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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「渦中(5)」

 扉の先に広がっていた部屋にはただ一つ、台座があるだけだった。

 そこに〈スイシュ〉を乗せろと言わんばかりだ。

 アレンはワーズワースを床に下ろし、迷わずその台座に向かって歩き出した。

 そして、台座の前で足を止めた。

「置くぞ?」

 アレンに顔を見られたトッシュは無言でうなずき、ワーズワースは真剣な眼差しをしていた。

「待て!」

 部屋に響き渡った少年の声。

 この場に現れたルオの声だった。

 しかし、〈スイシュ〉はすでにアレンの手の中にない。

「もう置いちゃったもんねー」

 悪ガキのような顔をしてアレンは笑った。

 〈スイシュ〉が設置された台座は床の底へと自動的に収納されていく。

「遅かった……か」

 ルオは憎悪を浮かべながら歯を噛みしめた。

「ソウ、此デ何モカモ終ワリデ御座イマス」

 この場にもうひとり――否、一人減ってもうひとり、ワーズワースに替わってその場に隠形鬼がいた。

 驚くトッシュ。

「俺様が殺した筈!?」

「御前ガ殺シタノハ偽者ダ。私ハ御前ガ引キ金ヲ引ク間ニ65歩以上移動出来ルト言ッタ筈ダガ?」

 あれは隠形鬼の最期にしては、やけに呆気ない終幕だった。それもすべて隠形鬼の罠だったのだ。

 そして、もう一人最後にやって来た女がいた。

「ご苦労様トッシュ。とても良い働きだったわ、本当にありがとう」

「フローラ!」

 叫んだトッシュの視線の先で、フローラは隠形鬼の横に立った。

 信じたくない出来事ではあったが、トッシュの直感がそう訴えている。

「そうか……裏切ったのか俺様たちを」

「いいえ、はじめからこちら側のスパイだっただけよ。鬼兵団でのわたくしの名は木鬼[モクキ]」

 この状況を見て、ルオを腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ、じつに愉快だ。そうか、三つ巴という訳か。朕は隠形鬼に謀れ、君はその女に謀れたというわけか……くくくくくっ」

「其ノ通リデ御座イマス。此デ帝國ノ栄華ハ水ノ底ニ沈ム」

「我が帝國にどんな怨みがある? それとも金で雇われたのかい?」

「イエイエ、怨ミデモ無ケレバ、金デモ御座イマセン。次ノ世界ニハ不要ダカラ消エテ貰ウダケノ話」

「シュラ帝國が不要だと……後の世で世界のすべてを治めることになる、シュラ帝國が不要だとッ!!」

 ルオの怒号と共に〈黒の剣〉が隠形鬼に向かって飛んだ。

「私ニトッテ、コノ剣ダケハ厄介ナ代物……ナア、れヴぇなヨ?」

 〈黒の剣〉が隠形鬼を貫いた――と思ったが、そこに隠形鬼はいない。

 しかし、〈黒の剣〉は獲物を見失わなかった。

 だれもいない空間を〈黒の剣〉は突いた。

「クッ!」

 突如姿を現した隠形鬼は、煌めく透明な魔導盾を手のひらの前に出し、〈黒の剣〉を受け止めていた。

 二人が戦いに集中しているのを見計らって、トッシュはアレンに合図を送った。そして、セレンを背負ったまま出口に駆け出す。

 戦いなら勝手にやらせてけばいい。

 だが、アレンはその場をまだ動かない。

「まだ装置が動いてるかわかんねえぞ?」

 台座と共に〈スイシュ〉が床に収納されてから、何の音沙汰もない。

 出口に立ち塞がったフローラが答える。

「いえ、ちゃんと稼働しているわ。〈スイシュ〉を設置してから三〇分後、このピラミッドの頂上から一気に水が噴き出すわ。そして一瞬のうちに地上にある帝國は水に沈むでしょう」

 トッシュは悲しい瞳でフローラを見つめた。

「帝國を滅ぼす目的のために、表の顔はジードとして、スパイまでして、そして俺様まで使ったのか?」

「いいえ、わたくしの目的ははじめから一貫しているわ。自然環境を守り、この星に緑を取り戻すこと、ジードは表の顔よ。帝國が滅びるのはその課程の一つに過ぎないわ」

 少しだけトッシュは微笑んだ。

「……そうか。それならそれでいい、俺様たちはもう用済みだろう? 行かせてもらうぜ」

 フローラの横を通り過ぎようとしたトッシュの前に茨の柵が現れた。フローラの生きているドレスから伸ばされた植物だ。

 用が済んだら殺すのか?

