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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「渦中(4)」

 敵と遭遇しながら何度も危機があったが、それらを掻い潜り、ついにトッシュたちは動力炉までやって来た。

 連続的な振動音が鳴り響いている。

 瞬時に溢れかえった気配。

 物陰に隠れていた兵士たちが一斉に姿を見せた!

 トッシュは舌打ちをした。

「チッ……楽に済むわけないよな」

 ここの兵士が集められていたのはライザの差し金だ。

 大勢の兵士に取り囲まれたが、なぜか兵士たちは銃を構えずナイフを構えていた。

 色の違うプロテクターをつけた部隊長が前で出た。

「我らに勝てる気があるのなら存分に抵抗したまえ。ただし銃などは使うな、動力炉が爆発したらみんな死ぬぞ」

 フローラが微笑んだ。

「自爆テロだったらどうする?」

 命を犠牲にして動力炉を爆発させる。そういう作戦も世の中にはあるだろう。けれど、フローラの言葉が、ただのはったりだと部隊長は知っていた。

「お前等の目的はわかっている。自爆テロなどするはずがない!」

 目的は〈ヴォータン〉を奪うこと。それも見透かされていた。あの場でアレンが〈スイシュ〉を見せなければ、きっと状況は変わっていただろう。

 気配が変わった。

 部隊長が刹那のうちに隠形鬼に替わっていたのだ。

「牢屋カラ逃ゲ出サレテハ、我々ノ仕事ガ増エルデハナイカ」

 状況はより最悪になった。

 セレンが叫ぶ。

「リリスさんをどうしたんですか!」

「サテ、何処ニ飛バサレタノカ、私ニモ解ラヌ。辺境ノ地カ、海ノ底カ、遥カ宇宙ノ彼方カ、ソレトモ別ノ次元カ」

 その言葉を信じるなら、殺したわけではないらしい。

 トッシュは苦虫を噛みしめていた。

「おぼろげだが、おまえの面……覚えてるぜ」

 あれはあまりにも一瞬の出来事だった。影から何かが現れ、瞬時撃った刹那には瀕死の重傷を負って気絶した。

「借りは返させてもらう」

 動力炉に構うことなくトッシュは〈レッドドラゴン〉を構えた。

「理解ニ苦シム行為ダ。此処ガ何処ダカ解ッテイルノカ?」

「ああ、知っているとも。でもな、おまえだけを狙えば済むことだ」

「狂ッテ居ルナ。実ニ興味深イ男ダ。シカシ、私ニハ勝テン」

「そうだ、俺は狂っている」

 トッシュは引き金を引こうとした。

 しかし、引けなかった。

 目と鼻の先に隠形鬼がいたのだ。

「私ハ御前ガ引キ金ガ引クト同時ニ、65歩以上ハ移動デキル」

 六五とは、一弾指という指で弾く僅かな時の間にある刹那の数。

 今度こそトッシュは引き金を引いた。

 隠形鬼は手のひらを開いて見せた。その手から落ちた弾頭。

「私ノ言葉ガ理解出来ナカッタノカ?」

「ば、莫迦な……信じられるか……ありえん」

「理解セズトモ、現実ハ変ワラン。先ズ、御前ガ一人目ダ」

 それはゆっくりとした動作だった。

 しかし、トッシュは動くこともできなかった。

 隠形鬼の指がトッシュの額を弾いた瞬間、消えたのだ。

 そう、トッシュが跡形もなくその場から消えたのだ。

「二人目」

 隠形鬼はすでにセレンの前にいた。

 そして、同じく消された。

「御前デ最後ダ」

 フローラも抵抗することなく消された。


 漆黒の闇。

 一点の光すらない世界。

 そこでは己の肉体すら感じられなかった。

 思考だけが存在する。

 セレンは声を出そうとしたが、この世界には音すらなかった。

 ――無。

 思考さえ存在していなければ、ここは完全な無、だった。

 躰を動かす。

 いや、動かしているような気にはなっているが、動いているかどうかはわからない。

 セレンは自分の胸に触れた。

 胸の感じはなかった。

 手の感じすらない。

 五感のうち触覚が失われている。

 ここは漆黒なのか、それとも視覚が失われているのか。

 声が出せないのだけなのか、それとも聴覚が失われているのか。

 嗅覚や味覚はどうだろう?

 息をしている感覚や、口の感覚もないので、残る二つの感覚もよくわからない。

 そして、時間の感覚もなかった。

 長いようで短い時間。

 躰の感覚はなかったが、セレンは歩き続けた。

 出口を信じて足を止めなかった。

 やがて、この無の世界に変化が訪れた。

 一筋の光。

 たった一筋でも、暗闇の中を照らせばとても眩い。

 セレンは気づいた。

 自分の躰がある。

「あっ」

 声も出た。

 光の存在によって、五感すべてが取り戻せた。

 あの向こうの側にある光がどんどん強くなっている。

 今にも闇は光に呑み込まれそうだった。


 視界がぼやける。

「大丈夫セレン?」

「おい、しっかりしろシスター」

 聞き覚えのある声。

 セレンの視界が開けた。

 目の前にあるフローラとトッシュの顔。

「わたし……助かったんですか?」

 そこはあの動力炉だった。辺りに隠形鬼も兵士たちの姿もない。

 セレンの頭はまだ少しぼーっとしていた。

「どう……なったんですか?」

 尋ねられた二人は顔を見合わせ、トッシュは首を傾げた。

「俺様にもわからん。なにもない空間に閉じ込められたと思ったら、あっさり出てこられたな」

 どれだけあの空間にいたのだろうか?

