逆襲の紅き煌帝「不気味な足音(4)」
周りにビルが建ち並ぶスクランブル交差点を行き交う人々。
雑踏は今日も賑やかに華やかに、街は活気づいていた。
空に映し出されている巨大スクリーンには、生放送中のお昼のバラエティ番組が映し出されている。途中のコマーシャルでは、最新型の家庭用アンドロイドが映し出されていた。
空では魔導式のエアカーが管状道路を行き交っている。
さらに高い空を飛んでいるのは、羽のない魔導式の飛空挺だ。
非常ベルが鳴った。
覆面をした男がコンビニから飛び出してきた。手に持っているのはビーム銃だ。
すぐ近くを巡回していたパトカーがサイレンを鳴らす。
覆面男が人々を押し倒しながら逃げる。
先回りしたパトカーから警官が降りてきた。人間ではなかった。メタリックのボディを持つロボット警官だ。
人型のロボット警官は人間のように走り、覆面男に飛びかかった。
動作は人間に似ているが、その脚力は遥か人間を凌駕し、腕力もゴリラ並みだ。さらに重量もあるため、押した倒されてのし掛かられた覆面男はひとたまりもない。
肋骨の折れる音がした。
苦痛で顔を歪ませた覆面男は逃げる気をそがれ連行されていく。
高性能ロボットたちは、今や人間の生活と切っても切れない存在になった。先進国では危険な仕事のすべてをロボットにやらせている。ほかにも清掃業や肉体労働の分野でも多く活躍している。最近では、倫理の教師にアンドロイドが就任したというニュースが、話題になったばかりだ。
ロボットですら仕事に就ける時代なのに、いや、ロボットが仕事を奪ったからこそ、失業者も多かった。街の繁栄の影にあるホームと呼ばれる地域。そこはホームレスで形成されている街だった。
少女はいつも外の世界に憧れていた。向う側に見える華々しい街。人々がみんな輝いて見えた。
しかし、現実は薄汚れた躰を包むボロのような服。髪の毛は硬くボサボサで、少し掻くだけでふけが落ちてくる。履き物は最近新しいのを見つけた――つま先に穴の開いた赤い靴だ。
まだ少女は幼かった。歳は六か七か、厳しい現実に晒されながらも、強く逞しく生きていた。親はいない、兄弟もいない、身内はだれもいなかった。けれど、周りの〝男〟たちは優しかった。
ホームでは争いが絶えない。だいたい食料か嗜好品の取り合いだ。少女は比較的食料を回してもらっていたが、それでも腹一杯に喰えることなんてなかった。
腹が鳴る。
今日も腹と背中がくっつきそうだ。
食料を手に入れる方法は、もらうか、買うか、奪うかだ。
少女はまだまだ自分でお金を稼ぐことができなかった。いつも大人たちの施しで生活していた。
その日、少女はビルの隙間から街の様子を眺めていた。コンビニ強盗が警察に捕まった。奪うのに失敗したのだ。
――自分だったら、もっとうまくやれるのに。
少女の心に芽生えた黒いモノ。
街中で赤い林檎が少女の瞳に映った。目の前を通り過ぎたのは、おそらく女性だ。眼鏡をかけた女性だった気がする。
この時代に眼鏡を珍しい。今はいくらでも手術で視力を回復することができるし、たとえ眼球を失っても再生するか、もしくはサイボーグ化することも可能だ。けれど、そんな時代だからこそ、たまに自然にこだわる者もいる。
眼鏡の女はなぜか林檎を片手に持ち、それを上に投げてはキャッチして、また投げてはキャッチし、それを繰り返しながら歩いていた。まるで引力に取り憑かれたような行動だ。
女のあとを白衣を着た男が追ってくる。
「レヴェナ博士! 学会のパーティーを抜け出すなんて、またスポンサーに叱られますよ!」
まるで聞こえていないように、女は林檎を投げ続け歩いている。
少女は白衣の男を押し飛ばして歩道を駆け抜けた。
瞳に映る真っ赤な林檎。なぜだろう、まるで宝石のように見えた。
林檎が上空に投げられた瞬間、少女は類い希なる運動神経で跳躍し、女から見事に奪い取ったのだ。
女はぽかんと口を開け、
「……あ」
と、だけ呟いた。
代わりに叫んだのは白衣の男だった。
「泥棒だ! そこの子供泥棒です!」
子供相手ではなく、殺人犯を相手にするような剣幕で叫んだ。
それに怯えたのは少女だ。
ただ林檎を奪っただけなのに、どうしてあの大人は恐い顔をするのだろう?
