逆襲の紅き煌帝「鬼械兵団(2)」
大佐専用のテントに招かれた1人と2人。セレンとライザは勝手に付いてきただけだ。
トッシュは煙草を吸いながら、酒をもらって上機嫌だ。
「いつの間に革命軍の大佐になんてなったんだよ?」
「おまえこそ英雄なんて言われてるけど、あの話どこまで本当なんだ?」
滅ぼされた帝國の関係者がここにはいた。
大佐はちらりとライザに目を遣る。
「あの女とはどういう関係なんだ?」
「無関係だ。なんでここにいるのか、俺様が聞きたい。そっちの可愛い嬢ちゃんはシスター・セレンだ」
トッシュに名前を呼ばれてセレンは慌てて頭を下げた。
「はじめましてセレンです。クーロンの教会でシスターをしています」
大佐はグラスを掲げて挨拶をした。
「俺はヴィリバルトだ」
3人は同じ輪に入ったが、ライザとの間には電気が奔っていそうな溝がある。
革命軍と言えば、もともとはシュラ帝國と戦っていた集まりだ。帝國のナンバー2とまで言われていたライザがこの場にいるのだ。心が穏やかなはずがない。
「さっきから敵意を向けるのやめてくれないかしら?」
冷たく鋭くライザは吐いた。
ヴィリバルトは敵意こそ削がなかったが、今すぐにどうこうするような素振りは見せなかった。
「〝ライオンヘア〟がなぜこの駐屯地にいる?」
「それは偶然よ。アタクシはトッシュを探していたの。正確に言えば、トッシュを祭り上げて革命軍に手を貸そうとしてあげようとしていたのよ」
「おまえが手を貸すだと、信じられん」
「条件はアタクシの身の安全を保証すること。帝國が滅んでからいろんな敵に狙われて困っているのよね」
「我々が今戦っているのは帝國の残党だぞ。おまえなどに手を借りるなどありえん」
ライザが鼻で笑った。
「なにがおかしい?」
不機嫌そうにヴィリバルトは吐いた。
ライザは前髪を掻き分けて、笑みを浮かべて口を開く。
「敵を完全に見誤っているわ。そんな雑魚なんて放置なさい」
「現在交戦中の相手を放置などできるか愚か者!」
ついにヴィリバルトは腰を浮かせた。
ライザは溜め息をついた。
「クーロンがどうなったか情報がまだ届いてないのかしら?」
トッシュが口を挟む。
「滅びたそうだな。攻め込んできていた新興国軍もやられたらしいな」
「なんだと!? いったいどこの軍だ!」
ヴィリバルトは驚きを隠せなかった。情報はまだ入ってきていなかったのだ。
「俺様は知らん」
トッシュはセレンとライザに顔を向けた。
重く暗い表情をしてセレンは目を伏せてしまった。残されたライザに視線が集中する。
「帝國を実質的に滅ぼしたのもそいつらよ。信じるか信じないかはアナタ方の自由だけれど、人間の形をした機械の軍隊が存在しているのよ。真の敵は人間ではなく、鬼械兵団なのよ!」
この時代に人間の形をした機械など存在していなかった。少なくとも人々が想像もできないものだった。
ロストテクノロジーの恩恵に与れているのはごく一部だ。そして、与っていても、それがどのようなモノなのかすら知らない者が多い。
トッシュはこれまで多くのロストテクノロジーを見てきている。
「人型エネルギープラントのようなモノか?」
首を横に振るライザ。
「いいえ、あれとはまったくの別物よ。出力は比べものにならないほど弱く、アスラ城とクーロンで見たものは思考あっても感情があるかは疑問だわ。魂のない攻守ともに優れた人型をした兵器とでもいうのかしら。それでも人間よりは遥かに超える機動力を持っているわ。鬼械兵1体でシュラ帝國の兵士100人分の戦闘力はあるんじゃないかしら。そう、アタクシが鬼械兵団の存在を知ったのは、帝國が水に沈んだあのときよ」