 兵士たちはトッシュたちを葬ったと思って引き上げたのだろうか?

 セレンは床を見てハッとした。兵士が二人倒れていた。

「あれは!?」

 兵士を一瞥したフローラ。

「あれはここに戻れた途端に、鉢合わせてしてしまって。一人はわたくしが」

「もう一人は俺様が気絶させた」

 ということは、フローラとトッシュはほぼ同時に、ここに戻ったということだろうか?

 セレンも意識がはっきりしないだけで、同じときに戻っていたかも知れない。

 気絶していた一人の兵士がむっくりと立ち上がった。

 いや、違う。

 それはすでに兵士ではなく――隠形鬼。

「オノレ、私ノ術ヲ破ッタト言ウノカ!」

 〈レッドドラゴン〉の咆吼。

 漆黒の仮面が砕かれ、隠形鬼が倒れた。

 一瞬の出来事だった。

 術を破られた衝撃を覚えていた隙を突くことができたのか、トッシュの撃った銃弾は見事隠形鬼を仕留めたのだ。

 トッシュは仰向けに倒れている隠形鬼を見下ろした。

 砕け散った漆黒の仮面。

 半壊した顔面は中年の男のものだった。

「こんな顔だったのか……仮面がなきゃただのオッサンだな」

 そして、トッシュはお返しとばかりに、中年の男の腹に銃弾を喰らわせた。

 フローラはすでにコンピューターの前に立っていた。ここでの目的を忘れてはならない。

「トッシュ、入り口を見張っていて!」

 そう言って動力炉のコンピューターを操作しはじめた。

 操作の途中でフローラは手を止め、自分の懐中時計を見て不可思議そうな顔をした。

「コンピューターに表示されている時間と、わたくしの時計の時間が違うわ。二時間以上、わたくしの時計が遅れているわ」

 言われてトッシュは自分の腕時計を見た。

「俺様の時計は一五時三六分だ」

「わたくしの時計もそれとほぼ同じよ」

 二人の時計が合っていると言うことは、コンピューターの時計が狂っているのか?

 いや、この飛空挺でもっとも重要な、動力炉を預かるコンピューターの時間が狂っているということがあるのだろうか?

