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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第3幕 逆襲の紅き煌帝
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逆襲の紅き煌帝「そして未来へ(1)」

 鬼械兵がセレンの前に立ちはだかった。

 逃げられないことを覚悟したそのときだった。急に鬼械兵が停止して床に崩れたのだ。その中でただひとり立っている女だ。

 金髪の鬣[たてがみ]を靡かせるライザ。

「逃がしてあげるからついてきなさい」

「えっ!?」

 状況が掴めず驚いた。

 ライザはセレンたちを裏切って隠形鬼――アダムと〈インドラ〉から消えたのだ。そのライザがなぜ?

「早くして、アナタといっしょのところ見られたらアタクシの立場も危うくなるわ」

「どうして助けてくれるんですか?」

 ヒールを鳴らしてライザがセレンの目と鼻の先に立った。セレンの躰に手を這わせたのだ。

「きゃっ、なにするんですか?」

「これよ」

 ライザはセレンのポケットから玉を取り出した。それは光を失っているが、どこかで見覚えがある。

「それって〈生命の実〉ですか!?」

「そうよ」

「どうしてわたしのポケットに?」

「彼が偽物とすり替えたからよ。アナタはこれを持って逃げる義務がある」

「彼ってもしかしてワーズワースさんのことですか?」

 ライザは頷いてから背を向けて、早足で歩き出した。

 心が温かくなり、ほっとした気持ちがセレンを包んだ。〈生命の実〉を奪ったわけでもなく、先ほどだって自分を逃がしてくれた。ワーズワースはやっぱり悪い人じゃなかった――とセレンはニッコリとした。

 二人は先を急ぐ。

 ドアの前で立ち止まったライザは、センサーに手と瞳をかざした。

 スライドして開いたドアの先は、乗り物の格納庫だった。走行用ベルトのついてない戦車やエアカー、飛行機などが格納されていた。

 その中からライザは一人乗りの飛行機を選んだ。真上から見た形は、角の丸い正三角形で、横から見ると中心に透明なドーム状の屋根が乗っており、その中がコックピットになっている。

「わたし操縦できませんけど?」

「自動操縦だから大丈夫よ」

「はぁ、よかった」

 ドーム状の屋根が開き、セレンがコックピットに押し込まれる。ライザはタッチパネルを操作して、自動操縦で行き先を決めているようだ。

 その操作をしながらライザは何気なく話をはじめた。

「アスラ城で隠形鬼から一時的に逃げることができたのだけれど、それ以上の逃げ場は残されていなかったわ。そんなアタクシの前に現れたのが彼だった。良い旅を――というのは彼の言葉よ」

 最後にライザがボタンを押すと、コックピットの屋根が閉まりはじめた。

 飛行機が静かに浮いた。

 セレンは屋根を叩いて口を動かしている。完全防音のために、なにを言っているのかわからなかった。

 艶やかに笑ってライザは手を振る。

 そして、ボソッと呟く。

「ああ、ハッチ開けるの忘れたわ」

 音速で飛び立った飛行機がハッチをぶち抜いて空に消えた。


 夜明けと共にテントの中でアレンは目を覚ました。

「どこだよ……ここ?」

 仮設テントではなく、生活感のあるテントだ。遊牧民が使用するゲルのようなものだろうか。

 外に出ると、ターバンを頭に巻いたよく日に焼けた少年がいた。

「起きたか」

 少し片言な口ぶりだ。

 アレンは頭を掻きながら答える。

「ああ、起きた。なあ、俺の連れはどうした?」

「死んでたから埋めた」

「……そっか。あんがと」

 寂しげにアレンは囁いた。

 あれからなにがあったのか?

