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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第3幕 逆襲の紅き煌帝
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逆襲の紅き煌帝「智慧の林檎(3)」

 3人の科学者によってつくられたジェスリーは、彼らの才能も受け継いでいた。科学者として、技術者として、リリスの指示のもとに飛空挺〈インドラ〉を改造した。

 出発の準備を整えるまで、1日以上の時間を要した。

 その間、ルオが目覚めることはなかったが、見張りにトッシュが付いていた。傍にはセレンもいて、彼女は見張りではなく看病だ。

 腹に傷を負ったトッシュの手当と、眠りながらうなされるルオの看病。はじめトッシュは鎖を巻き付けてルオを拘束しろと言ったが、それに反対したのはセレンだった。そして、結局トッシュが付ききりで見張りをすることになった。ときおりこの部屋には、ワーズワースも顔を出した。

 そして、ついに月に向けて飛び立つとき、それを感じ取ったのかルオが目覚めた。

 椅子に座っていたトッシュは、音も立てず〈レッドドラゴン〉を抜いていた。銃口はルオの眉間だ。

「変な真似したら殺すぞ」

 トッシュに眼を向けずルオはセレンを見つめた。

「ここでやり合う気はない」

 ベッドからルオは起き上がろうとした。

「変な真似したら殺すって聞こえてただろう!」

「ストーップ!」

 ドアを開けて部屋に飛び込んできたワーズワース。彼はトッシュとルオの間に割って入った。

「船内で武器の使用は命取りですよ。もう月に向けて出発するようです。ほかのひとたちは操縦室にいますよ」

 ワーズワースはルオに肩を貸した。

「ルオさんもこの星を飛び立つ光景とか気になるでしょう? 行きましょう、行きましょう」

 無理矢理ワーズワースはルオを連れて行く。

 これに慌てたのはセレンだ。

「病人に無理させないでください、もぉ!」

 4人は部屋を出て廊下を歩く。前を歩くルオの背中には後ろから銃口が向いている。

 肩を貸しながら自然な形でワーズワースは耳打ちする。

「飛空挺の操縦できますか? できないなら大人しくしてくださいね、君が暴れたら墜落しますから」

「朕の〈黒の剣〉はどうした?」

「この飛空挺の動力になっている最中です。取ったりしたら墜落しますから、今はちょっと僕たちに貸してください」

 そういう状態なら〈黒の剣〉を取り返すことはできない。取り返すためには、飛空挺が着陸した状態でなければならない。

 自分が気を失う寸前の会話をルオは思い出した。

「〈黒の剣〉の秘密と言っていたな?」

「僕たちと旅をすればわかりますよ。〈黒の剣〉がなぜ生まれ、今後どのような役割を果たすことになるのか」

 操縦室に入ると、巨大モニターには外の光景が映し出されていた。

 地上の映像だ。

 乾いた大地と緑の大地。無数の川が流れ、砂と水の海が世界を覆っていた。

 〈スイシュ〉が動かした装置は未だに水を生み出している。そして、その水は不思議なことに緑を急激に育んだ。

 船内に音声が流れる。

《この星の重力から逃れるため、ここから一気に加速します。座席についてシートベルトの着用をお願いします》

 躰に負荷がかかる。重力加速度――いわゆるGだ。

 顔が押されたようになり、鼻が塞がれ口呼吸を強いられる。

 垂直に上昇していく〈インドラ〉は、防御フィールド展開して大気圏を抜けた。ロケット式とは違い、この飛空挺は常に推進力を維持することができる。

 すでに地上から500キロメートル以上。

《無事に大気圏を抜けました。これからさらに加速します》

 星からの重力の影響はまだ続いているが、大気圏脱出時のようなGはかからない。けれど、エンジンを停止させれば、たちまち星の重力に引っ張られて隕石のように落下してしまう。

 巨大モニターに映し出される自分たちの星。

 大地はあんなにも乾いているのに、宇宙から見る星は青かった。

 サファイアのように煌めく星にかかる白い雲。

 だれもが感嘆の溜め息を漏らす。

 〈インドラ〉は時速5万キロ以上で宇宙を航行した。月までの距離はおよそ38万キロ。

《8時間ほどで月に到着します。それまでみなさんお休みください》

 シートベルトを外し席を立とうとすると、無重力空間で躰が浮いてしまいあらぬ方向に行ってしまう。

 セレンは慌ててスカートを押さえた。

「きゃっ、どうにかしてください」

 優雅に泳ぐワーズワースがセレンの真下に来た。

「セレンちゃんは純白か」

「ワーズワースさんのえっち!」

 セレンに飛ばされたワーズワースがどこまでも飛んでいき、そのまま操縦室を出て行ってしまった。ルオも器用に浮遊しながら、操縦室を出て行った。

 見張り役のトッシュはどうしたかというと、ルオを追いかけるどころではなかった。シートベルトも外さずに青い顔をしている。

「ううっぷ……吐きそうだ」

 酔ったのだ。

 リリスが囁く。

「ここで吐いたら大惨事になるぞ」

 その一言でこの場はパニックに陥ったのだった。


 月は乾いていた。

 まるで色のない世界に来てしまったようだ。

 しかし、そこは違った――エデンの園。

 通信機で話をするリリスはその場所をそう呼んだ。

 月にある地下施設。

 一行は月面に無事着陸して、まずは呼吸の必要がないジェスリーが外に出て、月面基地のシステムなどを確認した。長らく使われていなかった施設だが、エネルギーは生きていたようで、宇宙船の格納庫を稼働させて〈インドラ〉ごと施設に侵入した。

