逆襲の紅き煌帝「そして未来へ(3)」
クーロンを包囲した多国籍軍。
戦車部隊の一斉砲撃が市壁を攻撃した。
その様子をアダムは〈ベヒモス〉の司令室の巨大モニターで見ていた。
「この場所を攻撃してきたのは、我々がここにいると知ってか……」
特定の軍が攻撃してきたのではない。鬼械兵団との本格的な戦闘をするために、人間は連合を組んでいる。機械と人間という明確な線引きの戦いだ。
「予定通り零號炉[ぜろごうろ]を始動させ、ナノマシンウイルスの散布をはじめるぞ」
アダムの命令で鬼械兵が動き出す。
魔導炉の天井が花開き、花粉のように光球が舞い上がる。
そのさらに上空に現れた〈インドラ〉。
アダムは〈インドラ〉の下部が輝くのを見た刹那、
「飛空挺に魔導砲を放て!」
叫んだ。
魔導砲の巨大な光線が天を突かんとした。
急旋回した〈インドラ〉に魔導砲が掠った。
天を迸る稲妻。
傾いた〈インドラ〉が魔導砲を横に発射してしまったのだ。
そして、都市は沈黙した。
停電だった。
ナノマシンの散布も止まっている。
アダムが呟く。
「なにが……起きた?」
動力が別になっている〈ベヒモス〉は稼働している。
アダムは振り返った。
その先には壁により掛かり優雅に珈琲を飲むライザの姿。
ライザは唇を舐めて艶笑を浮かべた。
直感するアダム。
「なにをした!」
「あら、まるでアタクシが悪さでもしたような言い方。アタクシは最善の仕事をしたわよ。偽物の〈生命の実〉でもシステムが稼働できるようにしたもの。偽物ではやはりエネルギー不足が起きてしまったけれど」
偽物だと知っていて、それをアダムに報告しなかった。
「本物はどこにある?」
「シスターが持ち逃げしたわ」
「この女を監禁しておけ!」
アダムが叫び、鬼械兵がライザを連行していく。
さらにアダムは命令する。
「ライザが関わったシステムを早急に点検しろ。それが終わったら全システムの点検だ!」
怒っていた肩をアダムはゆっくりと落とした。
「なぜ人間という動物は裏切るのだ。何度も何度も私は人間に裏切られた。なぜ人間は裏切る?」
裏切るという言葉の意味を理解していても、なぜ裏切るのかという心理が理解できない。ゆえに裏切られることを予見できず、今回のような事態を引き起こしてしまった。
鬼械兵がアダムに身振り手振りなにを示している。電波による会話をしているのだ。それを聞いたアダムはすぐに巨大モニターの映像を切り替えた。
「市壁が〝切断〟されただと?」
戦車の上に立ち、多国籍軍の先陣を切っている漆黒の大剣を構えた少年。その軍勢は分裂していたシュラ帝國の残党がほとんどだった。今も煌帝ルオの威権を象徴する軍だった。
ルオの立つ戦車に追いついてきた別の型の戦車。その戦車の上には軽合金プロテクタースーツを装備した大柄の男。フルフェイスのマスクから若干覗ける顔はトッシュだった。
「俺様より先に行くな!」
「君と競争をしているつもりはないよ」
と、言いながらもルオの戦車はスピードを上げた。
「おい、待ちやがれ!」
と叫んでから、マスクについた通信機でトッシュは、
「スピードを上げろ」
と戦車の操縦者に伝えた。
切断された市壁の裂け目は戦車が横並びで2台通れるくらいだ。そこから鬼械兵がわらわらと湧き出してきた。
トッシュは背負っていたバズーカを構えた。
が、〈黒の剣〉の放った衝撃波が先に鬼械兵を一掃した。
トッシュは戦車の屋根を強く蹴飛ばすように踏んづけた。
「あの餓鬼っ、またいいとこ取りしやがって!」
シュラ帝國の残党軍がルオに続いて市内に突入していく。
負けじとトッシュも進撃する。
「全軍一気に進めーッ!」
通信機でトッシュが命じると、残る軍隊も激進した。革命軍を中心として、他国の軍なども含めた連合軍。
煌帝ルオと英雄トッシュの名前で集まった軍だ。
そして、空からは〈インドラ〉。
〈インドラ〉の狙いは魔導炉の破壊だ。
阻止するためにアダムが叫ぶ。
「飛空挺を魔導砲で打ち落とせ、なんとしても!」
〈ヘビモス〉がその顔を〈インドラ〉に向けた。移動要塞〈ヘビモス〉の全容はまるで象牙を生やした河馬[かば]だった。巨大な口を120度以上開き、そこから魔導砲を発射したのだ。
