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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第3幕 逆襲の紅き煌帝
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逆襲の紅き煌帝「智慧の林檎(5)」

 それは刹那であった。

 アレンがアダムに〈ピナカ〉を放ったのだ。

 ここはどこか?

 周りになにがあるか?

 そんなことは関係なかった。

 アレンの目と鼻の先にアダムがいた。

 迸るエネルギーの直撃を喰らったアダムが背中を反らせながら大きく吹っ飛んだ。

 アダムが落ちたのは芝生。だが、音はまるで金属が響き。

 風もないのに揺れる木々と匂い立たない花々。

 ホログラム映像の部屋だ。

 なにもないはずの空間から、木の根が飛び出してきた。地面からではなく、真横からだ。

「招かれざる客だわ」

 フローラの声だった。

 植物を身に纏いしフローラの攻撃。木の根の槍が襲ったのはセレンだった。

 セレンは身を守る術を持たない。当然アレンが動かざるを得ない。

 再び〈ピナカ〉が放たれた。

 笑うフローラ。

 彼女の前に現れた天然ゴムが瞬時に固まり壁を作った。

 ゴムの盾は〈ピナカ〉の電気エネルギーは通さなかった。だが、熱エネルギーによってゴムはいとも容易く溶けてしまったのだ。

 溶けた盾の先にフローラはいなかった。

 盾は囮だ!

 地面を這って忍び寄っていた蔓がセレンの足を取られた。

「きゃっ!」

 それの蔓は瞬時にセレンの躰を雁字搦[がんじがら]めにしていた。

 アレンは〈ピナカ〉を構えたまま、その動きを止めてしまった。

 ゆっくりと起き上がるアダム。

「衝撃で吹き飛ばされはしたが、私に〈ピナカ〉が通用しないぞ」

 アダムの服が焼け焦げ、その腹部分が露出されていた。白い肌だ。白銀のメタリックな肌だった。そこに傷ひとつついていない。

 ホログラム映像が消えていく。

 芝生がただの金属の床へ、一本の木が円筒形の機器に、ただの無機質な部屋になった。

 2対2。

 しかし、セレンは人質に取られ、アレンは手出しができない。

 隙をつくるしかあるまい。そこでアレンが口を開く。

「なあ、ここどこだよ?」

「私の要塞〈ベヒモス〉だ」

 アダムが答える。フローラには隙ができない。

 会話を続けることにした。

「場所は?」

 要塞が重要拠点であり、それが秘密裏にされているのならば、答えづらい質問であるが、アダムはすぐに口を開いた。

「今はクーロンだ」

「クーロンですか!?」

 声を上げたのはセレンだった。

 アレンが『おまえは黙ってろ』というような顔でセレンを睨み、アダムに向き直した。

「クーロンにいつの間に基地なんかつくったんだよ?」

「新たなに造ったのではない。この場所に移動してきたのだ」

「移動?」

「地中を通って移動してきたのだ」

 帝國が誇るキュクロプスも空飛ぶ要塞を云われていた。そうに違いない。アダムの要塞〈ベヒモス〉は地中を移動できる要塞なのだ。

 セレンはクーロンのことを考えていた。自分が逃げ出してから、街はどうなったのか?

 焼かれる街、逃げ惑う人々、そして魔導炉から放出された謎の発光体。

 またアレンに睨まれて構わない。セレンは身を乗り出して口を大きく開けた。

「魔導炉を使ってナノマシンウイルスをばらまくつもりですね! 人間を機械化するなんて、人間の尊厳をなんだと思ってるんですか!」

 アダムの眉がピクリと動いた。

「ナノマシンウイルスによる機械人化は、魂の自由までも奪うものではない。人間の尊厳とは魂だ。我ら機械人も魂を持っている。姿形など入れ物に過ぎない。我ら機械人は過去の大戦において、機械人としての尊厳を人間に踏みにじられたのだ。私は人間が機械人化され、姿形が変わった上で、自分たちの魂と向き合ってもらいたいのだ。そして……」

