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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第3幕 逆襲の紅き煌帝
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逆襲の紅き煌帝「不気味な足音(3)」

 騎鳥部隊の中から、単独でアレックスのもとに近づいてくる男がいた。

「どこのガキだ? この農場のガキなら親のところに案内してもらおう。この農場はこの瞬間から我々の物になった」

 男の顔にはいくつもの傷があった。軽鎧で隠され見ないが、その躰にも傷がある。死んでいてもおかしくない傷の量である。幾多の戦いの中で先陣を切ってきた切込隊長だ。

 アレックスはまったく動じていない。少年がするとは思えないほど冷ややかな眼だ。

「軍を引け、そして立ち去れ。ここから先に進むことは決して許さんぞ」

「いい眼をする。俺の元で兵士にならないか? おまえと同い年くらいの奴らもけっこういるぞ?」

「断る」

 即答だった。

 切込隊長は見下して嗤う。

「ならおまえの首を手土産に、親御さんにあいさつでもするか」

 腰のサーベルを切込隊長が抜いた刹那だった。

 悲鳴があがった。

「ギェェェッ!」

 クェック鳥が奇声を発したようだった。人間がそんな声を出す事態とは?

 アレックスの指が切込隊長の両眼に突き刺さっていたのだ。

 そのまま眼窩[がんか]に指を突っ込んだまま、相手の顔面を自分に引き寄せて、アレックスは膝蹴りを喰らわせた。

 それらは刹那の出来事であった。

 クェック鳥から落ちた切込隊長は地面にうつ伏せになったまま動かない。

 少し先に見える隊列がざわめき立った。

 そして、軍隊は進撃してきた。

 勝てるかどうかなど関係ない。アレックスはひとりでその軍隊に立ち向かうつもりだった。ここを動かず迎え撃つ。

 しかし、思わぬ事態が起きた。

 遠くから聞こえた爆発音。家の方角からだ。

 アレックスは目を凝らした。

「まさか……挟み撃ちだったのか!」

 軍隊は一方向からではなく、二方向から攻めてきていたのだ。すでに向う側は家のすぐ傍まで攻め入っている。

 アレックスは前方の軍隊を無視して、松葉杖を捨てた代わりに切込隊長のサーベルとクェック鳥を奪い、すぐさま家に向かって全速力で駆け出した。

 家の土壁を穿つ砲撃の跡。家の前ではすでに長剣とサブマシンガンを構えた父アントンが、敵兵と一戦を交えていた。

 兵士を切り捨てたところで、現れたアレックスを見てアントンは微笑んだ。

「無事だったか」

「家族は?」

「地下に避難させた。その手についた血はおまえのじゃないな?」

「ひとり殺った」

「そうか」

 アントンは哀しげな瞳でアレックスを見つめた。

 軍勢をすべてちっぽけな家に向けてくることはないが、兵士たちが次々と近づいてくるのが見える。

 怒り含んだ溜め息を吐いた。

「くそっ、奴らの目的は農場だ、腹が空いては戦は出来ぬってな。だから俺たちの命を奪うことに躊躇いはないだろう。今からでも降伏すれば命だけは助かると思うか?」

「さあ」

「なら俺の命と交換で、家族と、そしておまえの命を助けてくれって交渉しても無理か?」

「朕の命は一度亡くしたも同然。拾ってくれた者のために使うなら、それもいい」

 銃声が鳴り響く。雨のような銃弾が飛んでくる。敵も本気を出してきた。

「地下室に取りあえず逃がしたが、相手の出方を見ると事態は最悪だ。ずっと隠れていても助からないだろう。俺が囮になって時間稼ぎするから、隙を見て家族を連れて船で逃げろ。頼んだぞ!」

 アントンはアレックスからクェック鳥を奪い、家から離れるように、そして兵士たちの目を引きつけるように、サブマシンガンを乱射しながら、縦横無尽に駆け出した。命を犠牲にしようとしているのは明らかだった。

