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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「渦中(1)」

 アレンの目の前でライザの形が変わっていく。

 漆黒の不気味な仮面。

「だれだよあんた?」

「隠形鬼……ト名乗ッテ置コウ」

 姿を現したのは隠形鬼だった。

 ライザとは似ても似つかない姿。変装というレベルではなかった。声、姿、思考までもライザをコピーしていた。

「オンギョウ〝キ〟ってことは鬼兵団かよ?」

「ソウイウ事ニナル」

「俺をどうするつもり?」

「未ダ解ラナイ。くらいあんとノ依頼デハ、生ケ捕リニシロト命ジラレテイル」

 命令があるにも関わらず、まだ解らないとはどういうことだ?

「少シ御喋リガ過ギタカラ、偽者ダト気ヅイテイタノカ?」

「いんや、はじめから気づいてたけど?」

「流石ダナあれん」

 〝流石だな〟という言葉は、比較対象があっての言葉だ。アレンの情報は収集済みということだろうか。

「ところでさ、あんたここのことどうやって知ったわけ?」

「フフフッ」

 不気味な笑いだった。仮面で何を考えているのか、表情からではわからない。

「なんだよ、なにがおかしいんだよ」

「其レヲ答エル義務ハ無イ。今ハ〈すいしゅ〉ヲ探ストシヨウ」

「俺といっしょに探す気かよ?」

「此処デハ御前ガ頼リダ」

「頼られてもなぁ。記憶が曖昧だし、たぶんそういうの知らずに暮らしてたし」

 少しずつ蘇ってくる断片的な記憶。

 ここでの生活は穏やかなものだった。

 気候は常に安定しており、食べる物にも困らなかった。

 アレンがまず向かったのは小屋だった。この家でアレンは暮らしていたのだが、今に思えば不思議な家だ。

《お帰りなさいアレン》

 中に入ると声がした。

 外観も内装も木や石など自然の素材で造られているが、置かれている物の中には〝失われし科学技術〟の品々も多い。台所などはなく、冷蔵庫などもない。食べ物は時間になると箱の中に置いてあった。

「なんで俺こんなとこにいたんだろうな?」

 その問に答える者はいなかった。

 謎の包まれた生活。

 なんらかの研究目的だったのだろうか?

 それとも保護されていたのだろうか?

 アレンは必死になって思い出そうとした。

「疑問も抱かず、ただ生きていただけだった。同じような日々の繰り返し……それが終わったのは……思いだせねえ」

 アレンは頭を抱えて蹲ってしまった。

「第五次世界大戦ガ起キタノガ、丁度一〇〇〇年前ノ話ダ。其ノ戦イニヨッテ此ノ都市モ滅ビノ道ヲ歩ンダ。アノ戦イデ滅ビタノハ此ノ都市ダケデハナイ。世界モ文明モ一度ハ滅ビタ。砂漠化ガ急激ニ始マッタノハ、アノ戦争ノセイダト云ウノガ通説ダナ、フフフフッ」

「詳しいな、あんた」

「砂漠化ト言エバ、其ノ要因ヲ魔導炉ノセイダト騒ギ立テテイル奴ラモ居ルナ。特ニじーどト名乗ル過激組織ハ、帝國ノ魔導炉ヲ破壊シタソウダ。ソノ報イヲ受ケテ、我ラガ帝國ニ代ワッテ制裁ヲ下シタ訳ダガ」

