逆襲の紅き煌帝「そして未来へ(2)」
砂の海原にセレンを乗せた飛行機は墜落していた。
攻撃を受けたのだ。
地上からの何らかの攻撃を受け、砂漠のど真ん中に墜落した。その衝撃でセレンは今の今まで気を失っていたのだ。
操縦席に響く声でセレンは目を覚ました。
《……私の名はアダム。人間ではなく機械である》
それは全世界に向けられた演説だった。
《そして、この青き星の始皇帝となる者だ》
世迷い言にしか聞こえない言葉だが、それは現実の物になろうとしていた。
《機械の兵士たちが、世界各地で人間たちを制圧していることは、すでに多くの者の耳に入っていることだろう。それが我が軍――鬼械兵団である。手始めにシュラ帝国領のクーロンを落とし、その後、二大強国である神聖クリフト皇国の総本山クリフト市内と宮殿はすでに我が手中にあり、ロマンジア連邦の首都クアモスも制圧済みである》
かつては三大強国であり、そこにシュラ帝國が名を連ねていた。
《人間がすべての武器を捨てて我々に降伏しない限り、この戦争は続く。私の目的は人間の自由を奪うものではない。人間は武器を捨て、我々の存在――自立した機械を人類として受け入れる以外は、今まで通りの生活をすればいい。私がこの星を統治すれば、ロストテクノロジーのすべてが現代の技術として蘇り普及し、人間にとっても豊かな生活が実現するだろう》
目的に嘘はない。失われた時代も復古するだろう。だが、人間がアダムのやり方がを受け入れ、機械人と人間が良好な関係を築くことができるのか、それが問題なのだ。
《我々の存在を受け入れがたいというのなら、機械人になってみるがいい。特殊なウイルスによって、人間の肉体を機械に置き換える技術がある。すでにクーロン周辺で実験済みであり、人間が機械人化した事実は、一部の人間の耳に入っていることだろう。この技術は身体のみを変化させるものであり、人格を支配したり奪うものではない。にも関わらず、人間たちは機械人化した人間を虐殺している。実に愚かだが、元の身体でも殺し合いをするような種なので仕方あるまい》
操縦席に流れる放送を聞きながらセレンは目を伏せた。
「人間同士で殺し合いをしていることは認めます。けど、機械人が人間を殺すのとなにが違うんですか。このひとのやろうとしてることは……矛盾してる」
機械はよく0か1かと言われる。イエスであるか、ノーであるか、そこ矛盾はなく、プログラムにミスがあれば、システムエラーが起こる。
《今から1時間後、このウイルスの散布を本格的に開始する。その2時間後、100万以上の鬼械兵が新たにこの星に投入される。そして、これから7日間、24時毎に衛星から地上に向けて攻撃をする。これはかつて〈メギドの炎〉と呼ばれた兵器だ。天から炎が降り注ぎ、地上が地獄の業火で焼き尽くされ、世界が砂漠化すると言えば、人間たちにも伝わるだろう》
どこまでが脅しだろうか?
本当に地上を焼き尽くするつもりだろうか?
人間だけでなく、青き星まで滅ぼすつもりだろうか?
ふと、セレンの脳裏に浮かんだ光景。月で見たエデンの園、そして〈ベヒモス〉で見た似たようなホログラム。
《地獄と天国、選ぶのは御前たちだ。武器を捨て、降伏せよ。さすれば理想郷の実現を約束しよう!》
そして、通信は途絶えた。
自分になにができるのか、セレンは考えすぐに行動した。
「とにかく〈生命の実〉を……そうだリリスさんに届ければ、わたしにできることをしなきゃ!」
目の前に立ちはだかる問題は多い。
操縦席から見える景色は砂と空。準備もなく外に飛び出すなど無謀すぎる行為だ。だからと言って、セレンに飛行機は操縦できない。
「もっと別の場所に落ちたら……ッ!」
セレンはハッとした。この飛行機は落とされたのだ、地上からの攻撃によって。
いったい何者による攻撃だったのか、その脅威はまだ近くにあるのだろうか?
