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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「渦中(3)」

 アレンは本気だった。

 それは死闘だったからだ。

 殺らなければ殺られる。

 たしかに拳には手応えはあった。

 そして、ルオは約一〇メートル後方まで吹っ飛ばされたのだ。

 内臓は爆発し、骨は粉砕している筈だった。

 即死でも可笑しくない。

 ましては立ち上がることなど……。

 ルオは一〇メートル先で嗤いながら立っていた。

 それを確認したライザは呟いたのだ。

「素晴らしい研究成果だわ」

 不気味な言葉だった。

 〈黒の剣〉がアレンを襲う!

 それだけではない、ルオも自らの肉体を駆使して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 この怖ろしい〈黒の剣〉の切れ味を、アレンは嫌というほど知っている。

 刃とルオの拳のどちらを躱すか?

 片方しか躱せない状況に追い込まれたアレンは刃を躱した。

 刹那、ルオの拳がアレンの胸を殴った。

 宙を飛ばされながらアレンは驚愕していた。

 金属の右胸が拳の形にへこんだのだ。

 銃弾を弾き返す金属が、少年の拳でへこまされたのだ。

 もはやそれは人間の力ではない。

 アレンは甲板に叩きつけられ、二度跳ねた。

 もう一発も喰らえない。

 すぐに〈黒の剣〉が天空からアレンを串刺しにせんと降って来る。

 瞬時にアレンは膝のバネを使って、立ち上がると同時にジャンプした。

 その一刹那前までアレンが寝ていた場所を〈黒の剣〉が突き出す、深く深く、甲板を貫いてもなお深く貫いた。

 〈黒の剣〉の弱点は、あまりにも切れ味が良すぎることだった。

 この場から〈黒の剣〉が消えた。

 アレンが〈グングニール〉を抜いた。

 その稲妻、〈黒の剣〉に呑み込まれようと、ルオにはどうだ!

 轟く雷鳴!

 乱れ飛ぶ稲妻はルオの躰を貫いた。

 眼を剥いたルオは一瞬止まった。

 ゆっくりと床に引きつけられるようにルオの躰が後ろへ倒れる。

 ドスン!

 それは人が倒れると言うより、荷が落ちたような衝撃と音だった。

 兵士たちがアレンに銃口を向け、ルオに駆け寄ろうとした。

 それを片手を伸ばしたライザが制す。

「ミンチにされて家畜の餌にされたくないのなら、黙って見てなさい」

 そうだ、ライザは知っているのだ。これで終わりでないことを――。

 ルオが上半身を起こした。

「躰の凝りが取れたようだ、感謝するよ。お返しをしよう」

 平然としている。まさに化け物。

 アレンは自分の真下から鬼気を感じた。

 すぐさま飛び退いた。

 〈黒の剣〉が甲板を貫き天に昇った。

 アレンの頬に落ちてきた紅い血。

 何処かで〈黒の剣〉は血を啜ってきたようだ。

 そして今、〈黒の剣〉はアレンの血を欲している。

 血に飢えているためか、先ほどより格段に疾い!

 走るアレン。〈黒の剣〉は軌道を変えながら降って来る。

 〈歯車〉が叫んだ。

 躱しきれるか!

 否、アレンが甲板を蹴り上げるよりも疾く、〈黒の剣〉はアレンの背中を串刺しに――。

「待て!」

 ルオが叫んだ。

 止まった。

 〈黒の剣〉の切っ先はアレンの柔肌を数ミリ刺して止まっていた。

「試してみたいことがある」

 そう言ったルオの元に〈黒の剣〉が戻っていく。

 アレンは滝のような汗を流して膝から崩れた。

 ――死。

 死というものをあれほど間近に感じたのははじめてだった。

 このときアレンは、真物の敗北を味わったのだ。

 ルオがアレンを助けたのは情けではない。新たな愉しみを思い付いたのだ。

 〈黒の剣〉がルオの手に握られた。

「我が一族に伝わる魔剣――歴代の中で真にこの剣を使いこなせた者は、初代皇帝のみであったと云う。剣は主が握ってこそ真価が発揮される。握れぬ剣なら、柄などいらぬ」

 試しにルオは軽く薙いだ。

 それは風の刃であった。

 〈黒の剣〉が起こした風は遥か砂漠の砂を巻き上げ、風が通った真空の道に何人もの兵士が吸いこまれた。

 ライザは満足そうに笑っていた。

「本気を出せばこの艦も真っ二つにできそうね」

 それほどまでの威力だった。

 兵士たちは唖然として棒立ち状態だ。

 アレンは呟く。

「……冗談じゃねえ」

 一撃でも喰らえば死ぬだけでは済まされない。屍体すらないだろう。そう、跡形も残らない。

 正攻法で勝てる相手ではない。

 どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。

 逃げ場なら一つしかない、とアレンはそこを目指して一気に駆けた。

 艦内だ、艦内ならあんな大技使える訳がないのだ。

 だが、ルオはやる気だった。

 〈キュクロプス〉ごとアレンを葬り去ろうと、〈黒の剣〉を薙ごうとしたのだ!