「俺を挑発してんの?」

「否、世間話ダ」

「惨い殺され方だったけど、俺が敵討ちをする話じゃない。挑発しても意味ないぜ」

 お互いの間にまだ殺気はない。隙さえあれば仕掛けるという雰囲気もなかった。

 家の中を探してみたが、〈スイシュ〉らしい物はなく、そのヒントも見つからなかった。

「あんた〈スイシュ〉がありそうな場所知らないの?」

「知ラナイナ」

「ここのこと知ってたのに?」

「存在ヲ知ッテイタト言ウ程度ノ記憶シカナイ。〈すいしゅ〉ニ関シテ言エバ、其レガ装置ノ核デアルトシカ知シラナイ」

 水を生み出す装置。その核となる〈スイシュ〉。宝玉と云うのだから、その形をしているはずだ。

 この地下世界には川が流れていた。

 もしかしたらと思い、アレンは川の上流に向かった。

 川の上流には湖があった。ここが水源らしい。

「この底にあるとかないよな?」

「水底カラ高度ノ魔力ヲ感ジル」

「マジかよ、俺泳げたっけか……昔は泳げた気がするなぁ」

 と、言いながらアレンは熱い眼差しを隠形鬼に贈った。

「私ハ全ク泳ゲナイ」

「ちっ、俺が行くしかないのかよ」

 頭を掻いたアレンは観念して服を脱ぎはじめた。

 隠形鬼がすぐそこにいることなど気にせず、全裸になるアレンだったが、じっと見られているような視線には気になった。

「俺の躰ジロジロ見て、ロリコンかよ?」

「私ハろりこんデハ無イ」

 隠形鬼の口から〝ロリコン〟という言葉が出ると不思議な感じだ。

「じゃ、こっちが気になるわけ?」

 アレンは金属でできた右胸を叩いた。

「両方気ニナル」

「やっぱロリコンなのかよ!」

「否、人間ノ躰ト、機械ノ躰ノ両方ガ融合シテイル姿ガ、興味深イト言ウ事ダ。一度詳シク調ベテ診タイ」

「やだよ、ロリコンなんかに指一本でも触れられたくない」

「私ハろりこんデハ無イ」

 ロリコン論争はおいといて、アレンは準備体操をはじめた。

 枯れた大地で暮らしていると、泳ぐ機会なんてあまり訪れない。水泳は金持ちの道楽だ。

 準備体操を終えたアレンは、頭から湖に飛び込んだ。

 透明度の高い水中。水深もあまりなく、地の底まで見ることができた。

 アレンの泳ぎはというと、はじめは少しぎこちなかったが、だんだんと調子を掴んできたようだ。

 水底に輝きが見えた。

 一度アレンは水面に向かって泳ぎだした。

 水飛沫を上げて水面から顔を出したアレン。

「ぷはーっ!」

 潜っていた時間は三分ほど。まだ余裕があった。

 大きく息を吸いこんで再び湖に潜る。

 湖の中心に向かって泳ぐ。

 台座の上でそれは淡く輝いていた。

 透き通ったブルーの輝き。

 宝玉と云うが、その輝きは宝石の物ではない。

 もう手を伸ばせば取れてしまいそうだ。

 しかし、アレンは躊躇った。

 これを取ってしまっていいものなのだろうか?

 水を生み出す装置の核となる物。

 湖に蓄えられた水。

 アレンはその宝玉を手に取った。

 そしてすぐに水面へ上がり、岸に向かって泳ぎだした。

 陸に上がったアレンは宝玉を確かめた。水が出ているような感じはしない。台座から放したからだという可能性もあるが――。

「本当にこれが〈スイシュ〉なのか?」

「確証ハ無イガ、其ノ可能性ハ高イト思ワレル」

「だったらこれで俺の役割も終わったし、これ奪う気?」

「〈スイシュ〉ヲ手ニ入レル依頼ハ受ケテイナイ」

「でも俺のことは生け捕りなんだろ?」

「今ハ其ノツモリモ無イ」

「は?」

 隠形鬼が何を企んでいるのかわからなかった。

 〈スイシュ〉も奪わず、アレンも捕まえないとなると、何もせずにアレンを行かせるということなのか?

「依頼ハ受ケテイルガ、何時何処デトハ決メラレテイナイ」

「なんだよその屁理屈」

 アレンは呆れた。

「其レヲ少シ貸シテクレナイカ?」

「やっぱ奪う気じゃんか」

「少シ調ベルダケダ」

 相手は敵だ。しかも何か考えているのかわからない。

 迷ったが、アレンは宝玉を手渡した。

 受け取った隠形鬼は一秒とせずに返した。

「えっ、もういいの?」

「本物ダ」

「はっ?」

「其レガ〈すいしゅ〉デ間違イ無イ」

「今のでわかったわけ? そんなの信じられるかよぉ~」

「信ジル信ジナイハ御前ノ自由ダ」

 違う物だという証拠もない。とりあえずはこれを持ち帰るしかないだろう。

 アレンは〈スイシュ〉を地面に置いて着替えはじめた。

 置かれている〈スイシュ〉を奪うような気配は見せなかった。本当に隠形鬼はなにもしないつもりなのだろうか?