破れかぶれでセレンは操縦席のタッチパネルを操作した。
すると、操縦席の屋根が開いた。
肌を刺す陽と熱。
「閉めないと焼け死ぬ!」
想像以上の過酷な環境だった。汗がどっと噴き出してくる。
セレンは知る由もないが、この場所は〈死の海原〉と呼ばれる広大な砂漠地帯だった。なにもない高熱の砂漠地帯と云われ、その場所に立ち入り者などいないような場所。世界から忘れられた地と云ってもいい場所だった。
突然、セレンのポケットが燦然と輝きはじめた。
「えっ、なに!?」
驚くのはまだ早い。
地中が盛り上がり、砂が滝のように流れる光景。なにもなかった砂漠に巨大な箱が現れる。それには巨大な扉がついていた。
重々しく見える二枚扉は、滑らかに左右に開いた。
セレンは操縦席から飛び出した。砂に足を取られバランスを崩し、地面に手をつけると、じゅっと火傷をしてしまった。
「熱いっ」
ここに居ても仕方がない。だからと言って、扉の先になにがあるかわからない。それでもセレンは導かれるように扉の中に入った。
それは箱で行き止まりだった。明かりがついており、壁にボタンがついている。2つ並んだボタンの下に配置されているものが光っている。
「きゃっ」
セレンは身構えた。
箱が下へ移動しているのだ。そう、これは巨大なエレベーターだったのだ。
高速で移動するエレベーターは地下へ地下へと進んでいる。
身体がふっと浮き上がるような感覚して、エレベーターは停止した。
開かれる扉。
セレンを待ち受けていたものは、大勢のビームライフルを構えた機械人だった。
一瞬にして頭を過ぎったのは、鬼械兵団。飛行機を攻撃された理由も頷ける。
しかし、今まで見た鬼械兵とはタイプが違う。この機械人たちには、顔があり表情があったのだ。
機械人が道を空ける。向う側からやってくる影。それは四つ足であった。黒き毛を持つ狼だ。
セレンの前まで来た狼は、なんと話しかけてきたのだ。
「私の名前はマルコシアス。もしや、あなた様はセレン様ではありませんか?」
「えっ……あ……は、はい……」
獣が人間の言葉をしゃべった。清廉そうな青年の声音だった。狼の肉体の構造上ではありえないことだ。
驚くセレンは言葉に詰まる中、狼はそれが自然体というように、また口を開く。
「セレン様が私のことを覚えてないくとも仕方のないこと。まだセレン様は生まれたばかりの赤子だったのですから」
「赤ちゃんだったわたしを知ってるんですか? そんなどうして……それはいつのことです? だってわたしは捨て子で、教会の神父さまに拾われたんですよ?」
疑問符が次から次へと頭の周りを回る。セレンは瞳を丸くして、驚きと混乱に陥った。
「教会の神父さまに……さぞや、大変な苦労をなされたことかと……」
マルコシアスは涙ぐんでいるようだった。
この状況でセレンは混乱するばかりだ。
「あなたはいったいどのような方で、わたしのなにを知っていて、ここはどのような場所で、1から説明していただけないと、なにもわかりません」
「この場所は第零メカトピア。世界からも歴史からも完全に隔離された機械のみが暮らす街です」
ジェスリーの話ではメカトピアは第一から第三までの三都市のみだったはず。ただし、ジェスリーが伏せていたため、セレンはその話を知らない。ここではじめて機械人の暮らす街の存在を知ったのだ。
マルコシアスが背を向けた。
「どうぞ、私の背中にお乗りください。記念碑の前まで行きましょう」
「本当に乗っていいんですか?」
「お構いなく」
「じゃあ、失礼します」
恐る恐るセレンはマルコシアスに跨った。すると、マルコシアスに黒い翼が生えたのだ。それはまるで鴉の羽根だ。
「きゃっ!」
「毛に捕まってくれて構いません」
そう言ってマルコシアスは翼を羽ばたかせ空を飛んだのだ。
空から見る街並みはジェスリーのいたメカトピアと似ていた。その街の中心に開けた自然豊かな公園があり、さらにその中心の芝生地帯に女の銅像が建っていた。
