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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「砂漠の都(6)」

 街の奥まった道の先にある寂びれた教会。そこに訪れる迷える子羊たちはいない。この教会に出入りする者は、今やセレンただ独りだった。

 所々、屋根や壁が風化し、破損してしまっている教会の外観を見て、アレンは正直な感想を口にする。

「これ本当に教会かよ、寂びれてんなぁ」

 この言葉を聞いてセレンは少しムッとしたが、すぐに悲しい表情をして呟くように話した。

「昔から寂びれた教会だったんですけど、三年前に神父様がお亡くなりになってからは、前にも増して寂れてしまって……。今のところ新しい神父様が赴任して来る予定もありませんし、今この教会に勤めているのもわたしだけですし……」

「つーことは、あんた独りで暮らしてるってことかよ?」

「ええ、三年前からは独りでこの教会に住んでいます」

 そのため、セレンは裏路地でアレンに一晩泊めてくれと言われた時に、少し戸惑いを覚えて躊躇した。

 女独りで暮らしている家に、たとえ命と恩人と言っても男を泊めていいものか。それにまだ相手の素性もわかっていないのに。それでも首を縦に振ってしまったのは、困っている人を見ると放っておけないセレンの性格だろう。その性格が幾度となくトラブルの種になったのは言うまでもなく、今日の出来事は最も最悪だった。

 目の前にある教会は寂れていて、物静かな印象を受けるが、どこからともなく激しい地響きのような音が聴こえてくる。

「あのさ、近くで工事とかやってんの?」

 アレンが尋ねるとセレンが大きく首を振った。

「一ヶ月ほど前から近くで工事をしているみたいで、今まで静かだったんですけど、先日から急にうるさくなって困ってるんです」

「ふ〜ん」

 二人は壁と壁に挟まれた細い道を通って教会の裏手に回った。そこには小さな庭があり、そこで見た物にアレンは感嘆の声をあげた。

「こりゃすげえな」

 そこにあった物は綺麗に咲き誇る色取り取りの花だった。

 美しい花壇の横には湧き水の流れる水路があり、水のせせらぎとともに甘い香りのする風が爽やかに吹く。この場所は、この街のオアシスと言える場所だった。

 セレンは花々をかけがえのない存在として、大切に思う眼差しで見つめた。

「神父様は花を育てるのが好きな方でした。今でもわたしがそれを受け継いで育いて、少しでも生活の足しになればと売っているんですよ」

「ふ〜ん、クーロンで大地に咲く花を見るなんて思ってなかった」

 クーロンと呼ばれるこの街は、街としては大きく繁栄しているが、その大地は汚れ、枯れ果てているために栄養価もなく、花が咲くに適してるとは到底言えない。

 教会の裏口から建物の中に入り、アレンはセレンに連れられるままに薄暗い廊下を歩いた。

 廊下を歩いている途中で、不意にセレンがアレンに声をかけた。

「アレンさん、そこの床が――」

「うわっ!?」

 急に木造の床が割れ、アレンは抜け落ちた床に片足を取られてしまった。

 事故とはいえ、大事な教会が壊されてしまったことにセレンは頭を抱えた。

「腐ってるって言おうとしたのに……もう、これからは気をつけてくださいよ」

「だったら、早く言えよ」

「だって、わたしはいつも意識せずに避けてるから、ついつい言いそびれてしまったんです!」

「つーかさ、腐ってるってわかってんなら直すとかしろよ」

「直すお金もないですし、わたし大工仕事なんてできません!」

「なんであんた怒ってんだよ、床が抜けたのは俺のせいじゃないだろ」

「だって……」

 生まれて間もないときからセレンはこの教会で育った。この教会はセレンにとって掛け買いのない大切な場所であり、事故であったといえ、その大事な場所が壊されることに怒りがこみ上げてくる

 頬を少し赤くしながらもセレンは高ぶる感情を抑え、アレンをある部屋に案内した。

 こぢんまりとした小さな部屋にはベッドとタンスが置いてあるだけだった。

「長い間使っていませんでしたけど、この部屋を一晩使ってください」

 セレンは長い間使われてないと言ったが、その部屋の床にもタンスの上にも埃なく、アレンがベッドに腰掛けても埃が空気中を舞うことはなかった。そのことから、この部屋が定期的に、セレンの手によって掃除されていることが伺えた。

「わたしは包帯と消毒薬を持って来ますから、この部屋でじっとして待っていてください」

「わかった」

 セレンはアレンを部屋に残し、自分の部屋に救急セットを取りに向かった。

 廊下を歩きながら、セレンは今さながらアレンを連れて来てしまったことを後悔する。しかし、この家には盗まれるような物はなく、アレンが自分ことを襲うような人とは思えない。でも、やはり見ず知らずの人を泊めることに不安はあった。

 アレンは悪人ではないが、善人とも思えない。それがセレンの感想だった。

 救急セットとタオルとバケツに張った水を持ったセレンは、アレンの待つ部屋のドアをノックもせずに開けた。

「…………!?」

 部屋に入った途端、セレンは息を呑んで目を丸くした。

 あまりの驚きにセレンは荷物を落とすことのなく、ただ固まってしまうばかりで、アレンから目を放せずにいた。

 セレンの視線の先には服を全て脱いでいる、全裸の状態のアレンが立っていた。

 全裸を見られているアレンは気にすることもなく、セレンに声をかけた。

「ちょっとさ、背中見てくんない?」

「え、あっ……」

 自分に背中を向けるアレンから、セレンはまだ目を放せずにいた。

 そこにあったモノがただの男性の裸だったら、セレンは目を両手で覆って視線を逸らせたに違いない。しかし、そこにあったモノは違ったのだ。

 柔らかな曲線を描く脚の付け根にある小ぶりなお尻は、発達途中の少女のお尻のようであったが、大きく形良く膨らんだ胸は見ているだけでセレンもドキッとしてしまう。そう、アレンは女だったのだ。しかも、セレンを驚かせたのはそれだけではなかった。アレンの右半身は鼠色に輝く金属によって覆われていたのだ。

