そこからクーロンのほぼ中心で頭を出したのだ。
「鬼械竜〈レヴィアタン〉だ」
〈レヴィアタン〉の鼻先に乗っているアダムが言った。
「これは転送装置魔法陣でもある。予定時刻にはまだ早いが、人間の答えはもう聞くことができた。火星の同志を呼ぶことにしよう」
アダムは手に持っていた〈大地の袋〉を〈レヴィアタン〉の口の中に放り込んだ。
「〈生命の実〉には遠く及ばないが、10分程度は火星のゲートとリンクすることができるだろう。さて、どれほどの鬼械兵がこの青き星にやって来るか?」
一瞬にして辺りが蒼白い光に包まれ、目をつぶらずにはいられなかった。
鬼械兵にやられ、次々と人間が倒れていく。これ以上、戦場に鬼械兵を増やすわけにはいかなかった。〈レヴィアタン〉を止めなくては――しかし、なにができる?
「糞ッ!」
アレンは地面を蹴って高くジャンプした。さらに風の力を借りて上昇する。
「俺にできることは……こいつをぶん殴ることだ!」
拳をアダムに叩きつける。
強烈な拳をアダムは片手で受け止めた。
アレンの背後で声がした。
「退け!」
〈黒の剣〉を振り下ろすルオだった。
瞬時にアダムとルオの場所が入れ替わった。
冷や汗を流したアレン。
「俺のこと殺す気かよ?」
「それはまたの機会だ」
〈黒の剣〉の刃はアレンの鼻先で止まっていた。
アダムに空間転送は厄介だ。下手をすれば同士打をさせられる。
地面に着地したアレンとルオがアダムと対峙する。
「俺のケンカに手ぇ出すなよ」
「五月蝿い、朕の獲物だ」
「ふむ、〈黒の剣〉は厄介だ」
と、最後にアダム。
それを聞いてアレンが怒り出す。
「俺は戦力外かよ!」
「そういうことだ!」
叫びながらルオがアダムに斬りかかった。
「まずは千の兵」
アダムが囁いた瞬間、低空から1000の鬼械兵が突如現れ降ってきた。ついに火星から鬼械兵が投入されはじめたのだ。
瞬時に判断したルオは空に向かって斬撃で衝撃波を放った。空中でいくつかの鬼械兵が爆発したが、全体に対しては微々たるものだ。
アレンは〈レヴィアタン〉の頭部を指差してルオに話しかける。
「おまえの剣であれ停止させろよ、そういう機能ついてんだろ。あれ倒せば鬼械兵が降ってこなくなる!」
「簡単に言ってくれるな」
クーロンの街を囲むほどの巨体だ。人の子などゴミほどの大きさでしかない。
〈レヴィアタン〉の頭部が地中に潜った。
「おまえがとろいから逃げられたじゃねーか!」
「朕のせいにするな!」
2人が言い合っている間にも、新たな鬼械兵は地上に降り立ち、人間を虐殺しはじめている。2人の周りも例外ではない。無数の鬼械兵が群がっていた。
ルオが〈黒の剣〉を薙ぐ。
刹那にして破壊される鬼械兵ども。
アレンも鬼械兵と戦いたかったが一対多数はアレンに分が悪い。
鬼械兵が石触手に串刺しにされた。リリスだ。アレンの元にリリスとジェスリーがやってきた。さらにジェスリーが持っているのは――、
「アレンさん受け取ってください!」
〈ピナカ〉が投げられ、アレンはキャッチした。
「サンキュ」
お礼と同時に〈ピナカ〉は放たれていた。
3つの輝く矢が鬼械兵を撃ち抜き、さらに巨大な3つ叉の槍となって薙ぎ倒す。
しかし、再び低空から1000の鬼械兵が降ってくる。
追い詰められた状況。
リリスがごちる。
「〈インドラ〉を犠牲にしたのは失敗じゃったかのぉ」
たしかに〈インドラ〉の魔導砲があれば、地上を一掃する攻撃ができた。
だが、すぐにジェスリーがフォローする。
「しかし〈ベヒモス〉に唯一対抗できたのは〈インドラ〉です。〈ベヒモス〉をあのとき停止に追い込んでいなければ、戦況は今より酷い状況に陥っていたと思われます」
それ市内は敵味方入り乱れている状況だ。無差別攻撃の〈インドラ〉の魔導砲は使用できなかっただろう。
「片っ端から片づけりゃいいんだろ!」
アレンは〈ピナカ〉を放った。
「朕の辞書に敗北はない」
ルオは〈黒の剣〉を薙いだ。
鬼械兵の数はまったく減ったように見えない。
それでもアレンとルオは戦い続ける。
サブマシンガンに取り付けられていたライトで闇を照らす。
トッシュは停電している〈ベヒモス〉内に侵入していた。鬼械兵の姿はない。しんと静まり返っていた。
だが、警戒は怠らない。足音と気配を消しながら慎重に先へと進む。はっきり言って、今の装備では鬼械兵とのタイマンは避けたかった。
サブマシンガン、バズーカ、〈レッドドラゴン〉。一撃で鬼械兵とやれるのはバズーカだが、1体に対して1発など戦闘には向かない。なおかつ、ここは屋内だ。
外にいた鬼械兵は複数の兵士で取り囲み、サブマシンガンで蜂の巣にしてやっと一体倒すのがやっとだった。〈レッドドラゴン〉は鬼械兵の装甲を貫くことができたが、1発貫いてなにになるのだろうか。