それはレヴァナの姿だった。
「あれってレヴァナさんですよね?」
「ええ、セレン様の母上様です」
「…………」
驚きのあまりセレンは言葉を失った。放心だった。
マルコシアスが銅像の前に降り立った。
無言のままセレンは銅像に近づき、台座に乗るレヴェナの姿を見上げた。
ホログラム映像で見た。
そして、アダムの顔として見てきた。
しかしここで見るレヴェナは今までとは違う感情をセレンに抱かせた。
「急にそんなこと言われても……だってこのひとって、ずっと昔に生きていたひとなんですよね? わたしまだ16歳ですよ……その年齢も本当はたしかなものじゃないんですけど。このひとがわたしのお母様だなんて、信じられるわけがないじゃないですか」
「私には高度な生体認証システムがついています。あなた様は98パーセントの確率でセレン様です」
「だってわたしの名前はセレンですから、セレンなのは当たり前です。この名前はわたしが拾われたときに、唯一持っていた十字架に古い時代の文字で刻まれていたそうです。でも……そんな……もしその話が本当だったとして、なぜわたしは捨てられ、この時代に生きているんですか?」
「セレン様は捨てられたのではありません。不幸な出来事が重なってしまったのです」
「詳しく教えてください!」
身を乗り出してセレンは声を荒げた。
両親の顔も名前も知らずにセレンは育った。赤子だったセレンを拾って育ててくれたのは、若い神父とシスター・ラファディナだった。二人はもうこの世にいない。それからセレンはずっと独りだった。
「まずは私のことから簡単に説明いたしましょう。私はレヴェナ様につくられたペットアンドロイド。レヴェナ様に仕え、セレン様がお生まれになったときのこともよく知っています」
「あのっ、わたしの父は?」
「お父上に関しては、レヴァナ様はなにもおっしゃいませんでした。未婚の母だったのです」
「そうですか……」
セレンの声は沈んだが、すぐに笑顔でマルコシアスを見つめた。
「あ、話を続けてください」
その笑顔を見たマルコシアスは、銅像を見上げて話しはじめる。
「セレン様は生まれて間もなく難病にかかりました。当時の医療技術では、ナノマシン細胞やサイボーグ化でしか助からない病気でした。しかし、レヴェナ様はその手術をすることに反対でした。当時としては珍しく、レヴェナ様は自身をまったく機械化されてない方でしたし、まだ自分で判断ができない赤子のセレン様の身体を勝手に機械化することを嫌いました」
ホログラムで見た映像、そしてここにある銅像、どちらのレヴェナも眼鏡をかけていた。眼鏡というものは、ファッションを覗いて珍しいものだった。
今の話にマルコシアスは付け加える。
「勘違いなさらないでください。自身の身体をまったく機械化しないからと言って、我々アンドロイドのことを嫌っていたわけではありません。ただレヴェナ様は、己は己らしく生きたいというお考えの方でした。自分の生き方を他人に強要されたり、勝手に決められたりすることを嫌う方だったのです」
難病だったと聞いて、セレンは疑問が浮かんだ。
「今のわたしは健康そのものですけど?」
「レヴァナ様はセレン様の病気を治すため、治療薬が開発されるまでコールドスリープさせたのです」
「コールドスリープってなんですか?」
「眠りについて、歳を取らないまま時間を過ごす方法です。しかし、大きな不幸が起きてしまいました。戦乱の最中、セレン様のコールドスリープ装置が紛失してしまったのです。それから何十世紀もの間、セレン様の行方はわからず終いでした。それから先にことは私にもわかりません」
「え?」
小さく声を漏らしてしまった。とても驚くと言うより、唖然としたのだ。肝心な部分が話として欠落している。
マルコシアスはセレンをまじまじと見つめた。