 それ以上は言わず、アダムは口をつぐみ、少し間を置いて再び口を開く。

「その娘はナノマシンウイルスに感染させろ。この場は私に任せ実験室に連れて行くのだ」

 アレンの前に立ちはだかったアダム。その後ろでフローラが、セレンを捕まえながらこちらを向いたまま、後ろ歩きで部屋の外へと移動していく。

 躰に巻き付いた蔓からセレンは必死に逃げようとする。

「いやっ、機械になんてされたくない! 私は自分が好きなんです! 怪我も病気もするけど、自然のまま生きて、死んだら土に還りたい! 私は人間として死にたい!」

 アダムがセレンを睨みつける。

「御前は機械の存在を否定するのか、我々も生きているのだ!」

「違うっ、あなたたちを否定するつもりはありません。自分らしく生きるために、わたしは最後まで人間として、生まれたままの姿で生きたいだけです。その権利をなぜあなたは奪うんですか!」

「早くその娘を連れて行け!」

 今がチャンスだとアレンが動いた。

 フローラはアダムの後を継げるか?

 いや、鬼械兵団にアダムは必要である。アダムがいなければ、この組織は存在できないだろう。ならばセレンを救うよりもこの場でアダムを伐つ。

 フローラもアダムがピンチに陥れば、人質の価値よりもアダムの価値を優先する可能性が高い。人質は1回限りしか使えない。つまり人質は生きているからこそ価値がある。人質を殺してしまうメリットはなく、枷がなくなればアレンは逆に自由な行動が取れる。

 危険な駆け引きの争点は、アダムの存在の大きさだ。

 アレンがアダムを追い詰めるほどの攻撃ができたとき、フローラがどう出るか?

 〈ピナカ〉から3本の輝く矢が放たれた。

「私に〈ピナカ〉は効かぬと――避けろ水鬼!」

 アダムに当たる寸前で3本の輝きは方向転換して、龍が長い首をうねらすようにフローラに向かって飛んだのだ。

 違う!

 3本の輝きは再びアダムへ方向転換した。

 輝きの直撃を受けたアダムが大きく吹き飛ぶ。傷つけられなくても吹き飛ばすことはできる。それは先ほど証明済みだ。

 ――悲鳴をあげるような歯車の音がした。

 アレンは地面に倒れているアダムの後頭部を足蹴にして、天井高くまで舞い上がった。その手には〈ピナカ〉がしっかりと握られている。

 まだだ、アダムに当たったの1本だった。残す2本がまだ生きていたのだ。

 アレンはまるで鞭のように〈ピナカ〉から伸びる輝きを振るった。

 急にアレンの視界から光が消えた。

 そして、爆発に巻き込まれてアレンが天井高くまで舞い上がったのだ。

 いったいなにが起きた!?

 宙から落ちてきたアダムが床に着地した。先ほどまで倒れていたのに、なぜ宙にいたのか?