 銃弾を躱しながらアレックスは家の中に飛び込み、ギブスの脚を引きずりながら急いで地下室へ向かう階段を下りた。

 暗闇に包まれた地下で視界を閉ざされる。

「アレックス、こっち」

 どこかからラーレの声がした。

 ぼわっと微かに明かりが灯り床の下から顔を出すラーレが見えた。

 石床の一部が外され、その先に家族3人が身を潜めていた。アレックスが中に入り、石床のふたを閉め、空間の先を眺めると、そこは洞窟として奥深くまで続いていた。

「お父さんは?」

 尋ねたラーレにアレックスは沈痛な面持ちで顔を横に振った。

 急に泣き崩れたラーレが母シモーネにすがりつく。それで弟のカイも理解したようだ。カイがアレックスに掴みかかる。

「父さんが……ウソだ!」

「船を使って逃げるように言い付かってきた」

 あえて生死については言わなかった。変に期待を持たせ、家族がこの場を離れないと言い出すことは、アントンの望むところではなかったからだ。まずはこの場を逃げ切ること。

 母は気丈だった。

「この洞窟を抜けると地上に出るわ。早く行きましょう」

 ランプが照らす道を4人は進む。足音とすすり泣く音だけが聞こえた。

 やがて見えてくる地上の光。それは希望かそれとも……。

 川の音が聞こえた。

 連なる崖影のわかりづらい場所に出口はあった。

 遠くから戦乱の怒号が聞こえる。アレックスはまだアントンが生きていることを予感した。だが、それを口に出すことはしなかった。

 小走りで先に進むと、仕事で使っている小型の貨物船が見えてきた。

 しかし、その周りにはすでに兵士たちの姿。

 地面にうつ伏せになって4人は身を潜め、兵士たちのようすをうかがった。

 兵士の数は3人。船の上に2人と、川岸の見張りが1人。銃剣で武装している。

「ここにいろ」

 アレックスはサーベルを構えて立ち上がった。

 怯えた表情でラーレがアレックスの手首を掴んだ。そして、無言で首を横に振る。だが、アレックスはその手を振り切って、脚の怪我を無視して全速力で走り出した。

 最初に気づいたのは見張りの兵士だ。

「どこのガキだッ!」

 ガキだからといって容赦ない。サーベルを構えているアレックスに銃剣を向けられた。

 ほかの兵士2人もアレックスの存在に気づいた。

 斬撃が奔る。

 2人の兵士が気づいたときには、見張りの首が地面に落ちたあとだった。

 アレックスはギブスをしていない脚を蹴り上げ、船の甲板まで跳躍して見せた。その距離じつに5メートル以上。怪我をしていなくても、常人が片足で踏み切れる距離ではなかった。

 尋常でない発汗をするアレックス。彼の躰に異変が起きはじめていた。

 怯えた兵士が銃を乱射する。

 銃弾がアレックスの頬を掠め、赤い筋を奔らせる。その肩にも、その腹にも銃弾を受けた。

 しかし、アレックスは修羅のごとき鬼気を発して怯まない。一歩たりとも引かなかった。

 突き立てられた銃剣の刃を片腕のギブスで受け止め、アレックスはサーベルを薙いだ。

 兵士の胴が真っ二つに割られた。

 それだけではない。金属のサーベルが砂のように崩れ、斬撃が起こした風の刃が残るひとりの兵士の躰を細切れにしたのだ。武器がアレックスの力に耐えられない――そんなことがありえようか?

 血に染まる甲板。

「朕はいったい何者だ?」

 自問自答するアレックス。

「きゃーっ!」

 遠くから悲鳴が聞こえた。

 家族3人が敵に兵に捕まっている!