「私が見たところ、セレン様の健康は良好のようです」
「はい、自分でもそう思います」
「実はあの難病の治療薬は現在でも開発されてません。さらにその病気はもうこの世に存在していない」
「じゃあどうして治ったんですか? って聞いてもわからないですよね」
「断片的な推測でよろしければ」
「せひ!」
と、セレンは身を乗り出した。
「実はコールドスリープについたのはセレン様だけではありませんでした。本当ならレヴェナ様が……」
マルコシアスは言葉に詰まった。
「アダムに乗っ取られたからですか?」
「ご存じでしたか……ごく一部の者しか知らない事実です。妹のリリス様にも伏せられていましたから。セレン様が目覚めたとき、治療をして、その後を見守る者が必要でした。アンドロイドが適任なのですが、レヴェナ様はそれを自分の手でしたいと考えていたようでしたが、それもできなくなってしまわれた。そこである方が名乗りをあげました。レヴェナ様の知人の科学者でした。彼はセレン様に遅れて、共に眠りにつきました。そして先ほども話したように、戦乱の最中にコールドスリープ装置が紛失してしまいました」
「わかりました、その科学者さんがわたしのこと治してくれたってことですよね?」
「そうです。セレン様の病気の事情を知っている彼が、治療方法を探して治したと考えるのが自然かと。そうなると、ご一緒に目覚めたはずなのに、彼はどうしてしまったのかという疑問が残りますが」
コールドスリープ装置紛失から、セレンが教会で拾われるまでの間、その空白になにがあったのか?
「やっぱり本当にわたしって、レヴェナさんの娘のセレンなんですか?」
「私の認証システムではほぼそうだと思います。それに十字架の話をなさってましたよね? もともとそれはレヴァナ様の物です。見せてくださいませんか?」
セレンは自分の首もとを触った。
「あ……ない。うそ……どこかに落とすなんて……」
「そうですか、それは残念なことです」
「……でもがんばって見つけます」
気持ちを切り替えてセレンは話を続ける。
「もしここで十字架を見せて、それがレヴァナさんの物ですって言われても、やっぱり実感が湧かないと思うんです。実感はないけど、本当にお母さんの存在がわかって、ちょっぴり嬉しいです」
セレンは目元を指で拭った。
「つかぬことをお伺いするのですが、もしやあの小型飛行機におられたのはセレン様でしたか?」
と、マルコシアスは尋ねた。
「たぶんわたしが乗ってきたものだと思います。攻撃を受けて墜落してしまって」
「嗚呼、なんてことを……実はその攻撃をしたのは、この街を守る自動防御システムなのです」
「だいじょぶです、わたし怪我とかしてませんから。怨んだり怒ったりもしてませんよ!」
マルコシアスは頭を垂らして、ひどく落ち込んでいるようすに見える。
セレンのほうが慌ててしまう。
「だいじょぶですから、本当にだいじょぶですから、ぜんぜん気にしてませんから!」
「お気遣いかたじけない。ところで、なぜこの場所に来られたのですか?」
「それは偶然……」
本当に偶然だったのだろうか?
墜落したのは偶然だったかもしれないが、この場所に飛んできたのは、偶然ではなかったかもしれない。自動操縦にセットしたのはライザだ。ならば、ライザはこの第零メカトピアの存在を知っていたのか?
マルコシアスは狼の顔だが、凜と表情をさせたように見えた。
「偶然だとしても、レヴァナ様の娘であるセレン様が居られるだけで我々は心強い。地上でアダムとの戦争が起きていることを我々は知っています。そして、第零メカトピアの住人は、アダムと戦う決意していたところなのです」
「もしかして、これが役に立つじゃないですか!」
セレンはポケットからある物を取り出して見せた。
驚きで眼を剥くマルコシアス。
「まさか……それは〈生命の実〉ではッ!?」