 さすがにライザが止めようとした。

「ルオ様!」

 しかし、ルオは聞く耳を持たず、切っ先を後方に向けた。

 あとは勢いを付けて振るだけだった。

 ――異変。

 眼を口を開けたルオの手から〈黒の剣〉が落ちた。

「く……ぐぐぐぐぐ……ぎぎぎ……あぁぁぁぁぁッ!!」

 叫んだルオが急に床に転げ回って苦しみ藻掻いたのだ。

 ライザは顔色一つ変えない。慌てふためくのは兵士たちのみ

「これが今の限界ね。これならまだ兵器のほうが実用的だわ」

 ゆっくりと歩き出したライザは、ルオの前で止まり片膝をついた。

「アレンには逃げられてしまったわ」

「糞……まだ……まだ扱えぬというのか……あれほどまでの苦しみに耐えて、まだ朕は〈黒の剣〉を従えることができぬのかッ!!」

「ええ、そうのようね。そうであるならば、アタクシはいくらでも貴方に力を授けましょう」

「くくくっ……面白い。修羅の道、極めようではないか」

 ルオは立ち上がった。

 だが、その躰はすぐにバランスを崩して片膝をついた。

 バランスを崩したのはルオだけではない。甲板にいた全員が一斉に体勢を崩したのだ。

 ライザは遠ざかる地表を見た。

「動いているわ、〈キュクロプス〉が動いている!!」

 ルオの命令も、ライザの命令もないまま〈キュクロプス〉が飛び立った。

 帝國の絶対者であるルオの知らぬところで、起こるはずのないことであった。


 警報が鳴り響く廊下を全速力で駆ける。

 その警報はアレンが鳴らしたものだった。その事を知らない四人は、自分たちの脱走がばれたのだと警戒した。

 角を曲がればその都度、敵に出くわす。そして、セレンは涙ぐみながら十字を切るのだ。

 セレンは頭ではわかっていた。

 こうやってトッシュは、セレンの知らぬところで、数え切れない命を奪ってきたのだろう。

 怖ろしく耐え難い。ましてやセレンは神に仕えるシスターだ。

 ワーズワースがセレンの手を握った。

「眼を開かなければ走ることはできないよ。君に涙は似合わない」

「えっ?」

 自分でも気づかないうちにセレンは泣いていたのだ。

「セレンちゃん……これが世界の現実なんだよ。目を背けて生きたいのなら、人の全くいないところで暮らすしかない。それが嫌なら、この時代を変えるしかないんだ」

 まるでワーズワースも何かと戦っているような口ぶりだった。

 シュラ帝國による恐怖政治。

 砂漠化が進む大地。

 人々の心も退廃していく。

 フローラはジードの一員として帝國と戦っている。

 トッシュも今はジードとして、それ以前からも帝國と多く対立してきた。

「わたしは……」

 ずっと巻き込まれていただけ。限られた選択肢しか与えられず、巻き込まれてここまで来てしまった。

「でも、わたしは……武力で世界を変えたいとは思いません。わたしはわたしのできるやり方で、皆さんが笑顔になれるような世界をつくりたい」

 優しい微笑みをセレンは浮かべた。

 それにワーズワースは笑顔で答えた。

「やっぱり君には笑顔だね。ちょっとドキッとしたよ、その笑顔」

 ドキッとさせられたのはセレンのほうだった。今の発言で顔は真っ赤だ。

 銃弾が流れるように飛んだ。

「あっ」

 短く呟いて目を丸くしたワーズワース。些細な事でも起きたような呟きだった。

 しかし。

「撃たれちゃいました」

 ワーズワースが床に倒れた。

 銃弾はワーズワースの太股に刺さっていた。

 すぐさま射手をトッシュが撃ち殺した。

 セレンは血相を変えてワーズワースを抱きかかえた。

「大丈夫ですか!」

「大丈夫じゃないですよ。だってすご~く痛いですから。でもたぶん動脈は傷ついてないような気がしますから、死にはしませんよ。歩けませんけど」

「肩を貸しますから行きましょう!」

「足手まといなんで、置いてってください。トッシュさん、セレンちゃんを早く連れて行ってください」

 その頼みを聞き入れてトッシュはセレンの腕を無理矢理引いた。

「行くぞ!」

「駄目です、彼を置いては行けません!」

「若造の望みなんだから叶えてやれ」

「嫌です!!」

 抵抗するセレン。

 ワーズワースは自分たちが来た道を指差した。

「ほら追っ手が来ちゃいましたよ。僕ならだいじょぶですよ、だって弱そうだし、すぐに降伏しちゃえば命までは取られませんよ、ね?」