 格納庫は空気で満たされていた。そのため宇宙服は必要ない。

 そして、リリスの案内通りにやって来た場所は、緑溢れる庭園であった。

 このような場所にアレンは見覚えがある。そうだ、アララトの地下で見た場所だ。

 花々が咲き誇り、小川のせせらぎが聞こえる。なのに動物がいないために、とても閑散とした場所だった。

 そして、この場所に不釣り合いなものがあった。

 庭園の中心に聳[そび]え立つ塔だ。

「なんだよ、あの塔?」

 アレンが呟くと、通信機から答えが返ってきた。

《この月を管理するためにつくられた人工知能だったものじゃよ。今はただのガラクタに過ぎぬ》

 その塔はおよそ横幅1メートル、高さは5メートルほどのものだった。材質はわからないが、吸いこまれそうな漆黒のそれは、金属と言うよりも磨かれた石のような輝きで、長方形の柱として聳えていた。

 一行が塔に近づくと、突然その前にホログラム映像が現れた。

《システムを起動しています。認証システムを作動中・・・認証終了。久しぶりですね、アレン》

 驚愕するアレン。

 ホログラム映像で現れた女。それはよく知る人物に似ていた。妖女リリスに似ているが、白衣姿で眼鏡をかけており、もっと彼女を柔和にした女性だった。

 通信越しにその声を聴いたリリスも驚いていた。

《お姉さまか……そこでなにが起きておるのじゃ?》

 レヴェナ。

 ホログラム映像はレヴェナだった。

 急にアレンが頭を押さえてうずくまった。セレンが肩を抱く。

「だいじょうぶですかアレンさん?」

「俺……ずっと昔からこの女のこと知ってる……でもよく思い出せない……」

 苦しそうに声を出した。

 このホログラム映像は一方通行であった。人工知能ではなく、ただのメッセージだ。

《このメッセージをあなたが見えているということは、やはり私はこの世界にはもういないということでしょう。そうなるであろうことは予想していました。もう世界はアダムに支配されてしまったでしょうか? 私はあなたに多くのことを託してしまいました。しかし、あなたにそれを告げる前に私はこの世界から消えてしまった。あなたがどこまで知っているのかわかりません。だから、はじまりから話をしましょう》

 ホログラム映像に映し出されたのは、メカトピアのような街並みだった。あの場所と違うのは、そこに人間たちがいることだ。

《知っての通り、戦争がはじまる前まで、人間と機械は共存していました》

 レヴェナは遠くない過去として語っているが、それは失われた時代だった。

《魔導と科学の発展は著しく、人間に替わる労働力として、アンドロイドの研究も盛んに行われました。その中で生まれたのがロボット三原則です》

 ホログラム映像に文字が表示された。現在も使われている文字に似ているが微妙な違いがある。それでも読めないことはなかった。

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

《しかし、人間と機械の戦争は起きてしまいました。そのはじまりが月移住計画です。私たちはエデン計画と呼んでいました》

 ジェスリーもエデン計画と口にしたことがある。

 ホログラムで太陽系が映し出され、さらに打ち上げロケットなどの映像も流れた。

《月や火星への移住計画は昔から話し合われていたことでしたが、本格的にその計画が動き出した背景には私の開発したワープ装置があります。その関係もあり、月移住計画のプロジェクトリーダーに私は選ばれました》

 隠形鬼の話とは少しだけ違う。彼は〝二人〟が任されたと言っていた。

《私は月面を緑溢れる環境にしようと考えました。その技術については以前つくった〈スイシュ〉が応用できると思いました》

 〈スイシュ〉働きは水を生み出すだけはない。急速に成長する緑を見ればわかることだ。

《さらに月全体をフィールドで覆い、人工的に大気をつくれば、動植物が生きていけるでしょう。しかし、ただ環境をつくればいいというものではありません。人工的につくった環境は、大自然のサイクルのようにうまく機能してくれません。そこで私はこの月自体を1個の生命体として、それを管理するシステムをつくることにしたのです。それがアダムです》

 レヴェナの話の途中でリリスが囁く。

《そこにある塔がアダムじゃ》

 今の目の前にある塔。これが管理システムだったもの。現在はガラクタだとリリスは先に述べている。

 さらにレヴェナは話を続けている。

《試験運用的に私はアダムにこの庭園――エデンの園の管理を任せました。彼はすばらしい働きを見せ、やがてその管理領域を広げていきました。その時点では、彼はただのプログラムに過ぎませんでした。しかし、最終的な目的は彼をこの月と一体化した生命とすることでした。だから私は彼に〈智慧の林檎〉を与えたのです》

 またリリスが口を挟む。

《嘘じゃ、林檎を与えたのは妾じゃ。それが過ちじゃった》

 その声は震えていた。悲痛だ。

 ホログラムはリリスの感情など知る由もなく、ただ記憶されたままに話を続ける。

《林檎とは私の開発していた人工知能の基本システムです。それをアダムに組み込むことにより、彼は自立した自我を持つことになり、貪欲なまでに智識を探求していきました》

 それはジェスリーとなにが違うのか?