「行カセテヤレ」

 〈黒の剣〉との攻防を繰り広げながら隠形鬼が言った。

「朕との戦いで目を離すとは良い度胸だね!」

 一気にルオが猛攻を仕掛ける。

 隠形鬼はルオとの戦い続けながら、まだ半分の意識はトッシュたちに向けたいた。

「帝國ヲ討チ滅ボシタ英雄ガ必要ダ。其ノ為ニ選ランダ男ダ」

「すべて筋書き通り、俺様はおまえの手のひらの上で踊らされてたったわけか」

 トッシュはそう言いながら開かれた茨の柵に先へと進んだ。逃がしてくれると言っているのだ。ここで無用な戦いをして危険に身を晒すこともない。

 だが!

 〈レッドドラゴン〉が一瞬のうちに抜かれ、銃弾が放たれた!

 銃弾は隠形鬼を外れ、遥か天井へ。

「くッ……」

 〈レッドドラゴン〉を握るトッシュの腕に巻き付いた茨。それによって弾丸は明後日の方向に飛んでいったのだ。

「さっさと消えなさい!」

 フローラは茨のロープを操り、セレンもろともトッシュをピラミッドの外へと投げ飛ばした。

 すでに扉は茨の柵によって閉じられた。中に入るにはフローラを倒すしかない。

 トッシュは地面に放り出されていたセレンを背負い、片手を上げてフローラに別れを告げる。

「俺様はフェミニストじゃないが、おまえだけには手を出さない。じゃあな、達者でな」

 寂しそうな背中をしてトッシュは歩き去った。

 そして、アレンは――。

「ちょっと待てよ、俺を置いてく気かっ、どうして俺は閉じ込められなきゃいけないんだよ!」

 アレンはフローラを倒す気だった

「俺はあんたをぶん殴ってでも帰るからな!」

「できるものならご自由に」

 微笑んだフローラのドレスから、鞭のように蔓が攻撃を仕掛けてきた。

 軽やかにアレンはそれを躱し、〈グングニール〉を懐から抜いた。

 しかし、蔓のほうが早かった。

 茨が〈グングニール〉を握る腕に巻き付く!