セレンとトッシュはアスラ城からヘリコプターで脱出した。けれど、それ以外の者たちの生存確認はできていなかった。ライザも死亡していたことになっていたくらいだ。
アスラ城の地下遺跡で、隠形鬼はトッシュをわざと逃がした。つまりトッシュとセレンは道筋に沿って逃がされたのだ。それ以外の者たちを隠形鬼は逃がさなかったことになる。
テーブルに載っていた酒のボトルをライザは奪い、グラスに注がずそのまま飲んだ。
「もらうわよ、ウチの兵士たちの弔いにね」
唇から溢れた酒がのどに伝わる。
手の甲で口を拭ってライザが話しはじめた。
「遅効性の毒だったわ、食料や水に入っていたみたいね、それで城にいた兵士はほぼ全滅。アタクシを含む飛空挺の乗組員は、毒は免れたけれど、城に残っていた兵士といっしょに鬼械兵の襲撃を受けて次々と殺されたわ。水が溢れ出してきて逃げようと思ったときには、乗り物はすべて破壊されたあとだったわ。その前に逃げようとした腰抜けどもは、レーダーから消えて消息を絶ったわ。つまり一撃で乗り物事やられたのでしょうね。そして、逃げ場を求めて身を潜めていたアタクシの前に隠形鬼が現れた」
ライザは〈ピナカ〉を抜いた。
「こいつが敵だって直感したからいきなりぶっ放してやったわ。片手で防がれちゃったけどね。で、奴は言うわけよ。『此ノ時代ニハ惜シイ人間ダ』って。それで今に至るってわけよ」
「はぁ?」
と、不満そうに呟いたのはトッシュだ。話の肝心なところが抜けている。
セレンは気弱に尋ねる。
「あのぉ、どうやって逃げ延びたんでしょうか?」
「それは企業秘密よ。予期せぬ事態が起きたとでもいうのでしょうね」
妖しくライザは微笑んだ。いったいなにを隠しているのだろうか?
ライザはバンと音を立ててボトルをテーブルに置き、場の空気を変えてから再び口を開く。
「とにかく、敵は鬼械兵団よ。奴らを倒すためにトッシュ、アナタにはできる限りひとを集めなさい――英雄というネームバリューを使ってね。そして、奴らと戦う術を探さなくてはいけないわ。強力なロストテクノロジー兵器を手に入れるか、なにかしらの弱点を見つけるか」
「俺様はそういうの向いてないからやりたくない」
「人類の存亡が掛かった戦いなのよ」
「おまえこそ、人類がうんぬんなんて動機で動く女じゃないだろう」
「ええ、そうよ。個人的なプライドの問題よ。でも動機なんてなんでもいいしょう、アナタたちにもメリットがあるのだから」
二人の間にヴィリバルトが割って入る。
「話はだいたいわかった。だが、鬼械兵うんぬんという話はまだ信じられない。それが本当に人類の脅威になるかも含めてだ。そんな得体の知れない脅威よりも、今は我々が交戦中の大臣派のほうが問題だ。そして、革命軍は各地で他国の軍とも戦っている。我々にとっての第一の敵は人間なのだ」
ライザは不機嫌そうにうなずいた。
「わかったわ、とりあえず目下の問題である大臣派を潰せばいいのでしょう。そうしたらアタクシの話を取り合ってもらえるかしら?」
「簡単に言ってくれるな。おまえになにができる?」
ヴィリバルトは挑発するように言った。
鼻でライザは笑う。
「大臣派なんてものは、遠征で各地に散らばっていた帝國軍の寄せ集めでしかないのよ。帝國の主戦力はアスラ城といっしょに破壊され沈められたわ。ねえ、帝國がなぜ世界最強の軍事国家と呼ばれていたかわかるかしら?」
周りは沈黙している。数秒の間を置いて、注がれた視線にライザは答える。
「――世界で唯一空軍を保有していたからよ」