次の瞬間、急に目の前に飛び出してきたパトカーに少女は撥ねられた。
まさか地上でこんなスピードを出している車に撥ねられるなんて。
パトカーを運転していたのは、覆面男だった。奪ったパトカーで逃走中だったのだ。管状道路に入ってしまっては逃げ場はない。逃げるなら地上だ。
「かわいそうに」
呟いたのは眼鏡の女だった。
雑踏が静まり返っていた。
立ち止まる者、中には足早に逃げ出す者。
紅い海に沈む幼い少女。
右脚が股間からもがれ、右腕も同じもがれ、右の脇腹からは内蔵がはみ出してしまっている。パトカーがどれほどの時速が出ていたか想像するに恐ろしい。
こんな重傷を負いながら、不幸なことにまだ意識があった。
凄まじい苦痛。
――アレンは大量の汗を拭きながら眼を覚ました。
「夢……か?」
ソファから上半身を起こしたアレンは周りを見た。
白く無機質な部屋だ。ソファ以外にあるのは、目の前の壁に取り付けられているモニターだ。それと、ソファのすぐ傍に花を一輪挿した花瓶が置いてあった。
「……腹減った」
どれくらい食べ物を口にしていないのか?
「これでよろしければ」
アレンの目の前に差し出された手の上には、真っ赤な林檎が乗っていた。
林檎を手に取りながらアレンはゆっくり顔を上げる。若い男が立っていた。髪の毛を七三にした細身の男だ。骨と皮だけの躰というほど痩せているが、不健康そうには見えない。ただし、少し表情は硬い気がする。
男は微笑んだ。
「だれも食べたことがありませんから、味は保証できません」
「だれも食ったことないって……」
「心配はいりません。動物たちも食べていますから、毒はありません」
「あっそ……あんがと」
アレンは林檎に牙を立てて、引き千切るように食らい付くと、頬いっぱいに口の中に入れた。
見うる見るうちにアレンの表情が晴れやかになる。
「うまっ、これすげぇうまいな!」
「それはよかった」
また男は微笑んだ。
アレンは林檎を食いながらまじまじと男を観察するように見つめる。
「なあ、ところであんただれ?」
「わたくしはこの街で唯一、音声言語で会話ができる人型アンドロイド――ジャン・ジャック・ジョンソン。人間の友からはJ3(ジェスリー)と愛称で呼ばれていました」
「マジで、あんた人間じゃないの?」
「はい、この街には人間はひとりもいません。ようこそ、ロボットの楽園メカトピアへ」
教会があっという間に炎に包まれた。
空から次から次へと降り注いでくる焼夷弾。
クーロンの街全体が燃えている。
直接炎に焼かれていなくても、熱風で火傷しそうなほど熱い。
「こんな非人道的な攻撃」
セレンの顔を彩る赤い絶望。
焼かれてるのは街だけではない。火だるまになった人間がのたうちまわっている。
ライザは訝しげに眉間に眉を寄せていた。
「おかしいわ、こんな攻撃を仕掛けてくるなんて。魔導炉まで破壊するつもり?」
科学財産まで破壊する道理はないはずだ。侵略者の目的は、都市をそのものを奪うことだったはず。
炎の魔の手は瞬く間に広がり、すぐセレンたちの傍に迫っていた。
「早く逃げましょう、ここは熱風がすごくて。そうだ、川の中に逃げれば!」
帝国水没後、各地を流れるようになった大河。そこから枝分かれした水脈が地下を通って、クーロンの街にも沸きだし川になっていた。
すぐにライザがセレンの腕を力強く引いた。
「死にたいのなら止めないわ。あれを見ても川で泳ぎたいと思う?」
その光景を見てしまったセレンは吐き気に襲われ、思わず目を伏せてしまった。
暑さに堪えかね逃げ惑う人々が川に飛び込む。中には火だるまになっていた者もいた。だが、川は天国でもなんでもない。
――川は煮えたぎっていたのだ。
地獄の鍋で生きたまま煮られる人間。
悲鳴が耳の奥にこびりついて離れない。
ライザは辺りを見回して頭を猛回転させていた。
「これはただの炎じゃない。地下に逃げたくらいじゃ蒸し焼きにされるかもしれないわね。この街でもっとも安全な場所は魔導炉よ、あの場所がもっともどんな災害にも耐えられるようにつくられているわ」
逃げ惑う人々の間を縫って街を駆ける。
ライザはセレンの手首を掴んで引っ張りながら、セレンも決して離さないように必死についていった。混乱の中ではぐれてしまったら絶望的だ。
逃げる途中で子供の泣き声がした。けれど、ライザは待ってくれない。セレンは耳を塞いで戦火の中を駆け抜けた。
空から再びなにかが降り注いできた。今度は焼夷弾ではない。金属の塊だ。
それは機械だった。骨組みだけの人間のようなロボットだった。機械の兵士だった。
ロボット兵団がクーロンに攻め込んできたのだ。
人々にとってそれは未知の存在だった。失われた時代の科学兵器。街の混乱はさらに高まった。
機械兵が次々と素手で人間を屠[ほふ]っていく。武器など必要ない。大人が赤子相手に武器など使うだろうか?