「こんなもの!」

 どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。

 アレンが蔓を引き千切るよりも早く、真っ赤な蕾が花開いて芳しい匂いを放った。

 匂いを嗅いでしまった途端、アレンの躰が痺れだした。

「糞ッ……躰が……」

「神経毒よ。本来なら完全に動きを封じられるのだけれど、さすが半分機械の躰ね」

 左半身が痺れて動かない。右半身は問題なく動く。

 しかし、〈グングニール〉を握っていたのは左手だった。

 〈グングニール〉がアレンの手から滑り落ちた。

 すぐに拾い上げようとしたが、蔓はアレンの右足首をも捉えていた。

 蔓が力強くアレンの足首を引っ張る。

「うおっ!」

 足を掬われたアレンが転倒してしまった。

 そして〈グングニール〉も蔦に拾われてしまっていた。

 隠形鬼とルオの戦いも決着がついていた。

 床に倒れて動かないルオの姿。〈黒の剣〉も微動だにせず床に突き刺さったまま。

 隠形鬼がアレンに近付いてくる。

 アレンは必死になって蔓を引き千切ろうとしたが、蔓はアレンの動きに合わせて常に一定の弛みを持たせられ、引いても引いても引き千切ることができない。

「サテ、御前ヲドウスルカ、未ダ決メカネテイル」

「俺なんかどうでもいいだろ、ほっとけよ!」

「企ミガ解ラヌ以上、放ッテ置ク訳ニモイクマイ」

「企みなんかねえよ!」

「御前ノ企ミデハ無イ。御前ヲ創ッタ者ノ企ミダ。何故御前ハ創ラレタ?」

「知るかっ、俺が聞きてえよ!」

 その問はこれまで何度もアレンの頭で渦巻いてきた謎だった。

 半身は人間として、半身は機械として、なぜ創造主はアレンをこのような躰にした?

 自分に何があったのか?

 それをアレンは思い出せなかった。

 フローラが隠形鬼に言う。

「不安材料は消去しておくべきだわ」

「未ダ解ラヌ。敵ニ成ルカ、味方ニ成ルカ、此奴ハ両方ノ資質ヲ兼ネ備エテイル」

 すぐにアレンが口を出した。

「はぁ? あんたらの仲間になるわけねえだろ。仲間になったら、アレンキとか変な名前で呼ばれなきゃいけねえのかよ?」

 隠形鬼はアレンの言葉を無視して話し続ける。

「知ラヌ事ハ知リタクナル。智ヘノ探求心ヲ私ハ優先スル。あれんハ此処ニ残シテ行ク」

 もうフローラは口を挟まなかった。

 アレンに巻かれたいた蔓がドレスに戻っていく。

「シスター・セレンに宜しくと伝えておいて頂戴」

「自分で言えよ!」

「そう。ならさようなら」

 フローラはアレンに別れを告げた。

 そして、隠形鬼は何も言わずフローラの躰を触って、共に霞み消えた。

 二人の気配は完全に消失した。

 まだ躰の痺れているアレンは立てもしなかった。

「マジやべえ。水が噴き出すとか言ってたけど、まさかここも沈むんじゃないだろうな」

「ああ、沈む」

 そう小さな声で言ったのはルオだった。

 床に這いつくばりながら生きた眼でアレンを見ている。

「なんだよ、生きてたのかよ」

「朕は死なぬ。死など超越して見せる」

「……あっそ。なら頑張って生きろよ、俺は先に行かせてもらうけどな」

 アレンは動く右半身を使って這いながら出口に向かいはじめた。

「行かせると思うかい?」

 少年の容姿でありながら、ルオは重厚な声を響かせた。

 帝國の滅びを目前にしながらも、いまだ皇帝。

 〈黒の剣〉がアレンに襲い掛かる。だが、いつのも強烈な切れがない。

 どこかで〈歯車〉の音がぎこちなくしたような気がした。

 アレンは今出せる全力で手で床を叩き、宙に舞って〈黒の剣〉の一撃を躱した。

 見た目では半身だけが機械だが、中身まではどうなっているのか、アレンも知らないことだった。中で完全に分離して機能しているのか、それすらもわからない。

 ただ、今わかることは、機械の半身も調子が悪いということだ。

 着地に失敗したアレンが床を転がった。

 その隙を〈黒の剣〉が過ごすわけがない!

 切っ先はすぐ目前まで迫っていた。アレンは躱そうとしたが、焦って踏み込んだ足は痺れている左足だった。

「糞ッ!」

 転倒するアレン。

 〈黒の剣〉が頬を掠めた。

 アレンは動きを止めた。

 頬を奔った一筋の紅い血。

 〈黒の剣〉は狙いを外れて床に突き刺さっていた。

 ルオはアレンに手を伸ばしながら、床に頬をつけて動けなくなった。

「もう一寸たりとも〈黒の剣〉を操れぬというのか……これほどまで悔しいことがあるか……朕は君に負けたのではない……自分の力の無さに負けたのだ」

「はいはい」

 そう言ったアレンも動けなかった。

 機械の半身まで動かない。

 まさか神経毒が機械の半身にも効いたというのか?