天まで届く輝ける塔のような光線が何本も何本も発射された。その光線の間を掻い潜る〈インドラ〉。避けることに精一杯で攻撃に転じられない。
鬼械兵から電波で報告を受けるアダム。
《零號炉のエネルギー源を元のシステムに変更しました》
「すぐに最大出力で稼働させろ」
再び魔導炉からナノマシンウイルスが散布される。それは今までの光球とは違うものだった。光り輝く翼の生えた赤子。まるで天使の子のようなものが空を舞い、やがて弾け飛んで光球となって世界に降り注いだ。
それは宗教画のような光景だったと共に、この戦場においては不気味な光景だった。目の当たりにした人間たちの志気が揺らがされた。
さらに花開く魔導炉から、巨大な人影がせり出してきた。まるでそれは裸体の女。燦然と輝くナノマシンウイルスの集合体が、魔導炉よりも巨大な女の姿となって生まれ出たのだ。
〈輝く女〉は愛を振り撒くようにゆっくりと両手を広げ、ナノマシンウイルスの光球を風に乗せた。
全身をプロテクターで覆っていた騎鳥部隊の兵士が、突然クェック鳥から転げ落ち悶えはじめた。
「ギャアアアッ」
周りの兵士たちも次々と転げ回り、中には装備を脱ぎ捨てようとする者まだ現れた。
「中に……ギャアアアッ……入って来るッ!」
フルフェイスマスクを投げ捨てた兵士の顔が、見る見るうちにメタリックに侵蝕されていく。
「退却しろーッ!」
機関銃を乱射して鬼械兵と交戦していた大男が叫んだ。全身プロテクターで顔はわからないが、その声はヴィリバルト大佐だ。
ナノとはその単位の10億分の1を表す。メートルであれば、0.000000001メートルである。
さらにナノマシンとは、0.1から100ナノメートルの機械装置である。隙間と言える隙間がなくとも、プロテクタースーツの中にまで侵入することは可能だった。
〈輝く女〉からすれば、それは顔の前を飛ぶハエだったかもしれない。しかし、それはその大きさからは想像もできないほどの、禍々しい鬼気を放っていた。
〈黒の剣〉をサーフボードのように乗りこなし、ルオは〈輝く女〉の眼前まで飛んできていた。
しゃがんで柄を握ったルオ。
刹那、振り下ろされた〈黒の剣〉が〈輝く女〉の顔面を切断した。
鬼のような形相をして大きな口を開ける〈輝く女〉。叫び声は聞こえなかった。
そのままルオは重力に身を任せ、〈輝く女〉の股まで切り裂き、その輝く身体が〈黒の剣〉に吸いこまれ呑まれていく。さらに魔導炉にまで斬撃を喰らわせた。
破壊された魔導炉に構っている余裕は〈ベヒモス〉にはなかった。
なんと、〈インドラ〉が特別攻撃を仕掛けてきたのだ。つまり体当たりだ。
上空から猛スピードで迫る〈インドラ〉を〈ベヒモス〉の機動力で躱すことは不可能だった。
大きく開かれた〈ベヒモス〉の口から魔導砲が発射された。
防御フィールドを展開していた〈インドラ〉だが、魔導砲の直撃を受けて大きく船体を損傷させ、煙を上げながら墜落する。はじめから堕ちるのが目的だ。関係ない。
轟音を響かせ〈インドラ〉は〈ベヒモス〉の口の中に突っ込んだ。
そして、その場で〈インドラ〉は魔導砲を放ったのだ。
雷鳴が轟く。
無数の龍に似た稲妻がうねり狂いながら〈インドラ〉と〈ベヒモス〉を絡め取った。
沈黙した。
〈ベヒモス〉の司令室は暗闇に閉ざされ、完全にエネルギー供給をストップしてしまっていた。
「おのれ、捨て身で来るとは……人間とは恐ろしいものだ」
暗闇の中でアダムは辺りを見回した。
「機能が生きている者はいるか?」
暗闇の中で火花が散っている。そこら中からだ。〈ベヒモス〉の機器類から鬼械兵まで、〈インドラ〉の魔導砲で感電してしまったのだ。〈ピナカ〉の直撃を受けても平気だったアダムだけが立っていた。
艦内にアダムは通信電波を飛ばした。
《全員この艦を捨てて退避せよ》
そして、司令室から一瞬にして消えた。アダムが立っていた場所には、換わりに鬼械兵が現れた。
アダムが空間転送で向かったのはエンジンルームだった。