 〈ピナカ〉を乱射しながらひたすら逃げた。セレンを探すつもりだったが、大量の鬼械兵に追われているうちに、フローラも復活して、いつアダムも現れるかわからない状態だった。そして、壁をぶち抜くと、夜が見えたのだ。追い詰められたアレンはそこから飛び出すしかなかった。

「必死すぎてなにも覚えてないや。あんたが俺のこと助けてくれたの? どこで?」

「砂漠の真ん中で屍体を背負って倒れた。死んでるかと思ったら生きてた」

「あんがと。でさ、ここどこ?」

「砂漠の真ん中」

「位置的な意味で、近くにある村とか」

 尋ねると少年は持っていた杖で遠い丘を示した。

「あの丘を越えたところに村があった。でも今は人間がいなくなった」

「死んだのか? それとも戦争で逃げたのか?」

「人間が機械になった。機械になった人間は人間に殺された」

「ふ~ん」

 ナノマシンウイルスだろう。クーロンから近隣の村までもう広がっていると言うことだ。それよりも、機械人化した人間が殺されたというのが衝撃的だった。

 家族や友人か機械人化してしまったら、元の躰に戻そうとするだろう。それが無理でも殺すなんてことはできない。けれど、社会全体からすれば、人間も機械人化すれば脅威と見られるのかもしれない。さらに機械人化が伝染する可能性も考えたのかも知れない。

 少年はアレンの機械の片手を見つめた。

「おまえも機械だろ。手当てするときに服を脱がした」

「半分。俺のこと殺す?」

「敵でも脅威でも、ましてや食料でもない。殺す理由があるか?」

「ないな」

 〈ピナカ〉はアレンが携帯したままだった。服を脱がせて手当をしたとき、武器を奪われなかったのだ。いつの間にかできていた腕の傷は、薬草を塗られ包帯が巻かれている。視力を失った片眼に巻いていた布も新しい物になっていた。

「いろいろあんがと、じゃあ俺行くわ」

 アレンが歩き出した方向は村があるという丘のほうだ。

 だが、その足が止まった。

 少年はアレンではなく、空を見つめていた。

 飛空挺だ。

 〈インドラ〉がこちらに向かってくる。

 アレンは〈インドラ〉に向かって手を振った。

「お~い」

 相手はアレンに気づいているだろうか?

 ゆっくりと降下してくる〈インドラ〉。これはアレンを迎えに来たらしい。

 仮設テントの集落から少し離れた場所に〈インドラ〉は降り、少ししてからエアカーがアレンに向かって走ってきた。乗っている人影が見える。ジェスリーだ。

 エアカーが停車してジェスリーが運転席から降りた。

「ご無事でしたかアレンさん」

「そっちこそ。俺のことよく見つけたじゃん」

「クーロンを偵察しようと飛行中、偶然アレンさんのエネルギー反応を検知しました」

「俺のエネルギー?」

「機械と人間の混ざった特殊なエネルギー反応なので、運良く見つけることができました」

 ジェスリーは辺りを見回して、再び口を開く。

「セレンさんはどうしましたか?」

「はぐれた」

「そうですか。詳しい話は船に戻ってからしましょう」


 操縦室にはリリス、トッシュ、ルオがいた。とりあえず、まだルオは大人しくしているらしい。アレンが〈ピナカ〉を持ち出したので、〈黒の剣〉がなければ〈インドラ〉は動かない。