 本当にそうなのか、アレンにもわからない。

「腹減ったなぁ……動けるようになるのが先か、水浸しになるのが先か。もう水でもいいから腹いっぱいにしてえな。ああ、疲れた」

 ゆっくりとアレンは眼を閉じた。

 やがてピラミッドの頂上から大量の水が噴き出した。

 ピラミッドを流れ落ちた水は遺跡を沈め、扉の開かれたままのこの部屋も、一瞬にして水に呑み込まれた。


 ヘリの中でセレンは目を覚ましていた。

「みんなは! まだみんながあそこに!!」

 窓の外に見える光景。

 帝國が沈む。

 激流に呑み込まれてシュラ帝國が跡形もなく消えた。

 砂漠一帯が瞬く間に海と化す。

 水の勢いは留まることを知らない。

 やがて海からはいくつもの川ができるだろう。

 川は各地を巡りながら生命を潤す。

 セレンは涙を流した。

「こんなことになるなんて……」

 水を生み出す装置は、ただ水を生み出すだけではなく、帝國と共に多くの命を藻屑にした。

 どれだけの人が逃げ出すことができただろうか?

 兵士の多くはわけもわからないうちに水に呑み込まれていっただろう。

 〈キュクロプス〉がアスラ城に墜落したとき、もうパニックは最高潮に達しており、統率など取れない状況だった。

 ヘリを操縦していたトッシュは不味い煙草の火を消した。

「運が良ければ生きてるさ」

「なんなんですか、わたしが気絶している間になにがあったんですか!」

 世界は勝手に進んでいく。そのことがセレンは居た堪らなかった。

 ――また、巻き込まれて終わってしまった。

「シスター、あんたは普通の暮らしに戻りな」

 こんな出来事に巻き込まれたのに、トッシュの言葉で酷く突き放されたようにセレンは感じた。

「なにも説明してくれないなんて無責任です!」

「たしかに多くの命が失われただろうよ。だがな、帝國が滅びたんだ。きっとこれから世界は良くなる……そう祈ったらどうだ?」

「悲しすぎて祈れません。あんな多くの命の冥福をわたし一人じゃ祈れません。ワーズワースさんも、アレンさんも、フローラさんも、リリスさんだって……どうなったかわからないんですよ」

 トッシュはセレンに何も聞かせていなかった。特にフローラのことは、このまま何も語らぬままだろう。

「アレンは簡単に死ぬタマじゃないだろう。婆さんだってまだまだ長生きしそうだ。ほかの二人も……あの若造だけは、ひょろいから死んじまってるかもな」

 冗談のつもりで笑って見せたが、セレンは大粒の涙を浮かべて笑える状況じゃなかった。

「ワーズワースさんのことを悪く言わないでください!」

「……すまんな」

 その一瞬、トッシュの脳裏を過ぎったのはフローラの顔だった。

 トッシュは呟く。

「帰ったら酒でも呷[アオ]って女でも引っかけて寝るか」

 空に昇りはじめた夕日。

 砂漠に出来た海を朱色に染める。

 大量の水は多くのものを流して呑み込んだが、流せないものを多く残ってしまった。


 数日のうちに帝国滅亡の噂は世界を駆け巡った。

 はじめのうちは誰も信じようとしなかったが、広がる海を目の当たりにして疑う者はいなくなった。

 帝國にいったい何が起きたのか?

 あの海はいったいどこから湧いて現れたのか?

 それを語るのは一人の吟遊詩人。

 トッシュの名を人々に知らしめた英雄譚を、吟遊詩人は今日も謳い旅をする。

 その吟遊詩人の噂を聞いたセレンは、歌を口ずさみながら教会の裏庭に咲く花々に水をやった。

 あの出来事のあと、教会に帰ってきたセレンは驚いた。

 水と泥に流された花壇が元通り――いや、それ以上に美しい花々が咲き誇る庭園に生まれ変わっていたのだ。

 だれがいったい?

 それを考えながらセレンは、嬉しそうな顔をして今日も花の世話をするのだった。

 水に育まれた世界はこれからどう変わっていくのだろうか……?


 (完)

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