 ワーズワースは笑った。

 それでもセレンはこの場を離れない。

「早くいっしょに!」

 セレンの伸ばした手がワースワースからどんどん離れていく。

 やはてセレンはトッシュに引きずられてこの場から消えた。

 残されたワーズワースは、指で弾をえぐり出した。そんな行為を涼しげな顔でやってのけた。

 そして、静かに立ち上がる。

「セレンちゃんとの別れは寂しいけど、別れた女といっしょにはいたくないもんね。あっちも嫌そうな顔してたし」

 敵はすぐそこまで来ていた。

 ワーズワースは敵を見向きもせず、そっと手を払っただけだった。

 廊下に巻き起こった突風。

 突風というより、それは見えない刃だった。

 カマイタチ。

 細切れにされた兵士たち。

 ワーズワースの目つきが鋭くなった。

 肉塊に囲まれながら、ただ独り兵士がまだ立っていたのだ。

「あらっ、切り損ねた?」

 再びカマイタチを放った。

 ワーズワースが目を丸くして〝しまった〟という顔をした。

 放たれたカマイタチは兵士を――否、入れ替わるようにしてそこに立っていた、別の存在を切ろうとしていた。

 しかし、リリスを倒したその者には、ほんのお遊び。

 隠形鬼は斬れていなかった。

 風は見えぬため、当たったかどうかもわからない。当たる以前に消されていたのかもしれない。

 ワーズワースは前髪をかき上げた。

「まいったなぁ、そんなつもりじゃなかったんですけどー」

「気配ヲ感ジタノデ来テ見タ」

「もっと前から僕がいたこと知ってたクセにぃ。お久しぶりですね隠形鬼さん」

「風来坊ガ帰ッテ来タカ」

「いえいえ、ちょっとふらっと風のように立ち寄っただけ、すぐに消えますよ」

 親しげに話すワーズワース。

 まさかこの二人が顔見知りだったとは。

「で、どんな作戦なんですかこれ?」

「御前モ此ノ劇ノ演者ト成ルカ?」

「いえいえ、僕はただの吟遊詩人ですから、他人の物語を語るだけです」

「ナラバ邪魔スルナヨ」

「なにをしたら邪魔なのか、わからないんですけど?」

「風向キヲ変エナケレバ、其レデ良イ」

 そう言い残して隠形鬼は消えた。

 タイミング良くそれと入れ替わりで、アレンがこちらに駆けてきた。

 ワーズワースはほくそ笑んだ。

「演者にはなるつもりはなんですけど、運命って女神は気まぐれだからなぁ」

 走ってきたアレンもワーズワースに気づいたようだ。

「あっ、詩人!」

「どうも吟遊詩人のワーズワースですが何か?」

「逃げろ、敵が来るぞ!」

「足怪我してるんで担いでもらえません?」

「はぁ?」

「早くしないと敵来ますよ?」

「糞っ、あんたなんか見つけるんじゃなかった!」

 アレンはワーズワースを背負って走り出した。

 後ろからは兵士たちが追ってくる。艦内ということもあって銃の乱射はないが、ここぞというときには口径の小さな弾を撃ってくる。

「僕のこと弾除けにしないでくださいね」

「しねえよ!」

 口径の小さな銃弾なら人間の躰を貫通せずに弾除けになってくれる。

 じつはちょっぴりアレンは考えていたことだった。それを見透かされたような、さっきのワーズワースの一言だったのだ。

 背負われながらワーズワースが話しかける。

「じつはさっきまで皆さんといっしょだったんでけど、はぐれてしまったんですよね。そうそう、フローラさんっていう人も合流しましたよ」

「フローラが!?」

「アレン君も知ってたんですか。あとそれから、皆さんはこの船の動力炉に向かってます」

「なんでだよ?」

「じつは〈ヴォータン〉がこの船の動力源らしくって、探す手間が省けてラッキーでしたね。まるで僕らに追い風が吹いてるみたいで」

 だが追ってくるのは風ではなく兵士だった。

 逃げれば逃げるほど、兵士の数が増えていく。

 〈グングニール〉を使えば一網打尽にできるかもしれないが、万が一周りの機器を壊して爆発を誘発なんてことになったら……。アレンは〈グングニール〉を抜くに抜けなかった。

「でさ、その動力炉ってどこにあんだよ?」

「さあ僕に聞かないでくださいよ。吟遊詩人にも知らないことはあるんですよ」

「使えねえ奴」

 アレンは闇雲に逃げ回るしかなかった。

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