 部屋に入ってすぐのアレンにトッシュが尋ねる。

「シスターはどうした?」

「はぐれた」

「おまえいっしょじゃなかったのか!」

「途中までいっしょだったけど、敵の基地ではぐれた」

 そして、アレンはこれまでのことを話して聞かせた。

 クーロンにある要塞〈ベヒモス〉のこと、セレンとはぐれたこと、ワーズワースのこと、無我夢中で逃げてそこの記憶がないこと。

 話を聞き終えたトッシュはアレンの胸ぐらを掴んだ。

「糞餓鬼、シスターを置いて逃げるとはどういうことだ!」

「ちげーよ、逃げ回ってたらそうなったんだから仕方ないだろ!」

 睨み合う二人は同時に銃を抜いた。

 その仲裁に入ったのはなんとルオだった。――いや、違った。ルオはアレンの〈ピナカ〉を奪っただけだ。

「これで朕の〈黒の剣〉は返してもらうよ」

「おい、俺の銃だぞ!」

「君のではないだろう。ライザの物だ、つまり朕の物だ。この飛空挺も朕の物になるわけだが、これは君たちにくれてやる」

 そう言ってルオはピナカをジェスリーに放り投げた。早く〈黒の剣〉と〈ピナカ〉を取り替えろということだ。

 アレンはここでさっき話していなかったことを思いだした。

「そうだ、あの兄ちゃんから預かってた物あったんだ。ジェスリーにだってさ」

 メモリーをアレンはジェスリーに手渡した。

「これは古い時代のメモリーカードです。わたくしの規格で読み込むことができます」

 なんとジェスリーはメモリーを呑み込んだ。差し込み口は腹の中というわけだ。

 見る見るうちにジェスリーの瞳が見開かれていく。驚愕だ。機械人のジェスリーが驚愕している。

「なんということでしょう。まさか……こんな重要なことを……」

「どうした?」

 アレンが尋ねると、ジェスリーは深く頷いてから、話しはじめたのだ。

「このメモリーカードには、いくつかの情報と、わたくしに掛けられていたプロテクトを解くキーが記録されていました。簡単に言いますと、わたくしは意図的に記憶を封じられていたようです」

 訝しげにトッシュが尋ねる。

「どんなだ?」

「ワーズワースの正体についてです。彼はわたくしをつくった3人の科学者のひとり、ジャン博士だったのです」

「ほう」

 と、声を漏らしたのはリリスだった。

「妾も気づかなかった」

 リリスにも気づかれず、ジェスリーの記憶も封じ、アダムにも知られていなかったのだろう。

 ジェスリーは語りはじめた。

「ワーズワースとしてのジャン博士は、その姿形、声すらも当時とはまったくの別人として、生体の改造をしたようです。しかし、今ならわかります。しゃべり方には、当時の面影が少し残っていました」

 懐かしそうな顔でワーズワースは話していた。

「ジャン博士はアダム追放後すぐにコールドスリープをしました」

「なにそれ?」

 不思議そうな顔をしたのはアレンだ。

「コールドスリープとは、生きた人間を冬眠させる装置だと思ってください。その作業を手伝ったのがわたくしでした。そして、ジャン博士はこの時代に目覚めたようです。およそ15年ほどの前のことです」

 ジャンがコールドスリープ前に何歳だったかわからないが、15年プラスしてあの若さというのは、なんらかの技術によるものだろう。ワーズワースの姿になったとき、見た目の若さも手に入れたのかもしれない。

「そして、今から2年ほど前、ジャン博士は隠形鬼の存在を知り、それがアダムだとすぐに気づいたのです。ジャン博士はワーズワースとなり、どうにか鬼兵団の一員としてアダムに近づき、その動向を探っていたようです」

 ジャンとして、ワーズワースとして、そして風鬼として、渡り歩き、数々の経験をしたことだろう。鬼兵団としてやりたくないことにも手を染めたかもしれない。

「すぐにアダムをぶっ飛ばせばすぐ話じゃんか」

 アレンはいつもこうだ。

 ジェスリーは丁寧に首を横に振って見せた。

「アレンさんの方法はシンプルですが、実現は難しいのです。ジャン博士にとって孤独な闘いでした。すでに文明は滅び、頼るものもなく、理解者もなく、大きな敵にどう立ち向かうのか。今は鬼械兵団が動き出したあとですから、その脅威について人間が認識することは簡単です。しかし、それ以前にたった一人の人間が、その脅威について人々に訴えかけたところで、だれがその話を信じるでしょうか。時代が時代でも理解されないことはあります――レヴェナ博士は危険性を示唆していたのに、戦争は起きてしまいました」

 ワーズワースは吟遊詩人だった。彼は旅をしながら、なにを求め、なにを人々に訴えかけたかったのか。その記録もジェスリーは知っているのだろうか?