 濡れたまま着替えたので、服は少し湿ってしまった。それも外に出ればすぐに乾くだろう。この地下世界を出れば、世界は砂漠で覆われているのだから。

「私ハ行コウ。又何時カ会ウコトニナルダロウ」

 隠形鬼がアレンの目の前で霞み消えた。まさにそれは消失だった。

 そして、地面には〈グングニール〉が残されていた。

「……変な奴」

 ボソッとアレンは呟いた。


 セレンの前に現れたのは火鬼だった。

「探した探した、もうわちきはくたびれて、戦う気力も失せたでありんす」

 トッシュは〈レッドドラゴン〉に手を掛けた。

「だったら帰ってくれないか、べっぴんさんよォ」

「わちきもそうしたいのは山々でありんすが、首の一つも持ち帰らないと、依頼主に面目が立たないでありんす」

「だったら自分の首でも持ち帰えんな!」

 トッシュと共に〈レッドドラゴン〉が吼えた!

 この至近距離で火鬼は鉄扇により弾を弾き返した。

「おやおや、血の気の多いお兄さんだこと」

 余裕の笑みを浮かべた火鬼。

 トッシュは驚きのあまり、すっかり次の行動を忘れた。

 弾を受けたこともさることながら、鉄扇が弾を受けても破損しないことも驚きだった。

 鉄扇と言っても、それは武器の総称であり、実際に鉄でできているとは限らない。

 トッシュは振り返ってリリスを見た。

「リリス殿、少しばかり手を貸してはいただけないか?」

「断るよ。わしは性根の腐った女だろうと、どんな女だろうと、女として生きてる以上は其奴に手を出さん主義でな」

 これを聞いて火鬼は狂気に侵された笑みを浮かべた。

「わちきとは真逆の考えを御持ちのようで」

 刹那、鉄扇から炎が放たれた。

 狙われたのは――セレン!

「きゃーーーっ!」

 セレンの叫びは炎に包まれることはなかった。

 炎はセレンの前に立った妖女リリスの前で消滅したのだ。

「妾は女に手は出さぬと言うたが、守らぬとは言うておらぬ」

 妖女と化したリリスを見てしまった火鬼は息を呑んだ。

 先ほどまではたしかに老婆だったはずだ。混乱する火鬼は眼を剥いたまま口をわなわなと振るわせた。

「許せない、許せない、許せない、こんな美しい女が存在しているなんて許せない、キィィィーッ!」

 奇声をあげた火鬼は巨大な炎を撃ち放った。

「炎は美しい。じゃが、汝の心は醜いのぉ」

 またも炎はリリスの目の前で消滅した。

 火鬼は構わず炎を撃ちまくった。

 嗚呼、虚しいだけだ。

 決してリリスは傷つかない。

 火鬼の中で何かが完全に切れた。

「ぶっ殺してやる糞尼ァッ!」

 野太い男の声が木霊した。

 炎を宿した鉄扇がリリスの首を狙う。

 ついにリリスが動いた。

 敵と同じく炎を宿す。

 刹那、リリスは炎を宿した手で火鬼の顔半分を鷲掴みにした。

「ギャアアァァァッ!!」

 耳を塞ぎたくなる絶叫。

 肉の焼ける臭い。

 火鬼は顔面を手で覆いながら後ろによろめいた。

「顔が……わちきの顔が……アアアアッ!」

 地面に膝を付いた火鬼は戦意を喪失させた。周りすら見えていない。精神的な衝撃に耐えかね、喚くことしかできなかった。

 リリスはすでに妖婆に戻っている。

「女のままでいれば手は出さぬつもりじゃったが……」

 呟いたリリスを中心に強風が吹き荒れ、瞬く間にまたも妖女の姿に変貌した。

 トッシュもそれを肌が痺れるほどの感じていた。

「だいぶ下がってろ」

 トッシュはセレンを遠くに行かせた。

 急いで逃げたセレンは物陰から二人を見守った。

 そして、現れる黒い影。

 そいつはトッシュの影から這い出してきたのだ。

 驚きながらもトッシュは影に向かって銃弾を喰らわせた。

 まさかの出来事にトッシュは眼を剥き、激しい激痛でその場に転倒した。

 撃たれたのはトッシュだった。

 刹那にして影と自分の場所が入れ替わり、自らで自らの腹を撃ち抜いてしまったのだ。

 ――隠形鬼。

 目にも留まらぬ早さで、リリスは隠形鬼の胸に掌底突きを喰らわせ吹っ飛ばした。

 次の瞬間には、リリスはトッシュの傷口を見えない糸で縫合し、さらに氣による治療を施していた。

 トッシュの傷は深い。肉をそのまま鷲掴みにされ、抉られたような穴が開いていたが、どうにか縫合と氣によって出血は抑えている。それでもまだ瀕死の重傷だ。

 まだトッシュから手を離せないが、敵はすぐ目の前にいる。

 隠形鬼が静かに近付いてくる。

「久シブリダナ……りりす」

「久しぶり……じゃと?」

 リリスは眉をひそめ記憶を辿った。

 漆黒の不気味な仮面の主。

 その下に存在している顔は?