 アダムとアレンの場所が入れ替わっていたのだ。

 そして、〈ピナカ〉の攻撃は床に直撃して、アレンの躰を上に吹き飛ばしたのだった。

 床に倒れたアレンの服はボロボロになり、生身の躰からは血が、機械の躰からは火花が出ている。

「糞ったれ……100万倍で返してやる……」

 威勢のいい言葉だが、アレンはその場から立ち上がれなかった。

 倒れているアレンをアダムが上から見下ろす。

「これで最後の問いとしよう。仲間にならないか? 拒否すれば仕方あるまい、死を与えよう」

「何度も言わせんなよ……い・や・だ!」

 アダムの片手に集まる高エネルギー。

 このときセレンは蔓に引きずられ、部屋の外に連れて行かれようとしていた。だが、セレンの瞳に映ってるのはアレン。

「逃げてアレン!」

 ――歯車の音を立てなかった。

「あ~、腹減った」

 ぼそりと呟いたアレンは笑った。

 自分が助かることをアレンは知っていたわけではない。

 しかし、この部屋に新たな風が吹いたのだ。

 風の刃はセレンを拘束していた蔓を微塵切りにして、さらにアダムの服を刻みながら吹き飛ばしたのだ。

 フローラが叫ぶ。

「風鬼!」

 どこからともなく部屋に現れた風鬼ことワーズワース。彼の眼差しは真剣そのものだった。

「セレンちゃんひとりで逃げ延びて! ここは僕が押さえる、速く走って!」

 戸惑うセレンは一瞬その場で硬直したが、すぐにひとりで逃げ出した。ワーズワースの言葉を信じたのだ。

 恐い顔をするフローラと無表情のアダムにワーズワースは見つめられた。

「説明して、なぜこんな真似をしたの?」

「さあ、僕にもさっぱり、なんでだろうねぇ、不思議不思議」

「おどけて見せたってダメよ!」

 フローラはすでに攻撃を放っていた。木の根の槍がワーズワースを襲う。

 先に仕掛けたのはワーズワースである。戦いになることは覚悟の上だった。

 カマイタチが木の根を切り刻み、さらに優しい風がフローラの鼻をくすぐった。

 急にフローラが痙攣しながら倒れた。眼は見開かれたままだ。

 にっこりとワーズワースが微笑む。

「君の得意な痺れ薬。僕のは科学的に合成した無味無臭のものだけど。君なら体内で解毒剤を精製して、10分ほどで動けるようになるかな」

「……な……ぜ……」

 その一言だけを絞り出してフローラは完全に動けなくなった。

 冷たい瞳でアダムはワーズワースを見た。

「裏切りの理由を問おう」

「セレンちゃんには手出しはさせない。おまけに、アレン君も助けられたらラッキーかな」

 やっとアレンが床から立ち上がった。

「俺はおまけかよ」

 腕を回して自分の躰を確かめる。まだアレンは動けそうだ。

 ワーズワースはビー玉のような物体を一気に何十個とアダムに向かって投げた。

「アレン君逃げるよ!」

「逃げるのかよ!」

「僕にはアダムを倒すことはできないからね。あとセレンちゃんも心配だ」

「だったらはじめから3人で逃げればよかっただろ!」

「いっぺんに全員で逃げるのは難しそうだったから。とりあえずフローラとアダムは足止めしないとね」

 ワーズワースの投げた物体はアダムの周りを取り囲み、点と点が結ばれエネルギーフィールドの檻をつくり上げた。

 セレンがひとりで危険を掻い潜るリスクより、アダムとフローラに追われながら逃げるリスクを大とワーズワースはしたのだ。

 アダムが檻に触れた瞬間、火花が散ってその手を溶かした。手首から先を消失させたが、すぐにメタリックな手は再生された。

「無理に出ようとすれば、私とてただでは済まんな」

 ワーズーワースが部屋を飛び出す。

「時間稼ぎにしかならないから早く!」

「今のうちにぶん殴っちまえばいいだろ!」

「アダムも外に出られないけど、君もアダムに手を出せない仕様なんだよ」

 先を進むワーズワースを追って仕方なくアレンも部屋を飛び出した。

 廊下でいきなり鬼械兵どものお出迎えだ。

 ワーズワースの放った圧縮した空気で鬼械兵を押し飛ばす。だが、押し飛ばすだけだ。

「アレン君、なんか武器持ってないの? 僕の風じゃ鬼械兵は倒せない!」

「伏せろ!」

 アレンが叫んで〈ピナカ〉を放った。

 床に這いつくばったワーズワースの真上を輝く3本の矢が抜けた。

 圧倒的な破壊力で鬼械兵が薙ぎ倒される。廊下の壁にも巨大な鉤爪のような穴が空き、先にある部屋が丸見えだった。その部屋の中にはカプセルベッドが並び、鬼械兵が眠りついていた。