 その場で動けなくなっているセレンの目の前までアレンが移動した。

「俺の身体ジロジロ見て、エッチだぞあんた。もしかして、そっちの趣味があんのか?」

「え、違います、別に女の人が好きとかじゃなくて、その身体……」

「サイボーグだよ。こん中に入ってる臓器も半分は人工臓器」

 そう言ってアレンが右胸を叩くと、金属の鳴り響く音がした。アレンの右の乳房は左と形の上では差異なく再現されているが、やはり鼠色の金属でできていた。

 アレンはセレンの手からタオルと水の張ったバケツを取り上げ、タオルを水で浸すと、右肩についた血の痕を拭きはじめた。

 血の拭き取られた傷痕は大きな瘡蓋になっていた。通常の人間ではありえない回復の速さなのは言うかでもない。

 水の張ったバケツの中に紅く染まったタオルが投げ入れられ、バケツの中から水が床の上に少しはね飛び散る。そして、アレンはセレンに向かって背中を向けた。

「背中ちょっと見てくんない?」

 言われたとおりセレンがアレンの背中を――というより、アレンから目を放せずにいたセレンが背中を見ると、そこには黒い煤がついたような跡が三つ並んでいた。その三つの後を線で繋げた先に、右肩の傷痕がある。この三つの跡はアレンが料理店で銃弾を受けたときのものであった。

「黒い煤汚れみたいな跡が三つありますけど?」

「そこんとこさ、へこんだりしてない? ちょっと手で擦ってみて」

 言われたとおりにセレンはアレンの背中に触れた。温かかった。金属の背中は予想とは違い温かく、人の温もりが感じられた。しかし、人肌とは違い、硬い金属であることには違いなかった。

 セレンが弾の痕を指先で擦ると、黒い煤が指先に残るだけで、アレンの背中にはへこんでいる痕もなにもなかった。

「別にへこんでもませんけど?」

「やっぱな。あんな弾くらいでへこむはずないんだけど、いちよー確かめないとな」

「弾って、もしかして撃たれんですか!? もしかしてこの傷も?」

 にしては治りが早いことにセレンも気が付いた。

「貫通したから治りが早くて助かったぜ。炸裂弾とか喰らってたら泣いちゃうとこだったよなぁ」

 振り返ったアレンはセレンに向かって笑った。その笑みをみたとき、セレンはとんでもない人と係わり合いになってしまったことに気づいた。目の前にいる少年のような少女は、ただの人間ではない。

 アレンは自分のお尻や脚などを見回すと、満足そうに頷いた。

「他は撃たれたないみたいだな」

 服を着替えはじめるアレンを見て、セレンはこれからこの少女とどうやって接すればいいのかを一生懸命、頭をフル回転させて考えていた。

 まず、少年だと思っていたアレンが少女だったことで、それなりに態度が変わってくるだろうし、それよりもあの鼠色の身体を見てしまっては……。

 アレンは軽くサイボーグと言ったが、あんな大掛かりな物は今だかつて、セレンは見たことも聞いたこともなかった。きっと、半身をサイボーグ化する技術は現代の技術ではなく、今に残る『失われし科学技術』によるものだろう。しかし、それでも誰がその技術を使ってアレンにサイボーク手術を施したのかわからない。そんな技術を使いこなせる者が、この世に何人いるのか?

「あの、アレンさんって……」

 と言って、セレンは口を噤んだ。

「俺がなに?」

「別にいいんです。それよりも、夕飯食べますよね? 粗末なものしかありませんけど」

「夕飯はいらねえ。さっき腹いっぱい食って来たとこだから……ま、代金は高くついたけど」

 苦笑いを浮かべるアレン。それを見てセレンはなにを思ったか、こう口にした。

「食い逃げですか?」

「はっ? 食って逃げたには逃げたけどさ、別に食い逃げじゃねえし、相手が一方的に撃って来たんだしさ」

「お金は持ってるんですか?」

「一文無し」

「やっぱり食い逃げしたんじゃないですか!」

「なんか勘違いしてねえか? 俺は普通にトッシュって野郎と食事してたら、変な女が配下の野郎どもをみたいのを引き連れて来て、気づいたらマシンガンでズドドドドドって撃たれたわけよ」

「トッシュって、『暗黒街の一匹狼』と呼ばれる人のことですか!?」

「そーいやー、そんな呼ばれ方してたような、してなかったような?」

「あなたいったい何者なんですか!?」

 これが一番聞きたかったことだった。

「何者って聞かれても困るよなぁ。俺は俺だし、決まった職業に就いてるわけでもねえしな」

 誤魔化されているのか、本心からこんな回答をしているのか。アレンの表情からは窺い知ることはできなかった。

 セレンはアレンから聞くことをやめた。世の中には知らない方がいいことが多い。きっと、目の前にいる少年に似た少女とは、深く係わり合いにならない方がいい。それがセレンの答えだった。

「わたしはこの部屋を出て右の突き当たりの部屋にいますから、用があったら訪ねて来てください。じゃあ」

 セレンは足早に部屋を出ようとしたが、それを真剣な顔をしたアレンが止めた。

「あのさ」

「なんですか?」

「トイレどこ?」

「……はい? え、えっと、部屋を出て左の突き当たりです」

「あんがと、じゃな」

 人懐っこい笑みを浮かべるアレンに手を振られ、セレンはなんとも言えない表情で部屋を後にした。

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