汗を垂らしながら歩き続けたトッシュは牢屋までやってきた。檻の中を照らすと、女が立っていた。
「アタクシのこと助けに来てくれたのかしら?」
「だれがおまえなんか」
牢屋に入れられていたのはライザだった。
「艦が停止したお陰で、檻に流されていた電磁フィールドは消えたのだけれど、鉄格子はどうすることもできなくて困っていたのよね。早く助けて頂戴」
「だからだれがおまえなんか助けるか、裏切り者」
「だったらなんでこんな場所来たのよ?」
「シスターの嬢ちゃんを助けるために決まってんだろう」
そうなのだ、トッシュたちはセレンの行方を知らないのだ。
「ああ、あの子ならアタクシが逃がしたわよ」
「はぁ!? どういうこった?」
「アタクシが本当に裏切ったと思ってるわけ?」
「俺様はなあ、一度もおまえのこと信用したことないぞ」
苦笑するライザ。
「ったく、やんなっちゃうわ。人間様に使われる機械の下僕なんかになると思う? このアタクシが?」
たしかにライザは他人に仕える玉じゃない。
「どうしてルオの下にはついてるんだ?」
「仕えているというより、あれアタクシの作品ね。せっかくだからだれも知らない秘密教えてあげましょうか? それと交換でアタクシはここから出すというので手を打たない?」
「聞いてから考える」
「それじゃ取り引きにならないでしょう。アタクシのとって置きよ」
「わかった出してやる」
トッシュはバズーカを構えた。まだ撃たない。話を聞いてからだ。
愉しそうな顔をするライザ。今まで見せたことのない無邪気な顔だ。
「じつはね……ルオってアタクシの弟なのよね。あははははっ」
「マジか?」
「ほら、早く出しなさいよ」
「マジかって聞いてるんだ」
「腹違いでも何でもない、前皇帝と正妻の間に生まれた子供よ、アタクシもルオも。けれど、女に生まれると損よね。皇族の血筋にアタクシの存在はなかったことにされてるわ。一般人扱いされることはなかったけれど、下級貴族の養女として育てられたわ」
すっかり話を聞き入っているトッシュはバズーカを床に向けていた。
「それからどうなった?」
「本当はアタクシ自身もなにも知らず、そのまま下級貴族の娘として一生を終えるはずだったのだけれど、本当の母が一度だけお忍びでアタクシに会いに来たことがあるの。涙を流しながら何度も謝りながら、全部話してくれたわ。正直腹が立ったのよね、こいつもアタクシを捨てたひとりには違いないわけじゃない?」
「ひねくれてるぞ」
「仕方ないじゃない。養女になった家にはすでに養父母の本当の娘がいて、しかもアタクシの下に弟まで産んでくれちゃって、アタクシは家政婦じゃないっての。それでね、家を出るために血の滲む猛勉強したわ。男と同じくらい勉強できても、女のほうが下に見られるから、男どもが足下に及ばないくらいの地位と権力を手に入れるために、本当に必死だったわ。でもまさかルオの傍に仕えられるくらい出世できるなんて思ってなかったけれど」
「本当はルオに復讐とか考えてるのか?」
「さあ、どうかしらん」
おどけてライザは笑って見せた。
そして、後ろ向きに歩きながら牢屋の奥へ進んだ。
「アタクシの話はこれくらいにして、さっさと出して頂戴。早漏も嫌われるけれど、遅漏も嫌われるわよ」
「関係ないだろ、その話は!」
トッシュはバズーカを撃った。
鉄格子の何本かが折れ、周りの格子はひしゃげた。
ライザが牢屋の中から出てくる。
「そうだ、シスターの話もついでにしてあげましょうか?」
「そっちが本題だ。どこにいるんだ?」
話が戻された。
「彼の話だと第零メカトピア」
「どこだそれ? その彼ってどんな奴だ?」
「ワーズワースよ」
「……奴が死んだって知ってるか?」
少し哀しげな顔をトッシュはしていた。その顔とライザは顔を合わせない。
「ええ、彼の役目はアタクシが引き継いだから問題ないわ」
「ん?」
「諜報活動とか裏工作とか、だれのお陰でナノマシンウイルスや火星からの転送とか、アダムのスケジュールを狂わせてやったと思ってるの? アタクシが細工したからに決まってるでしょう」
傲慢な声音で言ったライザにトッシュは少しうんざりした。
「ああ、それはわかったから、シスターはなんで第零メカトピアってとこにいるんだ?」
「さあ、詳しくは知らないわ。彼がセレンがそこに行けば、もしかしたらなんらかの力を借りられるかもしれないって」
「どういうことだ?」
「知らないわよ。ほらさっさと行きましょう、艦内に残っている武器とかを漁りに」
ヒールを鳴らして先を歩き出したライザが立ち止まり振り返った。
「明かりがないと先進めないでしょう、早くして」
「はいはいお姫様」
皮肉を込めて吐き捨て、舌打ちしてからトッシュはライザの後に続いた。