攻められていたのはクーロンだけではなかった。周りを囲んでいた新興国軍もロボットの襲撃を受けていた。
だれもが予想していなかった、人類が予想もしていなかった敵が出現したのだ。
ライザとセレンの前にも機械兵が立ちはだかった。
ロストテクロノジーにはロストテクノロジーで対抗する。
魔導銃〈ピナカ〉をライザが抜いた。
銃口は1つであった。
しかし、発射された激光は三本の矢となり咆哮をあげ、大地を穿ちながら機械兵を八つ裂きにしたのだ。まばゆい光で目が眩む。
〈ピナカ〉が通った道は、まるで巨大な悪魔の爪で引っ掻いたように、建物もすべて三本線で引き裂かれていた。
それで終わらなかった。
次々と現れた機械兵の列を〈ピナカ〉が薙ぎ倒したのだ。
光線は放たれただけでは終わらず10メートル以上の三つ叉の槍となり、ライザが躰ごと回転させて横に振り回すと、機械兵や建物を切断しながら薙ぎ倒したのだった。
セレンが悲鳴をあげる。
「なんてこと、まだ建物の中にひとがいたかもしれないのに!」
「燃えて崩れそうな建物の中にいたって助からないわよ」
瓦礫の荒野が広がった。
「さあ、行くわよ」
開かれた道をライザが進む。
先に見えてきたのは合金のドーム型の建物。あれが魔導炉の施設だ。
施設は壁で囲まれ、入り口は正面ゲートのみ。逃げ場を求めた人々は壁を登って中に侵入しようと懸命だ。だが、壁の上には高圧線が張り巡らされ、それに触れたものが黒こげになって死んだ。
ライザは正面ゲートにカードキーを差し込み、暗証番号を打ち込んだ。
すぐにスライドしながら開かれた重厚な金属の扉。人々が流れ込んでこようとした。
扉の前に立ちはだかるライザは、容赦なく〈ピナカ〉を放とうとした。それを必死に腕にしがみついて止めたのはセレンだ。
「やめてください」
構わずライザは放った。ただし、天に向けて。
咆哮をあげながら天に三つ叉の光が昇る。人々は畏怖した。艶笑するライザ。
「それではごきげんよう」
敷地内に入ったライザとセレン。正面ゲートは静かに閉められた。
「あのひとたちを中にいれてあげてください!」
セレンは涙目でライザに訴えたが、
「ここがどのような施設かわかっていないようね。100人、1000人の命なんかよりも重要な施設なのよ。だれかひとりが施設で事故でも起こしてみなさい。それこそクーロンだけでなく、周辺地域まで汚染されて死の荒野に化すのよ」
「だからって目の前のひとを見捨てるなんて!」
「そういうの綺麗事っていうのよ、シスター・セレン」
空が紅く燃え上がった。
この施設にまで炎の塊が降ってきた。
「中に入れば安全よ!」
ライザはドーム施設に急ごうとした。
しかし、その目の前に炎の塊が――違う、炎のような花魁衣装を着た女が舞い降りたのだ。
炎の車輪に乗り、現れたのは火鬼だった。
「お久しぶりでありんす」
艶やかに狂気を孕んだ表情。火鬼の顔半分を覆うメタリック。機械の片眼が紅く輝いていた。