〈ベヒモス〉は停止してしまったが、そのエネルギー源は無事だった。
秤の上に乗せられいる大きな袋。これが〈ベヒモス〉のエネルギー源だった。〈大地の袋〉と呼ばれるこの魔導具は、大きさは人の胴ほどの袋だが、その重さは大地と同等。この重さ、重力をエネルギー変換して、〈ベヒモス〉を動かしていたのだ。
アダムは大地と同じ重さの〈大地の袋〉を軽々と持ち上げた。
そして、空間転送で〈ベヒモス〉の外にいた鬼械兵と場所を入れ替えた。
灰と化しているクーロン市内は鬼械兵と人間の戦闘が激化していた。
さらに人間と人間の戦いも――。
〈レッドドラゴン〉の銃口の先にはフローラが立っていた。
「勝ち目のない戦いよ」
「それは人間が機械にって意味か、それとも俺様はおまえにって意味か?」
「両方」
フローラの身体から槍のような植物が放たれた。
銃声が吼えた。
腹を無数の蔓で貫かれ、トッシュは苦しそうな顔をしてよろめいた。
「なぜ避けなかった?」
「あなたこそ」
苦しげに囁いたフローラも腹を押さえていた。その指の隙間から滲む鮮血。
膝をついたトッシュ。
「相打ちなんて最悪だな……女の死に様なんて見るもんじゃない。なんで撃たれたんだよ!」
「どちらに転ぶかわからないけれど、戦争はもうすぐ終わるわ。はじめから戦争が終わったら自ら命を絶つつもりだったの」
「罪滅ぼしか?」
「この星のためにやったんだもの、後悔なんてないわ」
トッシュの傷口からゆっくりと蔓が抜かれていく。
驚いた顔をするトッシュの顔色が少しずつよくなっていく。同時にフローラが枯れていく。
全身から水分が失われ、年老いて目も呉れないほどの老婆と化していく。
自分の腹の傷が癒えたのに気づいてトッシュは悟った。
ゆっくりとトッシュはフローラに近づき、その息を確かめたが――。
「……胸糞悪い」
フルフェイスを脱ぎ捨て地面に叩きつけた。
そして、煙草を加えて火を付けた。
「こんな糞不味い煙草はじめてだ」
戦争はまだ終わっていない。トッシュは〈レッドドラゴン〉を握り締め大地を踏みしめて歩き出した。
一方、〈インドラ〉の操縦室ではリリスとジェスリーが地獄から蘇った敵と対峙していた。
首をもがれても、また新たなボディを手に入れ復活した火鬼だった。
「此処で会ったが100年目、息の根を止めてあげんす!」
「懲りない子だねぇ」
リリスはぼやいた。
ジェスリーは物陰に隠れている。
「わたくしは戦闘用ではありませんので、見守っていてもよろしいでしょうか?」
「年寄りをこき使うんじゃないよ」
しかも、リリスは岩だ。
しかし、火鬼とて炎の使い手である。
炎と岩。
「わっちの炎は岩を溶かす色気があるでありんす」
扇から放たれた炎は金属の床を溶かしながら、リリスの身体を包み込んだ。
にやりと笑う火鬼。
炎の中で妖女は艶やかに微笑んでいた。
「餓鬼に惑わされる妾ではないぞよ」
石触手が伸び、生身だった火鬼の目玉を貫き、後頭部から飛び出した。
火鬼は口をわなわな振るわせた。
「地獄で……待ってる……」
顔面から石触手が抜かれ、リリスの身体に戻っていく。
そこに立っているリリスの姿を見てジェスリーは驚いた。
「そのお姿は?」
「やっと此奴の精神を全部喰ろうてやったのじゃ」
そこに立っているのはまさしく妖女リリスの姿。だが、その身体には光沢があり、黒い御影石のようであった。形状は妖女リリスだが、その素材は石なのだ。
「じゃが、まだ自由に動けぬ。運んでくれるか?」
頼まれてジェスリーがリリスを持ち上げようとしたが、足が数センチ浮いただけだった。
「見た目から計算できないほどの質量があるようです。わたくし1人では運べそうもありません」
「仕方ないのぉ」
リリスが浮遊した。
ふわふわと不安定に空を飛ぶリリスを見てジェスリーは、
「飛べるのならわたくしに運ばせなくてもよかったのでは?」
「今試したらできたのじゃ」
2人は操縦室を急いで出た。
ルオ、トッシュ、リリス、ジェスリー。残るアレンはアダムの前に立ちはだかっていた。
「その袋持ってどこ行く気だよ?」
黒い眼帯で片眼を覆うアレン。
その身体の周りには風が渦巻いていた。