 リリスのいう過ちとは、なにが起きたというのか?

《私たちはいろいろなことを語り合いました。機械はどうあるべきか、人間はどうあるべきか、このときすでに私は彼の危険性について気づいていました。アダムは人間と機械人の境はどこにあるかということにこだわりを持っていました。当時すでにサイボーグ技術はありましたし、ある科学者はナノマシン細胞による人間の機械化を医療の方面から研究していました。躰の細胞をナノマシンに置き換え、負傷した躰や病気などを治療するというものです。しかし、私はそれは行きすぎた技術のように感じていました》

《ある科学者とは妾のことじゃよ》

《ナノマシン細胞技術とは、人間の機械人化ではないのでしょうか。それはもはや人間なのでしょうか? それを人間と呼ぶのなら、機械人の定義とはいったいなんなのでしょうか? アダムは私に何度も問いましたが、私は答えが出せませんでした。なぜなら私もアダムの意見に賛成だったところがあるからです。自立した機械人たちは、生命であり人類であると私は思うのです》

 そう、ずっとレヴェナはアダムのことを彼と呼んでいた。1つの種として認識していたのだ。

 そして、レヴェナは核心に迫る。

《アダムの目的は人類となることなのです》

 レヴェナが放った一言。

 ただの機械を超越した存在。

 神は人間をつくった。人間は機械をつくった。

 人間と機械の境界線はどこか?

《そうして起こったのがこの戦争です。私はアダムに罪はないと思っています。しかし、戦争が起きてしまったことは私の本意ではありません》

 しかし、ここには疑問がある。レヴェナは先にロボット三原則について述べている。ロボットが人間に危害を加えることはないはずだ。

《アレン、あなたに機械の半身を与えたのは私のエゴです。あなたは人間と機械、どちらを選びますか? 私には選べなかった。だからあなたに選んで欲しい。選ばれたものが、この世界の未来となるでしょう》

 自分に話が及んだアレンは不可解な顔をした。

「なんで俺が? 勝手に決めんなよ!」

《アダムは恐ろしい計画を実行しようとしています。有機物の生物を機械人化するナノマシンウィルスを世界中にばらまくつもりなのです》

 セレンはハッとした。なにかが脳裏に引っかかった。思い当たることがあったはずだ。

 それを思い出そうとしていると、思考を掻き消すような出来事が起こった。

 庭園が沈黙した。

 生命が失われていく。

 急激に植物たちが枯れていき、灰色の世界へと変貌していく。

 いったいなにが起きているのか?

《切り札として〈生命の実〉をあなたに託します。あなたが人間の味方をするのか、それとも機械の味方をするのか、最後まで見届けられないのが残念です》

 アレンの足下の大地が盛り上がった。さっと後ろに退くと、地面を割って双葉が伸びてきた。それは急速に成長して、1メートルほどの木に育つと、花が咲き、そして花が枯れ、燦然と輝く小さな実をつけた。

 突然、その光が消えた。

 ワーズワースが実をもぎ取ったのだ。彼の手から漏れる光。

 レヴェナはまだ話を続けていたが、ワーズワースの放ったカマイタチによって、塔が切断されて崩れ落ちたのだ。

 ホログラム映像が消える。

 一同は唖然とした。

 映像が消えるとほぼ同時にワーズワースも消えようとしていた。

 トッシュが銃口をワーズワースに向けた――ハズだった。

「どういうことだ説明し……おまえは!?」

 1人が消え、1人が現れる。

 これまで何度か体験した現象。

 ――隠形鬼。

 ワーズワースが消えた代わりに隠形鬼が現れたのだ。

「フフフッ、ツイニ〈生命ノ実〉ヲ手に入レタゾ」

 瞬時にトッシュが理解して叫ぶ。

「あの野郎が裏切った……いや、はじめからおまえの仲間だったってことかッ!?」

「如何ニモ、御前達ガわーすわーすト呼ンデ居タ男ハ、我ラガ仲間――風鬼ダ」

「うそです!」

 叫んだのはセレンだった。

 刹那、アレンとルオが隠形鬼の左右から殴りかかっていた。

 二人の拳が同時に隠形鬼の顔面にヒットして、左右からの力が逃げ場を求めながら隠形鬼の顔を潰す。

 わずかに優っていたのはアレンの力だった。均衡を失った力は、隠形鬼ごとルオのほうに押し流され、二人は大きく後方に飛ばされた。

 華麗にルオは地面に足から着地したが、隠形鬼は地面に転がって倒れた。

 ゆっくりを起き上がる隠形鬼。その足下には仮面が落ちていた。殴られた衝撃で仮面が外れたのだ。

 そして、露わにされた隠形鬼の素顔とは――。

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