「林檎ヲ与エタノハ誰ダ?」

「だ、だれ……じゃ……いったい?」

 妖女リリスともあろう者が言葉を詰まらせた。見開かれた瞳に浮かぶ驚愕。

「御前ハモウ解ッテイル筈ダ。シカシ、其レハ答エノ半分デシカナイ」

「誰であろうと構わぬ、世界の脅威は滅するのみ!」

 リリスはトッシュから手を放し攻撃を仕掛けた。

 しかし、まさかリリスが後ろを取られるとは!?

 後ろを取られただけではない。隠形鬼は刹那うちにリリスを後ろから抱きしめていたのだ。

「答エヲ知リタイカ?」

「おのれぇッ!」

 リリスは妖気を宿した手で隠形鬼の仮面を鷲掴みにしようとした。

 その仮面は一瞬のうちに顔になっていた。

 それを見てしまったリリスは攻撃を止めざるを得なかった。

「莫迦な……まやかしめ!」

「そう、たしかにこの顔はまやかしよ」

 隠形鬼に声は玲瓏たる女の声になっていた。

 すべてを見守っていたセレンの位置からでは、隠形鬼の顔は見ることはできなかった。

 セレンが見たものは、隠形鬼の胸の中でリリスが一瞬にして消えたという事実。

「あっ……き、消えた!?」

 もうリリスはいない。

 残されたセレンはどうすることもできない。トッシュは瀕死のまま。

 すでに漆黒の仮面に戻っていた隠形鬼が、セレンのほうを向いた。

「生ケ捕リガ命令ダ。無駄ナ抵抗ハスルナ」

 逃げるという抵抗すら今のセレンにはできなかった。足が震えて立っているのもやったのだ。

 隠形鬼はトッシュの横に膝をついて、その傷口に手を添えて何をしはじめた。

 穿たれていた傷が見る見るうちに塞がっていく。肉が増殖しながら蠢き、血の痕だけを残して傷を完全に塞いだのだ。もう血を拭き取ればどこに傷があったのかわからない。

「シバシ待テ、客人ガ来ルヨウダ」

 上空を飛んでやって来る一台のヘリコプター。

 それはこの場にゆっくりと降りてきた。

 地面に着陸したヘリから降りてきたのはライザだった。

 そして、続いて威風堂々と姿を見せた皇帝ルオ。

 隠形鬼は膝をついて頭[コウベ]を垂れた。

 高い位置からライザは隠形鬼を見下した。

「アタクシの偽者がいると聞いて来てみたら、鬼兵団の二人がいた。どういうことか説明してくださる?」

「サテ、何ノ事カ?」

「惚けないで、なにを企んでいるの?」

「此ノ通リ、我々ハ依頼ヲ果タシテイタマデデ御座イマス」

 気を失っているトッシュと物陰でこちらを見ているセレン。火鬼は蹲ったまま震えている。

 ライザは一通り見回した。

「老婆と坊やがいないみたいだけれど?」

「サテ、りりすハ何処ニイルヤラ。あれんナラバ、未ダ此ノ遺跡ノ何処カニ居ル筈デ御座イマス」

 話を聞いていたルオは笑っていた。

「君の偽者疑惑は晴れないようだ。まあよい、あの小僧との決着はまだついていなかったね。まだ残っているのなら、朕が直々に剣を交えよう。鬼兵団はこのまま仕事を続けるといいよ」

「ルオ様!」

 ライザは口を挟んだ。

 さらにライザが続ける。

「この者たちを信用するなんて、どうか考えを改めてちょうだい!」

「君だって本物か偽物かわからないんだ。ここは朕が指揮を執らせてもらうよ」

 帝國を走る不和。

 自分たちがかく乱されていることに怒りを覚え、ライザは唇を強く噛みしめた。

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