小型飛空機の精鋭部隊〝黒の翼〟といえば、戦地において畏れられる存在だ。そして、もっとも畏れられていたのが、空飛ぶ要塞である巨大飛空挺キュクロプス。
「アタクシが集めた情報によると、大臣派はたったの3機しか飛空機を保有していないらしいじゃない。それでも普通の軍隊から見れば超強力な兵器でしょうけれど。もしも、アタクシが飛空機ではなくて、飛空挺を持っていると言ったらどう? それも魔導砲なんてオモチャを積んでるなんて言ったら?」
即座にヴィリバルトが否定する。
「バカなっ、飛空挺はこの世にたったの3機しかないんだぞ。そのうち1機だった世界最大級の化け物キュクロプスはもうないはずだ。残る2機はそもそも非戦闘機で、神聖クリフト皇国とロマンジア連邦が保有している」
「なぜ世界に3機しかないのか。それはロストテクノロジー頼りで、1からつくる技術がないからよね。アタクシ軍事会社の社長だったのだけれど、過去形でいうのは勝手に辞任させられたみたいで、副社長がまんまとアタクシの後釜になったらしいからなのだけれど。じつはね、極秘プロジェクトで飛空挺を造らせていたのよ。それを貸してあげるわ、いい話でしょう?」
自信満々の笑みを浮かべたライザ。
荒野を走るエアカー。
風の抵抗が少ない楕円形のフォルム。地面から少し浮きながら、ほぼ無音で走行する。
運転しているのはジェスリーだ。横の助手席にはアレンが乗っていた。
「すげえな、リリスの姐ちゃんのよりビュンビュン進むぞ」
「まさか以前にもエアカーに乗ったことがあるのですか?」
「ああ、リリスっていう得体の知れない婆みたいな姐ちゃんがもってた」
驚いた表情をしてジェスリーはアレンに顔を向ける。
「リリスというのは、まさかと思いますがリリス・イブール博士では?」
「さあ、どうだろ?」
「言われてみれば、リリス博士がこの時代まで生きているわけがありません」
「俺の知ってるリリスはそーとー長生きしてるっぽかったけど。下手したらロストテクノロジーの時代から生きてるかもな。そんな得体の知れない姐ちゃんだった」
妖婆であり、妖女である。リリスはどこか時間を超越した存在だった。
「もしかしたら、それは本当にリリス・イブール博士かもしれません。普通の人間ならば、何千年も生きられませんが、あの方であればそれが可能だったかもしれません。その方はもしやサイボーグだったのでは?」
「生身だったよ。なんとなくわかる」
「そうですか、生身ですか。しかし、それでもあの方なら可能でしょう。あの時代、3本の指に入る科学者でしたから。そして、リリス博士の姉であるレヴェナ博士もその指の中に入っていました。あの姉妹は常に100年先を歩んでいました」
――レヴェナ。
その名を聞いたアレンはなぜか胸騒ぎがした。
「レヴェナ……どっかで聞いたような……」
「レヴェナ博士は我々の救世主でもあります。彼女がいなければ、メカトピアはなかったでしょう。しかし……彼女がいなければ、あるいは、戦争も起きなかったかもしれません」
「戦争?」
「この時代の人間たちが忘れてしまった歴史です。世界中を巻き込んだ大戦でした。かつて存在していた輝ける文明社会で、機械と人間は平和に暮らしていました。しかし、欲に駆られたものが戦争を起こし、文明は衰退し、やがて兵器汚染により世界は砂漠化の一途を辿ったのです」
荒れ果てた現在の世界は、過去の大戦によるものだとジェスリーは云うのだ。
エアカーが急停車した。
驚いて腰を浮かすアレン。
「なんだよいきなり!?」
「自動停止システムが作動しました。おそらく障害物があったのでしょう」
そう聞いてアレンはフロントガラスから外を見回した。
「んなもんないけど?」