 一呼吸置いてから、ジェスリーはさらに話を続ける。

「クーロンは古い時代、人間軍の基地があった場所でしたが、戦争の早い段階で機械軍に乗っ取られた場所です。あなた方がクーロンで魔導炉と呼んでいる物は、実際にはナノマシンウイルスをつくり出すプラントなのです」

 ここにセレンがいれば、それを目の当たりにした者として、なんらかの発言があったかもしれない。

 一同の中には本当にそんなものが存在するのか、人間を機械人化するなどありえるのだろうか、そういった空気があることは否めない。けれど、リリスは現実味をもってその話を聞いている。もともとそれは彼女が研究していたものだからだ。あの妖女リリスたるものが、複雑な顔をしている。

 トッシュが発言する。

「魔導炉を壊せばナノマシンウイルスの危機は防げるってことだな?」

 しかし、それに反対する者がいた。

「魔導炉は国の維持に必要不可欠なものだ。破壊するなど朕が許さぬ」

 これはルオの意見だけでは済まないかもしれない。ナノマシンウイルスの脅威を考えれば、魔導炉を破壊するのもうなずける。けれど、魔導炉のエネルギー資源の恩恵を受けている立場は、それが失われることをどう思うだろうか?

 豊かな暮らしから、厳しい砂漠の真ん中に放り出されると知ったら、自分たちの生活を守ろうと立ち上がる者がいるのではないだろうか?

 周りで人々が苦しんでいようと、戦争の真っ最中であろうと、私利私欲を守ろうとする者たちは絶えない。

 トッシュとルオが睨み合う中、それを割ってはいるように、ジェスリーは話をして自分に視線を向ける。

「プラントを停止させるなり、破壊することは可能ですが、空中に散布されたナノマシンウイルスを停止させることは通常の方法では不可能です。それの唯一の対抗手段として、ジャン博士は〈黒の剣〉を考えていたようです。加えて〈生命の実〉がアダムの手に落ちた場合の対抗手段としても、〈黒の剣〉が有効とのことです」

 ――〈黒の剣〉の秘密、知りたくはありませんか?

 そうワーズワースに言われて、ルオは旅の同行をしたのだ。だが、月へ行ってもわからず終いだった。ルオはジェスリーの話に興味を持った。

「朕の〈黒の剣〉がなんだというんだい?」

「〈黒の剣〉の理論はもともと〈生命の実〉の副産物として生まれました。〈生命の実〉が無限のエネルギーを放出するものならば、〈黒の剣〉は無限にエネルギーを吸収するものです。実際には吸い取ったエネルギーを放出することも可能で、複雑な作用をするものなのですが、膨大な〈生命の実〉のエネルギーを吸収して、相殺できる唯一の受け皿ということが重要なのです」

 ワーズワースがアレンに言い残そうとしたことだ。あのときは最後まで語られることはなかった。

 レヴェナが唯一の例外としてつくったもの。すなわち戦う目的のためにつくったもの。それが〈黒の剣〉。

 その真価についてジェスリーが語る。

「それだけではありません。〈黒の剣〉は使い方によっては、この世の全てのエネルギー活動を停止させることが可能です。アダムとてその例外ではありません」

 それは〝死〟である。

 ある意味、どのような経由でシュラ帝國に渡ったのかわからないが、シュラの煌帝が持つに相応しい象徴的な武器だ。

 再びトッシュがルオを睨む。

「そんな危険な物、絶対おまえに返ささんからな」

「〈黒の剣〉は朕の物だ」

 ザザザザ……ザザザザザ……

 どこからか聞こえてきたノイズ音。

 船内のスピーカーがなにかを拾っている。

《……私の名はアダム》

 無言のざわめきが操縦室を包み込んだ。

 それは全世界へ向けてのアダムの演説であった。

 ラジオやテレビなどを含む、すべての電波をアダムはジャックしたのだ。

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