 時計をしまったフローラは再びコンピューターを操作した。

「今考えるのはやめましょう。まずは〈ヴォータン〉を……ロックを解除したわ。見て、動き出したわ」

 人が覆い隠せるほどの大きさの円柱の金属が、床へと収納されていき、金色に輝く槍――〈ヴォータン〉が姿を見せた。

 床のコンセントに刺さっている〈ヴォータン〉をフローラが引き抜いた。

 すべての動力が止まる。

 警報が鳴り響く。

 次の瞬間、ここにいた全員が壁に叩きつけられた。

 飛空挺が大きく傾いている。

 トッシュは壁に足を付けて立ち上がった。

「まさか飛んでいたのかっ!?」

 おそらくそのまさかだろう。

 フローラも立ち上がり、壁に落ちていた〈ヴォータン〉を拾い上げた。

「迂闊だったわ。中にいたせいで飛んでいることに気づけなかった。いえ、ちゃんと調べるべきだったわ。目の前にある〈ヴォータン〉を奪うことに気が逸ってしまって」

 飛んでいる物体が動力を失えばどうなるか――考えるだけで身の毛がよだつ。残された時間はあまりないだろう。

 セレンは身を強ばらせた。

「早くしないと落ちます……よね?」

 墜落すればこの飛空挺にいる全員ただでは済まない。

 トッシュがフローラを見て、〈ヴォータン〉が刺さっていたコンセントを指差した。

「それを元に戻せ、すぐに墜落するぞ!」

「駄目よ、登れないわ」

 そう、すでに飛空挺は九〇度近く傾き、壁が床に、床が壁になっていた。

 スピーカーからライザの声が響いてきた。

《各員に次ぐ、動力が失われ予備電源で飛行。最悪なことに何者かによって、操縦コントロールシステムが破壊されたわ。船の傾きも直せず、このままだとあと数秒で墜落よ」

 放送はそのまま切られず、声が漏れてきていた。

《あれは……まさか、アスラ城に……計られた!?》

 激しい衝撃が襲ってきた。

 動力炉にいた全員の躰が浮かび上がり、壁に激しく叩きつけたれた。

 鼓膜が破らそうほどの轟音が響いている。

 何度も何度も大きく揺れる。

 あまりの揺れに立つこともできず、その場にいることもできず、受け身も取れずに何度も床や壁に躰を打ち付けられる。

「うっ!」

 セレンが短く声を漏らした。

 強打された後頭部。

 セレンの意識が遠のいた。


 アレンは天井高くを見つめた。

 そこに突き刺さっている〈キュクロプス〉の船首。

「よく爆発しなかったな」

 ドーム状の屋根に突き刺さった〈キュクロプス〉からは、小さな煙が上がっているものの、今のところは大爆発をせずにその場に留まっている。

「きっと燃料を使って飛行していないからですよ。機器が爆発を起こしても、引火する物がなければ大爆発は起きませんから」

 アレンに背負われているワーズワースはそう説明した。

 何が起きたのかアレンにもよくわからなかった。

 激しい衝撃のあと、飛空挺から逃げ出してきたら、こんな場所に来てしまった。

 目の前にあるのは銀色の輝くピラミッド型の遺跡だった。

 いったいここはどこなのか?

 ライザが墜落寸前に残した言葉は〝アスラ城〟、そして〝計られた〟という疑惑的な言葉。

 少なくともここはアスラ城ではないらしい。

 アレンは舌打ちをして溜息を吐いた。

「つーかさ、ここどこなんだよ。やっぱ下じゃなくて、上から出ればよかったんじゃね?」

「九〇度近く傾いてるあれを登るなんて無理ですよ」

 あれとは〈キュクロプス〉のことだ。

「でもさ、下に来ても地上じゃなくてこんなとこに来ちゃったじゃねえか」

「たしかに地上ではないみたいですよね……ん?」

「なに?」

「ちょっと思い出したことがあるんですけど。たしかフローラさんが、装置は帝國の地下にあるとかなんとか」

 もう一度思い出されるライザの言葉――〝アスラ城〟。

 アレンは眼を細めて疑惑の視線をした。

「うっそだー。ここがアスラ城の地下って言いたいわけ?」

「べつに嘘をつこうと言ったわけじゃないんですけど。可能性ですよ、か・の・う・せ・い」

「もしそうだとしても俺〈スイシュ〉しか持ってねえし。またあそこに戻るの嫌だぜ?」

 アレンたちはトッシュたちが〈ヴォータン〉を手に入れたことを知らない。

「やっぱり戻ったほうがいいんじゃないですかねー。ほら、ここが地下なら、やっぱりあそこから登っていくしか出口ありそうもないですよね?」

「無理。あの高さは飛び降りることはできても、ジャンプじゃ届かねえし。あんたを背負ってなんて絶対無理」

「それって僕を置いていこうとしてます?」

「さあな。でもあんたを下ろしても無理だろうな。俺の最高記録四八メートルくらいだし」

「ええっ、そんなに高くジャンプできるんですか!? 僕を背負いながらあそこから飛び降りたときもすごいと思いましたけど、何者なんですかアレン君?」

「……いいだろそんなこと。つかさ、戻れないなら進むしかないんだから行くぞ」

 話を切り止めて、アレンはピラミッド遺跡に向かって歩き出した。

 ピラミッドまでの道は舗装された石畳で一直線に続いている。

「大きいですね」

 とワーズワースは感嘆した。

 ピラミッドの高さは約五〇メートル以上。およそ底辺の横幅も同じくらいありそうだ。

 やがてピラミッドの入り口らしき扉が見えてきた。そして、そこにいた人影。大柄な男とそれに背負われている少女。トッシュとセレンだった。

 アレンたちを確認したトッシュが口を開く。

「無事だったか」

 無事と言うほど無事ではないが、生きてここまでやって来た。だが、トッシュたちのほうは?

 ワーズワースは二つのことに気づいた。

「セレンちゃんどうかしたんですか? あと、フローラさんっていうあの人がいないみたいですけど?」

「シスターは気を失っている。あれが落ちるときに頭を打ったらしい。フローラは……いつの間にかはぐれてた、これを残してな」

 トッシュは片手に持っていた黄金に輝く〈ヴォータン〉を見せた。

 それを一目で〈ヴォータン〉だと察したアレンは、自分が持っていた〈スイシュ〉を取り出した。

「こっちもちゃんと手に入れてるぜ」

 淡いブルーに輝く〈スイシュ〉。

 トッシュは扉に向かって顎をしゃくった。

「そこに鍵穴らしい物がある。おそらくこの〈ヴォータン〉を挿せば扉が開く筈だ」

「ならさっさとやろうぜ」

 アレンに促されてトッシュは〈ヴォータン〉を鍵穴に突き刺した。

 駆動音が地響き共に鳴り響いた。

 ピラミッドの外壁を奔る電流。

 銀色だったピラミッドが金色に輝きはじめた。

 そして、ピラミッドの頂上付近にあった〈眼〉が見開かれた!

 嗚呼、扉が開く。

 永い永い眠りから覚めた古代遺跡。

 そこで待ち受けているものは……?

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