「いいえ、地面に人間がいるようです」
「轢いたわけ?」
「いいえ、ぶつかる前に停止しました」
二人はエアカーを降りて、その人間とやらを確認した。
泥だらけの小汚い人間がうつ伏せで倒れていた。
「死んでんじゃね?」
ひと目見てアレンは決めつけた。
「いいえ、生命反応があります」
「見ただけでわかんの?」
「はい、機能として備わっています」
生きてると聞いて、アレンは地面に転がる人間を仰向けにした。
「あっ」
そして、小さく驚いた。
なんと地面に倒れていたのはワーズワースだったのだ。
「どこのどなたか存じ上げませんが……み、水を……」
「おい、吟遊詩人の兄ちゃん。俺だよアレンだよ、あんた生きてたんだな」
アスラ城の地下遺跡で別れた切りだった。あのときワーズワースは隠形鬼と入れ違いで消えた。周りの者たちは〝消された〟と感じただろう。なぜなら、未だにアレンたちはワーズワースと隠形鬼の関係を知らないからだ。
ワーズワースは瞳を丸くした。
「アレン君じゃあ~りませんか! どーもどーもお久しぶりです」
「なんだよ、すげえ元気じゃねーか。行こうぜジェスリー」
放置するつもりでアレンはエアカーに乗り込もうとした。
慌てて元気よくワーズワースが立ち上がった。
「ちょっと待ってください、乗せてってくださいよ。あと水をいただけると幸いです」
ジェスリーがワーズワースとアレンを交互に見ている。
「見たところお友だちのようですが、乗せてあげなくてもよろしいのですか?」
救世主にワーズワースは喜んで手を握って一方的に握手をした。
「ありがとう、君はいい人だ。僕の名前は愛の吟遊詩人ワーズワース。アレン君とは大の仲好しなんだ」
「ちげーよ」
すぐにアレンの突っ込みが入ったがワーズワースは構わない。
「ささっ、行きましょう行きましょう。これリリスのお婆ちゃんの車に似てますね。うん、すごくカッコイイ!」
適当に褒めながらワーズワースは勝手にエアカーに乗り込んだ。
ジェスリーがそっとアレンに耳打ちする。
「あの方もリリスさんを知っているのですか?」
「なんていうか成り行きで」
「そうですか。わたくしが人間ではないことは、どうかこれからの旅で一切だれにも言わないでください」
「わかってるよ」
ブーブーっとクラクションが鳴らされた。ワーズワースが催促している。
「ささっ、早く人里まで行きましょう。道すがら、アレン君たちと離ればなれになったあと、どんな愛と勇気の大冒険をしたか、とくと語ってあげましょう!」
「いいよしなくて」
アレンの返しが冷たい。正直、めんどくさいのだ。
ワーズワースは食い下がる。
「残念なことにアレン君は僕に興味がないようなので、ジェスリーさんに僕とアレン君の大冒険を語ってあげましょう。超古代都市アララトでの冒険、アスラ城の地下古代遺跡でのお話、そして革命家トッシュの英雄譚。どれもロマン溢れる詩[うた]ですよ」
一生懸命しゃべっているワーズワースだが、ジェスリーも聞いていなかった。彼の気は遥か空に向けられていたからだ。
ジェスリーが空を指差した。
「あれを見てください。飛空挺でしょうか?」
まぶしさに眼を細めながらアレンもその飛空挺を見た。
「いったいどこのだ?」
ワーズワースもエアカーから身を乗り出した。
「この世界に現存する飛空挺は2機です。ちょっと前までは帝國のキュクロプスも含めて3機だったんですが。あれは僕の知らない飛空挺ですよ、世界中を旅する吟遊詩人の僕が知らないんですよ。これは大事かもしれません」
それがライザの飛空挺ということをアレンたちは知らなかった。
そして今、戦地に向かおうとしていることを――。