 アレックスはすぐに駆けつけた。

 そして、辺りが大勢の兵士たちに取り囲まれていることに気づいた。家族を捕らえている数人の兵士と、その頭上の崖の上に隊を成している兵士の列。

 人質を取られたアレックスは身動きが取れない。3人は羽交い締めにされ、自力ではとても逃げられそうもない。たとえ逃げても、すぐに周りの兵士たちにまた捕まるだろう。

 兵士のひとりがなにかをラーレたちの足下に投げた。

 絶句。

 悲鳴すらあげられなかった。

 それは首であった。見るも無惨に傷つけられた生首。ぐしゃにされた顔に面影が残っている。

 世界を震撼させる鬼気をアレックスが放った。

「おのれぇぇぇぇッ、下賤な者どもがァァァァッ!!」

 武器も持たずアレックスが敵のど真ん中に突っ込む。

 雨のような銃弾が発射される。

 どんな強靱な肉体を持っていようと、この銃弾を浴びせられては死ぬだろう。

 突然、シモーネが兵士の腕を噛み、どうにか振り切ってアレックスの元に駆け寄った。

 シモーネによって押し倒されたアレックス。二人は地面に倒れ込んだ。

 瞳を丸くするアレックスの頬に、血の雨が降ってきた。

「朕を庇ったのか……莫迦な……ことを……」

「命を無駄に……ぐふっ……しないで……」

「それは朕の台詞だ」

 子供らの悲鳴があがる。

「お母さん!」

「母さん!」

 シモーネは力なくアレックスに被さり、耳元でなにかを囁く。

「夫が言っていたわ……もしかしたら……あなたの正体は…………」

 最後まで言わずに事切れた。

 幽鬼のようにゆらりと立ち上がったアレックス。

「……母が死んだ」

 脳裏にフラッシュバックする光景。

 ――目の前で貴婦人が護衛の兵士に刺されて死んだ。

「また朕を庇って……母が……」

 急に空が曇りはじめ、稲妻が泣き叫んだ。

 そして、黒い雲よりもさらに黒きものが、稲妻を帯ながら雲を断ち切り天から降ってきたのだ。

 不気味に輝く漆黒の大剣。

 一撃で地面に亀裂を奔らせたその剣は――まさに煌帝の証〈黒の剣〉!

 少年とは思えぬ、まして人間とも思えぬ艶やかな笑みを浮かべたアレックス。

 兵士たちがざわめいた。

 〈黒の剣〉の柄を握ったアレックスは、その大剣をゆるりと優雅に薙いだ。

 風も起こさぬその所作。

 しかし、実際は撃風の刃が崖の上にいた兵士たちを切り裂き、吹き飛ばし、一撃で一掃していた。

 天災に等しき破壊力。

 怪我を負って地面に這いつくばった兵士が呻く。

「ま……まさか……その黒い剣は……暴君が生きていた……だと」

 次々と兵士たちが叫びはじめる。

「煌帝ルオだ!」

「シュラ帝國の暴君だ!」

「恐ろしい〈黒の剣〉を持っているぞ!」

「怯むな、相手はただの小僧ひとりだぞ!」

 アレックス――ルオは不気味に嗤った。

「ルオか……そんな呼ばれ方をしていた気がする」

 まだ記憶が完全に戻ったわけではなかった。

 しかし、その手元には〈黒の剣〉が戻った。

 〈黒の剣〉がルオを主と認めたのだ。

 銃弾が浴びせられルオの躰に風穴が空く。

 流れ出した血が――なんと逆流するではないか!?

 傷痕が弾丸を吐き出し、見る見るうちに塞がっていく。

「うぉぉぉぉぉッ!」

 魔獣の叫びをあげたルオが兵士に切り込む。

 鬼気に肝を潰された兵士は身動きができなくなり、姉弟が自然と解放された。

 黒い血が舞う。

 ラーレの目の前で崩れ落ちる肉塊。瞳に焼き付く。この虐殺の光景を生涯忘れることはないだろう。

 〈黒の剣〉が兵士たちの四肢を切り飛ばす。ひとりひとりだ。まとめて薙ぐことができるにも関わらず、ひとりずつ細切れにしていくのだ。

 悪夢であった。

 乾いた大地が鮮血を吸う。

 やがてそこは緑に変わるだろう。多くの屍の上に、この大地は成り立っている。

 魔獣と化したルオはその姿さえも変貌させていた。

 足下まで伸びたざんばら髪。肌を稲妻のように奔る黒い文様。瞳は血のように真っ赤に染まっていた。

 兵士の数がひとり、ひとりと減っていく。

 まだ命のある者が地で呻き藻掻いているが、この大地に立っているのは3人だけ。

 ルオと姉弟の眼が合った。

 怯えきっている。

 魔獣に怯えているのだ。

 姉の前に立ったカイは拾った小石をルオに投げつけた。

 すぐさまラーレがカイを自分の後ろに隠す。

 頬に石を受けていたルオは何事もなかったように歩き出す。

「船に乗って早く逃げろ。もう二度と会うことはない……だから君たちを助けることも二度とない」

 言い残してルオが振り返りもせず歩き続ける。

 遠くにはまだ軍隊が見える。

 敵の主力である戦車の影。

 不気味に轟く曇天の空。

 修羅場はまだまだ先にある。

 この日、煌帝ルオの名が再び世界に響きはじめるのだった。

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