 新たな兵が起き出す前に早く逃げなくては。

 ワーズワースが素早く立ち上がった。

「僕まで殺す気!?」

「だってあんた敵じゃないの?」

「もうこうなっちゃったから言うけど、二重スパイだったんだよ」

「二重スパイってどういうことだよ?」

「とにかく人間側、君たちの味方ってことだよ。ほら、さっさと逃げながらセレンちゃん探すよ」

 廊下を再び走り出した二人の前に鬼械兵どもが現れた。

 先にワーズワースは床に這いつくばった。

 再び〈ピナカ〉で一掃だ。

「糞っ、なんだよ次から次へと出てきやがって」

「先に言っておくけど、要塞の中もこうだけど、外はもっと鬼械兵でいっぱいだから」

「はぁ!? そんなのどうやって逃げるんだよ?」

「ごめんノープラン。あの場を切り抜けるのが精一杯で、そもそもこの事態は予定外なんだよ。だって君たちがここに来るなんて思わないから」

 ワーズワースは苦しげな表情で唇を噛みしめた。

 そこへ新たな鬼械兵が現れた。今度は鬼械兵だけではなかった。花魁衣装に身を包んだ火鬼だ。

 アレンは嫌そうな顔をした。

「なんだ、生きてたんだ。死んだと思ってほっといたのに」

「地獄から舞い戻ったでありんす」

 その躰は顔の半分を残してすべて機械化されていた。その髪の毛の一本一本までもだ。

 炎の攻撃にだけ注意すればいいと油断していた。

 刹那だった。無数の針となった火鬼の毛がワーズワースの腹を貫いていたのだ。内蔵はボロボロになり、通常の手術ではもう手の施しようがない重傷。

 ――歯車が咆哮をあげた。

 アレンの拳が機械化されていた火鬼の頬を変形させるほど抉り、そのまま首がもげた。

 床に転がった火鬼の頭部。首から火花が散って、謎の液体を垂れ流している。

「小僧……め……」

 眼と口を開いたまま火鬼は停止した。

 すぐにアレンはワーズワースを抱きかかえた。

「だいじょぶか!」

「無理ですね……これ死にますよ」

「さっさとずらかって直してやるから我慢しろ!」

「そういう根性論無理です、僕理系なんで。本当にもう死にそうなので、頼まれごといくつか引き受けてください」

「早く俺の背中に!」

 だが、もうワーズワースは壁にもたれ掛かり、座ったまま動くことができなかった。少しでも動けば、躰が崩れて横に倒れてしまいそうだ。

 ワーズワースは床の上に垂れていた腕の先で、ゆっくりと手を開いて見せた。

 そこに乗せられていたのは、小型メモリーと十字架のペンダントだった。

「まず、メモリーはジェスリーに渡してください。十字架はセレンちゃんに」

「自分で渡せばいいだろ!」

「頼みましたよ、ほらこれを持って早くセレンちゃんを探してください」

 アレンは無言でメモリーと十字架に手を伸ばした。

 手と手が触れた。まだワーズワースの手は温かい。そして、ワーズワースはアレンの手を強く握り締めたのだ。

「頼みます」

 そう言ってワーズワースは残る片手で自分の腹に空いていた傷口に差し込んだのだ。

 まさかの出来事にアレンは眼を剥いた。

「なにやってんだあんた!」

「これ僕の形見なんで、アレン君が使ってください」

 ワーズワースが腹の中からえぐり出したのは、少し青みがかった透明の球だった。握った手が隠れそうな大きさだ。

「風を発生させる魔導具です。僕がつくったもので、本当は武器ではなくて送風機として、なにかの役に立たないかなぁって。僕がこれまでつくってきたものだって、レヴェナがつくってきたものだって、本当は戦いのためにつくってきたんじゃないんだ。でもね、レヴェナがつくったもので唯一の例外……それが…… く……ろ」

 ワーズワースの息を止まった。

「糞っ」

 小さく呟いてアレンはワーズワースの亡骸を背負った。重かった。アレンが背負うには重かった。

 そして、アレンは走り出した。

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